骰子の眼

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東京都 渋谷区

2015-02-16 21:25


音楽を通して自己を見つめ、世界の現実を知る!映画『君が生きた証』『トゥーマスト』Wレビュー

音楽家・松本章が名優W.H.メイシー初監督作とトゥアレグ族のバンド描くドキュメンタリー映画を紹介
音楽を通して自己を見つめ、世界の現実を知る!映画『君が生きた証』『トゥーマスト』Wレビュー
左:映画『トゥーマスト ~ギターとカラシニコフの狭間で~』ポスター 右:映画『君が生きた証』ポスター © 2014 Rudderless Productions LLC. All Rights Reserved.

節分が明けまして、さよなら本厄ようこそ後厄!という私の本年なのですが、厄払いに映画『君が生きた証』(ウィリアム・H・メイシー初監督作品)を鑑賞したのです。

お話は、広告宣伝マンのサム(ビリー・クラダップ)は大きな仕事に成功して、大学生の息子のジョシュと祝杯を昼間から上げようと呼び出すが、ジョシュは店に現れず、店のテレビでは大学で起きた銃乱射事件の速報ニュースが流れ、ジョシュは死亡。2年後に湖でボート暮らしている時に、離婚した妻がジョシュの録音した歌のデモと歌詞をサムに渡す。サムは息子の歌を聴いて、息子のギターを弾きながらゆっくり歌っていく。小さなライブバーでサムは飛び入りライブをするが、聴いてる人は無反応。しかし、一人のロック青年のクエンティンは、サムのライブに感激してサムを熱烈に褒める。クエンティンの情熱に押し切られ、「Rudderless」(ラダーレス・舵がきかない、方向がさだまらないなどの意味)というバンドを息子みたいな年齢の若者達と組む。ジョシュの曲をサムが作ったと勘違いをしてバンドは活動していく。サムの心の傷はバンド活動によって癒されていくが、人気も出てきて地元のロックフェスに出演依頼がくるがサムは悩む。ジョシュの曲は人前ではやれない秘密があった……。

映画『君が生きた証』より  © 2014 Rudderless Productions LLC. All Rights Reserved.
映画『君が生きた証』より、サム役のビリー・クラダップ(右)とクエンティン役のアントン・イェルチン(左) © 2014 Rudderless Productions LLC. All Rights Reserved.

重いテーマを扱ってるのですが、ボート暮らしの自由に生きているサムの人との関係におけるユーモアのある演出はウィリアム・H・メイシー監督の俳優としてのキャリア(『ファーゴ』『マグノリア』など多数の映画に出演する、現在64歳)や生きた経験がにじみ出ている気がしたのです。

息子の作った歌詞は、具体的に何かを説明するものではなく、ふとした時に誰もが感じる小さな想いを歌ってる歌詞なので、父親のサムが歌っても違和感はなく、バンドで演奏する事によって、死を理解するというより、生を理解できる曲になってる気がしました。監督の感性がいい意味で若いと思ったのです。バンドのシーンで、メンバーの俳優は楽器も歌も上手くて、おっさんと若者達という風に見えなかったのです。

映画『君が生きた証』より、ローレンス・フィッシュバーン  © 2014 Rudderless Productions LLC. All Rights Reserved.
映画『君が生きた証』より、クエンティン役のアントン・イェルチン © 2014 Rudderless Productions LLC. All Rights Reserved.

バンドの人気がうなぎ上りになってから、重要な真実が姿を現すのですが、これは非常にビックリしたのです。映画の見方ががらりと変わるのです。脚本のテクニックなのですが、演じる方は難しいだろうなーと思ったのです(詳しく書くと観たときのビックリ度が減るので説明がむずかしいけど)。しかしながら、この真実が明かされる事によって、傷を癒す音楽と人間ドラマみたいな理解しやすい映画になっていないのです。サムはようやく過去と現実にちゃんと向かいあって、自分で答えを出すようがんばるのでタフだなーと思ったのです。楽器屋のオヤジ・デル(ローレンス・フィッシュバーン)も味のある演技で、特に後半のサムとデルのオヤジが出てくるシーンは画面が落ち着いて、ほっとするユーモアもあり、大人の味わいが染み出ていたのです。64歳のメイシーの初監督作品には、培った経験と初監督であるからこそのチャレンジが混じった、不思議な力のある作品なのでした。

映画『君が生きた証』より  © 2014 Rudderless Productions LLC. All Rights Reserved.
映画『君が生きた証』より、デル役のローレンス・フィッシュバーン © 2014 Rudderless Productions LLC. All Rights Reserved.

そういいや豆まきで気合いを入れ鬼と闘争したのでドキュメンタリー映画『トゥーマスト ~ギターとカラシニコフの狭間で~』(ドミニク・マルゴー監督作品・出演トゥーマスト)を鑑賞したのです。

お話は、サハラ砂漠の遊牧民トゥアレグ族出身のムーサは、リビアのカダフィ大佐の元でレジスタンスの訓練を受け、偶然にギターと出会いギターに夢中になる。トゥアレグ族は自由に砂漠を遊牧する民族だったが、20世紀初期にフランスの植民地政策により、アルジェリア、ニジェール、リビア、マリ、ブルキナ・ファソに国境を分かられ、自由を奪われる歴史があった。第二次世界大戦後は、トゥアレグ族は自治を求めゲリラ部隊を結成し政府に戦いを挑み和平が結ばれるが約束は果たされず、迫害を受ける暮らしになる。ニジェールはウランが発掘される場所で、フランスの大企業アレバが発掘しているが、政府はアレバには資金を出すが、暮らしているトゥアレグ族の迫害等には何もしないで、ほったらかしなので、トゥアレグ族は戦いを始める。ムーサは、ゲリラとして戦うけれども、助言と協力があり、ギターの技術と広い知識を得るためフランスで勉強し生活を始める。ムーサは故郷の砂漠に何度も戻り自分を見つめ、自分の音楽を探していく。レジスタンス兵は、報道では単に反政府の無法者として扱われるが、報道もなく無視される。ムーサは故郷の音楽を根底にトゥアレグ族の自由への想いを歌詞にして、問題の本質を歌って、何が今、問題なのかを歌い続ける。それは、まさに闘争する音楽なのです。

映画『トゥーマスト ~ギターとカラシニコフの狭間で~』より
映画『トゥーマスト ~ギターとカラシニコフの狭間で~』より、トゥーマストのムーサー 

ムーサの語るトゥアレグ族の歴史や仲間の話は人の生死の問題を含み非常に重く、平和ボケの私には理解の範囲を超えていて、トゥアレグ族!がんばれ!!自由を手に入れてくれ!と願うばかり。

故郷の砂漠での、住んでる人達の鮮やかな色の民族衣装、砂漠の中のオアシスの美しさは、何もないようでなんでもあるような気がしたのでした。砂漠に戻った時のムーサの笑顔は印象的だったのです。砂漠の音楽は不思議で、儀式的で神聖で、踊れる娯楽の様な感じでありまして、リズムが独特すぎて、私には拍子が全くとれなかったのでした。複雑に絡み合ったリズムは、歌い皆で踊ることでより音楽にも響き合って、音楽と精神が一緒になって恍惚状態になっているようなのでした。

映画『トゥーマスト ~ギターとカラシニコフの狭間で~』より
映画『トゥーマスト ~ギターとカラシニコフの狭間で~』より

西洋の大きな教会で賛美歌を聴くと、教会の反射音によって神聖に聴こえます。それは祈りと音楽が一体になって、日常の感覚とは違う聖なる体験として聴こえるからかもしれません。砂漠は、音を反射するものがないので、人力で生み出す複雑なリズムと踊りによって日常とは違う感覚を感じさせるかもしれないのです。ムーサの音楽は、恍惚状態を「トランス」というキーワードで中心に据えていたのです。ムーサのバンドの名トゥーマストは彼らの言葉で「アイデンティティ」という意味で、トゥアレグ族ムーサの生き方を表す言葉なのです。

映画『トゥーマスト ~ギターとカラシニコフの狭間で~』より
映画『トゥーマスト ~ギターとカラシニコフの狭間で~』より

知らないより知った方が絶対に良い事実のある映画なのです。世界は平和ではないけれど、私の身の回りはわりと平和で、なんでもない平和な日常は大事だなーとしみじみ思ったのでした。

結論!自己を見つめ歌う心の眼差しが、強く、そして美しいと感じた映画なのでした。

(文:松本章)



【映画『君が生きた証』を観て思い出したキーワード】
・映画『息子のまなざし』

【映画『トゥーマスト ~ギターとカラシニコフの狭間で~』を観て思い出したキーワード】
・ランディゴ(音楽、バンド)
・ティナリウェン(音楽)
・M.I.A.(音楽、ラップ)
・フェルミン・ムルグサ(音楽、バンド)
・映画『ベンダ・ビリリ!~もう一つのキンシャサの奇跡』
・映画『ランボー3/怒りのアフガン』
・・フランツ・ファノン(思想家)
・サパティスタ(ゲリラ組織)
・本『グローバリゼーション・パラドクス:世界経済の未来を決める三つの道』

(文:松本章)



■松本章(まつもとあきら)プロフィール

1973年生まれ、大阪芸術大学映像学科卒。東京在住。熊切和嘉監督作品、山下敦弘初期作品の映画音楽を制作に係る。これまでに熊切和嘉監督『ノン子36歳(家事手伝い)』、内藤隆嗣監督『不灯港』、山崎裕監督『トルソ』、今泉力哉監督『こっぴどい猫』、内藤隆嗣監督『狼の生活』、吉田浩太監督『オチキ』『ちょっと可愛いアイアンメイデン』『女の穴』などの音楽を担当。
新たに音楽を手がけた吉田浩太監督の新作『スキマスキ』が公開中。




【関連記事】
サハラ砂漠のトゥアレグ族のウラン被曝は日本の原発再稼働と無関係ではない
バラカン氏×デコート豊崎氏による映画『トゥーマスト ギターとカラシニコフの狭間で』トークレポート(2014-12-24)
http://www.webdice.jp/dice/detail/4518/




映画『君が生きた証』
2015年2月21日(土)より、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテほか全国ロードショー

映画『君が生きた証』より  © 2014 Rudderless Productions LLC. All Rights Reserved.
映画『君が生きた証』より © 2014 Rudderless Productions LLC. All Rights Reserved.

監督:ウィリアム・H・メイシー
出演:ビリー・クラダップ、アントン・イェルチン、フェリシティ・ホフマン、セレーナ・ゴメス、ローレンス・フィッシュバーン、ウィリアム・H・メイシー
配給・宣伝:ファントム・フィルム
アメリカ/2014年/英語/カラー/105分/DCP
公式サイト:http://rudderless-movie.com/




映画『トゥーマスト ~ギターとカラシニコフの狭間で~』
2015年2月28日(土)より、渋谷アップリンクにて公開

映画『トゥーマスト ~ギターとカラシニコフの狭間で~』より
映画『トゥーマスト ~ギターとカラシニコフの狭間で~』より

監督:ドミニク・マルゴー
出演:トゥーマスト
配給・宣伝:アップリンク
スイス/2010年/英語/カラー/88分
公式サイト:http://www.uplink.co.jp/toumast/

▼映画『君が生きた証』予告編

▼映画『トゥーマスト ~ギターとカラシニコフの狭間で~』予告編

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