映画『妻への家路』より、妻フォン・ワンイー役のコン・リー © 2014, Le Vision Pictures Co.,Ltd. All Rights Reserved
中国のチャン・イーモウ監督の新作『妻への家路』が3月6日(金)より公開される。1970年代、文化大革命後の中国を舞台に、反右派闘争により連行され20年ぶりに解放された夫と、彼の記憶だけを失ってしまった妻との関係を描く物語だ。夫のルー・イエンシーは、収容所で書き溜めた何百通もの手紙を渡し、妻の前で読み続け、妻の記憶が戻るのを待ち続ける。『HERO』のチェン・ダオミンが夫のルー・イエンシーを、そしてイーモウ監督と約9年ぶりのタッグを組むコン・リーが妻のフォン・ワンイーを演じている。今回はチャン・イーモウ監督によるインタビューを掲載する。
原作小説の歴史的背景を
登場人物の細部とセリフに凝縮させた
──この原作を選んだ理由は?
映画『シュウシュウの季節』『花の生涯~梅蘭芳~』『危険な関係』の脚本を執筆した作家ゲリン・ヤンの小説『陸犯焉識(The Criminal Lu Yanshi)』を初めて読んだとき、大きな感銘を受けました。そこに描かれた社会背景も人物も私が熟知しているものばかりだったので、映画化しようと思うようになりました。
映画『妻への家路』チャン・イーモウ監督 © 2014, Le Vision Pictures Co.,Ltd. All Rights Reserved
──今作で描かれる年代について教えてください。
ルー・イエンシーが逮捕されたのは1957年で、当時大勢の知識人が逮捕されていました。中国の歴史では、「右派反対」運動と呼ばれている時代です。関連資料によると、中国全土で「右派」とレッテルを貼られて様々な懲罰を受けた知識人は55万人くらいいました。
「右派」運動が全国的に、既存の趣旨を生かしながら新しく表現されるようになったのは1978年からです。釈放された知識人たちのほとんどが元の仕事先に戻り、政府から1957年以降の給料を支給されたり、経済的な援助を受けたりしました。
──なぜルー・イエンシーは逮捕されたのでしょうか?
ルー・イエンシーが逮捕される前は、教師または教授をやっていたはずで、中国上海市に住んでいました。彼らはいわゆる中国の典型的な「知識分子階層」に属していて、父の代から知識人で、しかも海外にも留学しました。彼らの背景については、ゲリン・ヤンの原作に詳しく描かれています。
──原作の中から、エピローグ部分の夫・ルー・イエンシーが解放されてからの部分をメインで描こうとした理由は?
今の中国では、この小説の内容すべてを映画化することはできません。ルー・イエンシーが囚人になった経緯はまだまだデリケートな問題なので、映画にできないのです。監禁されるようになる前の描写は、主人公の20代の時の話で、主演のチェン・ダオミンは50代ですから、そんな若い人物を演じることは無理です。役者を変えてしまうと、まるで別々の映画になってしまうので、諦めました。
私は小説の結末・エピローグを映画の始まりにして、小説全体の歴史的背景を登場人物の細部とセリフに凝縮させました。いわゆる「一滴から太陽が見える」という中国式美学で、控えめで含蓄のある境地――つまり、最も難しい形の映画作りを選んだのです。
映画『妻への家路』より、夫ルー・イエンシー役のチェン・ダオミン(左)、妻フォン・ワンイー役のコン・リー(右) © 2014, Le Vision Pictures Co.,Ltd. All Rights Reserved
──物語と歴史的背景を伝えるのに、意識されたことはありますか?
文化大革命という歴史的背景については、日本人の皆さんは全てを理解できていなくてもいいと思うんです。中国の若い人も同じです。それよりも、物語そのものに注目してもらうように工夫をしました。この映画はどの時代に起こりえる話だと思うんです。一つの世代の、あるいは親と子の世代の、そして夫婦の愛情。それが核心なので、そのストーリーと登場人物の感情、人間そのもの、そこにスポットを当てて描くことで、いつの時代の、どの国でも観ることのできる作品として作り上げました。
映画『妻への家路』より、夫ルー・イエンシー役のチェン・ダオミン(左)、妻フォン・ワンイー役のコン・リー(右) © 2014, Le Vision Pictures Co.,Ltd. All Rights Reserved
内なる演技でキャラクターを生かすのは
優秀な役者の必要条件です
──妻役のコン・リーについて教えてください。彼女と役作りでどういう話し合いをしたのでしょうか?役を演じるにあたり彼女が気をつけていた部分はどこでしょうか?
コン・リーが演じる記憶喪失の妻の役は、彼女にとって間違いなく大きなチャレンジです。彼女は、撮影が始まる前に、病院と老人ホームで実際に生活して、たくさんの観察と研究をおこない、この病気を患った人たちの状態と心理を体感しました。我々はこの過程を「生活体験」と呼び、私に言わせれば、役者なら誰でもやる必要のあることです。私のクリエーターとしての習慣でもあり、コン・リーという役者の昔からの習慣でもあります。彼女が年寄りの特殊メイクをしたのは最後の2、3分間だけですから、メイクに頼らず、内なる演技でキャラクターを生かすのは優秀な役者の必要条件です。特殊メーキャップはひとつの手段に過ぎません。
映画『妻への家路』より、妻フォン・ワンイー役のコン・リー(中央)、娘タンタン役のチャン・ホエウェン(左) © 2014, Le Vision Pictures Co.,Ltd. All Rights Reserved
──現場でコン・リーと意見を交わすなかで、彼女のアイデアで採用された演出はありますか?
撮影の現場では、役者とセリフや脚本に対して意見を出し合って、あらためてセリフや脚本を変える仕事習慣があります。しかもコン・リーとは何度も仕事をしていますから、阿吽の呼吸でそういった仕事の仕方ができるんですが、今回は脚本の段階から、勿論現場でもですが、コン・リーが様々な意見を出してくれました。
例えば、毎回駅に迎えに行くたびに妻が持っていく夫の名前が書かれた看板は、実は脚本には無かったんですが、コン・リーが「こういう風に夫の名前を書いた看板を持っていったらどうかしら」といったので、これによって物語の幅が広がるとおもったので取り入れました。夫婦の様々な感情を描くことができ、本当にいいアイデアだったと思います。
──2005年の『単騎、千里を走る』の主演・高倉健さんが無くなる前に今作をご覧になったとお伺いしましたが?
昨年末に高倉さんの死をニュースで知り、大変驚きました。中国のマスコミは高倉さんの死を、TVも新聞もネットでも連日報道していました。中国では「高倉さんの死で一つの時代が終わった」という程影響を与えた日本人でした。
私と高倉さんは『単騎、千里を走る』を撮っただけですが、高倉さんの影響、高倉さんが私に与えてくれた言葉、それは一生忘れることのないものです。いつも通訳を介して話しているんですが、それでも高倉さんのひととなりは私に感動を与えてくれました。
実は、私はこの映画を高倉さんに観ていただけてないと思っていたんです。今回日本に来た夜に、共通の友人の家に彼の際檀が設えてあると聞いたので線香をあげにいきました。そこで、その友人から「実は高倉さん、『妻への家路』を観ていたんだよ」と言われたんです。高倉さんは映画を観終た後、しばらく黙っていて、一言、「ついにイーモウは自分の一番よく知っている、一番得意な映画を撮ることができたね」とおっしゃったそうです。私は、それを聞いて大変慰められました。最後にお会いすることはできなかったけれど、『妻への家路』を観ていただけていたんだとほっとしました。高倉さんは常に人の事を考える、私が最も尊敬する人です
映画『妻への家路』より、妻フォン・ワンイー役のコン・リー(右)、娘タンタン役のチャン・ホエウェン(左) © 2014, Le Vision Pictures Co.,Ltd. All Rights Reserved
(オフィシャル・インタビューより)
チャン・イーモウ(張藝謀/Zhang Yimou) プロフィール
1951年、中国西安生まれ。1982年北京電影学院撮影学科卒業後、撮影監督として活躍、チェン・カイコー監督の『黄色い大地』(84)、『大閲兵』(85)などを手掛ける。1987年、監督デビュー作の『紅いコーリャン』でベルリン国際映画祭金熊賞を受賞。『菊豆(チュイトウ)』(90)でアカデミー賞外国語映画賞にノミネート、『紅夢』(91)で再び同賞にノミネートされると共にヴェネチア国際映画祭銀獅子賞に輝く。続く『秋菊(しゅうぎく)の物語』(92)で同映画祭金獅子賞、『活きる』(94)でカンヌ国際映画祭審査員特別グランプリ、『あの子を探して』(99)でヴェネチア国際映画祭金獅子賞、『初恋のきた道』(00)でベルリン国際映画祭審査員特別賞を受賞。その後『HERO』(02)、『LOVERS』(04)が各国で大ヒットを収める。2005年には高倉健を主演に迎え、『単騎、千里を走る。』を監督する。近年の主な作品は、『王妃の紋章』(06)、『女と銃と荒野の麺屋』(09)、『サンザシの樹の下で』(10)など。2008年には、北京オリンピック開会式の総監督を務める。
映画『妻への家路』
3月6日(金)、TOHOシネマズ シャンテ他全国順次ロードショー
1977年、文化大革命が終結。20年ぶりに解放された陸焉識(ルー・イエンシー)は妻の馮婉玉(フォン・ワンイー)と再会するが、待ちすぎた妻は心労のあまり、夫の記憶だけを失っていた。焉識は他人として向かいの家に住み、娘の丹丹(タンタン)の助けを借りながら、妻に思い出してもらおうと奮闘する。だが、婉玉は夫が収容所で書き溜めた何百通もの手紙に感激するが、それを読んでくれるのが夫本人だとは気付かない。夫の隣で、ひたすら夫の帰りを待ち続ける婉玉。果たして、彼女の記憶が戻る日は来るのか?
監督:チャン・イーモウ
出演:チェン・ダオミン、コン・リー、チャン・ホエウェン、チェン・シャオイー、イエン・ニー、リュウ・ペイチー、ズー・フォン
製作:チャン・チャオ
製作総指揮:デヴィッド・リンド、パン・リー、シャン・ドンビン、フアン・ズィエン、ギリアン・ジャオ、シャン・バオチュエン、カレン・フー
原作:ゲリン・ヤン
脚本:ヅォウ・ジンジー
撮影監督:チャオ・シャオティン
編集:チャン・モー
音楽:チェン・チーガン
提供・配給:ギャガ
原題:歸来/COMING HOME
2014年/中国/カラー/110分/シネスコ/5.1chデジタル
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