骰子の眼

cinema

東京都 中野区

2015-04-30 15:02


「競争社会」から「協力社会」へ、映画『アラヤシキの住人たち』が伝えるもうひとつの豊かさ

本橋成一監督と木内みどりさんが語る、「出入り自由」「好きにしていい」学び舎の生活
「競争社会」から「協力社会」へ、映画『アラヤシキの住人たち』が伝えるもうひとつの豊かさ
映画『アラヤシキの住人たち』より

長野県北安曇郡小谷村真木の廃村にある、障害を持つ人の自立支援のために農業生産などで自給自足の生活を目指す場所・真木共働学舎。ここで共同生活を送る人たちの一年を『ナージャの村』『アレクセイと泉』の本橋成一監督が追ったドキュメンタリー映画『アラヤシキの住人たち』が5月1日(金)よりロードショー。公開に先立ち4月26日、早稲田奉仕園スコットホールにて本橋監督と女優の木内みどりさんによるトークショー付上映会が行われた。当日は、本橋監督による撮影時のエピソードから、今作で描かれるアラヤシキでの生活から私たちが学ぶべきことまで話題は広がった。

「競争しない」人たちの集まる場所

木内みどり(以下、木内):この映画のチラシにも書いてある「世界はたくさん、人類はみな他人」というコピーにすごくしびれました。これは本橋さんが考えたそうですね。

本橋成一(以下、本橋):昔、競艇のおじさん(笹川良一)がコマーシャルで「世界は一家、人類はみな兄弟」と言っていたでしょう。最初は素晴らしいと思っていたんだけれど、海外に出る仕事が多くなると、だんだん「そんなことない」って思い出したんです。風土も宗教も食べものも違うのに、兄弟だというのは嘘だよね。それは恋人同士でも、友達同士でも、夫婦でもそう。大事なのは、相手を認めることじゃないかと思うんです。

映画『アラヤシキの住人たち』トークイベントより、本橋成一監督と木内みどりさん
早稲田奉仕園スコットホールにて行われた映画『アラヤシキの住人たち』トークイベントより、本橋成一監督(左)と木内みどりさん(右)

木内:今作の舞台となる共働学舎の創設者・宮嶋眞一郎先生の言葉「あなたという人は地球始まって以来、絶対いなかったはずです。あなたという人は地球が滅びるまで出てこないはずなんです。わたくしはそう思っています」、これも素晴らしいですよね。

本橋:共働学舎のことを映画にしたいと思った決定的な理由がこの言葉との出会いだったんです。

木内:宮嶋さんは本橋さんが通っていた頃の先生だったそうですね。

本橋:中学から高校の頃で、出来の悪い生徒だったので、可愛がられました(笑)。「完成したら観るよ」と言ってくださっていたんですけれど、寝たきりになってしまい、この映画を観てもらうことはできませんでした。(※注:宮嶋眞一郎さんはこのイベントの後、4月27日、老衰にてお亡くなりになりました。享年92歳。)

木内:それでこの映画を撮ると決めて、撮影機材を持って共働学舎に行かれたそうですが、宿泊施設はないですよね。

本橋:アラヤシキのそばにもうひとつ古民家があって、そこに泊めてもらいました。撮影には延べ1年半かかったのですが、1週間から2週間くらいの撮影を計15回行いました。

撮影でアラヤシキに行っていちばん感慨深かったのは、自然の流れ、春夏秋冬です。1週間ぶりに行っても季節の変化が見えるのです。ニワトリを飼ったり、生きものたちの命の時間の長さも感じられて、すごく居心地が良くなります。

映画『アラヤシキの住人たち』より
映画『アラヤシキの住人たち』より

監督や写真家としてのキャリアが通用しない世界

木内:『アレクセイと泉』のなかで老人夫婦が口喧嘩をしだすシーンがあるのですが、ほんとうに穏やかに撮っている。今回も、撮影のカメラって大きいし、録音の人もマイクを持っていますし、撮影チームはその場所では異物とされるはずなのに、まるでカメラがないかのように、共働学舎の皆さんが過ごしている。撮影現場に自然に溶け込んでしまう本橋さんの秘訣とは?

本橋:僕だけじゃなくて、スタッフ全員が溶け込めるんです。ご飯も一緒で、一緒に生活しながら撮るので、みんなもメンバーだと感じられる。映画に出てくる瑞穂さんから、僕はひとりだけぶらぶらしているように見えるのか「本橋さんもっと働いたほうがいいよ」と言われました(笑)。監督や写真家としてのキャリアとか通用しない世界ですから。

木内:世の中の仕組みからすると、人と人を区別するために「社長」とか「部長」といった肩書があって私たちを縛っている。それなのに、この共働学舎では、まったく知らない人同士が暮らしていることに驚きました。例えば私が明日行きたい、と言ったら、受け入れてもらえるものなのでしょうか?

本橋:はい、お母さん役が少ないのでぜひ(笑)。出入り自由ですし、好きにしていい。それぞれみんな得意分野があるので、暮らしの中でうまい具合に役割分担が収まるんです。

木内:いまの社会は好きにしちゃいけないことが多すぎますよね。個人主義が根付かない。日本人は固まりにして管理しやすくするためにそうなっている、という国の方針なんでしょうか。

本橋:みんな同じじゃないといけない、という雰囲気がありますよね。僕の子どもの時代は、戦後間もない頃で、小学1年生が終戦1年目でしたが、1クラス60人いるなかで、体や心がちょっと変わった子が4、5人いたものでした。病気をしたらみんなでお見舞いに行ったり、いじめられていたら助けたり。でも今の世の中はちょっと枠から外れると、違うクラスに追いやられてしまう。街のなかにも、決まって怒るおじいさんがいたものだけど、今はみかけなくなりました。

木内:人生に正解はないのに、枠の中に入らない人を許さない空気がありますよね。

本橋:「競争社会より協力社会を」という言葉がありますが、いろんな人がいることによって、競争じゃなく協力になっていく。共働学舎にいるのは、協力しないとやっていけない、言わば競争できない人たちなんです。

映画『アラヤシキの住人たち』より
映画『アラヤシキの住人たち』より

テレビは「忘れなさい」と洗脳させる

木内:本橋さんは映像作家であり、写真家であり、映画館・ポレポレ東中野のオーナーでもあります。

本橋:映画が好きということもありますし、実家が古くから本屋だったんですが、それが拡幅され移ることになったときにお金をもらって、映画館を作ることができました。昭和31年には中野区・東中野駅周辺だけで12館も映画館があったそうです。実家の本屋ではそうした映画館で上映する映画のポスターを貼っていたので、招待券を5枚もらえて、それで映画をたくさん観ることができました。現在はポレポレ東中野ひとつだけですね。

木内:それはテレビのせいでしょうか。でも、私もテレビの仕事をしていますが、嘘ばっかり言っている。大きなスポンサーのついている番組では、原発関連のことはぜったい扱えない。報道番組でもその話題はだめ、と言われる。福島第一原発事故の収束なんてしていないのだから、NHKで毎日10分でも5分でも「今日の福島はこうでした」と報じるべきでしょう。でも事故なんかなかったかのように、忘れなさい、と洗脳されまくっている。「テレビが言ってたんだけど」という言い方がありますが、テレビが言ってるのではなく、誰かが操作して言わせているんですよ。

本橋:アラヤシキにもテレビは1台だけあるんですが、みんな観ませんね。

木内:私はお風呂はロウソクで入ったり、「暗闇治療」と呼んでいるんですが、真っ暗な状態がないと1日が終えられないんです。自分を癒やすのは自分しかいないから、生活のなかで、暗くして音をなくせばもっといろんなことを感じられるのに、と思います。

映画『アラヤシキの住人たち』より
映画『アラヤシキの住人たち』より

本橋:僕が育った時代は、1964年の東京オリンピックをピークにした高度成長の時代で、アメリカの家庭のきれいな芝生と自動車と、ものの豊かさにとても憧れがありました。日替わりメニューのように高層ビルが建ち、高速道路や新幹線が伸びていった。学校を卒業して、写真を撮ることにしたきっかけは、ひとつの物質的な豊かさを得るために、暮らしのなかの大事なものを切り捨てていくのが分かったからなんです。それは本当の居心地のよさじゃないんじゃないか。それがアラヤシキを覗いたときに、やっぱりこういう暮らしがもうひとつの大切な僕たちの暮らしなんじゃないかと思いました。

僕も明日朝早く新幹線に乗るんだけれど、これまでは東京・大阪間、3時間切ることばかり考えていた。そろそろ3時間10分でも20分でも遅らせることをしてもいいんじゃないか。その方が騒音も電力もマイナスになって、原発を動かさなくても生活できるんじゃないかと。だからできるだけ、アラヤシキの暮らしを見習っていけたらいいなと思います。

木内:みなさんも、今日ご覧になって、アラヤシキの暮らしに近づくためには何を減らしたらいいか、スイッチを切ったらいいか、考えるヒントがいっぱいあると思います。

本橋:そうですね。アラヤシキのある集落までは1時間半山道を歩かなければいけないんですよ。冬の雪の日には3時間半かかった。僕はもう75歳なので人に頼って荷物を持ってもらったんだけれど、その時間のおかげで、着くまでにいろんなことを考えられるんです。まるでタイムトンネル。この映画に出てくる「くに」さんは、1時間半かけて山を降りて、コーラを飲んで帰ってくるらしいですが、その贅沢さはいいなと思いました(笑)。

アラヤシキの生活までいっぺんに戻すことは無理だと諦めてもいるんです。でもそれぞれに、少しづつできたらいいと思っています。

(2015年4月26日、早稲田奉仕園スコットホールにて)



本橋成一 プロフィール

写真家・映画監督。1968年、初の写真集『炭鉱〈ヤマ〉』で第5回太陽賞受賞。以来、人々の生きざまに惹かれ写真に撮り続ける。1997年にチェルノブイリ原発事故で汚染された村に住み続ける人々を記録したドキュメンタリー映画『ナージャの村』を初監督。同地で製作した二作目の『アレクセイと泉』でベルリン国際映画祭ベルリナー新聞賞、国際シネクラブ賞。その他監督・プロデュース作品多数。

木内みどり プロフィール

女優として1971年デビュー。ドラマや映画、演劇で活動を続ける。本橋成一とは、2002年公開の本橋作品『アレクセイと泉』が再び注目を集めた震災後、都内での上映のオピニオンリーダー的役割を果たして以来、交流が続いている。




映画『アラヤシキの住人たち』
5月1日(金)ポレポレ東中野を皮切りに全国順次公開

映画『アラヤシキの住人たち』より
映画『アラヤシキの住人たち』より

北アルプスの山裾、長野県小谷村。車の通わない山道を1時間半歩いた山道の向こうにあらわれる小さな集落に住む個性溢れる人たちの、春から春への暮らしを描いたドキュメンタリー。

監督:本橋成一
編集:石川翔平
録音・MA:石川雄三
助監督:佐久間愛生
宣伝美術:大橋祐介
制作進行:中植きさら
特別協力:NPO法人共働学舎
後援:長野県北安曇郡小谷村、信濃毎日新聞社
宣伝:猿田ゆう(ウッキー・プロダクション)
製作・配給:ポレポレタイムス社、ポレポレ東中野
2015年/日本/117分/HD/カラー/ステレオ

公式サイト:http://arayashiki-movie.jp/
公式Facebook:https://www.facebook.com/arayashikimovie
公式Twitter:https://twitter.com/arayashikimovie


▼映画『アラヤシキの住人たち』予告編

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