骰子の眼

cinema

東京都 渋谷区

2015-06-05 15:26


2回観るとよくわかる!ドランが仕掛けた幾重にも張り巡らされた伏線を読み解く

グザヴィエ・ドラン主演作『エレファント・ソング』公開記念、福田里香さん×岡田育さん対談
2回観るとよくわかる!ドランが仕掛けた幾重にも張り巡らされた伏線を読み解く
映画『エレファント・ソング』より、主人公の青年マイケルを演じるグザヴィエ・ドラン

グザヴィエ・ドランの主演作『エレファント・ソング』が6月6日(土)よりロードショーが始まる。公開を記念して、お菓子研究家の福田里香さんと編集者・文筆家の岡田育さんの対談が行われた。監督作『Mommy/マミー』が公開中、世界が注目するグザヴィエ・ドランが出演を熱望した、精神病院を舞台にした緊張感溢れる心理サスペンスのディティールについて、おふたりが独自の視点で丹念に解き明かす内容となっている。

今回webDICEでは対談の一部を公開。ネタバレを含むこの対談の全文は劇場パンフレットに掲載されていますので、ぜひ公開劇場でお求めください。

『エレファント・ソング』公式サイト:
http://www.uplink.co.jp/elephantsong/

映像にしかできないこと

岡田育(以下、岡田):最初、患者がこちらに背を向けている宣伝写真を観ながら「この閉ざされた病室で、医者と患者だけがいて……」というストーリーを想像していたら、良い意味で裏切られましたね。もちろん閉ざされた空間ではあるんだけれども、病院内をカメラが行ったり来たりするし、回想シーンに合わせて開放感のある映像に切り替わるので、映画的な喜びも非常に大きい作品でした。

福田里香(以下、福田):もともと舞台劇なんですよね。舞台から映画化をすると密室劇みたいなものが多いんだけれど、この作品は脚本を再度映画用に練り直したそうです。その効果はさすがにありましたよね。

福田さん岡田さん
福田里香さん(左)、岡田育さん(右) 撮影:荒牧耕司

岡田:そう、映像にしかできないことをしていますよね。もとの舞台は未見ですが、たとえば大きな部屋のセットを1つ作り、そこへ人が行ったり来たりするだけでも十分成り立つ話です。同じく演劇を原作としたドランの監督作『トム・アット・ザ・ファーム』とも似ている。物理的に、彼はあの部屋から出ることができるんですよ。看護師の付き添いがあれば階段を下りて、下の階のトイレに行くこともできる。けれど、心理的にはローレンス先生の部屋は院長とマイケルの密室になっているということを強調するために、階段の踊り場をぐるぐる下りていくところなど、ちょっと酔うように撮っている。

福田:あと、色彩設計が素晴らしかったですね。お母さんのなんともいえない中間色の美しい色のドレス。赤ではなく、ちょっとチョコレート色に振るような感じの色合いで。つねに注目しなきゃいけないものとか……マイケルが病院の中で着ているジップアップの服もそういう色ですね。あとの色合いはミントグリーン、ブルーグレー、白に抑えてあって、差し色がチョコレート色。食堂のカップとかがミントグリーンだったり。チョコレートとよく合う色なんですよね。冒頭のオペラシーンも良く観ると、建物の色合いも、お客さんのドレスも差し色がやっぱり赤っぽい色ですよね。最後、心臓マッサージをしてパッと手を離すとまた同じ色。

岡田:あれは「彼」が流した血ではなく、他者が「彼」のために流した血が刻印としてあそこに付くという。雪の白も印象的です。雪に覆われたクリスマスシーズンのカナダの寒い病院と対比させるように、湿度が高く色彩鮮やかな南米の映像を見せる感じとか。キューバにずっと暮らしていたわけではないだろうに、「お母さんに冷たくあたられた思い出」つまり「過去」は、今とは違う色で描かれている。

何重にもミスリードされる

福田:プロダクションノートに書いてあったけど、戯曲では80年代が舞台だったんですよね。

岡田:「60年代に変更したのは、ロボトミー手術や監禁も平気で行われていたから……」というやつですよね。みんな善良な病院のスタッフのように見えていても、実際にマイケルにかかっていた精神的な負荷は計り知れない、という感じは強調されたと思います。彼は本当にここに何年も閉じ込められるほどの人間なのか?という疑問も湧いてきます。

福田:お母さんを殺したと言っていても、本当に手を下して殺したわけじゃないですからね。とはいえ、どうやって殺したのか本当のところはわからないけれど。それにしてもお母さん、冒頭から「1947年のキューバ、サンタクララのオペラ」ですからね。それもオペラじゃなくてプリマドンナのソロコンサートで、歌っている曲がプッチーニの『ジャンニ・スキッキ』というオペラの「わたしのお父さん」というタイトルなんですよね。

岡田:「O mio babbino caro」ですよね。選曲がすごい。

福田:そうですね。フィレンツェが舞台のもので。マリア・カラスのものが最良と言われているんですよね。なんとなく……1947年ぐらいというとマリア・カラスみたいな人がお母さん―マリア・カラスは子供を持たなかったけど「いたらこんな感じかな」みたいな。

映画『エレファント・ソング』より
映画『エレファント・ソング』より

岡田:出て来た瞬間から「めんどくさそう!」という(笑)。女性が世の中に出て自分で稼ぐことが稀だった時代でも、女王のように君臨できた職業の一つじゃないですか、オペラ歌手って。あの短い映像の中で、一目見て「この女の人は非常にエゴが強くて、大変そうだな……」という感じがするのがすごくよかったですね。

福田:あと、これまでのドランの作品を観て来ると、そこを含めて全部ミスリードになってるのがよかったですね。めんどくさそうなお母さんがいて、歌う曲が「わたしのお父さん」で……完全に“そっち側”、つまり親子関係に注目しちゃいますよね。「結婚を許してくれないならポンテ・ヴェッキオ橋からアルノ河へ身を投げるわ!」という歌詞が出てくるんですが、じつはこのセリフこそ、映画の主題です。2回観ると全部よくわかる。

岡田:色々わかった上でもう1回観ると、すごくディテールに目が行くようになると思うんですね。最初はまず映像美に魅せられるんですが、1回ラストを知ってしまった後でも、「こういうオチのお話だよね」では片付かない、深みがあります。

福田:行間で語るような作品で、すべてを台詞で説明するような映画ではないんですよ。そういった演出がぴったりな、本当に美しい話でしたね。ロマンティックで……アーティストって究極に言いたいことは一個くらいしかないから、最初は「またお母さんの話か!」って思うじゃないですか(笑)。お母さん絡みのつもりで観たら「ああ、ちがう!」というどんでん返しがある。だからオチが胸に刺さります。やっぱりこの人は頭がいいな。ドランがどうしても他人の作品に出たいと言った意味がよくわかる。「僕が演じるからこそ僕のファンをつれてくることもできるし、どんでん返しが利くはず」というね。本当に何重にもミスリードされます。

映画『エレファント・ソング』より
映画『エレファント・ソング』より、マイケルを演じるグザヴィエ・ドラン

グリーン先生の巻き込まれ感

福田:いやでも、ブルース・グリーンウッドさん、素敵でしたね!チャコール・グレーのスーツ!(笑)あと、最高の眼鏡映画でもありました。すごい伏線になってますからね。あのとき老眼鏡を忘れなかったら……。

岡田:そう、その場で事前にカルテを読んでから、マイケルと会っていたわけで。

福田:結局奥さんが持ってくるんだけど、もうそのときはすでに遅し。そこらへんもうまいなと思っていて。

岡田:知的で穏やかで、滅多なことでは患者に心を揺らされたりしない人として描かれているんだけど、やはりちょっと抜けた表情っていうか、攻撃的なことを言われて「へ……?」となってるときの表情が非常に愛らしかったですね。

福田:美人過ぎる(笑)。あと、あの日はたまたま職員室にコーヒーを飲みに行ったら、過去の不祥事事件の記事が冷蔵庫に貼られていて、それを見て動揺したというのを査問で回想するシーン。冷蔵庫に貼ってある記事が最高!自分の顔写真に誰かが眼鏡を落書きしてて(笑)、かなり焦る。「あんたはなんも見えてない」って揶揄。じつはあれも「眼鏡があれば」という一種のヒントだったっていう。

岡田:もう二度とあんな不祥事に巻き込まれるのは御免だ!と思っているからこそ、ずぶずぶ深みにはまってく感じもありますね。グリーン先生のあの巻き込まれ感……「蜘蛛の巣にかかった蝶」みたい。

映画『エレファント・ソング』より
映画『エレファント・ソング』より、院長のグリーンを演じるブルース・グリーンウッド

翻弄される快感―グザヴィエ・ドランのスペシャリテ

福田:ドランは安定の美青年っぷりですね。

岡田:また爪噛んでた (笑) 。わざわざアップになりやすいトイレにこもって爪噛んでましたね。彼の演技には不可欠の仕草なんでしょう……ただの本人の癖かもしれないけど(笑)。

福田:爪噛むのって、レストランでいうとその店のスペシャリテみたいな感じですよね。「これがドランのスペシャリテでございます」みたいな感じで。

岡田:この映画のドランは、特にほっとけない感じですしね。グリーン先生は初対面ですっかり魅せられ、ピーターソン師長も他の患者よりも目をかけているに違いない。狂気と知性の両方を持っていて、でもそれが幼いほうに引きずられていってる。「美少年の要素てんこ盛り」ですよね。顔の造形の美しさはもちろんですけど、俗に言う「持ってる」という感じがある(笑)。

福田:「イット・ボーイ」ですよ。

映画『エレファント・ソング』より
映画『エレファント・ソング』より

岡田:途中までは、事実だけが画になっていく映画だと思って観ていたんですよ。オペラ歌手のお母さんとかまってもらえなかった息子、クリスマスツリーのある病院、すべて終わった後で査問が始まって…。私たち観客は、すべて実際に起きたことだと思って観てるんですよね。だけどマイケルが登場したところから、彼が話したとおりに話が進んでいく。映像には見えていないんだけれど、「ローレンス先生はクローゼットの中で死んでいる」とか、彼が言った言葉のとおりに観客は翻弄されて、いろんな画が頭の中で浮かぶ。

福田:あと、院長の鼻を「ピッ」って弾くんだよね。で、象の鼻を咥えるわ、歌を歌うわ……。

岡田:そう、そうした衝撃的な絵面にも完全に翻弄されて、まだ姿も見ていないはずのローレンス医師とマイケルの関係性を、頭の中で映像化しながら観ていくことになる。それで、「僕のお父さんの話をしよう」とアフリカの映像が出てきたときには、回想として映像がついたにもかかわらず、「でも、これだって本当かどうかはわからないぞ」と思うという。「マイケルの言いなりにはならないぞ」と身構えている院長先生に、我々もすっかりシンクロしてしまうんですよ。

福田:マイケルは一対一になったら圧倒的な強者なんだよね。だから面白い。

岡田:「あなたにはマイケルのことはわからない。マイケルと面識があればそんな質問はしないわ」っていうピーターソンさんの台詞の通りです。こうして魔性の伝説が……「ひとたび彼と同じ部屋に入れば、誰でも彼に魅せられて、言いなりになっちゃう」という魔性の伝説が生まれるんです。と言われても、査問してる理事長にはさっぱり意味がわからないでしょうけど!(笑)

ネタバレを含むこの対談の全文は劇場パンフレットに掲載。各上映劇場で600円(税込)で販売いたしますので、ぜひお買い求めください。

amazonでも6月6日(土)より販売。amazonでの購入は下記より。
http://www.amazon.co.jp/dp/490072873X/webdice-22




福田里香(ふくだ りか) プロフィール

お菓子研究家として雑誌や書籍を中心に幅広く活躍。オリジナリティ溢れるレシピ本や、映画や漫画などの物語を「食」の視点から読み解く「フード理論」を展開するエッセイ本など著書多数。代表作は『まんがキッチン おかわり』『ゴロツキはいつも食卓を襲う』(太田出版)など。最新刊にやまだないと、藤本由香里との共著『大島弓子にあこがれて』(ブックマン)がある 。

http://www.poco2.jp/novel/okawari


岡田育(おかだ いく) プロフィール

編集者・文筆家。1980年東京都生まれ。出版社勤務を経て、ウェブ媒体を中心に執筆活動を始める。著書に『ハジの多い人生』『嫁へ行くつもりじゃなかった』、最新共著は『オトコのカラダはキモチいい』。連載に「天国飯と地獄耳」「女の節目」「メガネに会いたくて」など。『とくダネ!』『ワイド!スクランブル』など情報番組のコメンテーターも務める。

http://okadaic.net/




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映画『エレファント・ソング』
2015年6月6日(土)より、新宿武蔵野館、渋谷アップリンク他、全国順次公開

マイケルは美しい青年だった。14歳のときオペラ歌手である母が目の前で自殺し、その後、現在に至るまで精神病院に入院している。彼は病院で一番の問題児とされており、ゾウにまつわるあらゆることに異常なまでの執着を示していた。ある日、彼の担当医であるローレンスが失踪した。手がかりを知るのはマイケルだけ。マイケルのことをよく知る看護師長のピーターソンは「マイケルは茶化すだけで真実を話さない」と助言するが、院長のグリーンは彼に事情を聞くことを試みる。すると、話をする代わりに、と彼は3つの条件を提示した。グリーンは条件を飲むが、マイケルはゾウやオペラについての無駄話で、話をそらすばかり。「母を殺した」「ローレンス医師から性的虐待を受けていた」など、嘘か本当かわからないようなことをほのめかす。いつしかグリーンはマイケルの巧妙な罠に取り込まれていった……。

監督:シャルル・ビナメ
脚本:ニコラス・ビヨン
撮影:ピエール・ギル
編集:ドミニク・フォルタン
出演:グザヴィエ・ドラン、ブルース・グリーンウッド、キャサリン・キーナー、キャリー=アン・モス、ガイ・ネイドン、コルム・フィオールドン、ほか
配給:アップリンク
2014年/カナダ/100分/シネマ・スコープ/DCP

公式サイト:http://www.uplink.co.jp/elephantsong/
公式Facebook:https://www.facebook.com/elephantsong.jp
公式Twitter:https://twitter.com/elephantsong_JP




DOLAN-ANYWAYS

グザヴィエ・ドラン特集上映:
『トム・アット・ザ・ファーム』『わたしはロランス』『マイ・マザー』『胸騒ぎの恋人』

日程:2015年6月20日(土)~
会場:渋谷アップリンク
上映作品:『トム・アット・ザ・ファーム』『わたしはロランス』『マイ・マザー』『胸騒ぎの恋人』
http://www.uplink.co.jp/movie/2015/37854

【映画館テイクアウトフード販売】
◎コリアンダーとナッツのチョコレートパウンド(300円)
しっとりした生地にクラッシュした塩チョコレートとコリアンダーシードを練り込んで、キャラメルでコーティングしたヘーゼルナッツを加えました。スパイスが爽やかに香るチョコレートケーキ。

【渋谷アップリンク併設のカフェTabela連動メニュー】
◎エレファント・ガトーショコラ バナナ or 甘夏(680円)
カカオ70%のビターチョコを使用したガトーショコラはバナナと甘夏の二種をご用意。お酒との相性も抜群。




映画『エレファント・ソング』+「ドラン先生の公開授業」上映会
(スイーツ&ドリンク付)

日程:2015年6月11日(木)開場18:30/上映19:00
会場:渋谷アップリンク
料金:2,500円 コリアンダーとナッツのチョコレートパウンド&ドリンク付き
(前売り券ご利用の方はプラス800円)
http://www.uplink.co.jp/event/2015/37890




【完全初回生産限定版】
グザヴィエ・ドラン/わたしはロランス+トム・アット・ザ・ファーム Blu-ray BOX
発売中

グザヴィエ・ドラン/わたしはロランス+トム・アット・ザ・ファーム Blu-ray BOX

TCBD-0456
価格:10,800円(税込)
発売元:アップリンク
販売元:TCエンタテインメント

★映像特典★
●『ドラン先生の公開授業』
パリの映画館forum des imagesが開催した、グザヴィエ・ドランのマスタークラス(公開授業)を約2時間収録
●『トム・アット・ザ・ファーム』監督インタビュー(10分)、日本版予告編、本国版予告編
●『わたしはロランス』グザヴィエ・ドラン監督の解説付き未公開シーン(53分)、日本版予告編、本国版予告編

★封入特典★
●『わたしはロランス』ビジュアルブックレット
●グザヴィエ・ドランのポートレートカード4枚セット
●『トム・アット・ザ・ファーム』オリジナルステッカー

【仕様】
3枚組(Blu-ray:2枚+DVD:1枚)

©Xavier Dolan, Clara Palardy/©2012 Production Laurence INC / MK2 SA / ARTE France CINEMA

Amazonでのご購入は下記より
http://www.amazon.co.jp/dp/B00T77LBEG/webdice-22

渋谷アップリンク2階のUPLINK MARKETでは、オリジナル限定特典(『わたしはロランス』A3サイズポスター)付きで発売中

販売価格:7,900円(税込)
http://www.uplink.co.jp/market/2015/37070


▼映画『エレファント・ソング』予告編

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