骰子の眼

cinema

東京都 渋谷区

2015-08-07 15:50


船が山を越える!意志によって不可能を可能にする映画監督・ヘルツォーク傑作選

『フィツカラルド』『アギーレ』『小人の饗宴』など8作を渋谷アップリンクで一挙上映
船が山を越える!意志によって不可能を可能にする映画監督・ヘルツォーク傑作選

ドイツのヴェルナー・ヘルツォーク監督作の代表作を上映する企画『ヘルツォーク傑作選2015』が8月8日(土)より渋谷アップリンクで開催される。ニュー・ジャーマン・シネマ(1960年代後半から1980年代に入るまでに活躍したドイツにおける映画監督の新世代に名付けられた総称)の監督の一人として脚光を浴び、現在までに数多くの作品を発表。新作のニコール・キッドマン主演『Queen of the Desert(原題)』も2016年日本公開を控えるなど、精力的な活動を続けるヘルツォーク監督の作品から、今回は8作品が上映される。

今回は、2012年に東京ドイツ文化センターで行われた特集上映から、入江悠さん(映画監督)、柳下毅一郎さん(映画評論家・特殊翻訳家)、瀬川裕司さん(明大教授)によるトーク採録とともに、上映作品を紹介する。

各作品の予約は現在アップリンクのホームページにて行わている。




『アギーレ/神の怒り』
8月8日(土)18:50、8月9日(日)11:00、8月12日(水)18:50、
8月14日(金)15:40

映画『アギーレ/神の怒り』より

原題:Aguirre, der Zorn Gottes
出演:クラウス・キンスキー
1972年/93分/日本語字幕付き/デジタル・リマスター版/新訳

「失われていく映画の不良性が詰まっている」
入江悠監督『アギーレ 神の怒り』を語る

入江悠さん

ヘルツォークを知ったのは映画を勉強していた大学生の頃で、『フィツカラルド』とか『ノスフェラトゥ』あたりだったと思いますが、当時は面白いと思わなかった。年を経て見た時にすごいなと思うようになりました。

ヘルツォーク監督は狂っていますよね。無謀なことが好きじゃないですか。主人公がヘルツォークとだぶって見える。周囲にいられたら迷惑で、同じコミュニティにいてほしくないタイプ。でも、だんだん愛おしくなって、魅力が浮き上がってくる。それがヘルツォークの魅力なのだろうと思っています。語弊があるかもしれませんが、ヘルツォークは雑な面があると思う。事態が突然起きて、それがなんだったかという説明せずに終わるという荒っぽさを、ある日ふと「これはすごいな」と思うようになりました。ヘルツォークの映画には説明がない。人の心をざわざわさせる感じが強い。ある種の人々にとっては苛立たされると思う。でも一旦その世界に入ってしまうとすごく心地いい。こちらの映画体験だったり、人生だったりを映画側が試してくるような感じ。

作り手としては、『アギーレ』なんかはやりたくないことばっかりやっていますからね。川の撮り方ひとつにしても、川の中にカメラが筏と共にあり、カメラが水の中で揺れる。その時に川の水面を見るとどれくらい大変かが分かる。世界でトップクラスに大変な川の撮影だったと思いますよ。それに、ドキュメンタリー的な撮り方をしているので、かなり優秀な撮影スタッフだろうなと思います。よく逃げ出さなかったと。

映画が持っている不良性というか行儀の悪さ、東映のやくざ映画とか好きなのですけど、次第にそういうのは失われて、優等生的になっていっていると思う。そういう失われていくものがすごく詰まっている。いつか自分でもそういうものを撮りたいと思っています。

(2012年11月7日 東京ドイツ文化センターにて)



『フィツカラルド』
8月10日(月)15:10、8月11日(火)16:40、
8月14日(金)18:00[上映後、村尾静二さん(映像人類学・映画研究者)のトークショー有]

映画『フィツカラルド』より

原題:Fitzcarraldo
出演:クラウス・キンスキー、クラウディア・カルディナーレ
1981-1982年/157分/日本語字幕付き/デジタル・リマスター版
1982年カンヌ国際映画祭監督賞受賞

「未知の場所を知る興奮こそが最初にある」
柳下毅一郎さん(映画評論家・特殊翻訳家)『フィツカラルド』を語る

これは船が山を登る映画です。ヘルツォークにとっては船が山を登ったように見えるかどうかが問題ではなくて、実際に船が山を登ることが大事で、そういう意味ではとてもドキュメンタリー的なのです。フィツカラルドには実際のモデルがいます。19世紀にカルロス・フィツカラルドというゴム王がアマゾンの奥地にオペラを持ってきた。フィツカラルドは実際に船で山を越したのだそうです。ただしこちらはそんなに変な人ではないので、船をちゃんと分解して運んだらしい。

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この映画を作るのは実際、船が山を登るくらい大変な仕事でした。当初はジェースン・ロバーツが「フィツカラルド」役でした。3~4割撮ったところで、ロバーツが病気になってドクターストップがかかり、撮影がストップ。共演者にミック・ジャガーがいたのですが、撮影が伸びたので、ローリング・ストーンズのレコーディングがあり、下りてしまった。そこからお金を集め直して、結局クラウス・キンスキーになったわけです。

雨季に撮影する予定だったのが、騒動のせいで、乾季になってしまった。乾季は水かさが減るので、山を越す距離が増えてしまう。さらにその年は60年ぶりの大渇水ということで船のスクリューが水面から出てしまって、そのたびに座礁して撮影が中止になる。そこまでしてヘルツォークは何を証明したかったのか。船が山を越えると言うのはこの映画の中ではメタファーです。映画の中で何度となく言われるのですが、意志によって不可能を可能にする。不可能な夢を叶える。それが船が山を越えることなのだ。ヘルツォークは船が山を越えるのは意志の力によってなんだと言っています。意志の力を証明する。そのために敢えて闘っている。

ヘルツォークはドキュメンタリーをいくつも撮っています。冒険のための冒険ではなく、未知の場所に分け入っていく、未知の場所を知る興奮こそが最初にあるわけです。ヘルツォークは人が知らない世界でこれまで誰も経験したことない感情を見出す。それを映画として表現しようとするわけです。あくまでも感情の表現であって、事実の提出じゃないんですね。だからヘルツォークのドキュメンタリーには演出が入るんです。

誰も触れたことのない世界に行って、映画をゼロから立ち上げようとしているんだと思います。世界と一対一で対峙する存在になろうとしている。ヘルツォークは、質問だけがあって答えは与えられなくていいんじゃないか。何も知らないまま巨大な謎に直面する。それこそが感動させられる瞬間なんじゃないか、と言っている。だから、今日の話はみんな忘れて、白紙の状態で船が山に登る映画を見てくださいね!

(2012年11月9日 東京ドイツ文化センターにて)



『シュトロツェクの不思議な旅』
8月9日(日)19:00、8月11日(火)11:00、8月12日(水)19:00、
8月13日(木)19:00

映画『シュトロツェクの不思議な旅』より

原題:Stroszek
出演:ブルーノ・S、エーファ・マッテス
1976年/108分/日本語字幕付き/デジタル・リマスター版

「社会不適合者を描き続ける」
瀬川裕司さん(明大教授)『シュトロツェクの不思議な旅』を語る

瀬川裕司さん

ヘルツォークは、素人を俳優として使うことを好む監督です。この映画でも何人か、本名で登場している素人がいます。それとは別に、ヘルツォークはクラウス・キンスキーに代表されるような「異常俳優」ともいうべき人たちを好んでいて、本作でシュトロツェク役をつとめているブルーノ・Sもそのひとりです。彼はいわゆるプロの俳優ではなく、街のなかで演奏して小銭をかせぐ「路上音楽家」であり、特に技能はなかったようですが、不定期に工場などでも働いていたようです。

ブルーノ・Sは3歳の時から、知的障害を持つ人々を対象とする施設に入れられ、以後23年間もそこで暮らします。つまり彼は、物心がついたころから施設に幽閉され、わけのわからない注射を打たれながら長い歳月を過ごしたわけです。やがてナチ時代が終わり、26~7歳のころに、彼は「社会に適用可能」という判定を受け、ようやく施設から外の世界に出て、暮らしはじめました。まず彼のドキュメンタリーを撮った人がいて、ヘルツォークはその作品を見てブルーノ・Sという存在を知り、『カスパー・ハウザーの謎』の主演俳優として起用したわけです。カスパー・ハウザーとは、幼年期からずっと狭く暗い場所に幽閉され、言葉すら教えられずに成長し、大人になってからとつぜん外の世界に出された実在の人物です。これはまさに、ブルーノ・Sの人生に重なっている。『シュトロツェクの不思議な旅』の主人公もずっと施設に入っていたとされ、語られる台詞にもブルーノ・Sの魂の叫びがこめられているようです。

ヘルツォークといえば、『フィツカラルド』や『アギーレ 神の怒り』が代表作とされることが多く、誇大妄想を抱いた主人公が〈未開の地〉に乗り込んでいって文明の押しつけ、あるいは逆に自然の驚異にさらされて滅びて行く、主人公が挫折するという〈大きな物語〉の印象が強いかと思います。『シュトロツェクの不思議な旅』は、そういった作品群とは一線を画す作品です。ドイツで行き詰った主人公がアメリカに行く。しかし、そこで彼を待っていた「憧れの国」は、若者たちが夢見たような夢の国ではなく、いかにも薄っぺらい、イメージとしてのアメリカの〈残骸〉、もしくは戯画のようなものでしかない。そのようなアメリカが映画のなかでどのように描かれているか、ご覧いただきたいと思います。

(2012年11月8日 東京ドイツ文化センターにて)



『小人の饗宴』
8月8日(土)11:00/16:40、8月12日(水)16:40、
8月13日(木)15:10

映画『小人の饗宴』より

原題:Auch Zwerge haben klein angefangen
出演:ヘルムート・デーリング
1969-1970年/96分/日本語字幕付き/デジタル・リマスター版

人里離れた施設で始まったアナーキーなドンチャン騒ぎ。衝撃的な内容に物議を醸したが、世界のアートシーンに与えた影響は計り知れない。ヘルツォークは「ニワトリが恐ろしいと示したのは私が最初です」と語る。




『カスパー・ハウザーの謎』
8月9日(日)16:40、8月10日(月)11:00、8月12日(水)17:30、
8月13日(木)16:40

映画『カスパー・ハウザーの謎』より

原題:Kasper Hauser-Jeder fur sich und Gott gegen alle
出演:ブルーノ・S
音楽:ポポル・ヴー
使用音楽:ヨハン・パッヘルベル、オルランド・ディ・ラッソ他
1974年/109分/日本語字幕付き/デジタル・リマスター版
1974年カンヌ国際映画祭審査員グランプリ

1828年、ニュルンベルクの路上で、言葉も喋れない青年が発見されたいた。地下室に閉じ込められていたようだ。彼はカスパー・ハウザーと名付けられ、ある篤志家に引き取られ、言葉を習得して通常の生活を送るようになるが、突然正体不明の男に殺される……。カスパーはナポレオン二世の落とし子などの噂もあるが出自も暗殺の真相も不明。小説・音楽など多くのクリエイターを引き付けたこの実話を題材に、ヘルツォークは、精神病施設からの脱走を繰り返したというアマチュアのブルーノ・Sをカスパーに起用。




『ノスフェラトゥ』
8月10日(月)16:40、8月12日(水)11:00、8月14日(金)16:40

映画『ノスフェラトゥ』より

原題:Nosferatu - Phantom der Nacht
出演:クラウス・キンスキー、イザベル・アジャーニ、ブルーノ・ガンツ
1978年/103分/日本語字幕付き/デジタル・リマスター版

クラウス・キンスキー演じる白塗りのドラキュラ伯爵の迫力と、アジャーニの妖しい美しさに息をのむ。『ヒトラー~最後の12日間~』の名優ブルーノ・ガンツが、アジャーニとカップルを演じているのも見もの。




『ヴォイチェック』
8月10日(月)19:00、8月13日(木)11:00、8月14日(金)19:00

映画『ヴォイチェック』より

原題:Woyzeck
出演:クラウス・キンスキー エーファ・マッテス
1979年/81分/日本語字幕付き/デジタル・リマスター版

兵士ヴォイチェックの頭には、しょっちゅう、不思議な声が響いていた。その声に導かれるように彼は……。原作は19世紀に23歳で亡くなった天才ゲオルク・ビューヒナーによる未完の小説。




『コブラ・ヴェルデ 緑の蛇』
8月11日(火)15:10、8月13日(木)17:20、8月14日(金)11:00

映画『コブラ・ヴェルデ 緑の蛇』より

原題:Cobra Verde
出演:クラウス・キンスキー
1987年/110分/デジタル・リマスター版
1982年カンヌ国際映画祭監督賞受賞

19世紀初頭のブラジル。フランシスコは農園主の娘に手を付けたため、アフリカに飛ばされ奴隷商人コブラ・ヴェルデとなるが、勲功をあげアフリカ総督になる。だが、栄華は続かず、首に懸賞をかけられる身に……。




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ヴェルナー・ヘルツォーク(Werner Herzog) プロフィール

1942年9月5日ドイツ生まれ。少年時代はドイツ南部を転々として過ごす。『カスパー・ハウザーの謎』(1974年)でカンヌ国際映画祭審査員グランプリ、『フィツカラルド』(1982年)で同監督賞受賞。また、『ミスター・ロンリー』(2006年/ハーモニー・コリン監督)などでは俳優としても活躍。『ローエングリン』(1990年バイロイト音楽祭にて公演)や『忠臣蔵』(三枝成彰作曲・島田雅彦脚本 1997年)など数多くのオペラも演出。2012年には、米国テキサス州の刑務所で服役中の死刑囚にインタビューしたドキュメンタリー『Into the Abyss』、2014年にはニコール・キッドマン主演で『Queen of the Desert(原題)』を完成させた後、現在は、Vernon God Little[邦訳「ヴァーノン・ゴッド・リトル 死をめぐる21世紀の喜劇」(D・B・Cピエール著/都甲幸治訳/ビレッジブックス刊)]を原作に新作準備中である。




『ヘルツォーク傑作選2015』
2015年8月8日(土)~8月28日(金)渋谷アップリンク

ご予約は下記より:
http://www.uplink.co.jp/movie/2015/38299

公式サイト:https://pandorafilms.wordpress.com/herzog-2015/

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