骰子の眼

cinema

東京都 新宿区

2015-11-23 00:50


橋口亮輔監督7年ぶりの長編『恋人たち』言い掛かりが通る「ねじれた」時代を生きる群像劇

「震災と原発事故があって変わった」3組の男女の思いが交錯する
橋口亮輔監督7年ぶりの長編『恋人たち』言い掛かりが通る「ねじれた」時代を生きる群像劇
映画『恋人たち』より アツシ役の篠原篤(左)とリリー・フランキー(右) ©松竹ブロードキャスティング/アーク・フィルムズ

『恋人たち』は、俳優のワークショップを行い、そこから3人を選び、脚本を当て書きして物語を作っていったという。既に一般公開されており、その圧倒的なリアリズムの演出による本作は、観た人から絶賛の評価を得ている。
映画を観るとはどういうことなのかを考えさせられた。劇映画には"世界”をみたいという思いが強くある。しかも頭の中だけで考えたような単純なものでなく、複雑な現実を映し取った"世界"をみたい。その演出を褒めるという映画監督の力や俳優の演技力を褒める見方がある一方で、映画の中に入り込み登場人物と同化して共感する見方がある。『恋人たち』は最初監督の力に魅入り、時間が経つと作品の中に入っている自分に気づかされる作品だ。そして観客である自分がどこにいるのかを自問する。3人それぞれの苦悩、孤独を同じ目線で観るのか、上から目線で観るのか、スクリーンの中のドラマとして観るのか。
橋口亮輔監督は、この7年の間に自分自身もあまりにも理不尽で辛い経験をしたので、妻を通り魔に殺されたアツシに自分の経験を投影させたという。そこが頭の中だけで作られた物語だけではない作品の強度と複雑さの秘密なのだろうか。
(文:浅井隆)

■TBSラジオ「Session袋とじ」2015年11月16日(月)放送
ゲスト:橋口亮輔監督 ポッドキャスティング

webDICEでは、今作が7年ぶりの長編となる橋口監督のインタビューを掲載する。なお、公開中のテアトル新宿ではトークイベントが実施される。11月23日(月・祝日)は主演の篠原篤、成嶋瞳子、池田良の登壇が決定しており、11月28日(土)には橋口監督とクリープハイプの尾崎世界観がトークを行う。

橋口亮輔監督インタビュー:
ワークショップのエチュードを膨らませていく

──『恋人たち』はどういった着想から生まれた作品ですか?

最初は『サンライズ・サンセット』(12)、『ゼンタイ』(13)に続くワークショップ3部作のつもりで、ワークショップのエチュードをもとに膨らませていこうと思ったんです。でも、あまり上手くいかなくて、きちんと自分に引き寄せた物語を100%オリジナルで作らないといけないな、と。一方、ワークショップで出会ったアマチュアに近い俳優たちが、それぞれの限界を超えるようなものでなければ、彼らの未来に繋がるものになりません。その辺のさじ加減が難しくて、台本を書くのに8カ月も掛かってしまいました。プロの役者さんを含めて、みんな当て書きです。書き上げたら、初めて本物のセリフが書けたような気がして、これまでで一番いい脚本になったと思います。

映画『恋人たち』橋口亮輔監督
映画『恋人たち』橋口亮輔監督

──3組の「恋人たち」の物語という設定はどこから出てきましたか?

『恋人たち』というタイトルは最初に決めていたものです。3人の人生を描くだけでなく、その周辺にいろいろな恋人たちの姿を織り込みながら、背景にいまの日本の空気が見えてくればいいなと思いました。

映画『恋人たち』より ©松竹ブロードキャスティング/アーク・フィルムズ
映画『恋人たち』より ©松竹ブロードキャスティング/アーク・フィルムズ

──主人公のキャラクターなど、扮した俳優たち自身から取り入れた部分もありますか?

はい、彼らの個性を理解したうえで書いています。篠原篤くんは人柄がよくて、九州男児らしく頑固で、ちょっと見栄っ張り。じゃあ、どうすれば彼を生かせるかというところから、不器用で、何をやってもすべて挫かれていくという役柄ができあがりました。成嶋瞳子さんは、彼女のエチュードをワークショップで見ていて、ポッと出る何気ない言葉がリアルで面白かったんです。だから、生っぽい、生活感のある女をやらせたらはまるなって。弁護士役の池田良くんを含め、個性がわかっていたので、上手く回る役柄を考えました。クランクイン前も、前々日まで4日間リハーサルをして、時間を掛けて取り組んだつもりです。新人だからといって、ある水準で妥協した作品にはなっていないと思います。

映画『恋人たち』より ©松竹ブロードキャスティング/アーク・フィルムズ
映画『恋人たち』より。瞳子役の成嶋瞳子(左)と光石研(右) ©松竹ブロードキャスティング/アーク・フィルムズ

何を信じてもの作りをすればいいのか

──メジャー映画ではすくい取れないものを描きたい。そんな意図があったそうですね。

いまは言い掛かりが通る時代なので、映画もテレビも自主規制が厳しくなっています。この風潮が進んでいくと、社会には目を向けられなくなって、本当に小さな話しか生まれません。それは日本の空気の問題ですよね。例えば、この作品で四ノ宮が聡に拒絶されるようになるのは、「いじめってマスコミが作ってるんでしょ?」などと言う聡の妻、悦子の差別意識が発端です。言い掛かりを付けられた側が、何の罪科もないのに痛い目に遭うという状況が、いまの日本ではざらにあります。そんな日本のねじれた感じが描ければいいなと思いました。

──『ぐるりのこと。』(08)も、「日本はなぜこうなってしまったのか?」という橋口監督の目線が反映されていましたが、その時と比べて日本はさらに変わったと思いますか?

変わりましたよね。震災があって、原発事故があって。でも、それだけでなく、僕自身が変わりました。『ぐるりのこと。』の後、いろいろなことがあって、それまで信じていたものをすべて失いました。じゃあ、何を信じてもの作りをすればいいのかというところから、この映画も始まっています。日本も変わったし、僕自身も変わったんじゃないでしょうか。

映画『恋人たち』より ©松竹ブロードキャスティング/アーク・フィルムズ
映画『恋人たち』より、四ノ宮役の池田良(右)と山中聡(左) ©松竹ブロードキャスティング/アーク・フィルムズ

──すべて失った人間がその後の人生をどう生きていくか。登場人物も、橋口監督も、それを模索しているように思えます。

僕自身が体験したことはまったく別のことですが、そのまま描いても人には伝わらないので、その悲しみと同等のものは何かと考えました。それで奥さんを通り魔に殺された男の悲しみなら伝わるかな、と。妻を失ってから数年経って、歯を食いしばってがんばっているけど、どうにもならなくて「ごめんね」って泣いているような、その思いの中でどうやって生きていけるのか。アツシだけでなく、この映画の中では誰の問題も解決しません。でも、人間は生きていかざるを得ないんですよね。映画を作るうえで、僕は閉じた映画では駄目だと思っています。どんな悲しみや苦しみを描いても、人生を否定したくないし、自分自身を否定したくない。生きているこの世界を肯定したい。だから、最後には外に向かって開かれていく、ささやかな希望をちりばめたつもりです。人の気持ちの積み重ねが、人を明日へ繋いでいくんじゃないかなって。

映画『恋人たち』より ©松竹ブロードキャスティング/アーク・フィルムズ
映画『恋人たち』より ©松竹ブロードキャスティング/アーク・フィルムズ

──ささやかでも、観る人にとって救いとなるような作品になったんじゃないでしょうか?

そうなってくれたらうれしいと思います。数年前、木下惠介監督の『二十四の瞳』の予告編を新たに作る仕事をして、改めて木下作品を観返したんです。その時、木下作品にも似たところがあったんだな、と。戦後、日本人がみな貧しく、厳しい現実を生きる中、木下作品には自分たちと同じような悲しみや苦しみ、ささいな喜びが描かれていて、当時の人々は我がことのように泣いたと思うんです。自分と同じ思いがこの映画の中に描かれていると思えたら、それだけで救いになるんですね。考えてみれば、『二十才の微熱』(92)を作った時もそういった部分があった気がします。当時はまだバブルの勢いが残っていた頃で、ノリこそすべて、暗いことはダサいことだという風潮がありました。でも、その中でやり場のない思いを抱えた人たちに対して、みんなと違っていていいんだよという思いを『二十才の微熱』で描いたんです。そういう意味では、今回の作品も同じなのかもしれません。

(オフィシャル・インタビューより 聞き手:門間雄介)



橋口亮輔 プロフィール

1962年7月13日生まれ、長崎県出身。92年、初の劇場公開映画『二十才の微熱』が劇場記録を塗り替える大ヒットを記録。2作目となる『渚のシンドバッド』(95)はロッテルダム国際映画祭グランプリ、ダンケルク国際映画祭グランプリ、トリノ・ゲイ&レズビアン映画祭グランプリなど数々の賞に輝き、国内でも毎日映画コンクール脚本賞を受賞。人とのつながりを求めて子どもを作ろうとする女性とゲイカップルの姿を描いた3作目の『ハッシュ!』(02)は第54回カンヌ国際映画祭監督週間に出品され、世界69カ国以上の国で公開された。文化庁優秀映画大賞はじめ数々の賞を受賞。『ハッシュ!』から6年ぶりの新作となった4作目の『ぐるりのこと。』(08)は、何があっても離れない夫婦の十年を描いて「橋口亮輔の新境地」と各界から絶賛を浴び、報知映画賞最優秀監督賞、日本アカデミー賞最優秀主演女優賞(木村多江)、ブルーリボン賞最優秀新人賞(リリー・フランキー)など数多くの賞を受賞した。2013年、若手俳優のためのワークショップ(実践型演技講座)をもとに2日間で撮影した62分の中編『ゼンタイ』を発表。レイトショー公開ながらロングランヒットを記録した。『恋人たち』は『ぐるりのこと。』以来、7年ぶりとなる長編新作となる。




映画『恋人たち』
テアトル新宿、テアトル梅田にて公開中、ほか全国ロードショー

映画『恋人たち』より ©松竹ブロードキャスティング/アーク・フィルムズ
映画『恋人たち』より ©松竹ブロードキャスティング/アーク・フィルムズ

東京の都心部に張り巡らされた高速道路の下。アツシはノック音の響きで破損場所を探し当てる橋梁点検をしている。健康保険料も支払えないほどに貧しい生活を送る彼には、数年前に愛する妻を通り魔殺人事件で失ったという、つらく重い過去がある。郊外に住む瞳子は自分に関心をもたない夫と、そりが合わない姑と3人で暮らしている。ある日パート先にやってくる取引先の男とひょんなことから親しくなり、瞳子の平凡な毎日は刺激に満ちたものとなる。 企業を対象にした弁護士事務所に務める四ノ宮は、エリートである自分が他者より優れていることに疑いをもたない完璧主義者。そんな彼には学生時代から秘かに想いを寄せている男友だちがいるが、ささいな出来事がきっかけで誤解を招いてしまう。それぞれの“恋人たち”は、失ってはじめて「当たり前の日々」のかけがえのなさに気づいていく。

原作・監督・脚本:橋口亮輔
出演:篠原篤 成嶋瞳子 池田良 安藤玉恵 黒田大輔 山中崇 内田慈 山中聡
リリー・フランキー 木野花 光石研
製作:井田寛、上野廣幸
企画・プロデューサー:深田誠剛
プロデューサー:小野仁史、平田陽亮、相川智
ラインプロデューサー:橋立聖史
撮影:上野彰吾
照明:赤津淳一
録音:小川武
美術:安宅紀史
編集:橋口亮輔、小野仁史
装飾:山本直輝
衣装:小里幸子
ヘアメイク:田鍋知佳
音楽:明星/Akeboshi
助成:文化庁文化芸術振興費補助金
制作プロダクション:ランプ
宣伝:シャントラパ ビターズ・エンド
配給:松竹ブロードキャスティング/アーク・フィルムズ
製作:松竹ブロードキャスティング
日本/2015年/ビスタ/140分/5.1ch

【トークイベント開催】
日程:11月23日(月・祝)15:10の回上映後、17:30~17:55
登壇:篠原篤、成嶋瞳子、池田良
日程:11月28日(土)15:10の回上映後、17:30~17:55
登壇:橋口亮輔監督、尾崎世界観(クリープハイプ)
ともに会場:テアトル新宿(新宿区新宿3-14-20新宿テアトルビルB1)

公式サイト:http://koibitotachi.com/
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▼映画『恋人たち』予告編

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