骰子の眼

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2015-12-01 14:36


『創造と神秘のサグラダ・ファミリア』“奇界遺産”著者と“三田のガウディ”が語る

もはやガウディの作品ではない?佐藤健寿氏×岡啓輔氏トークレポート
『創造と神秘のサグラダ・ファミリア』“奇界遺産”著者と“三田のガウディ”が語る
映画『創造と神秘のサグラダ・ファミリア』より © Fontana Film GmbH, 2012

12月12日(土)よりYEBISU GARDEN CINEMAほかで全国順次公開されるドキュメンタリー映画『創造と神秘のサグラダ・ファミリア』の試写会付きトークイベントが、11月26日、セルバンテス文化センター東京で行われ、写真家の佐藤健寿氏と建築家の岡啓輔氏が登壇。それぞれの活動を織り交ぜながら、ガウディならびにサグラダ・ファミリアについて熱いトークを繰り広げた。

佐藤氏は、世界中の変わった形の建物や文化を撮り続け、それらを収めた『奇界遺産』は、写真集としては異例のベストセラーを記録。一方、“三田のガウディ”と呼ばれる岡氏は、ホームセンターの資材のみで家を立てるという究極のセルフビルド建築「蟻鱒鳶ル(アリマストンビル)」を2005年に着工し、今なお作り続けている。

■ サグラダ・ファミリアは廃墟?
もはやガウディの作品ではない?

2005年に世界遺産に登録され、年間3百万人を超える世界中からの観光客を魅了するスペイン・バルセロナのシンボルサグラダ・ファミリア。本作は、同国カタルーニャ州の天才建築家アントニ・ガウディが構想し、1882年の着工から133年経った現在に至るまで未だ完成していない一大建築プロジェクトを、貴重な内部映像と日本人彫刻家の外尾悦郎氏をはじめとする建築関係者らのインタビューによって解明する。

佐藤:今回、公式のコメントをパンフレット等にも寄せさせていただいたんですが、ドキュメンタリー映画として凄く面白かったです。僕がガウディの諸々の建築物を見たのはかれこれ5、6年前になりますね。写真集では見ていたんですが、実際にサグラダ・ファミリアを目の当たりにした時は「廃墟」に似ているなと思いました。未完の状態というよりも、まるで一度出来上がっていた建物が壊れてしまって、それをみんなで修復しているような感じですかね。今回の映画を観ても、やはりガウディのイメージを探って、そこに近づけていくというよりも、昔存在していた『何か』を取り戻そうとしている印象を受けました。岡さんは同じ建築家ですし、“三田のガウディ”と呼ばれているだけに、かなり興味深い内容だったのではないでしょうか?

佐藤健寿氏
映画『創造と神秘のサグラダ・ファミリア』イベントより、佐藤健寿氏

岡:ちなみに“三田のガウディ”ですが、以前、「タモリ倶楽部」(テレビ朝日系のバラエティー番組)に出演した際にそう呼ばれたのがキッカケで、それをマスコミがこぞって使ったことから定着してしまったようで、本当におこがましいです。僕みたいな人間にとって、ガウディはとんでもない存在。「爪の垢、煎じさせてください」っていうくらい凄い人なんですが…。それはともかく、僕も一応建築家なので、ガウディのことは1度、どこかで学ばなければいけないと思っていたのは事実。ただ、今50歳ですが、実はまだガウディの作品を見たことがなくて、本もまともに読んだことがないんです。それは何故かというと、たぶん、ガウディの作品を見たら、凄すぎて、怖くなって、何も手が付けられなくなるような気がしたからなんですね。「蟻鱒鳶ル」の建設に取り掛かる前に、ガウディの作品を見ておこうと思って、スペインへ行く話が持ち上がったんですが、間際になってやっぱり見られないなと考え直し、止めてしまった。見てしまったら、ただのガウディ・ファンになって、ガウディの真似をして、人生終わっちゃうなと思ったんですね。

岡啓輔氏
映画『創造と神秘のサグラダ・ファミリア』イベントより、岡啓輔氏

佐藤:今回、ドキュメンタリー映画ではありますが、これまで躊躇していたガウディの代表作サグラダ・ファミリアをご覧になっていかがでしたか?

岡:この映画を見て、結構、いろんな点で愕然としましたね。まず、サグラダ・ファミリアという建築物はガウディのものではないんだなと。最初、ある建築家(フランシスコ・ビリャール)が作り始めたんですが、意見の対立からガウディが2代目としてやってきて建築を受け継ぐことになった。ところがそのガウディも亡くなり、やがてスペイン内戦が始まって、図面や模型も失くしてしまい、その時点でほとんど次の人たちにパスされている。だからこのサグラダ・ファミリアはガウディの作品ではなく、たくさんの人が命を注いで出来ているんだなと。この映画を見て、これは凄いことだと改めて思いましたね。

映画『創造と神秘のサグラダ・ファミリア』より © Fontana Film GmbH, 2012
映画『創造と神秘のサグラダ・ファミリア』より © Fontana Film GmbH, 2012

■“三田のガウディ”が求めるもの、
それは図面では描けない「何か」

佐藤:岡さんが手掛けている「蟻鱒鳶ル」は作り始めて何年くらいなんですか?

岡:実は今日(11月26日)で、作り始めてからちょうど10年になります。今、再開発問題に振り回されていて、ある日、大企業の方が来られて「潰させてください」と言われ、「ふざけるな!」とか言って喧嘩しながらここ数年、交渉中の身なんです。

佐藤:それにしてもかなり時間がかかっていますね。

岡:そうですね、写真ではなかなかわかりづらいんですが、地下に1階分、掘ってあって、あと数メートル上に伸びる予定です。コンクリートがとてもいいコンクリートなんです。普通の建築物に使われているコンクリートの寿命は約35年、メンテナンスをして約50年なんですが、うちのコンクリートは200年持つだろうと言われているんですね。それは何が違うかというと、コンクリートを現場で作っていて、練り始めたらすぐに打つようにしているから。その分、作業時間もかかり、仕上がりも決して綺麗じゃないんですが。

佐藤:デザイン的には何かモチーフとか、テーマとか、あるんですか?

岡:いや、ないですね。最初に全体像があるわけではなく、即興的に下から作りながら、思い付いたアイデアを少しずつ入れていく感じでしょうか。だから、上に行けば行くほど、不思議なことになっている。例えば、天井面は今、ポコポコになっていて、よく見るとハートの図柄が見えると思いますが、これは、いつも作業を手伝ってくれる早稲田大学の学生が「生まれて初めて彼女が出来たので、ハートの型を仕込んでいいですか?」と言って、初恋記念に入れていったもの。まぁ、全てがそんな感じなので、何がモチーフとか、何がテーマとかっていうのはないんですね。強いていえば、コンクリートらしさのあるコンクリートを作ろうとか、図面では描けない「何か」を探しながら作っています。

撮影:岡啓輔
岡啓輔氏の「蟻鱒鳶ル(アリマストンビル)」

佐藤:ちょっと歪(いびつ)な形にも見えるんですが、それはわざとやっているんですか?

岡:そうですね。多くの方から「装飾的だね」って言われますが、建築ってほとんどの作業はつらいだけ。常に楽しいことを仕込んでいかないと面白くないので、その都度、思い付いたアイデアはやってみたいと思うし、そういう楽しみを盛り込んでいかないと建築なんてやっていけないなって最近、つくづく思いますね。

佐藤:あとでご紹介しますが、海外でもセルフビルド系の建築物を作っていらっしゃる方がいるんですが、共通して言えることは、「完成予想図」がなく、いつまでに完成させるという「目標」も持たない方が多いですね。

■自由な発想は「違法建築」を超えて
人々の共感を呼び起こす

岡:佐藤さんは世界のいろんな建築物をご覧になっていると思いますが、とくに印象に残っているものをご紹介いただけますか?

佐藤:まず、台湾桃園国際空港のすぐ近く、大通りに面した看板だらけの雑居ビルなんですが、裏に回るとおじいさんが1人で奇妙な建築を作っているんです。もともと豪邸だったらしいのですが、パリのエッフェル塔を見て「自分もこういう家に住みたい」と思い始め、無計画のまま、自分で設計をして作り始めたんですが、最近、風水的に「良くない」ということで工事がストップしているようです。

岡:やはり、中国系の方は風水を重視されるんですね。

佐藤:あとは、スペインのマドリッドに住む修道士のおじいさんなんですが、体の不調で教会を辞めさせられたことから、仕方なく自分の教会を作ることにしたんですね。それが50年前の話で、現在90歳を越えているんですが、廃材なんかを利用して独学で今も作り続けています。ただ、清涼飲料水のテレビCMに使われたことからヨーロッパ中の若者たちがボランティアで手伝いに来てくれて、工事がどんどん進んでいるそうですよ。もともと違法建築で当局から怒られたりしていたんですが、作っているうちに教会を見に来る人たちが増えてきて、街が活性化し始めたこともあって、教会の正面の通りを「アントニ・ガウディ通り」と名付けたそうです(笑)。現在は、オフィシャルなものとして見守られているようです。

映画『創造と神秘のサグラダ・ファミリア』トークイベントより ©佐藤健寿
映画『創造と神秘のサグラダ・ファミリア』トークイベントより、スペインのフストおじいさんによる手作りの大聖堂 ©佐藤健寿

それから、ベトナム戦争の退役軍人がアメリカ・カリフォルニア州南西のモハーヴェ砂漠に山を作ったという例もあるんですが、無宗教だったその人が戦地から帰ってきたら、突然、神のメッセージを受けて「神は愛だ」ということを全世界の人々に伝えたい、ということで作ったそうです。これも最初は違法建築として、当局は追い出そうしていたんですが、何もない砂漠の見どころになって、観光客も増えたことから、今では州の文化財として保存されているそうです。これを作ったおじいさんも50年ぐらい砂漠で1人、車のバンに住みながら作ったそうですよ。

岡:神が降りて来た……うーん、そこまでの経験はないですが、10年間、ずっと「蟻鱒鳶ル」のことばかり考えてきたので、夜中にハタッと起きて「あ、わかった!」と思う瞬間はちょくちょくありますね。

佐藤:今ご紹介したような建築物は、わりと郊外に作られることが多いのですが、岡さんの建築物って、都会の、それも高級そうな三田というところに建てているところが面白いですよね。

映画『創造と神秘のサグラダ・ファミリア』より © Fontana Film GmbH, 2012
映画『創造と神秘のサグラダ・ファミリア』より © Fontana Film GmbH, 2012

岡:僕は九州(福岡県柳川市)の田舎の人間なんですが、どうせやるなら東京の真ん中でやりたいなと思って。12坪しかない中で、物を移動させながら作業しているんですが、たぶん、東京でも立川辺りでやった方が広くて楽だったと思います。倍くらい時間が違っていたと思いますね。

佐藤:建築資材を全てホームセンターから調達しているということですが?

岡:こういうことをやっていると「原始人っぽいことやってるね」ってよく言われるんですが、30年前だったら、こんなことはできなかったと思うんですよ。やはり、インターネットが発達して、いろんな知識を1人で調べ切ることができて、しかも大きなホームセンターもたくさん出来てきて、各店ごとに切磋琢磨しているから、とても良い商品が置いてある。だから、逆に(セルフビルド)は「今だな」って思うんですよね。

佐藤:東京で岡さん以外にセルフビルド建築を見られるところはあるんですかね?僕が知る限りではないですが、高知県にある「沢田マンション」なんかは一般の方が1人で建てられたことで有名ですね。

岡:ガウディ建築を思わせるもので言えば、早稲田大学の近くにあるマンション「ドラード早稲田」。これは、梵寿綱(ぼんじゅこう)さんという日本の建築家の作品ですが、レベルの高いアーティスト集団をきちんと組織して、妥協せずに作り上げているんですね。ガウディ信者と言ってもいいくらい、真剣さを感じますね。

撮影:岡啓輔
岡啓輔氏の「蟻鱒鳶ル(アリマストンビル)」

佐藤:岡さんは、最初から集団ではなく、お一人で始めたんですか?

岡:最初は、少しですが時給も払って、たくさんの友達とワサワサ言いながら作っていたんですが、10年も経つと、結婚したり、就職したり、体がしんどくなったり、結局、誰も来なくなりました(笑)。今は学生に来てもらったりしていますが、彼らは作業を教える時間の方が長くて、それで満足してしまうと来なくなっちゃうので、ちょっと時給は払えないですよね。ただ、うちでコンクリートの練り方を覚えたり、いろんな作業を体験したりすることは、これから一級建築士をめざす若い人にはとても役に立つと思います。つい最近も、イギリスの大学院生が見学にやってきて、うちで見たものをイギリスで作ると言っていましたし。最近はパソコンの前に座ってデザインをするだけで、現場で作らない建築学科が多いらしく、学生自身が危機感を覚えて動く人がいるそうですよ。

佐藤:なるほど。ところで岡さん、「蟻鱒鳶ル」の完成はいつ頃になる予定ですか?

岡:(一瞬、苦笑いを浮かべながら)僕は建築作業員からスタートし、鳶、鉄筋工、型枠大工、建て売り住宅の大工を経験し、一級建築士も持っていたので、このプロジェクトがスタートした時は『余裕でしょ』みたいに思っていたんですよ。3年あれば建てられると踏んでいたんですが…無理でしたね(笑)。今日はこの会場に妻も来ているので、「急いで作る」と言わないと怖いんですけどね(笑)。あとは、このビルの完成を楽しみにしている祖父のことを考えると、少しでも早く建てられるようがんばりたいとは思っています。ただ、今は再開発の問題にぶつかっていて、立ち退きの圧力を受けながら、「今後どうするか」というところで、さらに完成が延びそうです。

映画『創造と神秘のサグラダ・ファミリア』イベントより、佐藤健寿氏と岡啓輔氏
映画『創造と神秘のサグラダ・ファミリア』イベントより、佐藤健寿氏と岡啓輔氏

世界にはサグラダ・ファミリアを最高峰に、実に様々な伝説的建物が存在する。佐藤氏が一部紹介したセルフビルド建築にまつわる逸話も、想像するだけでも鳥肌が立った。ちなみにガウディ没後100周年にあたる11年後の2026年、サグラダ・ファミリアは完成予定を発表したが、奇しくも岡氏の「蟻鱒鳶ル」は着工から11年目に突入。また、高速鉄道AVE のトンネル工事計画に巻き込まれたサグラダ・ファミリアに対して、「蟻鱒鳶ル」も都市再開発の渦中に巻き込まれ、現在、話し合いの真っ最中。テレビ番組での命名で偶然、結び付けられたとはいえ、“三田のガウディ”こと岡氏と、本家アントニ・ガウディ、彼らの間には、何か不思議な縁、絆、もしくは運命的なものを感じずにはいられない。

(取材・文・写真:坂田正樹)



佐藤健寿(さとう・けんじ) プロフィール

写真家。武蔵野美術大学卒。世界各地の“奇妙なもの”を対象に、博物学的、美学的視点から撮影・取材・執筆を行なう。著作に写真集としては異例のベストセラーとなった『奇界遺産』『奇界遺産2』ほか、『世界の廃墟』、『諸星大二郎マッドメンの世界』、『ヒマラヤに雪男を探す』、『空飛ぶ円盤が墜落した町へ』など。近著は米国の民間最大の人工衛星企業、デジタルグローブ社と協力し、世界120箇所以上を人工衛星で撮影した『SATELLITE』(朝日新聞出版)を発表。TBS系列『クレイジージャーニー』にも出演中。


岡啓輔(おか・けいすけ) プロフィール

建築家。1965年九州柳川生まれ、船小屋温泉育ち。有明高専卒。鳶、鉄筋工、型枠大工、建売り住宅の大工など。舞踏。岡画郎。高山建築学校。2005年蟻鱒鳶ル(アリマストンビル)着工。現在も建設中。
http://arimasutonbi.blogspot.jp/




映画『創造と神秘のサグラダ・ファミリア』
2015年12月12日(土)YEBISU GARDEN CINEMAほか、全国順次公開

映画『創造と神秘のサグラダ・ファミリア』より © Fontana Film GmbH, 2012
映画『創造と神秘のサグラダ・ファミリア』より © Fontana Film GmbH, 2012

監督:ステファン・ハウプト
出演:ジャウマ・トーレギタル、外尾悦郎、ジョルディ・ボネット、ジョアン・リゴール、ジョアン・バセゴダ、ライモン・パニッカー、ルイス・ボネット
配給・宣伝:アップリンク
2012年/スイス/スペイン語、カタルーニャ語、ドイツ語、英語、フランス語/94分/16:9/カラー
© Fontana Film GmbH, 2012

公式サイト:http://www.uplink.co.jp/sagrada/
公式Facebook:https://twitter.com/SagradaMovieJP
公式Twitter:http://bit.ly/SagradaMovieFB


▼映画『創造と神秘のサグラダ・ファミリア』予告編




『奇界遺産』
著:佐藤健寿

4.104円(税込)
出版社:エクスナレッジ
発売中


『奇界遺産2』
著:佐藤健寿

4.104円(税込)
出版社:エクスナレッジ
発売中

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