骰子の眼

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2016-01-19 11:20


地縁・血縁でない、体験や問題を共有する“居場所”作りへ―映画『蜃気楼の舟』から考える

竹馬靖具監督×つくろい東京ファンド・稲葉剛氏「都電テーブル」イベント・レポート
地縁・血縁でない、体験や問題を共有する“居場所”作りへ―映画『蜃気楼の舟』から考える
映画『蜃気楼の舟』「都電テーブル」イベントより、稲葉剛さん(左)、竹馬靖具監督(右)、プロデューサーの汐田海平さん(右)

東京からホームレスの老人たちを連れ去り、小屋に詰め込み世話をするかわりに生活保護費をピンハネすることを生業とする「囲い屋」の若者たちを主人公にした竹馬靖具監督の新作『蜃気楼の舟』が1月30日(土)より公開。昨年10月に豊島区東池袋のスポット「都電テーブル」で、映画を通して「住まいの貧困」を考えるイベント「社会から、芸術から"居場所"について語る」が実施された。

『蜃気楼の舟』は劇場公開にあたり、クラウドファンディング・サイト「MotionGallery」にて2015年11月30日までクラウドファンディングを実施し、1,531,897円を集めた。この日のイベントには、同じくMotionGalleryを利用して生活困窮者のための「空き家活用!シェルター+こどもクッキングサロン×若者向けシェアハウス」の実現に取り組む「一般社団法人つくろい東京ファンド」の稲葉剛代表理事が登壇。

MotionGalleryの大高健志代表を司会に、稲葉さんと竹馬監督、今作のプロデューサー汐田海平さん、そしてイベント後半には、MotionGalleryでの支援プロジェクトを経て「都電テーブル」をオープンさせたオーナーの青木純さんも加わり、貧困の現場から見た“孤独”とアート映画のスクリーンを通して見る“孤独”、それぞれ異なる視点から捉えた、現在の日本における“居場所”について語った。

「囲い屋」を通して現実を映画表現として見せる(竹馬監督)

大高健志(MotionGallery代表 以下、大高):『蜃気楼の舟』のプロジェクトと、「つくろい東京ファンド」のプロジェクト、「都電テーブル」という場所の3つに共通する点として“居場所”があると思います。私がクラウドファンディングを始めたのも、活動の居場所作りという意味合いも含んでいます。今話題になっている「一億総活躍」という言葉は“居場所”や“多様性”と対極的にある存在だと感じます。その流れのカウンターとして“居場所”というのは何かということを映画というアートの観点から捉えたり、実際にそういう問題に取組んで活動されている方の話を比較して見ていければと思います。

稲葉剛(一般社団法人つくろい東京ファンド理事 以下、稲葉):私は1994年から東京都内で新宿を中心にホームレスの人たちの支援活動を行っています。2001年からはNPO法人自立生活サポートセンター・もやいという団体で生活に困っている方々の相談や支援を行ってきました。昨年にもやいの理事長を若い方に譲ったのをきっかけに、別団体で一般社団法人つくろい東京ファンドという団体を立ち上げて、空き家を活用した生活困窮者の支援を行っています。また、今年の春からは立教大学の大学院で貧困問題について教えています。

竹馬靖具(『蜃気楼の舟』監督 以下、竹馬):『蜃気楼の舟』の主人公は、東京からホームレスの老人たちを連れ去り、小屋に詰め込み世話をするかわりに生活保護費をピンハネすることを生業としている囲い屋の男です。この映画の題材と稲葉さんが普段関わっていらっしゃる活動には多く関連するものがありますよね。

大高:社会問題にストレートに斬り込むドキュメンタリーはよくありますが、社会問題を題材にしたフィクションは数が少ないと思う。そういう面でとてもおもしろいし、チャレンジをされた映画だと思います。この題材をフィクションで描いた意図や利点、想いなどはありますか?

竹馬:ドキュメンタリー映画も被写体に対して少なからず演出をするものですが、フィクションはよりダイレクトに自分のやりたい表現ができる。あとは、脚本を書くことで自分が感じたことを形にできるからです。ただ、脚本を書く際に自分の感覚を反映しすぎてしまうこともあるので、客観性を意識して書くようにしています。

汐田海平(『蜃気楼の舟』プロデューサー):映画もアートとはいえ、脚本は論理的に、それこそ論文のように書かれています。でも私が最初に『蜃気楼の舟』の脚本を読んだとき、その脚本が論理づけられたものではないと感じました。こちらが提示したものをただ受け取るのではなく、この作品を観た人々で何かコミュニケーションが発生するような企画ができるのではないかと思いました。

大高:竹馬監督が「囲い屋」を知ったきっかけと、題材に選んだ理由はなんですか?

竹馬:5年ほど前に囲い屋のビジネスについて取り上げたニュースをみたのがきっかけです。

稲葉:2009年から2010年にかけて新聞やテレビで、生活保護費から搾取する貧困ビジネスの潜入取材がいくつかでたことがありました。これから潜入取材をする報道関係者に助言をしたこともあります。

竹馬:そのニュースをみたときに、「ひどいな」と思うより「もっと知りたい」と思ったんです。人間を物や家畜のように扱っても、なんの良心の呵責も起こさない。その冷酷さが、自分の感覚と地続きだなと感じたからです。

それはつまり、僕が囲う側の人間にも、囲われる人間にもなり得たし、今後そうならないとは言い切れないということです。またそれは、友達であり、恋人であり、家族であり、さまざまな人間関係の中にも見出せる気がしました。この現象は決して、彼らだけの問題ではありえないと思います。自分自身の内面にもそのような囲う枠があると思っていますし、自由にしたいという精神と対立する社会的な拘束や、それに伴なって自然と作られてしまう思考回路があるようにも感じたからです。無意識の内に大きな壁を作り知らないうちに自分自身をも、その囲いから逃げらずもがき苦しんでいるようにも見えました。だから「囲い屋」を通してさまざまな意味で現実を映画表現として見せることができるのではないか、と思ったのが『蜃気楼の舟』を撮ったきっかけです。

映画『蜃気楼の舟』より
映画『蜃気楼の舟』より

役所も環境が劣悪なのはわかっていても必要悪として認めている(稲葉さん)

大高:稲葉さんの目線から、囲い屋という貧困ビジネスについて、フィクションのこの映画のなかで描けている部分と描ききれていない部分などはありましたか?

稲葉:まず映画の感想としては、映像に力があって引き込まれたのと、特に田中泯さんの存在感や体の動きが印象的でした。そして舟の描写が溝口健二の『雨月物語』を連想させたりと、いろんなイメージを喚起させられる映画でした。貧困問題に関わっている者からすると、この映画は囲い屋のビジネスをとてもリアルに描いていて、ドキュメンタリーに近いように感じられました。

そのような施設は東京では若干規制がかかってきていて、貧困ビジネスの業者は埼玉県や千葉県など郊外にどんどん逃げていく傾向があります。地方だと土地が安いのですぐにプレハブ小屋を立てることが可能なんですよね。ただ、東京にも未だにあのような施設があって、実はここ東池袋にもあるんですよ。先日、私の講演会にその施設で働いていたという若者がきて、その話をしてくれました。彼は大学で福祉を勉強していて、その施設のアルバイト募集を見て働き始めたら、実体は貧困ビジネスの施設だったんです。全員を同じ方向に向いて寝かせ、夜中に安否確認と称して足下を懐中電灯で照らして回る行為などをさせられ、この施設は人権への配慮が足りないと上司に意見を言ったら、彼はクビにされてしまいました。その施設は最近、週刊誌で告発されていました。

大高:居場所の定義は人それぞれだし、やむを得ない事情がある方もいらっしゃるのでしょうが、囲われている側の人々はどういう感情でその場に居続けるのでしょうか?

稲葉:人によってですが、冬は凍え死にそうなので冬の間だけでも施設に入って、春になると施設から出て行くということを繰り返している人もいますね。ときどき施設で10年から15年過ごしたという方もいらっしゃいますが、もう諦めなんでしょうね。問題は役所側もその施設に依存しているところがあることです。生活保護を申請する際に、公的な施設が少ないので、役所側がそうした施設に入ることを勧めることもあります。役所側も環境が劣悪なのはわかっていても、それでもほかに場所がないという理由で必要悪として認めているんですね。

映画『蜃気楼の舟』より
映画『蜃気楼の舟』より

「ハウジングファースト」の欧米と人手不足の日本、
生活保護者への対応の違い

竹馬:映画では囲い屋について描いていますが、囲い屋を告発しようという映画を作ったわけではなくて、この問題をこのように解決しようと提案をだしているわけでもないです。ただ、もっと根本的なところで解決できる何かを撮るのがフィクションであり、映画なのではないかと思っています。生活保護などについていろいろとリサーチはしたのですが、稲葉さんからぜひ現場の実態についてお聞きしたいです。

稲葉:そのような問題が起きる理由としては人手が足りないこという理由も大きいです。生活保護受給者には必ずケースワーカーという役所の担当がつきます。国の基準では1人のケースワーカーが80世帯くらいを持つのを基準としているのですが、現在、東京都内だと1人が約120世帯を担当しているので到底見切れないし、新たに生活保護受給者が増えるとオーバーワークが増えてしまうんですね。なので、生活保護受給者が施設にまとまって住んでいれば、わざわざ一軒ごとに訪問しなくて一括に現状の把握ができるので助かるということがあります。

また、生活保護を受給することによって、全体として路上生活者の数は減少傾向にあるのですが、路上生活者のなかで知的障害と精神障害を持っている人の割合がどんどん増えています。そのような障害を持っている方々は施設でうまくなじめずにすぐ出てしまう方が多いのというのがその理由です。欧米では「ハウジングファースト」といって、まずはそのような施設ではなくて最初から適切なプライバシーが保たれる住まいを提供するという取組みを始めています。私は中野区にシェルターを作ったのですが、地元の方と繋がりを作りつつ、受け入れてくれる人を徐々に増やしていっています。

映画『蜃気楼の舟』より
映画『蜃気楼の舟』より

無縁から始まるコミュニティ

大高:「都電テーブル」のオーナー、青木さんは、居場所やコミュニティ作りに関していろんな観点で見ていらっしゃいますが、いかがですか。

青木純(「都電テーブル」オーナー):ものごとは表裏一体だなと思っていて、映画のなかの空き家の活用の仕方にはとても考えさせられました。実は私も空き家問題や共働きをしたい主婦の社会復帰などに関心があり、取組んでいます。知らないことがいちばんよくないと思っていて、知ることや思いを寄せることが大事だと思います。そして暮らしを前向きに楽しむ“居場所”を作っていきたいと考えています。時代的に、物欲より体験欲が求められている気がします。

竹馬:相手を感じることができるというのはとても大事で、人と継続して適切な距離で関わっていけるのがベストだと思う。

青木:地縁でも血縁でもない。無縁から始まるコミュニティを作っていきたい。難しそうだといわれますが、例えば日本の文化だと「祭り」もそうです。まったく関わりのなかった人でも、神輿を共に担ぐという共通の体験が生まれます。共通の体験を作り込むということに目を背けてはいけないと思います。それには誰かが汗をかくのだけれども、1人が汗をかきはじめると共感してくれる人が現れると思います。

映画『蜃気楼の舟』より
映画『蜃気楼の舟』より

生きるのは苦しいけど、それにどう抗っていくか(竹馬監督)

竹馬:私は“居場所”が問題だと思っています。私は仕事もしつつ家もあるのですが、東京のアパートを自分の“居場所”だという感覚はないです。かといって実家を“居場所”とも感じない。その感覚が、今の自分にとって切実な問題だし、興味があることです。住まいを提供されても、そこを“居場所”として感じることができずに元の生活に戻ってしまう人たちもいるとのことですが、そういった問題に対しての解決策はありますか?

稲葉:以前は路上生活者がアパートに入ることがゴールだと思っていましたが、そうではないと気づきました。なので、住まいを確保するのと同時に当事者が集まれる場を作り、それぞれが“居場所”を確保できるよう努めています。

大高:以前は「地縁・血縁」が“居場所”と考えられていたと思うのですが、竹馬監督が先ほどお話しされたように「地縁・血縁」が必ずしも“居場所”とは限らなくなってきていて、“居場所”を作るには何か周りとの共通点が必要なのではないかと思っています。

稲葉:「地縁・血縁」ではなく、何か問題や課題があって集まってくる人々の“場所”を作りたいと思っています。それにはまず空間的に場所を確保しなければいけません。相対的貧困率、子どもの貧困率、そして空き家率が上がってきているので、それをうまく組み合わせて、空き家を活用し子ども食堂やシェルターを作っています。最近は若い人や女性からの相談も増えています。

竹馬:そして、精神的な貧困率も上がっていると思うんです。生きるのは苦しいことだけど、それにどう抗っていくか、どう人と関わっていくかが大事だと思います。“囲い屋”を通してそれに抗う手段を表現できるのではないかと思い、『蜃気楼の舟』の制作に挑戦しました。

映画の世界では、感情とか欲望を刺激する作品はすごく売れますよね。私はそのような表現が嫌だったので、『蜃気楼の舟』では物語を最小限にして感動や欲望をあまり誘導せずに見せようとしました。それには意味があります。言葉や文章にするとこぼれたり、溢れてしまうものがあって、全てを説明することはできないと思うんです。そのこぼれてしまうものを映画で表現したい。そのような作品に出会ったときの感動が本当に自分の支えや芯になる。そのような映画に出会ってきたから、今こうして自分も映画を作ろうとしているのだと思います。

(2015年10月27日、「都電テーブル」にて)



稲葉剛(いなばつよし) プロフィール

1969年、広島県広島市生まれ。1994年より東京・新宿を中心に路上生活者支援活動に取り組む。20年間で3000人以上の路上生活者の生活保護申請を支援。2001年、湯浅誠らと共に自立生活サポートセンター・もやいを設立し、共同代表に就任(現在は理事)。2014年、一般社団法人つくろい東京ファンドを設立し、空き家を活用した低所得者支援に乗り出す。一般社団法人つくろい東京ファンド代表理事、自立生活サポートセンター・もやい理事、住まいの貧困に取り組むネットワーク世話人、生活保護問題対策全国会議幹事、立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科特任准教授。

稲葉剛公式サイト:http://inabatsuyoshi.net/tsukuroi


竹馬靖具(ちくまやすとも) プロフィール

1983年、栃木県足利市生まれ。役者としての活動を経て、2009年、自身が監督・脚本・主演を務めた映画『今、僕は』を発表。2011年、真利子哲也監督の映画『NINIFUNI』に脚本で参加。2016年1月、監督第2作『蜃気楼の舟』がアップリンクの配給により公開。

映画『蜃気楼の舟』公式サイト:
http://uplink.co.jp/SHINKIRO_NO_FUNE/




【関連記事】

革命から26年豊かになったチェコの映画祭で豊かな国の囲い屋たちの映画はどう映ったのか:
カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭コンペ作『蜃気楼の舟』竹馬靖具監督の映画祭体験記(2015-10-24)
http://www.webdice.jp/dice/detail/4803/

田中泯出演、映画『蜃気楼の舟』リターン総数1,000以上の〈体験型〉クラウドファンド始動(2015-09-07)
http://www.webdice.jp/dice/detail/4844/




映画『蜃気楼の舟』
2016年1月30日(土)より、渋谷アップリンク他、全国順次公開

映画『蜃気楼の舟』より
映画『蜃気楼の舟』より

主人公の男は、友人に誘われたことがきっかけで、囲い屋で働いていた。ある日、それまでモノのように扱ってきたホームレスのひとりに、自らの父を発見する。導かれるように父を連れて囲い屋を出た男は、自身の欠落を問うために車を走らせる。現実と異世界を揺れ動くドライブの中で父と訪れた廃墟には、母親の幻影がさまよっていた。そして、並行して描かれる、現実と幻想の狭間を航海する一艘の舟が向かう先には……。

監督・脚本:竹馬 靖具
撮影:佐々木 靖之
照明:關根 靖享
助監督:池田 健太
編集:山崎 梓、竹馬 靖具
録音:上條 慎太郎
整音:鈴木 昭彦
効果:堀 修生
スタイリスト:碓井 章訓
ヘアメイク:寺島 和弥
プロデューサー:竹馬 靖具、汐田 海平
テーマ曲:「hwit」(坂本龍一『out of noise』より)
音楽:中西俊博
製作:chiyuwfilm
出演:小水 たいが、田中 泯、足立 智充、小野 絢子、竹厚 綾、川瀬 陽太、大久保 鷹、中西 俊博、北見 敏之、三谷 昇 他
配給:アップリンク
2015年/99分/1:1.85/カラー & モノクロ/5.1ch/DCP

公式サイト:http://www.uplink.co.jp/SHINKIRO_NO_FUNE/
公式Twitter:https://twitter.com/shinkiro2015
公式Facebook: https://ja-jp.facebook.com/shinkiro.film


▼映画『蜃気楼の舟』予告編

キーワード:

蜃気楼の舟 / 竹馬靖具 / 稲葉剛


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