骰子の眼

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東京都 新宿区

2016-02-29 18:00


製作費50億円!やりたい放題のタランティーノ新作、映画美術・種田陽平が秘話語る

極寒の山小屋で血みどろの惨劇!撮影はLAスタジオをまるごと冷蔵庫に
製作費50億円!やりたい放題のタランティーノ新作、映画美術・種田陽平が秘話語る
映画『ヘイトフル・エイト』より ©Copyright MMXV Visiona Romantica, Inc. All rights reserved.

インディーズで映画を撮り始めた監督ならいつかはタランティーノのように好き勝手に映画を撮ってみたいと思うだろう。『ジャンゴ 繋がれざる者』では114億円(1億ドル)をかけたので、今度1セットの舞台で予算も少なく撮影しようと作り始めた『ヘイトフル・エイト』、それでも結局50億円(4400万ドル)かかったという。ああ、日本映画と比べるとため息しか出ない数字である。

世界の撮影現場や映画館では絶滅種となった70ミリで撮影し、70ミリのプリントに焼き、70ミリで映写する映画館が100館に及び、その為に70ミリ上映の経験のある映写技師を雇用するという、撮影から上映まで、映画オタクの壮大なプロジェクトだ。残念ながら日本にはフィルムセンターに70ミリ映写機はあるらしいがきちんと動かすには予算がかかりすぎるというので配給のギャガは70ミリでの上映は断念したという。

ハリウッドのスタジオ製作の映画は編集の最後の権利、ファイナル・カットはプロデューサーが持つが、ワインスタイン・カンパニーで製作してきたタランティーノは監督自身がその権利を持つ。映画を見た方はお分かりの通り、思いついたイメージを徹底的に具体化したのであろうキャストと絵作りに、最後は予想通り血がドバドバと飛び散る様は、正にやりたい放題の作品となっている。

デジタル処理を嫌い、現場にこだわるタランティーノは、冬山のセットとは別に夜のシーンを撮影する為に同じセットをロサンジェルスのスタジオ内に作った。実際の冬山の気温の中で俳優が演技することにこだわり、俳優の息の白さを絵に写す必要がある為、スタジオの外には巨大な空調装置が24時間ノンストップで稼働していたという。

デジタル撮影の現在は、撮影中にモニターで今撮っている絵を監督とスタッフたちが確認するのが当たり前になったが、フィルム時代は現像するまで何が映っているかはわからないので、“デイリー”と言って毎日撮影後メインスタッフが試写室で現像したての音が入っていない絵を確認していた。タランティーノはそのデイリーを観る為に映画館を作らせ、そして週末は“デイリー”上映後、タランティーノ所有のB級映画のフィルム上映大会が開催されたという。

そんな遊びというには真剣すぎる、巨額の予算がかけられた映画オタク監督の撮影に『キル・ビル Vol.1』に続きタランティーノのたってのオファーによりプロダクション・デザイナーとして種田陽平氏が参加した。種田氏には自身が関わった『思い出のマーニー』がアカデミーの長編アニメーション部門にノミネートされているためロスアンジェルスに行く直前にインタビューした。

なお、現地時間の28日、第88回アカデミー賞の授賞式がカリフォルニア州ロサンゼルス市ハリウッドのドルビー・シアターで行われ、音楽を担当したエンリオ・モリコーネが作曲賞を受賞した。『思い出のマーニー』は受賞を逃した。

(文:浅井隆)




準備したイメージ画も見ずに「お前とやりたかったよ!」

── 最初に、タランティーノ監督からどのようにオファーが来たのですか?

2014年にプロデューサーから「スケジュール大丈夫か」と電話をもらった。前作の『ジャンゴ 繋がれざる者』のときもオファーがきたんですが、ちょうどキアヌ・リーブスの『ファイティング・タイガー(Man of Tai Chi)』をやることが決まっていたので、できなかったのです。今回はちょうど『思い出のマーニー』が終わったところだったので「大丈夫だ」と答えました。

種田陽平さん
種田陽平氏

ハリウッドのユニオン映画の場合、監督がこの人とやりたい、と願う場合でも、いちおうコンペティション方式になっていて、何人かプロデューサー側が候補を出して、面接をするんです。

台本を送るから読んで、アメリカに来てくれ、と言われたんです。アイディアを持ってきてくれというリクエストだった。それで資料を集め、イメージ画を描き、メインセットになる「ミニーの紳士服飾店」の間取り図を作って持っていきました。でもタランティーノはそう言ったものはあまり観ないで、「お前とやりたかったんだよ!」と喜んでくれた。徹夜して描いたのでちょっとがっくりしたけど(笑)。

映画『ヘイトフル・エイト』より
種田陽平氏による「ミニーの紳士服飾店」のイメージ ©Copyright MMXV Visiona Romantica, Inc. All rights reserved.
映画『ヘイトフル・エイト』より
雪山に建てられた「ミニーの紳士服飾店」 ©Copyright MMXV Visiona Romantica, Inc. All rights reserved.
映画『ヘイトフル・エイト』より
種田陽平氏による「ミニーの紳士服飾店」間取り図 ©Copyright MMXV Visiona Romantica, Inc. All rights reserved.

── そのときはどんなことをキーワードにデッサンしたんですか?

タランティーノ映画の台本は、普通の脚本家の脚本と違って、監督がこの映画で実現したことが、ものすごく細部まで書き込まれている。例えば「雪の中にキリスト像が建っている。このキリスト像はいわゆるヒッピー的な顔立ちではなくて、エイゼンシュタインの『イワン雷帝』の出で立ちをした、まるで、北欧の彫刻のような、この場にふさわしくないようなキリスト像が建っている」というように。だから僕はそのキリスト像はあえて描かないで行きました。

映画『ヘイトフル・エイト』より
種田陽平氏による「ミニーの紳士服飾店」イメージ ©Copyright MMXV Visiona Romantica, Inc. All rights reserved.
映画『ヘイトフル・エイト』より
種田陽平氏による「ミニーの紳士服飾店」イメージ ©Copyright MMXV Visiona Romantica, Inc. All rights reserved.

── タランティーノの撮影の特徴はどんなところですか?

彼は、よくあるエスタブリッシング・ショット(状況を説明するような引きのショット)は撮りません。また、彼はコンテは描かないけれど、頭のなかにすでに画ができてるんですね。先ほどのオープニングのキリスト像についても、台本の1ページ目を開くと「70ミリフィルムで撮られた、大シネマスコープの画面に真っ白い雪景色を、1台の駅馬車が走っている。セルジオ・レオーネのウェスタンのクローズアップのようにキリストの顔から始まる」と書いてあって、それはプロデューサーがなんといっても揺るがないんです。ポスターにも「シネマスコープ70ミリ」と書いてありますが。この映画の企画のテーマですよね。脚本にも何度も出てくる(笑)。

映画『ヘイトフル・エイト』より ©Copyright MMXV Visiona Romantica, Inc.  All rights reserved.
映画『ヘイトフル・エイト』オープニングに登場するキリスト像 via Variety ©Copyright MMXV Visiona Romantica, Inc. All rights reserved.

70ミリに耐えうる細かいディティールが必要だというリクエストが最初にあったものの、実際に撮影が始まると「密室劇なのに70ミリで撮る必要あるのかな?」となってくるじゃないですか。ところが、仕上がったものを観ると、確かに70ミリでよかったんだと思いました。

映画『ヘイトフル・エイト』より ©Copyright MMXV Visiona Romantica, Inc. All rights reserved.
映画『ヘイトフル・エイト』撮影現場のクエンティン・タランティーノ監督(左)、ティム・ロス(右)、カート・ラッセルとジェニファー・ジェイソン・リー(後方) ©Copyright MMXV Visiona Romantica, Inc. All rights reserved.

── どんなところが違うのでしょう?

70ミリは、アスペクト比が2.75:1と普通のアナモルフィック・サイズよりも横がぐっと長い。その分画面に入る要素が多くて、なおかつ10キロくらいの昔のレンズを使っているせいもあり、ピントを合わせるのがすごく難しいんです。ちょっとでも動くとピントが合わない。でもキャストは動きまわっているでしょう。だからすごい技術がいるんです。日本ではピントのコントロールを行うフォーカス・マンは若い人が担当するけれど、ハリウッドでも、この映画でもそうだったが50代のベテランがやっているのはそういう理由からなんですね。

監督の役者を包み込むような空間が欲しいという要望に応えて、2Fや廊下をあえて作らず、地下室以外は、部屋のどこにいても部屋全体が見えるようにしました。35ミリのカメラやデジタルだったら、このワンルームのセットは観ていると30分くらいで飽きてしまったでしょう。でも、映画をご覧いただいて分かるように、結果的に、たった15メートル四方の部屋なんだけれど、飽きずに観ていられる。

映画『ヘイトフル・エイト』より
種田陽平氏によるコンセプト・スケッチ ©Copyright MMXV Visiona Romantica, Inc. All rights reserved.
映画『ヘイトフル・エイト』より
種田陽平氏によるコンセプト・スケッチ ©Copyright MMXV Visiona Romantica, Inc. All rights reserved.

例えば、暖炉前に居座るブルース・ダーンから店のドアまでがすごく遠くに見えたり、別のカットではすぐ近くに見えたり、室内や人物の位置関係が観客の頭のなかで簡単には結びつかないように撮影されているんですよ。バーがすごく遠くにあると思えていたら、あれ、案外ドアの近くにあるんだな、とか。後半になって、ピアノを弾くシーンや、テーブルにみんな集まってシチュー食べているシーンなどで「ピアノなんかあったんだ」とか「テーブルなんてあったっけ?」という気持ちになる。次から次への新しい情報が生まれてくる。ヒッチコックの『サイコ』みたいに、空間の遠近が曖昧になって、悪夢のような一夜にふさわしく小さな空間も、現実をどんどん失っていく。

映画『ヘイトフル・エイト』より
「ミニーの紳士服飾店」内部 ©Copyright MMXV Visiona Romantica, Inc. All rights reserved.

── そうした効果に一番重要なのはレンズでしょうか、それともライティングでしょうか?

70ミリレンズの効果もあるし、工夫されたライティング効果もあります。ライティングは日本も含めアジア全般は、いわゆるシーンごとの「つながり」を気にします。シーンとシーンが変わるとき、違う方向から照明があたっていることを嫌います。けれどアメリカのライティングに対する考え方は違うんですね。シーン毎に変わっても良いんです。それが意図されたものであれば。モノクロ時代から、バックと役者を切り離すために、役者が飛び出して見えるよう、役者の輪郭が目立つように、人物の後ろから照明を当てたりもしている。日本の場合は「つながり」のために全体的に明るくすることが多いですが、かつての大映の映画だとシーンやカットごとに意図したライティングをやっていて、だから海外では大映時代のライティングは素晴らしいという人が多い。今回は、ライティングに対する考え方の違い、そういうこと考慮して美術を作らなければいけなかった。

例えば天井ですが、わざとスリットにすることで、上から光が通過するようにして、光が嘘をつきやすくしたり。

映画『ヘイトフル・エイト』より
「ミニーの紳士服飾店」内部 ©Copyright MMXV Visiona Romantica, Inc. All rights reserved.

それから、この映画は後半の夜になっていくに従い様々なことが起こります。しかしそれはさすがに雪山で撮影できない。そこでハリウッドのスタジオに同じセットを用意しました。タランティーノは「そこを雪山と同じ温度にする。今風の撮り方に迎合していると、役者の本気度が出てこない。暖かいところでやっていても寒がる芝居にはならない」と言って、中をマイナス5度くらいに設定したんです。そこで雪山と同じ寒さのなか撮影しました。外の気温は30度くらいなのに、スタジオのなかに入ると、息が真っ白なんです。

── どうやって設営したんですか?

スタジオの外に巨大な冷凍装置を載せた大きなトラックを6台用意して、止めてしまうと気温が戻ってしまうので、2カ月半くらいの撮影中、24時間フル稼働させました。だからすごいお金がかかりました(笑)。そして外の風景を、ブルー・スクリーンのバックではなく、ミニチュアを作って同じに作りました。

映画『ヘイトフル・エイト』より
「ミニーの紳士服飾店」内部 ©Copyright MMXV Visiona Romantica, Inc. All rights reserved.

「クリエイティブ」をもっとも大切にする現場

── この作品は、ハーヴェイ・ワインスタインのワインスタイン・カンパニーの作品ですが、彼がファイナル・カットの権利を持つのでしょうか?

クエンティンの作品はすべてワインスタインなんだけれど、ワインスタインに決定権はないようですね。クエンティンに全て決定権があると聞きました。

── それは特別なことですよね。

ワインスタインも現場には1、2回は来ますが、クエンティンがやることを全面的にサポートする立場です。クエンティンが「70ミリで全米公開したい」というと、ワインスタインが100館70ミリの機材と映画館と映写技師をなんとかして実現してしまう。

── これはハリウッドの映画といっていいのでしょうか?

これはハリウッド映画といってもスタジオ映画ではありません。スタジオ映画かそうでないかで大きく分かれますし、ユニオン映画かノンユニオン映画かでも分かれます。これはユニオン映画ですが、スタジオ映画ではないので、プロデューサーの意向とOKは限定的だったかもしれませんね。

── では誰がいちばん権限を持つのですか?

タランティーノ映画では、監督以外にはいないです。プロデューサーは4人いて、リチャード・N・グラッドスタインと、ステイシー・シェアと、シャノン・マッキントッシュ、そしてジョージア・カカンデスがいます。お金の担当、役者の担当、撮影・編集・ポスプロの担当と、役割分担があるんですが、ジョージアはスコセッシの映画をやっていて、現場を仕切っていました。クエンティンがやりたいことをできるように4人が奔走しているんです。

映画『ヘイトフル・エイト』より、オズワルド・モブレイ(ティム・ロス)©Copyright MMXV Visiona Romantica, Inc.  All rights reserved.
映画『ヘイトフル・エイト』より、オズワルド・モブレイ(ティム・ロス)©Copyright MMXV Visiona Romantica, Inc. All rights reserved.

── 監督として理想的な環境ですね。

クエンティンは、現代のオーソン・ウェルズみたいな監督で、だから4人いないと手に負えないんだと思います(笑)。ステイシーは『パルプ・フィクション』のときに若手のアシスタント・ディレクターだったのが、『ジャンゴ』でプロデューサーとしてやるようになった。リチャードは、『ジャッキー・ブラウン』以来、10数年ぶりに一緒にやることになって、シャノンはここ数本は宣伝周りをやっていたけれど、今回プロデュースをするようになったと言っていましたが、とにかく皆が、タランティーノ監督のために一丸と成っている。それは現場のスタッフも同じです。

── 日本でいう美術とアメリカのプロダクション・デザイナーとの違いはなんですか?

日本は「撮照録美」といった伝統的な序列があり、照明や録音がメイン・スタッフとして権限を持っていますが、アメリカも含め日本以外ではそういうことはないようですね。撮影監督は、照明設計もし、まさに撮影の監督で、美術監督と一緒に空間作りをします。

── 日本はなぜ美術の権限が下がっているんでしょう?

たぶん、歌舞伎から来ているからだと思います。「美術さん」は美術家じゃなくて大道具が作るところから始まっていて、そして照明は舞台で力を持っていた。初期の映画の撮影が始まった頃は「光を当てないと映らないだろう」と、照明が力を持つようになった。録音は海外の場合、録音で現場が止まるということはないんです。ともかくこの瞬間撮らなければいけないというときは撮って、録音は後でなんとかする。録音はむしろポスト・プロダクションの分野だから。だから撮影時に飛行機が飛んでいようが、電車が走っていようが映像優先です。でも日本では録音のために撮影はストップする。

映画『ヘイトフル・エイト』より、クリス・マニックス(ウォルトン・ゴギンズ)©Copyright MMXV Visiona Romantica, Inc.  All rights reserved.
映画『ヘイトフル・エイト』より、クリス・マニックス(ウォルトン・ゴギンズ)©Copyright MMXV Visiona Romantica, Inc. All rights reserved.

また、日本では照明は、空間設計にあまり絡んでこないんです。美術がカメラマンと話して照明と空間を一緒に作っていくことがない。日本では発想として、撮影の仕事は「撮る」仕事になっているので、環境を作る仕事ではないんです。全体のルックを作る考えはないので、そこで大幅に世界に遅れをとっているという危機感を感じる時がある。海外では撮影監督と美術監督とコスチューム・デザイナーがいれば、良い映画を作ることができると考える。だから、撮影や美術、コスチュームがもっとも議論されるんです。

ポスターのクレジット表記を見てもらえればわかりますけれど、DP(撮影監督)のロバート・リチャードソンはトリで、そのまえにプロダクション・デザイナー(種田)とコスチュームのコートニー・ホフマンや、編集のフレッド・ラスキンが入ります。

映画『ヘイトフル・エイト』ポスター
映画『ヘイトフル・エイト』ポスター

── ではそこで種田さんはクエンティンと直でプロダクション・デザイナーとして仕事をしていくんですね。

そうです。ハリウッドのスタイルだと僕の下にアート・ディレクターがいて、ある程度の予算があると、さらにスーパーバイジング・アート・ディレクターがいて、この2人がプロデューサーに呼び出しを受けてお金のことやスケジュールのことをガンガン言われるんです。プロデューサーはそこを完全にコントロールしないといけないので。

映画『ヘイトフル・エイト』より、サンフォード・スミザース(ブルース・ダーン)©Copyright MMXV Visiona Romantica, Inc.  All rights reserved.
映画『ヘイトフル・エイト』より、サンフォード・スミザース(ブルース・ダーン)©Copyright MMXV Visiona Romantica, Inc. All rights reserved.

── プロデューサーたちは種田さんには言わないんですか?

言わないです。現場の作業はアート・ディレクターがやっているから。彼らから「陽平、悪いんだけど予算の問題があるから材料を変えていいか?」とか「何日か建て込みを短くまとめないとならなくなった」とか「人を少なくしなくてはならない」ということは言われます。

── そうすると、プロダクション・デザインはセットの図面を描くまでが仕事なんでしょうか?

いえ、デザインだけして終わりではありません。出来上がって、撮影が無事始まってからのクオリティ管理もあります。撮影が進行していくなかで、注文が来たりもします。プロデューサーたちが最も大事にしているのは、クリエイティブなんです。監督とプロダクション・デザイナーが話すときは、クリエイティブなレベルの話をしなければいけない。そこで予算のことや時間のことでふたりのクリエイティビィティを妨げることは許されない。ですから、撮影監督にも言わない。特に今回のロバート・リチャードソンはオスカー3回も獲っているので、監督以外は誰も何も言えないようでした(笑)。とにかく映画のためなんだからどんどんクリエイティブな話をしてくれ、という感じなんです。

映画『ヘイトフル・エイト』より、ジョー・ゲイジ(マイケル・マドセン)©Copyright MMXV Visiona Romantica, Inc.  All rights reserved.
映画『ヘイトフル・エイト』より、ジョー・ゲイジ(マイケル・マドセン)©Copyright MMXV Visiona Romantica, Inc. All rights reserved.

── アート・ディレクターたちが建込みをするのは見にいくのですか?

そうですね、プロダクション・デザイナーのポイントとは、決定することなんです。もちろん、監督とDPとよく話しあってね。ロケ場所も、日本だと制作部が行って監督に見せますが、まず僕が見に行って、ここならいけそうだという方針を出してから、監督とDPにOKをもらう。セットにしても、デザインする以外にも、スタジオ、建てる場所、どう撮るのか、どうスタッフや機材の動線やどこの壁を外してクレーンを突っ込むか、窓の大きさから、ガラスの材質、窓外の風景まで提案して、監督が選んできまれば、プロデューサーも納得する。

映画『ヘイトフル・エイト』より、ジョン・ルース(カート・ラッセル)©Copyright MMXV Visiona Romantica, Inc.  All rights reserved.
映画『ヘイトフル・エイト』より、ジョン・ルース(カート・ラッセル)©Copyright MMXV Visiona Romantica, Inc. All rights reserved.

── それはどちらかといったら撮影の発想ですよね。撮影と美術が相当密でないとうまくいかない。それを台本から読み込むわけですか?

監督と撮影監督と話しながら決めていく中で、予算的、時間的にしょうがないからというレベルではダメなんです。そこからは開放されて、クリエイティブに決めたことを実行していくのがメイン・スタッフの仕事なんです。その方が僕はやりやすい。例えば中国でやってもそれは同じです。僕が日本でいつも美術部や助監督に言うのは、「日本のやりかたにこだわらず、こうしてみたら?」と海外の映画作りの良いところをフィードバックすることがある。そういう役割が自分にはあると思うので。

映画『ヘイトフル・エイト』より、デイジー・ドマーグ(ジェニファー・ジェイソン・リー)©Copyright MMXV Visiona Romantica, Inc.  All rights reserved.
映画『ヘイトフル・エイト』より、デイジー・ドマーグ(ジェニファー・ジェイソン・リー)©Copyright MMXV Visiona Romantica, Inc. All rights reserved.

──昔の日本映画は違ったのかもしれないです。

宮川一夫さんが撮影した映画を観ると、カットごとにライティングを意図を持って工夫して変えている。また、自然光で撮るということを、特にデジタルになってから考え違いしているところがあると思います。クリストファー・ドイルも一時期手持ちカメラで自然光で撮っている、と言われていましたが、実は照明をすごく工夫している。意図があるのであって、ドキュメンタリー的に「自然に」」撮っているのではないんです。照明と美術に関してこれからも考えていきたいと思っています。

── 逆にデジタルの時代で機材が進歩しているので、ドキュメンタリー的に撮っていても小さいLEDなどを仕込んだり、今の若いスタッフたちは工夫すればいい画ができそうな気もします。

そこに欠けているのは意識の問題だけかと思います。一緒にやってきた美術部でも、海外で仕事を続けている人も多いし、撮影監督であれば海外でやっている人はさらに多くなると思います。すでにフランスで活動している永田鉄男さんや、アメリカで活躍している高柳雅暢さんとか。栗田豊道さんもいらっしゃいます。

映画『ヘイトフル・エイト』より、ボブ(デミアン・ビチル)©Copyright MMXV Visiona Romantica, Inc.  All rights reserved.
映画『ヘイトフル・エイト』より、ボブ(デミアン・ビチル)©Copyright MMXV Visiona Romantica, Inc. All rights reserved.

ロケ現場にデイリーを観るための映画館を建てた

── ロケ現場でデイリーは見るんですか?

ある日大道具がいなくて、聞いたら「映画館を作りにいった」と言って。空いている広いホールに、座席を150くらい作って、スクリーンと70ミリの映写機と映写室を用意して、撮影後に観ました。

── そこで駄目だしはあるんですか?

みんなでラッシュ観るというのは今は少ないけれど、そうした場をクエンティンは大事にしているんです。デイリーでも、始まる前にプロデューサーが演説して「今日はこういうシーンを観るぞ」って。金曜日はデイリーの後に、映画鑑賞会があって、クエンティンが持っているフィルム・コレクションから上映するんです

── どんな映画を観るんですか?

主に彼が愛する70年代のB級映画です。バート・レイノルズ主演の『白熱』とか、『ポセイドン・アドベンチャー2』とか。カンフー映画も上映していました。

── 疲れたらパスしてもいいんですか?

デイリーは基本的に観ないといけなかった。みんな真剣にやっているんです。伝統を大事にするということにすごくポジティブなんですね。デイリーでも拍手したり、歓声が上がったり。

海外で必要なのは経験

── あらためて、なぜタランティーノ監督は種田さんともう一度やりたいと思ったのでしょう?どこが一番のポイントだったんでしょう?

彼が言うには、『キル・ビル』の後も、他のプロダクション・デザイナーとやって、いろんなセットを作ったけれど、青葉屋のセットがいちばんよかったということなんです。コミュニケーションをちゃんととってできたということが、いちばん気に入ってもらえた理由で、今回は、西部劇だし、いけるんじゃないかと思ったようです。

映画『ヘイトフル・エイト』より、マーキス・ウォーレン(サミュエル・L・ジャクソン) ©Copyright MMXV Visiona Romantica, Inc.  All rights reserved.
映画『ヘイトフル・エイト』より、マーキス・ウォーレン(サミュエル・L・ジャクソン) ©Copyright MMXV Visiona Romantica, Inc. All rights reserved.

── 『キル・ビル』はアジアのプロダクション・デザイナーというインセンティブがあるけれど、西部劇でアジアから行くというのは気になりませんでしたか?

そもそもアメリカ人だって、1800年代に生きていた美術監督はいないわけだし、というのがクエンティンの言い分でした。そして、美術スタッフも、向こうはベテランが多い。アメリカは監督の周りはだいたい50から60代が固めている。セット・デコレーターも60代だし、アート・ディレクターも58歳くらいで、プロップマスターも60代でした。照明技師やガッファー、グリップも60代くらいなんです。そうすると、安定感がダントツにある。

昔からハリウッドは、アジアからは少ないけれど、ヨーロッパからスタッフを呼んできた歴史がある。けれどさすがに日本人が西部劇やるというのは、タランティーノじゃなければ実現しなかったことかもしれませんね。タランティーノは黒人にもメキシカンにもアジア人にも、偏見がない人だから。

映画『ヘイトフル・エイト』より ©Copyright MMXV Visiona Romantica, Inc.  All rights reserved.
映画『ヘイトフル・エイト』より ©Copyright MMXV Visiona Romantica, Inc. All rights reserved.

── 最後に、これから日本のフィルムメーカー、特に美術を志す人は、海外にチャレンジすべきだと思いますか?

インディーズからでもいろんな作品をやって、かなり充実したプロフィールになってはじめて海外作品にチャレンジするということじゃないと難しいと思います。

監督や役者には別の道があると思いますけれど。監督は映画祭があるから作家として海外と触れ合うチャンスがあるし、役者も外国映画に出ることはできるでしょう。でもスタッフの場合は少し難しいかもしれません。言葉の問題もあるけれど、これまで述べてきたように照明ひとつでもやり方や考え方に違いがあり、その違いを理解して慣れないとならないからです。自分の思う通りにできなかったり、現場をコントロールできなくなってしまうことはあるでしょうから、どうしても豊富な経験は必要だと思います。でも、話した通り、海外作品で仕事するスタッフは増えているのです。

(インタビュー:浅井隆)



種田陽平(Taneda Yohei)

岩井俊二監督の『スワロウテイル』(96)などで海外からも注目され、タランティーノ監督の『キル・ビルvol.1』(03)を手掛け国際的にも高く評価される。国内では、三谷幸喜監督作品でも知られ、 『THE 有頂天ホテル』(05)、『ザ・マジックアワー』(08)、『ステキな金縛り』(10)などを手掛けている。その他の作品には、李志毅監督『不夜城』(98)、李相日監督の『フラガール』、吉太郎監督『ヴィヨンの妻 ~桜桃とタンポポ~』(09)、チャン・イーモウ監督『フラワーズ・オブ・ウォー』(11)、キアヌ・リーヴス監督のデビュー作『キアヌ・リーヴス ファイティング・タイガー』(13)、スタジオ ジブリ作品『思い出のマーニー』(14)など多数。




映画『ヘイトフル・エイト』より ©Copyright MMXV Visiona Romantica, Inc.  All rights reserved.
映画『ヘイトフル・エイト』より ©Copyright MMXV Visiona Romantica, Inc. All rights reserved.

映画『ヘイトフル・エイト』
全国ロードショー公開中

監督・脚本:クエンティン・タランティーノ
音楽:エンニオ・モリコーネ
プロダクション・デザイン:種田陽平
出演:サミュエル・L・ジャクソン、カート・ラッセル、ジェニファー・ジェイソン・リー、 ウォルトン・ゴギンス、デミアン・ビチル、ティム・ロス、マイケル・マドセン、ブルース・ダーン
原題:The Hateful Eight
配給:ギャガ
© MMXV Visiona Romantica, Inc. All rights reserved.

公式サイト


▼映画『ヘイトフル・エイト』予告編

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