骰子の眼

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東京都 渋谷区

2016-03-23 18:15


軍事政権下で自由のないタイでは『光りの墓』は公開できないと語るアピチャッポン監督

「私は化学物質が記憶や脳にどのような作用を起こすのかというテーマに取り憑かれている」
軍事政権下で自由のないタイでは『光りの墓』は公開できないと語るアピチャッポン監督
映画『光りの墓』より、ジェン役のジェンジラー・ポンパット・ワイドナー(右)、イット役のバンロップ・ロームノーイ(左) © Kick The Machine Films / Illuminations Films (Past Lives) / Anna Sanders Films / Geißendörfer Film-und Fernsehproduktion /Match Factory Productions / Astro Shaw (2015)

タイのアピチャッポン・ウィーラセタクン監督の最新作『光りの墓』が3月26日(土)より公開。それに合わせて、今年の1月に日本で初劇場公開となった2006年の作品『世紀の光』も4月2日(土)より4月8日(金)まで渋谷アップリンクにて上映される。webDICEではアピチャッポン監督のインタビューを掲載する。

『光りの墓』は、タイ東北部の町コーンケンのかつて学校だった病院が舞台。“眠り病”にかかりベッドで眠り続ける青年イットを中心に、彼の世話をする女性ジェン、そして眠る男たちの魂と交信する特殊な力を持った若い女性ケンとの関係、そして“眠り病”と、病院が建てられた場所が以前王様の墓であったことととの関連が描かれていく。

【アピチャッポン監督とは……?】

映画『光りの墓』アピチャッポン・ウィーラセタクン監督 © Kick The Machine Films / Illuminations Films (Past Lives) / Anna Sanders Films / Geißendörfer Film-und Fernsehproduktion /Match Factory Productions / Astro Shaw (2015)
アピチャッポン・ウィーラセタクン監督

アピチャッポン・ウィーラセタクン監督は、1970年、バンコク生まれ。本作『光りの墓』の舞台となるタイ東北部のコーンケンで育った。記憶やタイの歴史と自然を主題にした夢幻的な作風を特徴とする。それまでも山形国際ドキュメンタリー映画祭、カンヌ国際映画祭など世界の映画祭の常連だったが、ティム・バートンが審査員長を務めた2010年の第63回カンヌ国際映画祭で『ブンミおじさんの森』がタイ映画史上初めてとなるパルムドール(最高賞)を受賞し、あらためて世界中の映画ファンにその才能を知らしめた。

軍事政権下のタイにおいては、映画の上映のために検閲委員会に事前に提出しなければならならず、性的な描写や宗教、政治、王室を扱った作品についてはカットされてしまう。アピチャッポン監督はそうした映画の自由を制限するタイの映画のシステムと闘い続けている。

『世紀の光』については2007年に検閲委員会にフィルムが預けられたが、「僧侶がギターを弾くシーン」「僧侶がラジコンで遊ぶシーン」「医者が院内でお酒を飲むシーン」「医者が院内で恋人とキスをするシーン」の4カ所のカットを命じられたため、アピチャッポン監督は国内上映をキャンセルし、フィルムの返還を要求した。この問題の後、検閲ではなく、レイティングのシステムを作ろうという運動「Free Thai Cinema Movement」が起こったが、現在に至るまで、タイ国内では公開されていない。

アピチャッポン監督は『光りの墓』についても、検閲されたくないのでタイでは公開しないとインタビューのなかで明かし、「軍政権下における環境というのが、私が公の場で自分の映画について語ることを不可能にしている」と語っている。

また、映画館で上映される長編作品と、美術館で上映される中・短編の双方を発表しており、美術作家として2008年1月のSCAI THE BATHHOUSEでの国内初個展「Replicas」以降、2014年の京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA「PHOTOPHOBIA」やSCAI THE BATHHOUSEでの「FIREWORKS (ARCHIVES)」などの展覧会を行ってきている。


コーンケン出身の自分を肯定する

──『光りの墓』は、あなたの故郷であるタイ東北部の町コーンケンが舞台ですね。この映画について「寄生生物のように自分から離れない場所についての個人的なポートレート」と書いていますが、コーンケンはどのようにあなたと結びついているのですか?

この映画は、私が子供の頃に知っていた古い霊を探すものです。私の両親は医者で、家族で病院の居住区の一角に住んでいました。私の世界は、母が働いている病棟、住んでいた木の家、学校、そして映画館でした。この映画にはそれらの場所が溶け合っています。故郷を離れてかれこれ20年になります。町は大きく変わりました。久しぶりに町に戻ったとき、私が見ていたのは、新しいビル群に重ねた古い記憶でした。でもたったひとつ、お気に入りの場所だったコーンケン湖だけは変わっていませんでした。

──あなたは、病院の中で育ったそうですね。医療機器や病気への関心などはあなたの映画にどのように影響しているのでしょうか?

私にとって、聴診器で心臓の鼓動を聴いたり、光をあてて拡大鏡でものを見たりすることは、既に魔法でした。ごくまれにですが、顕微鏡も覗かせてもらえたんですよ。もうひとつのドキドキするような記憶は、コーンケンの町にあったアメリカン・インスティテュートで16ミリ映画を観たことです。当時、アメリカは共産主義に対抗するために、東北部に拠点を持っていたんです。白黒映画の『キングコング』やたくさんの映画を覚えています。映画と医療器具は、子供時代の私にとって最高の発明品でした。

映画『光りの墓』より © Kick The Machine Films / Illuminations Films (Past Lives) / Anna Sanders Films / Geißendörfer Film-und Fernsehproduktion /Match Factory Productions / Astro Shaw (2015)
映画『光りの墓』より © Kick The Machine Films / Illuminations Films (Past Lives) / Anna Sanders Films / Geißendörfer Film-und Fernsehproduktion /Match Factory Productions / Astro Shaw (2015)

──イサーンという場所が監督の創作活動に与えるインスピレーションには、どんなことがあるのでしょう?

実は、個人的に気に入っている場所ではないのです。今住んでいるのはもっと北のチェンマイというさらに涼しい場所なのですが、イサーンというのは自分が育った場所なので、そこには記憶がたくさんあります。そしてイサーンというのは昔から貧しいところであり、また、乾いた大地と呼ばれてもいる場所で、そこに住んでいる人たちは歴史的に、出稼ぎをすることが多いのです。そして政治的には弾圧される歴史でした。それに対して、蜂起する民衆、というイメージも強く貼り付いています。だからわたしにとって、そこに戻って敢えてそこで撮影するということは、そこのランドスケープと向き合うということであり、その地域の歴史を自分に無理やり向き合わせることです。そのことによって、かつて自分が子供時代に知らなかったこの地域の文脈を、より理解する方向に自分を押しやる、ということです。

イサーン出身であるということは、「村」の出身である、アメリカで言うならば中西部の出身であるというのとどこか似ていて、世間から見下されるような出身地なんですよ。わたしが今も覚えているのは、バンコクに初めて出たときに、自分の出身地がイサーンであるということを言うのは恥ずかしいくらいだった。でも現在は、それはひとつのアイデンティティとして自分を肯定している。そして映画を通してこの地域と向き合う、そしてこの地域の複雑な歴史に対して誇りを抱くような行為をしているのだと思っています。

映画『光りの墓』より © Kick The Machine Films / Illuminations Films (Past Lives) / Anna Sanders Films / Geißendörfer Film-und Fernsehproduktion /Match Factory Productions / Astro Shaw (2015)
映画『光りの墓』より、イット役のバンロップ・ロームノーイ(右)、ジェン役のジェンジラー・ポンパット・ワイドナー(左) © Kick The Machine Films / Illuminations Films (Past Lives) / Anna Sanders Films / Geißendörfer Film-und Fernsehproduktion /Match Factory Productions / Astro Shaw (2015)

眠ることに魅了された

──眠る男たちというアイデアはどこから?あなたが惹き付けられた理由は?これは実際にあった話ですか?

3年ほど前、北部の病院についてのニュース記事がありました。その病院では、謎めいた病気にかかった40人の兵士が隔離されていました。その話にコーンケンの私が育った病院と学校のイメージを重ねました。この3年間、タイの政治状況は今に至るまで行き詰まった状況でした。私は、眠ることに魅了され、夢を書き留めることに熱中しました。それは、現実のひどい状況から逃げる方法だったんだと思います。

──あのカラフルな光の治療は、実際にある治療に基づいているのですか?

脳科学に関する、ある記事を読んだんです。光によって脳細胞を操作し、特定の記憶を甦らせようとしていたMITの教授の話です。彼は、ある種の反デカルト主義の発見は、精神と肉体が個別の実存であることを示すと言っていました。瞑想は生物学的プロセス以上の何でもないという私の考え方と整合しました。眠ることと記憶は、常に侵入しあっています。もしも私が医者だったら、細胞レベルでの光の効果によって、眠り病を治療すると思います。この映画の光は、そんなアイデアを曖昧にですが反映したものです。そして光は眠り病の兵士たちだけでなく、観客にも影響するのです。

映画『光りの墓』より © Kick The Machine Films / Illuminations Films (Past Lives) / Anna Sanders Films / Geißendörfer Film-und Fernsehproduktion /Match Factory Productions / Astro Shaw (2015)
映画『光りの墓』より、ケン役のジャリンパッタラー・ルアンラム(右)、ジェン役のジェンジラー・ポンパット・ワイドナー(左) © Kick The Machine Films / Illuminations Films (Past Lives) / Anna Sanders Films / Geißendörfer Film-und Fernsehproduktion /Match Factory Productions / Astro Shaw (2015)

──キャストのほとんどはイサーン地方の人で、主にイサーン方言が話されていますね。

イサーンは、かつてカンボジアとラオスという異なる帝国から成り立っていて、それはバンコクが東北部の権限を掌握し、統一化、またはタイ化するまで続いていました。私の家族は、私が生まれる数年前にバンコクからイサーンに移りました。イサーンは乾燥地域で、バンコクがある中央平原のように恵まれた場所ではありません。しかし、私にとってはクメールのアニミズムを伝える、とてもカラフルな場所です。イサーンの人々は、日常生活に生きているだけでなく、スピリチュアルな世界にも生きています。そこでは、単純な事柄が魔法になるのです。

──この映画には、私たちが現実に見る空間とともに、王宮や墓地といった神話的な空間にする“現在”がありますね。

幼かった頃、水には魚があふれ、大地には田が広がる場所、それが最も素晴らしい場所だと聞かされました。富の象徴は、いつも牧歌的で、暴力は排除されていました。私たちは、この作られた歴史に責任があります。それは表面的な情報や最近の教育などによって、世代に影響を与え、“自分自身をどう見ればいいのか”というアイデンティティの感覚を変化させています。私はこの映画は、そうした不安定な存在の感覚に関わっているのだと思います。

──天井の扇風機、海にある攪拌機など、機械の回転運動がうつされますが、映画の中でも語られる、催眠作用と関係があるのでしょうか?それとも、目的地のない運動というイメージなのでしょうか?

どちらも該当すると思います。あの街を思い出すときに、あるいは自分が部屋にいたりジョギングしたりしたときに印象に残っていたものを撮影したんです。催眠術の効果に関して、私とDOP(撮影監督)とで興味を持ち、語り合った思い出もあります。というのは、例えばシャッタースピードを変えるだけで、扇風機や攪拌機の回転のスピード感を変えることができるんです。まるで、カメラとそれらの回転する機械との間で対話が行われているような、そんな撮影現場だったんです。実は映画の中に使ったものよりもずっと長い時間、撮影を行いました。映画の中でももっと長く使いたかったくらい、私はそれらのシーンを気に入っています。

映画『光りの墓』より © Kick The Machine Films / Illuminations Films (Past Lives) / Anna Sanders Films / Geißendörfer Film-und Fernsehproduktion /Match Factory Productions / Astro Shaw (2015)
映画『光りの墓』より © Kick The Machine Films / Illuminations Films (Past Lives) / Anna Sanders Films / Geißendörfer Film-und Fernsehproduktion /Match Factory Productions / Astro Shaw (2015)

まるで現実の外に出てしまったかのような感じ

──カメラと回転する機械との対話、という話が面白かったのですが、例えばそれは、この映画の病院の地下深くに王宮が眠っていたという設定のような、現在と過去との対話、とも置き換えられるのではないかと思ったのです。

この映画は3つの場所のコンビネーション、ということでイメージしているのですが、具体的には、病院と学校と映画館ということになります。映画の前半では、その3つがひとつになっていると言えると思います。そして異なる現実、異なるイマジネーション、異なる時間軸の共存のようなものが表象されているのが、この映画の後半部分だと思います。私にとってこの映画が面白く思えるのは、わたしたちは現実に、この映画の扇風機のように、現実を知覚する周波数が異なることがあり得るということだと思うのです。たとえば私たちが「宮殿」というものを想像するとき、それぞれの人のそれまでの経験によって、その時の想像の中で観えてくる「宮殿」が違う。そんな、これを観るそれぞれの人の経験によって違う何かをこの映画がもたらすことができたならば、非常にうれしい。

──かつてあったはずの宮殿を案内すると言うあのシーンは、その意味で非常に重要で、意図的に宮殿を描かなかったということですね。

そうです。これは私にとってのチャレンジでもありました。ふたりの女性がただそこを歩いているだけで、どれだけのことができるか、どれだけそれを観る人の想像力を掻き立てることができるか、ということを思いながら、非常に楽しみながら撮影をして編集をしたシーンでした。あのシーンで、どういうイメージを触発させることができるかということがポイントだと思うのです。しかもあの若い女性の方は、男性の言葉を使い、男の演技をしながら案内をするわけです。だから字幕ではなくタイ語で聞きながら観ると、非常にユニークな、タイ人がこれを観ると非常に奇妙な感覚が強調され湧き上がってくる。まるで現実の外に出てしまったかのような感じ。男性の振りをした女性という曖昧さ、現実離れした感覚が、しかし映画に写っているのはごく普通の場面で、普通の女性の姿をした人間がそこにいるという普通さとぶつかり合って、混ざり合ってくるというところが、わたしにとって面白い部分でした。

映画『光りの墓』より © Kick The Machine Films / Illuminations Films (Past Lives) / Anna Sanders Films / Geißendörfer Film-und Fernsehproduktion /Match Factory Productions / Astro Shaw (2015)
映画『光りの墓』より © Kick The Machine Films / Illuminations Films (Past Lives) / Anna Sanders Films / Geißendörfer Film-und Fernsehproduktion /Match Factory Productions / Astro Shaw (2015)

──そうした何かと何かを分ける境界線がどんどんぼんやりしてくる映画の在り方が、すごく面白かった。たとえば、かつてあった地下宮殿のような現実には見えないもの、あるいは肌に触れること、それから匂い、そういった映画では普通には見せることのできないものを見せることにチャレンジしている映画に見えました。

実際のところ、それらのことをやるのは不可能だと思うのです。私が関心を持っているのは、脳の作用です。記憶というものは一定したものではなくて、いつも移りゆくもの、変わりゆくものであるように、このような可変性を映画に移し替えていくということは不可能だと思うのです。映画というのはあくまでも2次元平面上のもので、時間も固定されていて、そこに記憶のような可変的なものを心理体験としてシミュレーションするということには限界があると思います。私はそれをやろうとはしていますし、もしかするとある程度は成功しているかもしれませんが、でもそれを完ぺきにやるということは不可能です。

軍事政権下のタイで長編の劇映画を作ることは困難

──今回、撮影監督のディエゴ・ガルシアとは初めての仕事でしたね。

ミゲル・ゴメスが、彼の信じられないくらい長い映画(『アラビアンナイト』)を作るために、いつもの撮影監督(サヨムプー・ムックディプローム)をポルトガルに連れて行ってしまったんです。ミゲル・ゴメスは、現代最高の監督の一人ですから、もちろん私は彼のためを思い、とても幸せでした。でも、正直、困りました。それで、色々な人に尋ねたところ、カルロス・レイガダスが、彼が次の映画で仕事をしようとしていたディエゴを私に紹介してくれたんです。

映画『光りの墓』撮影のディエゴ・ガルシア © Kick The Machine Films / Illuminations Films (Past Lives) / Anna Sanders Films / Geißendörfer Film-und Fernsehproduktion /Match Factory Productions / Astro Shaw (2015)
映画『光りの墓』より © Kick The Machine Films / Illuminations Films (Past Lives) / Anna Sanders Films / Geißendörfer Film-und Fernsehproduktion /Match Factory Productions / Astro Shaw (2015)

ディエゴについて称賛したいのは、なによりも彼のパーソナリティです。素晴らしい才能の持ち主である上に、彼はとても穏やかなんです。私は、現場で叫んだりする人間が好きではありません。ほんの数日仕事をしただけで、もう長い間、彼と仕事をしてきたように感じました。この映画で、私は自然光を大切にして、メランコリックな影を表現したいと考えていました。彼は鮮やかにそれを実現してくれました。

映画『光りの墓』より © Kick The Machine Films / Illuminations Films (Past Lives) / Anna Sanders Films / Geißendörfer Film-und Fernsehproduktion /Match Factory Productions / Astro Shaw (2015)
映画『光りの墓』より © Kick The Machine Films / Illuminations Films (Past Lives) / Anna Sanders Films / Geißendörfer Film-und Fernsehproduktion /Match Factory Productions / Astro Shaw (2015)

──この映画は、これまでよりもナラティヴで物語映画に近いと言えますね。

これまでの映画と同じように、『光りの墓』の製作過程はとてもオーガニックなものです。私は自分の夢を観察し、それが、自分が作る映画以上にナラティヴであることに気づきました。私は、夢にも、目覚めの経験と同じ重要性を与えました。振り返ってみると、この映画は、目覚めている夢、一見夢のようである現実、そんなふうにも言えると思います。

──あなたが、この映画について「熱病の国家、タイについての熟考」と述べたと聞きました。

絶対君主制から立憲君主制へと政府のシステムを変えた1932年以降、クーデターが何度も繰り返されています。私たちには、夢の循環があり、クーデターの循環があります。プロパガンダは、この数年で形を変えました。人々は刑務所に投げ込まれています。映画は、私のコミュニケーションの場所です。私は銃や血の映像で話をしたくありません。恐怖と悲しみが映画を作る真の力であったとしても、人間的なユーモアの力で表現をしたいんです。

──いくつかの海外インタビューの中で、検閲されたくないので『光りの墓』はタイでは公開しないということを語ったり、あとは、タイでは映画を作らないつもりだということを語っているのですが、それは真実なのでしょうか?

そうです。今の軍政権下における環境というのが、私が公の場で自分の映画について語ることを不可能にしているのです。私は自分の仕事を、今の国の空気の中ではシェアできないと思っています。そこには自由がないからです。だからこのような発言をするということは、ひとつの宣言なんです。今この国が行おうとしていることに対して、自分はそれとは違った場所で活動するという立場を表明しているのです。ただ、将来的に国が変わったら、私の気持ちも変わると思います。

今でも、私は短編やインスタレーションを制作してはいるのですが、長編の劇映画は長い時間がかかるので、現状では困難なんですよ。

──次回作について教えていただけますか?

次の作品では、これまでも魅了されてきた「健康と病」というテーマにまだ取り憑かれていまして、化学物質が記憶や脳にどのような作用を起こすのか、ということをテーマにしているので、そのことについてリサーチを今、深めようとしています。たとえば古来のさまざまなヒーリングのメソッドがありますよね。治癒の方法ということですが。この葉っぱを食べるとどうなるか、この植物はどんな効果をもたらすかというような。そういった知覚体験を操作するような古来の方法に興味があるので、そんなことを描くために、次回作は南米を舞台にすると思います。

[海外版プレス、およびオフィシャルインタビュー(樋口泰人)より]



アピチャッポン・ウィーラセタクン(Apichatpong Weerasethakul) プロフィール

1970年、バンコク生まれ。初長編『真昼の不思議な物体』が2001年山形国際ドキュメンタリー映画祭優秀賞を獲得したのを皮切りに、『ブリスフリー・ユアーズ』(02)がカンヌ映画祭ある視点賞、『トロピカル・マラディ』(04)は同審査員賞、『ブンミおじさんの森』(10)で、ついにカンヌのパルムドールに輝く。美術作家としても「ヨコハマトリエンナーレ」(11)への参加やヒューゴ・ボス賞ノミネートなど世界的に活躍。2016年は、幻の傑作『世紀の光』(06)公開につづき、最新作『光りの墓』が3月26日に公開。各地での展覧会やワークショップ、「さいたまトリエンナーレ2016」への参加、東京都写真美術館での個展も控え、まさに〈アピチャッポン・イヤー〉となっている。




映画『光りの墓』
3月26日(土)より、シアター・イメージフォーラムほか全国順次ロードショー

タイ東北部。かつて学校だった病院。“眠り病”の男たちがベッドで眠っている。病院を訪れた女性ジェンは、面会者のいない“眠り病”の青年の世話を見はじめ、眠る男たちの魂と交信する特殊な力を持つ若い女性ケンと知り合う。そして、病院のある場所が、はるか昔に王様の墓だったと知り、眠り病に関係があると気づく。青年はやがて目を覚ますが……。

製作・脚本・監督:アピチャッポン・ウィーラセタクン
出演:ジェンジラー・ポンパット・ワイドナー、バンロップ・ロームノーイ、ジャリンパッタラー・ルアンラム
撮影監督:ディエゴ・ガルシア
美術:エーカラット・ホームラオー
音響デザイン:アックリットチャルーム・カンラヤーナミット
編集:リー・チャータメーティークン
ライン・プロデューサー:スチャーダー・スワンナソーン
第1助監督:ソムポット・チットケーソーンポン
プロデューサー:キース・グリフィス、サイモン・フィールド、シャルル・ド・モー、ミヒャエル・ヴェーバー、ハンス・ガイセンデルファー
タイ語翻訳:福冨渉
日本語字幕:間渕康子
配給・宣伝:ムヴィオラ
宣伝協力:boid
原題:รักที่ขอนแก่น
英語題:CEMETERY OF SPLENDOUR
2015年/タイ、イギリス、フランス、ドイツ、マレーシア/122分/5.1サラウンド/DCP 

公式サイト


▼映画『光りの墓』予告編

 


映画『世紀の光』
4月2日(土)~4月8日(金)渋谷アップリンクにて上映

映画『世紀の光』より © 2006 Kick the Machine Films
映画『世紀の光』より © 2006 Kick the Machine Films

(I)
豊かな緑にかこまれた地方の病院。女医のターイが、ノーンの面接をしている。ノーンは軍で医学を学び、今日から病院で働きはじめる青年だ。その部屋には、もう一人の青年トアも待っている。ターイの毎日は忙しい。今日は近くの寺の僧院長の診察もある。そんな中、トアがターイに突然、求婚する。トアに恋の経験を聞かれ、ターイはかつての思い出を語る。
(II)
近代的な白い病院。ターイがノーンを面接している。トアもそこにいる。ノーンは先輩の医師に、軍関係者が入院しているという病院の地下に案内され、そこでナン先生とワン先生という二人の女医に会う。ワン先生は義足の中にお酒を隠していて、ノーンにすすめる。地下にはオフという青年が入院していて、ワン先生はオフに“チャクラ”の施術を試みる。

製作・監督・脚本:アピチャッポン・ウィーラセタクン
出演:ナンタラット・サワッディクン、ジャールチャイ・イアムアラーム、ソーポン・プーカノック、ジェーンジラー・ポンパット、サクダー・ケーオブアディ
撮影:サヨムプー・ムックディプローム
美術:エーカラット・ホームロー
録音:アクリットチャルーム・カンヤーナミット
編集・ポスト・プロダクション監修:リー・チャータメーティークン
音響デザイン:清水宏一、アクリットチャルーム・カンヤーナミット
挿入曲:「スマイル」カーンティ・アナンタカーン作曲、「Fez (Men Working)」 NEIL &IRAIZA
原題:แสงศตวรรษ
英語題:SYNDROMES AND A CENTURY
2006年/タイ、フランス、オーストリア/105分

渋谷アップリンクの上映情報は下記より
http://www.uplink.co.jp/movie/2016/43619

▼映画『世紀の光』予告編

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