骰子の眼

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東京都 中央区

2016-04-22 22:45


北欧の食材を使用するコペンハーゲンの世界No.1レストラン『ノーマ』を密着取材

『ノーマ、世界を変える料理』が描くマケドニア移民の父を持つシェフ、レネ・レゼピを突き動かすもの
北欧の食材を使用するコペンハーゲンの世界No.1レストラン『ノーマ』を密着取材
映画『ノーマ、世界を変える料理』より Photo by Pierre Deschamps ©2015 DOCUMENTREE FILMS LTD

「世界ベストレストラン50」トップのデンマークのレストラン『ノーマ』のオーナーシェフ、レネ・レゼピに密着したドキュメンタリー映画『ノーマ、世界を変える料理』が4月29日(金・祝)より公開。webDICEではピエール・デュシャン監督のインタビュー、そしてwebDICE編集長であり、アップリンク代表として奥渋谷のレストラン『タベラ』を経営する浅井隆によるレビューを掲載する。

ピエール・デュシャン監督インタビュー:
レネ・レゼピのチャレンジがとても美しいと思えた

──2007年の15分のショート・ドキュメンタリーの撮影で監督がノーマを訪れたことが、本作を撮影するきっかけになったと伺いました。監督が、初めてレネ・レゼピ氏を知ったきっかけ、また「世界ベストレストラン50」にランクインする数多くの個性的なレストランとシェフの中で、なぜレネを題材にしようと考えたのでしょうか?

僕はスカンジナビアに数年住んでいたんだけど、2007年にはじめてレネの名前とレストラン、ノーマのことを聞いたんだ。彼が15人の異なる国籍の料理人を連れてきたこと、スカンジナビアの食材を使うということ。まあ、それぐらいだったけれど、とても興味を惹かれたから、さっそくレストランのドアを叩いて自己紹介をして、あなたが面白いことをやろうとしていると聞いたから、ぜひドキュメントさせてくれないかと頼んだ。彼は心よく承諾してくれた。それで『Looking North for a Gastronomic Revolution』という作品を作った。この映画のテーマは、レネはスカンジナビアあるいはデンマークを、果たしてガストロノミーの世界地図に載せることができるか、というものだった。そして彼はそれを果たした。その後も僕らはコンタクトを取りあっていた。そして2010年のある日、彼から「エピキュリアンの君はいま、世界のどこにいるの?」とメールが来た。それで僕は、できるだけ早く君のところに行きたい、というのも新しいドキュメンタリーのアイディアがあるから、と答えた。君の頭の中に起こっている新しいことを理解したい、とね。それが今回の企画のスタートだった。

映画『ノーマ、世界を変える料理』ピエール・デュシャン監督
映画『ノーマ、世界を変える料理』ピエール・デュシャン監督

──最初の出会いで、人間としても彼に惹かれたことが、今回のコラボレーションのきっかけでもありましたか。

2つのことがあった。彼はとてもチャーミングな人で、他人が彼の世界を訪れるのをとても歓迎してくれた。彼の情熱的な口調のなかにそれが感じられた。そして僕自身、彼のレストラン、彼がプロデュースしているもの、そして彼がしていることをみて、個人的にこの男はフードの世界で何かを変えると直感したんだ。そして彼はそれをやり遂げた。2010年、2011年と「世界ベストレストラン50」のナンバー1に選ばれ、スカンジナビアン・フードを世界に紹介した。だからそういう純粋な興味、そして彼のチャレンジがとても美しいと思えたことが理由だ。

映画『ノーマ、世界を変える料理』より ©2015 DOCUMENTREE FILMS LTD
映画『ノーマ、世界を変える料理』より ©2015 DOCUMENTREE FILMS LTD
映画『ノーマ、世界を変える料理』より Photo by Pierre Deschamps ©2015 DOCUMENTREE FILMS LTD
映画『ノーマ、世界を変える料理』より ノーマのシェフ、レネ・レゼピ Photo by Pierre Deschamps ©2015 DOCUMENTREE FILMS LTD

レネはガストロノミックの世界で美しい白鳥になった

──長期間撮影されていて、一番印象的だったエピソードをお教えいただけますか。厨房の中でスタッフを叱咤する姿などかなり接近していますが、レネとトラブルになったりしなかったのでしょうか。

印象的なことは、やはり彼のアップ・アンド・ダウンの過程だね。個人的に彼と近くなればなるほど彼の状況がわかってくるし、彼が感じていることをこちらも肌で感じるようになる。だから彼が落ち込めばそれが伝わってくるし、彼が元気になれば自分もうれしくなる。2012年に「世界ベストレストラン50」の、3度目のベスト1に輝いたときは、みんながハッピーで僕もエキサイトした。でもその後ノロウィルスが発生し、人々が感染したときは、本当に彼のことが心配だった。僕自身このプロジェクトを好きで始めたわけだけど、彼らが落ち込んだときは自分もとても落ちこんだ。すでに彼らを家族のように感じていたからね。何度かこうしたとてもエモーショナルな状況になった。だから印象的なエピソードを単独であげることは難しいな。たとえばノロウィルスが発生したときは落ち込んだけれど、その後の勝利はとても感動的なものだった。それにもちろん、彼のクリエイティブな面にも感銘を受けた。彼が料理人たちを指揮して、これをやったらどうか、これが足りないのではないか、と試行錯誤しているさま。レネは彼らにとっていわば父親的存在で、それはとても興味深い。ただたんにキッチンでみんなを叱咤しているわけじゃない(笑)。それは短絡的な見方だ。

映画『ノーマ、世界を変える料理』より ©2015 DOCUMENTREE FILMS LTD
映画『ノーマ、世界を変える料理』より ©2015 DOCUMENTREE FILMS LTD

撮影中、トラブルになったりしなかったか?とくになかったよ。たしかに撮影が始まって二週間目、僕らはちょっとぶつかった。それはちょうどノロウィルスが発生した頃で、彼はとても落ち込んでいた。僕は彼の近くにいたから、そのときとても深刻な会話をしたんだ。でもそのあとで彼は言った。「前に進もう、いい仕事をしようじゃないか」と。同時に、僕はそのときに理解した。困難な状況のときにカメラがそばで回っているのは、彼にとって容易いことではないのだと。それ以来僕は、ほとんど自分ひとりでカメラを持って撮るようになった。少しでもレネのプレッシャーを軽くしたかったから、サウンドの助手も付けなかった。キッチンではつねに同じポジションに居て、全員が映るようにならないことを心がけた。できるだけ自分が透明な存在になるように心がけた。まるで壁のハエみたいにね(笑)。ただ彼らをじっと観察していた。ロンドンに行ったときは、彼が撮影を望まないときもあったから、そういうときは撮らなかった。シンプルなことだよ。自分のやり方を押し付けず、置かれた状況を受け入れて、時間をかけた。何週間か撮影はせず、ただ観察して、誰がどんな動きをするのかを理解した。そういうことがあって、そして彼らも僕のバックグラウンドを知って、初めて信頼してくれるようになった。

映画『ノーマ、世界を変える料理』より ©2015 DOCUMENTREE FILMS LTD
映画『ノーマ、世界を変える料理』より ©2015 DOCUMENTREE FILMS LTD
映画『ノーマ、世界を変える料理』より ©2015 DOCUMENTREE FILMS LTD
映画『ノーマ、世界を変える料理』より ©2015 DOCUMENTREE FILMS LTD

──撮影期間3年もの長い間、撮影された本作の最後は「世界ベストレストラン50」の授賞式でラストを迎えますが、当時、ノーマが1位に返り咲くとは、誰もが予想していなかったのでしょうか。

うん、それがドキュメンタリーの美しさだね(笑)。ノロウィルスはとても大きな一撃で、キッチンに深刻な影響を及ぼしたと思う。映画のなかでレネも言っているけれど、彼らは人々をハッピーにしたいと思ってやっている。でも食品に毒が混ざっていたら、彼らにとってできることは何もない。少なくともレネにとって、その打撃を払拭するのには多くの時間を必要としたと思う。たぶん数ヵ月かかったんじゃないかな。よし、自分にいったい何ができるのか、と言えるようになるまでは。でも僕は、彼がただ勝利を収めることを目的にしていたわけではないと思う。自分のプライドのため、そしてとにかく再びレストランを軌道にのせたいと思ってやっていたんだ。そして多くの努力、多くの怒声(笑)、リサーチの末に、なんとトップに返り咲いた。ちょっとハリウッドのサクセス・ストーリーみたいだね。僕はしばしば彼を『みにくいアヒルの子』のように感じる。彼は人々から繰り返し拒絶されてきた。彼はそれがなぜなのかわからない。自分はファミリーの一員だと思っているのに、そうじゃない。でも多大な努力の末に、最終的にガストロノミックの世界で美しい白鳥になったんだ。

映画『ノーマ、世界を変える料理』より ©2015 DOCUMENTREE FILMS LTD
映画『ノーマ、世界を変える料理』より ©2015 DOCUMENTREE FILMS LTD

誰もベスト1を予期していなかったか?つねにそれを考えていたわけではないと思うけれど、あるときレネが僕にこう言った。「スタッフは“何かを起こしたい”というモチベーションに突き動かされているみたいだ」と。レネのエネルギーはとてもポジティブだ。そして彼は自分のプライドをかけて一生懸命に働いた。結果的にノロウィルスは彼を極限状態に追い込み、そこから前進させることになったんだ。

映画『ノーマ、世界を変える料理』より Photo by Pierre Deschamps ©2015 DOCUMENTREE FILMS LTD
映画『ノーマ、世界を変える料理』より Photo by Pierre Deschamps ©2015 DOCUMENTREE FILMS LTD

彼はわがままで、いつも何か訴えたいと思っている

──4年間近くでずっとレネ・レゼピを見てこられて、監督が感じられた、レネのいちばん魅力的だと思う事はどういったことでしょうか。

彼はいまだに子供みたいなものだ。子供でいることを必要としていると思う。ちょっとわがままで、いつも何か訴えたいと思っている。いい意味でちょっと傲慢なところがあって、好奇心旺盛で、大きな心を持っている。そしてとても繊細でもある。ときどき手に負えなくなるけれど、誰でもそういうときはあるだろう?彼は90人あまりの従業員を抱えていて、その責任もある。レネはそのことをとても真剣に考えていると思うよ。彼らに仕事を供給していくということをね。そしてつねにいま以上に進歩したいと思っている。彼には素晴らしいところが沢山あって、つねに多くのアイディアを持っている、トレンドセッターだ。そしてとてもユニーク。そのユニークさゆえにノーマがあるんだ。

映画『ノーマ、世界を変える料理』より ©2015 DOCUMENTREE FILMS LTD
映画『ノーマ、世界を変える料理』より ©2015 DOCUMENTREE FILMS LTD

──日本にはどのようなイメージをお持ちですか。

多くの人と同じように僕は、日本にとてもミステリアスな国というイメージを持っているよ。じつは次回作は日本に関するものを考えている。というのも日本に惹かれて、日本をもっと発見したいと思っているから。

レネは日本の伝統、日本料理にとても影響を受けている。古くからの調理法や森の食物などに関して。たとえば抹茶の粉末。乾燥させてパウダー状にするその手法を彼は参考にして、コンセプトを作り出した。胡瓜を乾燥させて塊にしてからパウダーにし、ソースに作るためのスパイスとして使うことを思いついたんだ。それは日本からの影響だ。そういうことを日本の観客に知って欲しい。ノーマの料理に日本の影響があるとわかったら、日本にいる観客にも喜んでもらえるんじゃないかな。

(オフィシャル・インタビューより)



ピエール・デュシャン(Pierre Deschamps) プロフィール

フランス出身。90年代初めから、テレビ業界で活躍。2007年にショート・ドキュメンタリー「Looking North For A Gastronomic Revolution(原題)」(08)を撮影するため「ノーマ」を訪れた事がきっかけで『ノーマ、世界を変える料理』を製作することになった。本作は、デュシャンにとって初の長編映画であるにも関わらず第63回サン・セバスチャン国際映画祭キュリナリー・シネマ部門でTOKYO GOHAN AWARD(最優秀作品賞)を受賞。第66回ベルリン国際映画祭キュリナリー・シネマ部門にも正式出品されるなど数多くの映画祭で高く評価されている。イギリスのブライトンを拠点に活動し、プライベートでは、本作のプロデューサーでもある妻のエタ・トンプソン・デュシャンとの間にカシウス、ルー、ナマステの3人の子どもがいる。




飲食のビジネスを成功させ維持させるには―
『ノーマ、世界を変える料理』 を観て考えた
文:浅井隆(アップリンク代表・webDICE編集長)

アップリンクが奥渋谷でレストラン『タベラ』の営業を始める時、飲食業界の人に、「東京で新しくできたレストランは、1年後には半分しか残っていない」と教えられた。「だから頑張りなさい」という励ましの言葉と捉えていた。『タベラ』は、今年で10年になるのでサバイバル組ではあるが、飲食のビジネスを成功させ維持させるには、スタッフのマンパワーへの依存度が高いし、お客さんへのサービスは毎日が真剣勝負で気が抜けない。努力がすぐに跳ね返る面白さはあるが、大変なのはよくわかった。一番怖いのは、この映画のレストラン『ノーム』のように食中毒が起きることだ。食中毒1回で評判は落ちるし、経営も大変になる。

映画では、世界一のレストラン『ノーマ』でノロウイルスによる食中毒が起こった時期をカメラが捉えている。一旦、店は閉店になるが、その後スタッフが一致団結して再度「世界ベストレストラン50」で1位に返り咲く様子は映画としては出来過ぎだが、ハラハラドキドキするこの映画のハイライトとなるエピソードだ。

『ノーマ』の共同経営者でシェフのレネ・レゼピはデンマークのコペンハーゲン生まれだが、父親はイスラム教徒でマケドニア移民だ。レゼピは『ノーマ』を始める時に、北欧の食材をレストランで使う、いわば地産地消を実践する宣言をした。本人は、コペンハーゲン生まれにもかかわらず、「マケドニアのイスラム教徒に北欧の味がわかるのか」と言われたという。レゼピ自身はスタッフ90人を抱える高級レストランのオーナーシェフだが、毎日レストランに自転車で通い、いつも爽やかな雰囲気で、そのあたりの苦悩は映画では見せることはない。

世界トップのレストランだが、現場では新人も多く働いていて、新人が間違いをするとレゼピの叱咤が飛ぶ。トップクラスのプロばかりがキッチンスタッフというわけにはいかないのは、どこの飲食の世界もそうだが、映画配給会社の宣伝部の現場でも同じだなと思って、人ごととは思えず、試写を見ていた。料理よりも彼のスタッフの掌握術やレストラン経営の視点から、非常に面白く見ることができたドキュメンタリーだ。

現在『ノーマ』は一旦閉じて、2017年に再開するという。今度の場所は、ドラッグをはじめとしたヒッピーカルチャーが保存されているコペンハーゲンの治外法権の場所クリスチャニア地区。そこに菜園も備えた『ノーマ』を再開する予定だという。ぜひ一度訪れたいと思った。




映画『ノーマ、世界を変える料理』
4月29日(金・祝)、新宿シネマカリテほか全国順次公開

映画『ノーマ、世界を変える料理』より Photo by Pierre Deschamps ©2015 DOCUMENTREE FILMS LTD
映画『ノーマ、世界を変える料理』より Photo by Pierre Deschamps ©2015 DOCUMENTREE FILMS LTD

英国のレストラン誌が選ぶ「世界ベストレストラン50」第1位に2010年からこれまで4度輝き、昨年1月、東京に限定出店(ノーマ・アット・マンダリン・オリエンタル・東京)した際、約30日間の営業で定員約2,000人のところ全世界から6万人の予約が殺到したことでも大きな話題となったデンマーク、コペンハーゲンのレストラン『ノーマ』のシェフ、レネ・レゼピに4年間密着したドキュメンタリー。移民として差別を受けてきたレネの生い立ち、北欧に世界中が注目する新たな食文化を築きあげた『ノーマ』立ち上げ当初の苦心を赤裸々に映し出すとともに、20ヵ国以上から集まったスタッフとの創作の現場にも潜入。さらに4年連続の世界一にストップをかけた2013年の2位転落から2014年再び4度目の世界一を獲得するまでの挑戦と復活の道のりをドラマチックに映し出す。

監督:ピエール・デュシャン
出演:レネ・レゼピほか
2015年/イギリス/英語、アルバニア語、デンマーク語、スウェーデン語、仏語、スペイン語/
99分/シネマスコープ/カラー/5.1ch/原題:NOMA MY PERFECT STORM
日本語字幕:高岡 佑己子
後援:デンマーク大使館
提供:KADOKAWA、ロングライド
配給:ロングライド

公式サイト:http://www.noma-movie.com/

▼映画『ノーマ、世界を変える料理』予告編

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