骰子の眼

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東京都 渋谷区

2016-05-28 19:15


佐村河内騒動描く森達也監督『FAKE』、無音の"音楽"映画『LISTEN リッスン』の聾監督はこう観た

「聴覚障害」という言葉って、聴者にとっては便利なものだけど、当事者にとっては実に曖昧な言葉なんです
佐村河内騒動描く森達也監督『FAKE』、無音の"音楽"映画『LISTEN リッスン』の聾監督はこう観た
映画『FAKE』より ©2016「Fake」製作委員会

『A』『A2』の森達也監督がゴーストライター騒動で話題となった佐村河内守を追うドキュメンタリー映画『FAKE』が6月4日(土)より公開。webDICEでは、5月14日(土)より渋谷アップリンクほかで上映され、連日満席を記録している映画『LISTEN リッスン』の牧原依里・雫境(DAKEI)両監督による対談を掲載する。

『LISTEN リッスン』は、監督から出演者まで、全員が聾者によって制作された「無音」の音楽映画。出演者は楽器や音声を介さずに、手話を始めとした全身の身体表現により、視覚的に「聾者の音楽」を表現している。

今回の対談は、今作の日本語字幕版を試写で観てもらい、聾者の視点から、2014年当時のゴーストライター騒動をめぐる報道から森監督の作家性についてまでをテーマに手話で実施。音声認識機能を持つアプリ「UDトーク」を用いて手話通訳者によりテキスト化しまとめた。

森監督の価値観が反映された、
メディアそのものを批判する作品(牧原)

牧原依里監督(以下、牧原)どうだった?

雫境監督(以下、雫境):単純に面白かった。

牧原:佐村河内さんの家にいる猫、可愛かったね。

雫境:ホントほんと、可愛かった。猫の目が、もうほんとに……猫の目はごまかしきれないよね。

雫境さん
映画『LISTEN リッスン』雫境監督

牧原:雫境さんは、どういうところが面白いと感じたんですか?

雫境:ドキュメンタリー映画と純粋に思って見てみたら、ドキュメンタリーってことを忘れちゃった。物語というか、映画にうまく入りこむことができた。

牧原:私は監督としての見方になっちゃったせいか、あ、これが森監督の世界か……と思った。森監督の性格というか考え方がそのまま反映されている。

牧原さん
映画『LISTEN リッスン』牧原依里監督

雫境:僕は森監督のことをまったく知らなかったから。とにかく、事件が起きた時にテレビで佐村河内さんの姿を見て、悪いイメージは持ってなかったんだよね。

牧原:そう、私も同じ。どちらかというと、佐村河内さんが作った曲の絵があったでしょ。いわゆる指示書というものがニュース上で流れていたんだけど、あの時にクラシック曲が視覚化されたものがこういう感じなのかと思った。

やり方としては逆なのかもしれないけれども、クラシック曲に対してのイメージがなかなか掴めないこともあって、それが視覚化されていたことが面白く思ったんだよね。それは私だけじゃなくて耳が聞こえない人何人かも同じことを言っていた。

なので、これは全て新垣さんが作ったとかじゃなくて、原案が佐村河内さんなのかな、共作なんだなっていうのは漠然と感じていた。

──ゴーストライター騒動自体にはどのような印象を持っていましたか?

牧原:確かに、人々に嘘をついてしまったことは悪いことなんだけど、個人的には、それよりもマスコミの存在が怖いと感じた。私の姉も軽度難聴で、聴者と同じように電話したり会話することもできるけれども、テレビに字幕は必要だし、講演がある時は手話通訳を頼んだりしている。だから佐村河内さんの行為は私には自然の行為としてうつった。全聾じゃなくて中途失聴か難聴だろうなって。でもその世界に関わりがない聴者はそのことを知らなくて、聾(音声言語を習得する前に失聴した人)と難聴(聞こえにくいけれど、まだ聴力が残っている人)、中途失聴(音声言語を獲得した後に聞こえなくなった人)、全て一緒くたにして報道する。その無知を武器に使えるっていうのが怖いと思ったし、それに振り回されている視聴者たちも怖いなと思った。

雫境:普段はテレビあんまり見ないし、映画も観ないんだけど、ネットニュースでたまたま佐村河内さんの写真と見出しが大きく出てきて、聾?聾の作曲家?うそー?と思って、聾っていうのが気になって読んでみたら、あぁ聾じゃないなぁと印象を持った。でもちょっと気になるからテレビをつけたら、たまたま指示書が映し出されていて、これは僕には真実というか、聞くことではなく見ることに基盤がある世界にあってもおかしくはないと思ってしまったんだよね。

牧原:うんうん。もし自分が耳が聞こえない人じゃなかったら、おそらく他の視聴者と同じように感じてしまったと思う。マスコミが言うことを全て真に受けたんだろうなって。そういう批判も含めて、『FAKE』の編集の仕方を観ていて、これはまさに森監督の価値観だと。『FAKE』を通してメディアそのものを批判してるんだな、と感じた。また観客に対しても試すかのような。どこから真実でどこまでが嘘なのか。そのリテラシーや知識が試されるかのような……好き嫌いはそこで分かれるのかなと思ったんだけども。森監督と佐村河内さんとの騙し合いのようにも見える。それは撮り方や編集の仕方からもすごく感じましたね。編集そのものが嘘をついている可能性があるかもしれないと。

映画『FAKE』より ©2016「Fake」製作委員会
映画『FAKE』より ©2016「Fake」製作委員会

ひとつの映像のなかに、いろんなものが
カオスのようにうずまいている(雫境)

雫境:まぁ僕は騙されちゃった。でも騙されちゃった自分がまた楽しい。という意味で楽しかった。

牧原:うーん。騙し合い……なのかは分からないけれども、どこからが本当なのかが分からない。ミステリーのような印象がありました。

雫境:前からマスコミに対して良いイメージは持ってないから。この映画を観ると、緊張と緩和、恨みや哀しみ、といった二元論で終わらない感じ、ひとつの映像のなかに多元論が、つまりいろんなものがカオスのようにうずまいていて、影響を受けて心がグチャっとなってしまった部分もあったんだけど、牧原さんが言ったように僕も騙された部分があるということ?

牧原:そうじゃないですかね(笑)。私は映画に対して全てを疑ってしまったんだよねぇ。これ、矛盾してるぞって(笑)。これは耳が聞こえない人から観るとどうなのだろうという風なシーンもあったので、これはぜひ皆にも観に行って欲しい。そういう意味で問題提起にもなってるのかな。

耳が聞こえない人たちの世界にもFAKEはある(牧原)

牧原:佐村河内さんの起こした問題は、結果的に大きな事件になってしまったけども……耳が聞こえない人の中で問題になっていたのは、佐村河内さんが全聾であると嘘をついていたこと。でも……私の中ではそれはどうなのだろう?という部分もある。実は障害手帳には障害の級度があって、数字が小さいほど障害が重く、その級によってもらえる障害年金の額も変わってくるんですね。それを知っている人は、3級なのをわざと聴力検査で聞こえないふりをして2級をもらったり、逆のパターンもある。2級と公表するのが嫌だから3級とか、そういうこともたくさん聞いたり見てきています。耳が聞こえない人たちの世界もFAKEだらけなんですよね(笑)。そういう意味でも、耳が聞こえない人も自分に対して、それぞれ嘘でごまかしてる部分持ってるかな。例えば私も「聞こえません」って言うけど、どこまで聞こえないんですか?という部分はある。「聴覚障害」という言葉って、聴者にとっては便利なものだけど、当事者にとっては実に曖昧な言葉なんです。

映画『FAKE』より ©2016「Fake」製作委員会
映画『FAKE』より ©2016「Fake」製作委員会

──佐村河内さんの作ったような指示書を使って音楽を作ることについては?

牧原:今上映している映画『LISTEN リッスン』を製作する前に、私も音楽について色々と調べていたんですね。そのときに、民族音楽はまた別として、ヨーロッパの方のいわゆるクラシック音楽の理論が数学的にできているってことを知って、これは耳が聞こえない人でも作ろうと思えば一応作れるんだということが分かった。そういう認識が私の中にはあったので……だから佐村河内さんはそういうことも知っていたから、指示書を作るという方法をとったのかなって予想した部分はあった。

『LISTEN リッスン』より
映画『LISTEN リッスン』より

雫境:テレビで佐村河内さんの指示書が映ったときに、このようなものをそのうちに僕も作ろうと思ったんだよね。その2年後ぐらいに、牧原監督と会って『LISTEN リッスン』を作るという話になったので、ちょうどいいタイミングだから作ろうかなと思った。だけど、やっぱり出演者は素人の方が多いということで、理解できないかなと思ってやめたんだけどね。

牧原:あぁ、やめたんだ。それはないほうが良かったと思う。それは雫境さんが音楽に関しては素人だから、というんじゃなくて、私としては音楽はやっぱり情念だったり生の衝動だったり……理屈で説明できないものから来る部分もあると思うから。それはちょっと音楽を作る方法論とは別なんじゃないかなと。

映画『LISTEN リッスン』より
映画『LISTEN リッスン』より

映画のなかの佐村河内さんをみると、自分で音符を書けないから、誰かに作ってもらったっていう……曲を作るのが目的なんじゃなくて自分の感情が先。指示書はその形の記録として残したもの。音楽とは何かということも最後の場面が象徴しているかのような……これ以上言ったらちょっとネタバレになるから言えないけど、そういう風に思った。

揉めている夫婦は一緒に観た方がいいかもしれない(笑)(牧原)

──映画のなかで佐村河内さんは、自身の診断書の内容についても詳しく説明しています。

雫境:医学的な見地で出たと思うから、僕がその数値を見たときは、軽い難聴なんだなと思った。僕はdB(デシベル)でいうとその倍になるんですね。3倍くらいになるかもしれない。ほんとに何も聞こえない聾なので。だから、マスコミはそうした違いをわかってるのかな。障害者手帳がないというだけで、わめいている。dB(デシベル)を省いて報道したのは、なんなんでしょうね。

牧原:私たちは障害手帳や聴力検査でdB(デジベル)を見ているから、その知識はあるよね。dBを見たらその人の聴力がたいだい想像できる。でも関わりのない人はその知識がないから、それ以外の文言を見て判断しちゃうのかもしれないね。実際には障害手帳があった方が補聴器への助成金が出て助かる部分がある。その一方で、国からの一定の基準があるが故に障害手帳をもらえず苦労している耳が聞こえない人もいる。基準というのは、本来はdBとか医学的な判断では決められないもので、本人の環境や聞こえ方によっても左右されてしまうのだけれどもね。その辺りは、関わりがない人には分からない。

映画『FAKE』より ©2016「Fake」製作委員会
映画『FAKE』より ©2016「Fake」製作委員会

──コメントチラシのコピー「好きな人と観に来てほしい/これは、ふたりの物語」にもありますが、今回の映画は佐村河内さんだけじゃなくてその奥さんの香さんがすごく大きな要素としてあると思います。奥さんの存在をどのように見ましたか。

牧原:実はあの出来事がニュースになった時、佐村河内さんの傍に常に奥さんがいたのが印象的だったんですよね。こういう出来事が起こった時に、当事者の家族は離婚したり離れていったりする人が多いと思いますが、香さんはそうではなくて、ただ普通に傍にいた。それがなんか不思議で、印象的で。それが映画を観て、なるほどと。まるで母親と息子のような関係だなぁと。奥さんは佐村河内さんのことを全て受け入れている……そんな関係に見えたんですね。佐村河内さん、奥さんがいなかったら死んでいたんじゃないかというぐらい、お互いを信頼し合っている関係。それが森監督と佐村河内さんとの関係性と対照的でしたね。でも真実は、本人以外はわからない。

雫境:僕はこの映画で奥さんを初めて見たんです。すごく強い人だなと感じました。 尊敬する部分はあります。

牧原:そうですね。この映画を素直に受け止めるのであれば、香さんは自分の目で見たもの、自分で直に感じたものを信じられる人だと感じました。このキャッチコピーの通り、揉めている夫婦は一緒に観た方がいいかもしれないですね(笑)。

(2016年5月23日、東風での日本語字幕版試写後、渋谷アップリンクにて)



牧原依里 プロフィール

1986年生まれ。聾の両親を持つ。小学2年まで聾学校に通い、小学3年から普通学校に通う。大正大学で臨床心理学を専攻。会社に勤めながら映画制作を行っている。 2013年ニューシネマワークショップ受講。2014年Movie-High14『今、僕は死ぬことにした』(短編映画)上映。

雫境(DAKEI) プロフィール

2000年東京藝術大学大学院博士課程修了、美術博士号取得。大学院在籍中、舞踏家・鶴山欣也の誘いを受け、舞踏を始める。国内のみならずアメリカ、イギリス、スペイン、メキシコなど世界中を舞台に活動。また、アニエスベー初監督映画『わたしの名前は...』などの映像作品に出演、幅広く活動を行っている。




映画『FAKE』
6月4日(土)より、ユーロスペースにてロードショー
他全国順次公開

監督・撮影:森達也
プロデューサー:橋本佳子
撮影:山崎裕
編集:鈴尾啓太
制作:ドキュメンタリージャパン
製作:「Fake」製作委員会
配給:東風
2016年/HD/16:9/日本/109分

公式サイト:http://www.fakemovie.jp/

▼映画『FAKE』予告編




映画 『LISTEN リッスン』
渋谷アップリンクほか、全国順次公開中

共同監督・撮影・制作:牧原依里・雫境(DAKEI)
出演:米内山明宏、横尾友美、佐沢静枝、野崎誠、今井彰人、岡本彩、矢代卓樹、雫境、佐野和海、佐野美保、本間智恵美、小泉文子、山本のぞみ、池田華凜、池田大輔
配給:アップリンク
宣伝:聾の鳥プロダクション
2016年/58分/日本/サイレント

映画『LISTEN リッスン』特別企画
「聾者が奏でる音楽の軌跡」トークショー&演者による生演奏!

主催:聾の鳥プロダクション
日時:2016年6月3日(金)
開場:19:00/開演:19:30/終演予定:21:00
場所:象の鼻テラス
出演:横尾友美、雫境(DAKEI)、牧原依里
ゲスト:小野寺修二(演出家・カンパニーデラシネラ主宰)
内容:①横尾友美・雫境(DAKEI)による生演奏(10-15分)
   ②小野寺修二氏と『LISTEN リッスン』監督・出演者によるトークショー(60分)
   ③映画未公開シーンの上映(10分)
   ※映画本編の上映、また聴覚的音楽の演奏はありません。
情報保障:手話通訳による情報保障あり。
イベント詳細HP
http://www.zounohana.com/schedule/detail.php?article_id=511/

公式サイト:http://www.uplink.co.jp/listen/
公式Facebook:
https://www.facebook.com/listen-567768356712092/
公式Twitter:https://twitter.com/listen2016deaf1


▼映画 『LISTEN リッスン』予告編




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