骰子の眼

music

2017-08-10 14:00


ソウル、香港―音楽の現場を追った映画『パーティー51』『HIDDEN AGENDA』のその後

アップリンク・クラウドにて動画配信スタート!『HIDDEN AGENDA』無料配信
ソウル、香港―音楽の現場を追った映画『パーティー51』『HIDDEN AGENDA』のその後
『パーティー51』より バムソム海賊団

アップリンク渋谷でも上映された韓国ソウル、香港の音楽ドキュメンタリー『パーティー51』『HIDDEN AGENDA The Movie』がオンライン映画館「アップリンク・クラウド」にて配信スタート。『HIDDEN AGENDA The Movie』は、無料配信される。期間は、2017年11月9日(水)13:59まで。webDICEでは、二作品の配信についてオーガナイズしてくれた、Offshoreの山本佳奈子さんによる解説を掲載する。

『パーティー51』(2013年/101分/韓国)
韓国ソウル、立ち退きを迫られた食堂に立てこもった夫婦と音楽家たちの記録
監督:チョン・ヨンテク
製作:パク・ダハム
→アップリンク・クラウドで映画を観る

[無料]『HIDDEN AGENDA The Movie』(2012年/68分)
香港、無許可で営業するインディー音楽が聴ける唯一のライブハウスのドキュメント
監督:Hidden Agenda
→アップリンク・クラウドで映画を観る




『パーティー51』の背景にある、韓国不動産事情

01パーティー51_Poster_jp

 まず『パーティー51』を観るうえで頭に入れておいた方がスムーズな情報は、韓国の不動産事情は日本の状況と異なるということ。微々たる金で立ち退きを迫られたのは、食堂トゥリバンだけではなく、この時期に同様の立てこもり運動は頻発していた。この不動産事情については、『パーティー51』に素晴らしい日本語字幕を付けてくださったソウルの喫茶店「雨乃日珈琲店」の清水博之さんが解説してくださっているのでぜひ参考に読んでみてほしい。

参考記事:パーティー51関連記事 不動産のおはなし(雨乃日珈琲店 日本語ブログ)


音楽家が社会運動に参画するだけの映画なら興味がなかった

 全国の10カ所程度を巡った『パーティー51』上映&ライブツアー、そしてその後も続いた自主上映。いくつかのトークで私自身が話したのは、「後半の描写がなければ、この映画をOffshoreとして配給したくはなかった」ということ。めまぐるしく展開していく、食堂トゥリバン夫婦と音楽家たちによる立てこもりパーティー。音楽家が社会運動に参加することにより賛同者も増えて、問題も解決、一件落着。なんて話であればリアリティを感じなかったし、音楽家が社会運動に参画するだけのドキュメンタリー映画なら興味がなかった。

 この映画は、後半部分の音楽家の悶々とした悩みに旨味が詰まっている。政治をやりたいのか音楽をやりたいのか?運動のための音楽か?と問われた音楽家の彼らの不安が映されている。日本でもいつだったか、「音楽に政治を持ち込むな」みたいなトピックがインターネット上で話題になったことがあったが、そのネット上での討論を俯瞰するためにも、ぜひこの映画を観てほしいところである。

参考記事:映画『パーティー51』上映後トーク:パク・ダハム×バムソム海賊団×ハ・ホンジン×チョン・ヨンテク監督(Offshore)


『パーティー51』に登場した音楽家たちの近況

 映画に登場した各音楽家は、バムソム海賊団を除き、今もそれぞれの道で活動している。

 バムソム海賊団は、すでに何十回も「解散」しているそうで、今は残念ながらちょうどその解散時期にあたる。が、今年韓国で公開される予定のバムソム海賊団を追ったドキュメンタリー映画『バムソム海賊団、ソウル・インフェルノ』は、北朝鮮と韓国の政治を面白おかしく諷刺しつづける彼らのバンド活動を映し、世界各地の映画祭で話題。バンド活動は解散中であるものの、2人は各地の映画祭へ舞台挨拶に飛び回っている。今年の山形国際ドキュメンタリー映画祭、アジア千波万波での上映も決定。(※どこかの配給会社の方がこの映画を日本に持ってきてくれないか期待している!)

▼ドキュメンタリー映画『バムソム海賊団、ソウル・インフェルノ』予告編


 ブルースマンのハ・ホンジンは、今や大きなステージでも活躍。2015年にパク・ダハムの主宰するHelicopter Recordsから出たカセットテープ『나아진게 없네(Ain’t Nothing Changed)』は、映画の中に登場する彼がその後あらゆる音楽経験を消化してきたことをしっかり伝えてくれる豊かな作品。

02Ain’t Nothing Changed_ハ・ホンジン
『나아진게 없네(Ain’t Nothing Changed)』ハ・ホンジン(Helicopter Records, 2015)

 フェギドン・タンピョンソンは、映画前半ではウクレレと下ネタたっぷりの歌詞で歌っているが、ここ数年では、映画ラストに見られる硬派なシンガーソングライターとしての地位を確立している。バンド編成で活動していたタンピョンソン・アンド・ザ・セイラーズは活動休止となってしまった。

▼タンピョンソン・アンド・ザ・セイラーズのライブ動画。2014年にパーティー51の舞台トゥリバン跡地からほど近い新村エリアで開催された、Transition City : Hacking the City Festivalでの映像。


 Yamagata Tweaksterは、子育てしながら地道に活動中。映画の中ではYamagata Tweakster自身が山形国際ドキュメンタリー映画祭について言及するシーンがあるが、念願の同映画祭へ2015年に出演。ここでも会場から飛び出すパフォーマンスを繰り広げた。

 最後にパク・ダハム。彼は日本に何度も来ており有名人だが、今はノイズ演奏家としてよりも、DJ活動に熱心だ。ソウルの実験音楽家リュウ・ハンギルらのイベントがきっかけでノイズ音楽の演奏を始め、その後日本のアンダーグラウンドな音楽家たちとの交流を経て、ソウルのSeendosi等でDJイベント、日本や台湾からのアーティストのイベントオーガナイズを精力的に続けている。


ソウルの現在進行形の音楽を日本に紹介したV.A.『大韓不法集会』

V.A.『大韓不法集会』

 『パーティー51』を観た人から、「音楽は昔の日本を聴いているようで懐かしくなった」という感想も聞いたが、果たしてそうだろうか。ソウルの現在進行形の最新音楽を日本に紹介しようと、ラフィンノーズのチャーミー氏がレーベルtransceiver recordsを設立。チャーミー氏が何度もソウルに通い、現地のミュージシャンと直接話しネットワークを築き実現したコンピレーションアルバム『大韓不法集会』に収録されている曲はどれもみずみずしく、オリジナリティに富んでいる。ソウルのインディペンデントなロックシーンをそのままコンパイルした名盤だ。これらの音に日本の昔を重ねるのは、それこそ植民地的思想に支配されているのではないか。さらに、『大韓不法集会』の1曲目は、『パーティー51』のエンドロール曲であり、Kuang Programによる『Seoul』。サントラのつもりで、ぜひ『大韓不法集会』も聴いてみてほしい。

▼Kuang Programの『Seoul』。現在ギター・ボーカルのテヒョン氏は兵役中。


参考記事:【REAL Asian Music Report】第4回 ラフィン・ノーズのチャーミーが語る、韓国インディーのいまと『大韓不法集会』(Mikiki)




HIDDEN AGENDAは何故違法営業するのか?香港の地価とライブハウス

03Hidden Agenda

 『HIDDEN AGENDA The Movie』においては、先日、イギリスのTTNGというバンドが拘束された事件について知っている人は多いかと思う。あの事件のライブハウスが、香港のHIDDEN AGENDAだ。ワーキング・ビザを取得せずに「興行」を行なったとして、香港当局にTTNGメンバーとHIDDEN AGENDAオーナーらが拘束された。「違法営業しているライブハウスがアーティストのビザを取らずにライブをしていたら、捕まるのは当たり前」と思う人もいるかもしれない。だが、このストーリーの発生は日本ではなく香港である。法律が違う。経済状況も違う。

 観塘地区にHIDDEN AGENDAがある理由は、家賃が安いから。この地域のビルの多くは工業ビルとしての認可を得ていて、工業ビルにおいては工業以外の営みを行えない法律がしかれている。では商業地区の商業ビルにハコを構えればいいのではないか?そう思われるかと思うが、香港の家賃は東京以上に高価。

 例えば、私が実際に知っている話では、So Boringという香港の油麻地(ヤウマーテイ)地区にある飲食店。市場の裏側、人通りの少ない通りにある。たった15平米ほどの広さで、家賃は日本円で約20万円。そのSo Boringも一時期閉店の危機にさらされていて、その理由は、大家と契約更新しようとしたら5割増の家賃を提示されたとのことだった。

参考記事:British rock band TTNG arrested in Hong Kong over visas(BBC News)


香港独自の音楽文化を育む環境の不足

 日本のように、ライブハウスという場が世間一般に認められていない香港では、音楽を聴くことのできる場と言えばアリーナ級の大ホールか、香港に居住している欧米出身者が集まるセントラルあたりのバーか。極端になってしまっている。欧米出身者が集まるバーではもちろん客は欧米出身者たち。カラオケのように西洋諸国のヒット曲を演奏させられることも想像に容易い。香港ローカルの人たちが、香港の音楽文化を生み出し批評しあい育むための場が、今極端に足りない。

 また付け加えて、アップリンク渋谷で2012年に開催した『HIDDEN AGENDA The Movie』上映後のトークでは、「スポンサーをつけて地道に運営したら?」との声も出てきた。香港の場合、今生まれたばかりのローカルバンドが実験的な音楽を積み上げていく経緯に投資してくれるなんてことは考えづらい。世界の金融機関が集まり発展し続ける地。恐ろしい速度で金が投資され回収される。投資と回収に躍起の投資家が経済を動かしている香港では、長い目で文化を育てるという視点を持つスポンサーは見つかるのだろうか。

参考記事:セルフレポート『香港でライブハウスを運営するということ』東京編(Offshore, 当時のHIDDEN AGENDAブッキングマネージャーのKimiが登壇した上映会後のトークレポート)

 映画の中には多くのバンドやアーティストが登場するが、そんな香港の経済状況もあってなのか、続いているバンドは極めて少ない。映画ラストに登場するSensi Lionは、香港のレゲエバンドとして活動歴も長く有名である。

▼香港のレゲエバンドSensi Lion



工業ビルのインディペンデント・アーティストたちのコミュニティ

 映画には登場しないが、HIDDEN AGENDAには近隣のインディペンデント・アーティストたちのコミュニティがある。同じ観塘地区の工業ビルには空き物件が多くなっており家賃も安い。アーティストやデザイナー、音楽家などがスタジオとして借り、様々な文化的活動が生まれるベースとなっている。

 例えば、映画で見えるHIDDEN AGENDAの壁にペイントしているのはGraphicairlinesというデザインとアートのチームであり、近所にスタジオを構える。チラホラ映る「START FROM ZERO」というロゴも、近所にスタジオを持つ家具とアパレルの工房。また、ライブシーンは登場しないが当時からHIDDEN AGENDAで演奏していたtfvsjsというバンドは、昨年日本にも来日。観塘地区の工業ビルに物件を借りて、音楽スタジオとレストランを経営していたのだが、こちらも2017年3月に閉店することとなってしまった。香港で誰かと会うにはぴったりのレストランだったので、筆者も閉店を惜しんでいる。

参考記事:tfvsjsのレストラン閉店については下記記事の2ページ目を参照。
アジアン・インディー・ミュージックシーン 〜号外「香港」TTNG&Mylets香港公演・Hidden Agendaへのガサ入れと、香港ミュージックシーンの困難と希望〜 (Qetic)


自主的な表現活動を行う者にとっての最後の砦HIDDEN AGENDA

 TTNGとHIDDEN AGENDAオーナーが拘束されたとき。私のFacebookタイムラインでは、多くの香港の友人たちがその事件に嘆き憤っていた。普段は、おそらくHIDDEN AGENDAで鳴っているようなロック、ハードコア、メタルなどの音楽を聴かない人までも。自主的な表現活動を行う者にとって、HIDDEN AGENDAは最後の砦のようなものなのかもしれない。HIDDEN AGENDAがなくなれば、みるみるうちに文化的活動の場が経済と政治に奪われていく。そんな焦燥感を香港の友人たちが感じているように思えた。

 あの2ヶ月以上にわたって幹線道路が封鎖された2014年の香港雨傘運動と2016年旧正月のフィッシュボール革命のあと、絶望して口を噤んでしまったかのように見えた香港の友人たちが、久々にFacebook上に感情を露わにした出来事だった。

参考記事:香港で起こった「革命」はなぜ市民の支持を失ったか(ニューズウィーク日本版)

 その後、HIDDEN AGENDAは表向きには「閉店」と発表。8月3日現在、まだ場所は手放さず、香港当局との協議中。また、ライブハウスHIDDEN AGENDAから写真集が発表された。2010年から2017年まで、これまで3回引越を余儀なくされてきた、4世代=4箇所のHIDDEN AGENDAでのライブ写真を集めたもの。売上はHIDDEN AGENDAの運営資金に充てられる。

関連リンク:HIDDEN AGENDA写真集『HIDDEN AGENDA The Book』オーダー用ウェブサイト

▼HIDDEN AGENDA写真集『HIDDEN AGENDA The Book』紹介動画



今だからこそ『パーティー51』『HIDDEN AGENDA The Movie』を観て学ぶことは多い

 『パーティー51』『HIDDEN AGENDA The Movie』とも、ライブ・ミュージックの現場にまつわるドキュメンタリー映画であり、前者は韓国ソウルの弘大エリア、後者は香港の観塘地区を映す。実はどちらも既に年月が経ち古い映画である。それぞれの映画に登場する音楽家や音楽関係者たちは、自分たちの若い頃の群像が今日本でまた注目されて映画配信されていることが恥ずかしくてたまらないかもしれない。が、この両映画が日本で遅れて評価されることには理由があると思っている。

 日本の状況が、やっと近隣のアジア地域に追いついてきたのではないだろうか。やっと多くの人が自由な表現活動を守る必要性に気付き始めた。それにより、この2本の映画への共感も生まれ始めたのではないかと思っている。

 韓国や香港の彼らが起こした行動はとてもスリリングで、既成概念に囚われないアイディアがあり、またユーモアに満ちていた。あまりにも整備されたライブハウスの制度やプロモーター、フェスビジネスなどに取り囲まれた日本の音楽界では、こんな大胆な行動は起こりづらい。でも、最近では日本の各地域にそういった既成の業界ルールからはみ出ようとしている人たちが続出していて、そういった音楽家やアーティストからは特に、これらの映画に賛辞をもらった。そして上映後にたくさんの対話が生まれた。

 そんな様子を見て、私はこれまで出会ってきた日本以外のアジアの音楽関係者たちと、日本の一部の音楽関係者たちの温度がとても近づいてきたことを感じた。映画の製作年から4、5年が経った今、日本がアジアから学べふことはまだたくさんあると、私も強く感じることができている。





山本佳奈子 プロフィール

アジアの音楽、カルチャー、アートを取材し発信するOffshore主宰。 主に社会と交わる表現や、ノイズ音楽、即興音楽などに焦点をあて、執筆とイベント企画制作を行う。尼崎市出身、那覇市在住。
http://www.offshore-mcc.net

キーワード:

韓国 / ソウル / 香港 / 音楽


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