骰子の眼

cinema

2017-09-05 18:13


写真家ハービー・山口が語るセルゲイ・ポルーニンのパンク・スピリット

『ダンサー、セルゲイ・ポルーニン 世界一優雅な野獣』公開記念トーク
写真家ハービー・山口が語るセルゲイ・ポルーニンのパンク・スピリット
2017年3月にロンドンで上演された「Project Polunin」のメイクルームにて ©Herbie Yamaguchi ©Project Polunin Ltd

現在、大ヒット上映中の映画『ダンサー、セルゲイ・ポルーニン 世界一優雅な野獣』。去る7月26日にBunkamuraル・シネマで、写真家のハービー・山口氏をゲストに迎え、上映後にトークイベントが開催された。

ハービー・山口氏は、今年(2017年)3月にロンドンで開催されたポルーニンのプロデュース公演「Project Polunin」に密着した写真集『The Beginning of a Journey:Project Polunin』を7月15日に上梓し、4月の来日時にもポルーニンの撮影を行なっている。

この日は映画本編の終了後に、「Project Polunin」のリハーサル映像の特別編集版が上映され、続いてトークが始まった。スクリーン上で、写真集に未収録のカットや、約40年前にハービー氏が同じロンドンの街で撮影したパンクロッカーの写真なども映しながらトークが行なわれた。以下にその模様をお伝えする。


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トークイベントに登壇した写真家のハービー・山口氏

ハービー・山口(以下、ハービー):今年の3月に10日間、ロンドンのサドラーズウェルズ劇場で上演された“プロジェクト・ポルーニン”のリハーサルと本番を撮らせもらいました。私は写真家としてのキャリアは長いですが、バレエダンサーをこうして撮るのは初めての経験で、とても刺激的でした。かなり接近してリハーサルのかなり生々しい姿も撮りましたが、ぶつかったら大変なことになるので、それに一番気をつかいました。




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©Herbie Yamaguchi ©Project Polunin Ltd

ハービー:これは早朝、自宅から来たセルゲイさんが劇場に入るところです。彼は非常に礼儀正しい青年で、毎朝必ずダンサーやスタッフと握手してハグをしあい、感謝の気持ちを伝えていました。




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©Herbie Yamaguchi ©Project Polunin Ltd

ハービー:名刺代わりに、私が昔、23歳から10年間ロンドンに住んで色んなミュージシャンを撮っていた頃の写真が入っている作品集をセルゲイさんに渡したんです。すると、彼は1ページ1ページ、5分以上かけて見ていました。これまで被写体になってくれるミュージシャンやたくさんの人に渡してきたけれど、最長記録です。その時に多分、彼の中で「このカメラマンなら、放っておけばベストな写真を撮ってくれる」と思ったんでしょう。だから、ありがちなカメラに向かってにこやかに振る舞うといったことは決してなく、僕も最高の一瞬を撮ることに全エネルギーを注ぎました。




ハービー:ちなみに、この作品集に載っているのが次の写真です。

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©Herbie Yamaguchi

ハービー:1980年、クラッシュというパンクバンドのボーカリスト、ジョー・ストラマーさんと、たまたま地下鉄で会いました。ライブは何度か撮ったことはあったんですが、この時はプライベートですから撮ったら怒られるかもしれないと躊躇しました。でも、勇気を振り絞って「撮らせてもらってもいいですか?」と訊いたらOKで。とても柔和な顔を浮かべてくれた。この数秒後に彼は電車から降りるんですけれども、降り際に僕に向かってこう言ったんです。「君ね、撮りたいものはみんな撮れよな。それがパンクだぞ」と。当時、僕は30歳。日本を立って8年、写真家としてやっていけるのか弱気になっていた頃で、彼のその一言にとても強く背中を押されました。




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©Herbie Yamaguchi

ハービー:これはセックス・ピストルズのジョン・ライドンさんです。ジョニー・ロットンとも言いますけど。眼を剥いた荒々しい姿がパブリックイメージとしてありますが、これはパンクとは無縁の好青年のような横顔ですね。彼の写真の中ではめずらしい、別の素顔の見せていると思います。




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©Herbie Yamaguchi

ハービー:これはパンク・ムーブメントの後に流行ったニューウェイヴのクラブで撮った写真です。右がジョージという青年。後にカルチャー・クラブというバンドを結成して、世界的に有名なポップスターになるボーイ・ジョージです。非常にきれいな青年でした。




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©Herbie Yamaguchi

ハービー:これは去年カルチャー・クラブが来日した際、お台場のZepp東京で37年ぶりにジョージと再会したときに自撮りしたものです。ツイッターで会場に行くことを知らせておいたので、公演中のMCで「今日はマイ・ベスト・フレンドのハービーが来てるはずだ、どこにいるのかな?」と言って、ステージ上から探してくれました。18歳で初めて会った彼は56歳になっていました。




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©Herbie Yamaguchi

ハービー:ジョージが「ボーイ・ジョージ」になる前、実は私は彼とアパートをシェアしていたんです。彼が貧乏のどん底にいた頃です。右の女の子が大家なんですが、「ガス代を払え、ジョージ!」と、彼を無理やり起こしているところです。後になってジョージから、その子に部屋を追い出されたと聞きました。




ハービー:こういう写真を見て、セルゲイさんもウクライナからイギリスに来た同じ異邦人として、いかに白人社会のディープなところに入っていくのが大変なことだったか、分かったと思うんです。だから「よくここまで撮ったな」「彼に任せよう」という気になってくれたのかもしれません。ここでまた、“プロジェクト・ポルーニン”の写真に戻りましょう。

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©Herbie Yamaguchi ©Project Polunin Ltd

ハービー:朝はストレッチから始まります。本当に関節が柔らかいですね。骨格が針金でできた人形がクニャっと曲がるような。彼と実際に会ってみて、刺青をした反逆児のイメージはことごとく覆されました。静かで植物的だとさえ感じました。




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©Herbie Yamaguchi ©Project Polunin Ltd

ハービー:振付師が自分のiPadに入ってる音楽をスピーカーで流しながら、皆でバーレッスンをするんですが、歌劇『アイーダ』の物悲しい上品な旋律にあわせて、彼らの彫刻のように美しい姿が跳躍して、僕も中世ヨーロッパのの石畳の迷宮に入り込んだような、神聖な気持ちになってシャッターを切ったのを覚えています。




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©Herbie Yamaguchi ©Project Polunin Ltd

ハービー:練習の合間に、軽く腹ごしらえしているところです。




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©Herbie Yamaguchi ©Project Polunin Ltd

ハービー:これはセルゲイさんが若手ダンサーたちの練習風景を見守っているところです。




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©Herbie Yamaguchi ©Project Polunin Ltd

ハービー:彼らはスマホを多用していまして、練習中の踊りを撮影してみんなで共有しているところです。非常に真剣な顔つきだったのが印象的でした。ダンサーのワキの下にカメラを突っ込んで(笑)撮らせてもらったものです。




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©Herbie Yamaguchi

ハービー:これはセルゲイさんが4月に来日した際に、東京藝術大学の奏楽堂で開催されたプレミアイベントでのリハーサル中に撮りました。




ハービー:パンクロッカーたちが新しい時代を築くために闘っている姿を、僕はロンドンで見てきました。それと同じように、反逆児と呼ばれ、酷評されながらも、信念を貫き通している2017年のセルゲイさんの姿を捉えられたと思います。来日した際のプレミアイベントでも、“皆さんのサポートが何より嬉しい”と語っていましたが、当く離れた日本で、これだけ多くの人が彼の映画を観て、初めての写真集も発売されていることは、彼にとって大きな勇気になると思います。

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4月の来日時に再会 ©Herbie Yamaguchi


ハービー・山口 プロフィール

1950年、東京都出身。中学2年生で写真部に入る。大学卒業後の1973年にロンドンに渡り10年間を過ごす。一時期、劇団に所属し役者をする一方、折からのパンクロックやニューウエーブのムーブメントに遭遇し、デビュー前のボーイ・ジョージとルームシェアをするなど、ロンドンの最もエキサイティングだった時代を体験する。そうした中で撮影された、生きたロンドンの写真が高く評価された。帰国後も福山雅治など、国内アーティストとのコラボレーションをしながら、常に市井の人々にカメラを向け続けている。多くの作品をモノクロームの、スナップ・ポートレイトというスタイルで残している。 その優しく清楚な作風を好むファンは多く、「人間の希望を撮りたい」「人が人を好きになる様な写真を撮りたい」というテーマは、中学時代から現在に至るまでぶれることなく現在も進行中である。
受賞歴:2011年度日本写真協会賞作家賞
大阪芸術大学客員教授
九州産業大学客員教授


『ダンサー、セルゲイ・ポルーニン 世界一優雅な野獣』大ヒット上映中

映画『ダンサー、セルゲイ・ポルーニン 世界一優雅な野獣』 © British Broadcasting Corporation and Polunin Ltd. / 2016

<ヌレエフの再来>と謳われる類まれなる才能と、それを持て余しさまよう心――。19歳で英ロイヤル・バレエ団の史上最年少プリンシパルとなるも、人気のピークで電撃退団。バレエ界きっての異端児の知られざる素顔に迫ったドキュメンタリー。

監督:スティーヴン・カンター
『Take Me To Church』演出・撮影:デヴィッド・ラシャペル
出演:セルゲイ・ポルーニン、イーゴリ・ゼレンスキー、モニカ・メイソン他
配給:アップリンク・パルコ
原題:DANCER
2016年/イギリス・アメリカ/85分/カラー、一部モノクロ/16:9/DCP

公式サイト


セルゲイ・ポルーニン写真集
The Beginning of a Journey: Project Polunin
写真/ハービー・山口

『The Beginning of a Journey: Project Polunin』 ©ハービー・山口

定価:3,500円(税別)
仕様:B5変型/上製/176頁
出版社:パルコ出版

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▼映画『ダンサー、セルゲイ・ポルーニン 世界一優雅な野獣』予告編

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