骰子の眼

cinema

東京都 渋谷区

2017-09-07 21:00


英国人のノーラン監督が自国の歴史と撤退する勇気=“『ダンケルク』魂”を描いた理由
映画『ダンケルク』クリストファー・ノーラン監督(左)とケネス・ブラナー(右) © 2017 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. ALL RIGHTS RESERVED.

『ダークナイト』『インターステラー』のクリストファー・ノーラン監督が、第二次世界大戦中の1940年に起きた、ドイツ軍に包囲されたイギリス・フランス軍の兵士40万人の救出作戦を映画化した『ダンケルク』が9月9日(土)より公開。webDICEでは、ノーラン監督のインタビューを掲載する。

ノーラン監督は、本作では全編をIMAXフィルム・カメラと65ミリ・フィルムの組み合わせで撮影に臨んでいる。彼の作品を観たことがある方ならば、『ダークナイト』の後半、船上で囚人と市民のどちらが起爆装置を押すか迫られるあのシーンの緊迫感が106分延々と続くことを想像してみてほしい。ノーラン監督はこのインタビューでも語っているように、包囲された兵士の境遇を観客に体感させ、「人を殺す戦い」ではなく「人を救う戦い」を描くことで、これまでの戦争映画とは異なるカタルシスを生み出している。


「私にとって、つねに重要なのは現実にある物、生身の人間をできるだけ撮影することなんです。その結果として得られるのは、本能的であり、包み込むような効果で、観客をストーリーに引き込むんですよ。フィルムを使った理由は、映画を鑑賞するという体験の可能性を最大限に引き出したいからでもあります。観客をダンケルクに連れて行き、劇場にいる皆さんで体感できる鑑賞こそが、私の考える映画体験です」(クリストファー・ノーラン監督)


兵士たちと一緒に観客をダンケルクへ連れていく

──ダンケルクの戦いと撤退は、第二次世界大戦、そして20世紀において重要な出来事の一つと言えます。どこに魅力を感じて映画化に至ったのでしょうか?

多くの英国人と同じように、私もこの物語を聞いて育ちました。英国人は、この出来事を神話やおとぎ話のように捉えている。それは私たちの大きな文化であり、骨まで染み込んでいるんです。私は深く知れば知るほど、シンプルな神話という以上に、リアルな人間たちの物語に感動を覚えました。

映画『ダンケルク』 © 2017 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. ALL RIGHTS RESERVED.
映画『ダンケルク』 © 2017 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. ALL RIGHTS RESERVED.

20年くらい前の話です。妻エマと私は、友人の小船でダンケルクへと渡りました。撤退作戦と同じ時候で、海峡はとても荒れていました。本当に大変な体験で、とても危険を感じました。頭上から爆弾も降ってこない、戦時下でさえないのにも関わらず。救出をしようと海峡を横断した人々への敬意と憧れがその時生まれ、ダンケルクで実際に起こったことに深い興味を抱きました。それが心の中に留まりこの物語を映画化したいと思うようになったのです。この素晴らしい物語について、今を生きる観客のための映画を作ろうと思いました。しかし、リアルに描ける手法を手にするまで待つことを考えたのです。あまりにも壮大な物語ですから。私たちがこの映画で目指したのは、史実に対して心からの敬意を払いつつ、ある程度より強調した部分と、もちろん、エンターテインメント性も出して、観客に臨場感を味わってもらうということでした。

──映画化するにあたって、壮大さと同時に臨場感は重要な要素でしたか?

空と海と大地が混ざり合い、壮大な歴史と何十万もの人々がかかわる物語です。しかし、私にとっては主観的な映画。これが、アプローチの鍵でした。私が描きたかったのは、従来の映画製作の枠に収まらない、兵士たちと一緒に観客をダンケルクへ連れていくこと。あの強烈さ、あの恐怖、あの緊張感を体験してもらうことでした。

『ダンケルク』はサバイバルストーリーです。時間との戦いがサスペンスをもたらし、主観的でかつ現在進行形の映画を、私は本当に描きたかったのです。ストーリーは、陸と海と空という3つの異なる視点に別れて同時に進行していきます。ダンケルクの壮大な出来事を観客に分かりやすく語りたいと考えた結果でした。そこから脱することなく、主観的な語り口も維持する。観客には常に緊迫感あふれるサスペンスの中にいてほしい。部屋で地図を相手に問答する将軍たちに画面を切り替えたくはない。いまその場で起こっている状況の中で描きたかったのです。同じ出来事の異なる側面を交互に見せながら、異なる視点間を行き交う。この手法なら、観客も、より広い視野を持てます。たとえそれが、主観的な語り口であったとしても。

映画『ダンケルク』 © 2017 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. ALL RIGHTS RESERVED.
映画『ダンケルク』 © 2017 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. ALL RIGHTS RESERVED.

いちばん好きなフィルムメーキングのスタイルに立ち戻った

──脚本を練るうえでどんなリサーチを行いましたか?

歴史アドバイザーのジョシュア・レヴィーンに助言を求めました。彼は、私たちがつかもうとしていたエンターテインメントと史実の間の微妙なバランスをすぐに理解してくれたんです。彼はまた、ダンケルクの戦いを生き延びた退役軍人数人とも私たちを会わせてくれました。彼らに会い、彼らの体験を聞き、彼らにとってダンケルクがどんな意味があったのかを知ることができて、ほんとうに光栄でした。

──そして実際の歴史的出来事が起きたダンケルクで撮影をしています。

当初はあの場所で撮影するとははっきり決めておらず、ほかの候補地も検討しました。しかし、実際に現地を見て、その地形の独特さを知ったあとでは、どんな難問にぶち当たろうとも、あそこで撮影しなければならないと思ったんです。だから、思いきって決断しました。

映画『ダンケルク』 © 2017 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. ALL RIGHTS RESERVED.
映画『ダンケルク』 © 2017 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. ALL RIGHTS RESERVED.

──海のシークエンスのいくつかは、ダンケルク近くのドーバー海峡で撮影されたほか、兵士を救出する民間船ムーンストーン号のシーンはオランダの人口湖アイセル湖で撮ったそうですね。

撮影監督のホイテ・ヴァン・ホイテマの提案で私たちはアイセル湖に行きました。潮の干潮を心配せずに、固定に錨を下ろしておくことができたんです。深さが3.5メートルから4メートルぐらいの間で、解放水域に見えますし、海よりは少し穏やかですが、同じように船を揺らします。私たちは船の動きをしっかり体験し、それをどう撮影するかについて、徹底的に話し合いました。その結果、はっきりしてきたのは、基本的には、できるかぎりハンドヘルド・カメラで撮るべきだということでした。ホイテマのようなハンドヘルド・カメラの達人がいる場合、波に揺られて上下する船では、彼自身がいちばん安定した、そして万能なカメラ台になるんです。また、ほかの船とテンポを合わせることができて、外側からいろいろな撮り方ができる、とても効率のよいカメラ用ボードを使うことにしました。そのふたつが、海上でのもっとも重要な撮影手段になりました。

映画『ダンケルク』 © 2017 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. ALL RIGHTS RESERVED.
映画『ダンケルク』 © 2017 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. ALL RIGHTS RESERVED.

狭い甲板でカメラを肩に乗せての撮影はかなり骨の折れる作業でしたが、同時に楽しくもありました。というのも、ホイテマと私がいちばん好きなフィルムメーキングのスタイルに立ち戻った感じだからです。俳優たちもいちばん好きなんじゃないかな。その瞬間に必要最小限のキャスト、スタッフだけでの撮影だったから。

戦地に送り込まれたのと同じ18~19歳の青年をキャスティングする

──素晴らしいアンサンブルキャストです。実力派のベテラン俳優から才能ある若手俳優まで映画出演の経験がない方もいます。キャスティングについてお聞かせください。

キャスティングは重要な要素でした。30歳の俳優が18歳を演じるような、従来のハリウッド式のキャスティングはしたくありませんでした。実際の戦地には、若い青年が送り込まれました。18~19歳の青年です。その年齢を配役したかったのです。きっと観客は差し迫る恐怖を感じ、浜辺にいる青年たちに共感するはず。そこで、オーディションというプロセスを踏みました。演劇学校にも行き、エージェントも何もついていない才能ある若手俳優を違う組み合わせで、来る日も来る日も、オーディションしました。誰がその役に合うのか見ながら役を交換し、違う組み合わせを試しました。昔ながらのキャスティングだったし私も初めて経験したがとても有意義でした。素晴らしい発見をしたと思います。

フィン・ホワイトヘッドは主人公を演じていますが、驚くべき才能の新人です。トム・グリン=カーニーもバリー・コーガンも―並外れた才能だの持ち主です。そこに、物語を支えるベテランを混ぜました。当代最高の俳優の一人マーク・ライランスが船に乗り、並外れた才能の持ち主ケネス・ブラナーがダンケルク撤退を指揮する。トム・ハーディも、キリアン・マーフィーもいます。以前仕事をした俳優、したかった俳優たちが集まってくれました。そして映画初出演の若手俳優たちを本当に支えてくれました。

映画『ダンケルク』 © 2017 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. ALL RIGHTS RESERVED.
映画『ダンケルク』青年兵トミー役のフィン・ホワイトヘッド © 2017 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. ALL RIGHTS RESERVED.
映画『ダンケルク』 © 2017 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. ALL RIGHTS RESERVED.
映画『ダンケルク』救出に向かうムーンライト号の船長ミスター・ドーソンを演じたマーク・ライランス © 2017 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. ALL RIGHTS RESERVED.

つねに重要なのは現実にある物、生身の人間を撮影すること

──映像も素晴らしかったです。IMAXフィルムでの撮影はどのような体験でしたか?それは、この映画に何をもたらしてくれるのでしょうか?

私たちがIMAXフィルムで撮影した理由は、その映像がもたらす没入感がほかとは比べようもないほどすばらしいからです。いったん映画が始まると、スクリーンが消え、まさに自分がそのシーンにいる感じがします。また、圧倒的なパノラマとスケールの大きなアクションが描ける。でもそれだけでなく、この数年で気づいたんですが、もっと細かく、デリケートな状況で使うと、とてつもない臨場感を創りだし、それは非常に魅力的なんです。そのため、もし実際にやれる方法が見つかれば、苦労したとしても非常に満足のいく結果を得られると思いました。

IMAXフィルムは最高解像度のフォーマットだからです。映像フォーマットの中で最高水準の色彩です。それは、IMAXスクリーンで観るとより鮮明に分かります。透明度と緊迫感のある映像で、その場にいるように感じられるでしょう。巨大スクリーンと澄み切った映像と大音響、このフォーマットはそれを提供します 。観客が夢中になれる体験を用意するために大きな助けとなってくれました。

映画は劇場に行って鑑賞するもの。フィルムを使った理由は、映画を鑑賞するという体験の可能性を最大限に引き出したいからでもあります。観客をダンケルクに連れて行き、劇場にいる皆さんで体感できる鑑賞こそが、私の考える映画体験です。

──監督はデジタル効果やCGを極力使わないことでも知られています。

私にとって、つねに重要なのは現実にある物、生身の人間をできるだけ撮影することなんです。その結果として得られるのは、本能的であり、包み込むような効果で、観客をストーリーに引き込むんですよ。

──プリプロの際に、自らスピットファイアで飛行を体験したそうですね。

戦闘機で飛んだのは人生最高の経験でした。とても素晴らしかったです。上空では、あの飛行機を飛ばし、あの条件を耐えた人々にとてつもない敬意が湧いてきます。いや、確かに興奮しますよ。でも、決して快適な乗り物ではないんです。パイロットとして当然持っていなければならない勇敢さに加え、肉体的なスタミナと集中力のレベルを知ると、それを描くのが非常に興味深くなりました

映画『ダンケルク』 © 2017 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. ALL RIGHTS RESERVED.
映画『ダンケルク』英国空軍 戦闘機パイロット役のトム・ハーディ © 2017 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. ALL RIGHTS RESERVED.

空の戦闘シーンでも、私たちは、グリーンスクリーンやブルースクリーンを背景にした撮影はしないと決めていました。つねに、適切な位置に本物の海、本物の空、自然光がある背景になるように、どのシーンも撮りたかったんです。

そのためにアメリカの湾岸警備隊の施設にジンバル(移動撮影ができる装置)を置く許可を得ました。それによって俳優たちが飛行機を“飛ばしている”シーンを高い位置で撮影することができ、その映像を実際の空撮映像とインターカットするうえで、リアルさの基準を設定できました。そして空中戦シークエンスを正しい整合性で描くことができたんです。

映画『ダンケルク』 © 2017 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. ALL RIGHTS RESERVED.
映画『ダンケルク』クリストファー・ノーラン監督

──陸海空3つの視点だけでなく、異なる3つの時間を組み合わせています。1時間に起こること、1日に起こること、そして1週間に起こること。行き来しながら時間を操ることは難かったのではないでしょうか?

主観性を保ち、より広い視点を与えてくれる構造を模索しました。陸から事象を捉えたい。海からも、空からも浜辺からも、民間船からも。これは長い時間がかかります。戦闘機スピットファイアの操縦席に乗り、空中戦を繰り広げます。彼らは1時間ダンケルクの上空で戦いました。だから、それぞれの時系列になるタイムスケジュールを配せば、全体像を描けると考えました。

それらのストーリーを組み合わせることによって、観客はとても主観的に出来事を体験し、キャラクターひとり一人のたびを理解できる一方で、スクリーン上には登場しないけれども、数多くの旅があることも伝わってきます。これほどの規模の出来事だと、たった一本の映画の中でものすごく多くの個々の体験を包括的に理解することはまず無理ですからね。

1時間の熾烈な空中戦が映画全体に広がる。パイロットにとって勇ましい1時間です。浜辺にいる兵士たちは対照的に、緊張と恐怖と退屈の中にいる。彼らは身動きが取れず、この先何が起こるのか分からない。この状況がリアルな恐怖を生み出すのです。1週間、1日、1時間、異なる時間で展開します。そしてすべてが切り替わり、ある時点で交差するのです。

(オフィシャル・インタビューより)



クリストファー・ノーラン(Christopher Nolan) プロフィール

1970年7月30日生まれ、イギリス出身。1998年に『フォロウィング』でデビューして以降、『メメント』『インソムニア』『ダークナイト』シリーズなど話題作を立て続けに発表。2010年公開の『インセプション』で第83回米アカデミー賞にて撮影賞をはじめとする4つの賞を獲得した。2014年の『インターステラー』では第87回米アカデミー賞で最優秀視覚効果賞を受賞した。




映画『ダンケルク』 © 2017 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. ALL RIGHTS RESERVED.

映画『ダンケルク』
9月9日(土)ロードショー

監督・脚本・製作:クリストファー・ノーラン
出演:フィン・ホワイトヘッド、ハリー・スタイル、ケネス・ブラナー、キリアン・マーフィー、マーク・ライランス、トム・ハーディほか
撮影:ホイテ・ヴァン・ホイテマ
英題:Dunkirk
2017年/アメリカ/106分
配給:ワーナー・ブラザース映画

公式サイト

▼映画『ダンケルク』予告編

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