骰子の眼

cinema

東京都 渋谷区

2017-09-14 23:15


“脚本は破壊されるためにある”クストリッツァ監督『オン・ザ・ミルキー・ロード』

監督&主演で描く、紛争下でミルクを運ぶ陰のヒーローとモニカ・ベルッチ扮する花嫁の逃避行
“脚本は破壊されるためにある”クストリッツァ監督『オン・ザ・ミルキー・ロード』
映画『オン・ザ・ミルキー・ロード』 ©2016 LOVE AND WAR LLC

『アンダーグラウンド』『黒猫・白猫』などで知られるセルビアを代表するエミール・クストリッツァ監督の新作『オン・ザ・ミルキー・ロード』が9月15日(金)より公開。webDICEではクストリッツァ監督のインタビューを掲載する。

隣国と長きにわたり戦争を続けているとある国を舞台に、クストリッツァ自身がミルク運びの男を演じ、モニカ・ベルッチ扮する美しい花嫁との逃避行を描いている。自由に本能のまま生きる主人公の放蕩、底抜けのユーモアを盛り込んだ疾走案溢れる構成、東欧の楽器ツィンバロンなどを駆使したパワフルな音楽と、クストリッツァ監督がこれまでの作品でも用いてきたエッセンスが凝縮された集大成と呼べる作品となっている。


「撮影をしながら編集しないと、編集室で泣くことになる。映像はもう変えられないからだ。だから映画というものは、頭の中で描いていたイメージと現場で撮った映像を組み合わせて出来ている。編集という行為は、その組み合わせのパターンを増やし、改善していくだけだ。映画の世界はパワーから生まれる。それはクオリティーのことではない。映画の質は神にしか分からない。仕上がりがどうなるか、100パーセント知ることはできない」(エミール・クストリッツァ監督)


編集というものは現場で始まるもの

──本作は以前に作った短編がもとになっているそうですね。

この映画は短編がインスピレーションになっているんだ。丘を登って石を集めるという妙なストーリーが思い浮かんだんだけど、短編では結論を出す必要はなかった。そして、もしかしたらこれは、人生や運、そして叶わなかった恋の結果なのかもしれないと思うようになったんだ。そこからこの長編は生まれたのさ。

映画『オン・ザ・ミルキー・ロード』エミール・クストリッツァ監督 ©2016 LOVE AND WAR LLC © D,Teodorovic Zeko02
映画『オン・ザ・ミルキー・ロード』エミール・クストリッツァ監督 ©2016 LOVE AND WAR LLC © D,Teodorovic Zeko02

──なぜ撮影にこんなに年数がかかったのですか?

何度も撮り直していたからだ。撮影を開始して3週間、ファルコンが見つからず、シーンを撮り直したんだ。そこから物語は発展していった。さらに2年前に地中海沿いで47日間雨が続いた時もあった。あれは最悪だったね。僕は太陽が出てないと撮りたくないんだ。

──すべてのシーンの全要素がビートを奏でているように感じます。どのように編集を行うのですか?編集というものは監督にとって難しいものですか?それとも自然と決まるものですか?

編集というものは現場で始まるものだ。カメラを5台使って撮影し、それを編集室で繋ぎ合わせていくというアメリカ式の方法もあるが、僕はその手法に賛成できない。現場で撮影するすべての“材料”は、それがロングショットであれ、短いものであれ、どの順序で並べていくかを考えながら撮らなければいけないと思う。映画のいわゆる“建設”は、どう編集するかというアイデアのもとに成り立っている。撮影をしながら編集しないと、編集室で泣くことになる。映像はもう変えられないからだ。だから映画というものは、頭の中で描いていたイメージと現場で撮った映像を組み合わせて出来ている。編集という行為は、その組み合わせのパターンを増やし、改善していくだけだ。映画の世界はパワーから生まれる。それはクオリティーのことではない。映画の質は神にしか分からない。仕上がりがどうなるか、100パーセント知ることはできない。

僕のような年齢になり経験が増えると、カメラも経験に応じて操作するようになる。でもあまり人工的にならないように気を付けないといけない。最高のアーティストでもそうなりがちだからね。過去の名作は、我々の生活とかけ離れているものが多いが、美しく作られている。問題は映像の力強さと、表現の優雅さを、どう融合させていくかだ。過去の名監督、ジャン・ルノワール、フランソワ・トリュフォー、タルコフスキー、コンチャロフスキーの作品はこれが実現できている。

撮影の前日、準備をするだろ?そして現場に行って、昨晩考えたことを役者たちとどう実現できるか考える。でも違う方法でも目標が達成できることに気付き、頭の中で考えていることをすべて崩していくんだ。プロデューサーが来て止めようとするが、負けずに信念を貫かなければならない。

僕はどの映画も、人生における大切なものだけでなく、人生そのものを懸けて作ってきた。自分はもちろん、関わっている全員からパワーをもらっているんだ。これまでに10本の長編映画を撮ってきて、毎回大勢のスタッフをかかえていたが、撮影途中に去ったのはほんの数名だ。映画のためにすべてを捧げている人が目の前にいたら、ストーリーをしっかり追うし、いいショットをカメラに収めようとするんだ。

映画『オン・ザ・ミルキー・ロード』 ©2016 LOVE AND WAR LLC
映画『オン・ザ・ミルキー・ロード』 ©2016 LOVE AND WAR LLC

戦争の“こだま”を表現

──なぜ映画の中で戦争を描くのですか?

戦争の“こだま”を表現していただけだ。戦場で戦っているヒーローではなく、ミルクを軍隊にこっそり運んでいるヒーローを描いた。これはある意味、象徴なんだ。ミルクを運んでいるわけだが、ミルクや牛は聖なるものだから、村つまり戦場に続く道は聖なる道なんだ。そして彼は人を助ける。

ミルク運びの主人公・コスタがミュージシャンでもあることは意外かもしれないが、彼が演奏する楽器はなかなかユニークだよ。彼はピアノも弾くが、東欧の民族楽器ツィンバロンを好んで演奏する。あの楽器の選択は正しかったと思う。

──モニカ・ベルッチが演じるキャラクターについて教えてください。

この作品は僕が主人公だけど、女性のための映画を作るように心がけた。女性たちが、備え持っているパワーを見せつけている。男たちは、彼女たちが目標を達成することを時折手助けしているだけなんだ。これまで何本も映画を撮ってきたが、“女性を称えた映画を作る時がやってきた”と悟ったのさ。

映画『オン・ザ・ミルキー・ロード』 ©2016 LOVE AND WAR LLC
映画『オン・ザ・ミルキー・ロード』 ©2016 LOVE AND WAR LLC

──動物が数多く登場しますが、笑えるシーンも笑えないシーンもあります。ヘビの場面など、どのように演出したのですか?特に。

すべて実写だ。一部を除いてCGは用いていない。ヘビに巻かれるシーンはCGを使っているけど、そうは見えないだろ。自然に感じるかもしれないけど実は難しく、2つのヘビのシーンは1年かけて撮ったんだ。大変だったよ。映画を撮り始めて以来ずっと、監督業は動物園の園長のようなものだと思ってきた。それは役者に対しても言える。動物と自然は……僕は自然に対して強い愛情を抱いているわけだけど、動物は自然の象徴と言える。科学者は人間のことを“社会的な動物”と呼んでいる。動物と人間はコミュニケーションが取れると思っていて、最後に出てくる僧侶は自然をまったく恐れていない。だからクマにオレンジを口移しするシーンは実写なんだ。CGを使っていない。

映画『オン・ザ・ミルキー・ロード』 ©2016 LOVE AND WAR LLC
映画『オン・ザ・ミルキー・ロード』 ©2016 LOVE AND WAR LLC

小さいヘビはヨーロッパで最も危険と言われているけど、僕はそのヘビと遊んでいたのさ。別に勇敢なわけではない。要は相手を理解できるかなんだ。動物にエサをあげると、その動物は自分のものになる。それは人間に対しても言えるけどね。あのクマは5年前から知っているんだ。撮影の時だけじゃれ合って、仲良くなれるものではない。内側からアプローチしなければいけないんだ。クマは今では300キロあるけど、80キロの頃から知っている。一緒に遊んで、一緒に転がって、エサをやって、何年間も彼のもとに通い続けた。だから、オレンジを口移しすることができたんだ。クマがもっと欲しいと僕のことをつかんだ時、撮影スタッフはみんな震え上がっていたよ。大惨事が起こると思っていたんだ。

でもコツはある。もし森の中でクマと遭遇したら、クマに向かって叫ぶんだ。クマは叫ぶ者の権力を受け入れる。だから森でも他の場所でも、遠くにクマを見たら、逃げないように。クマは雷よりも速いからね。瞬発力がすごいんだ。もし近くに来たら、ありったけの声を出して叫ぶんだ。甲高い声でクマに学ばせるのさ。そうすればクマも去っていく。コツを知っていれば平気だ。女性の扱い方は分からないけどね。

映画『オン・ザ・ミルキー・ロード』 ©2016 LOVE AND WAR LLC
映画『オン・ザ・ミルキー・ロード』 ©2016 LOVE AND WAR LLC

観察される側の自分を客観的に観察すること

──ご自身で出演して苦労したことは?

最も苦労したのは、観察される側の自分を客観的に観察することだ。だから、完成までに時間がかかったというのもある。ほぼ不可能に近かった。チャップリンなどのことをさらに尊敬するようになったよ。一体どうやっていたのか見当もつかない。両側の視点から見て、それぞれの立場を行き来して判断するなんてね。

──音楽についてはいつから構想を練っていたのですか?

僕の息子が担当したんだ。事前にいくつか曲を用意し、完成後も友人たちを連れてきて追加で作ってくれた。音楽は4年前から考えていた。作品に取りかかった時期と同じだ。

音楽は喜びだ。音楽は体力を奪われるけど、プラスの力をダイレクトにくれる。一方で映画はまるでピラミッドの建設と一緒だ。真剣に向き合うのならね。

映画『オン・ザ・ミルキー・ロード』 ©2016 LOVE AND WAR LLC
映画『オン・ザ・ミルキー・ロード』 ©2016 LOVE AND WAR LLC

──モニカ・ベルッチとの共演はどうでしたか?

誇りに思っているのは、セックスシーンがないことだ。そのような映画を僕は目指していた。モニカとのキスは少しぎこちなかったけど……よかったよ。

──あの川のシーンはCGじゃないですよね?あなたとモニカは実際に川に潜ったんですよね?どうやってモニカを説得したのですか?

すべてリアルだ。モニカは生まれて初めて水中に潜ったんだ。あの滝のシーンも、20メートルの高さから深淵に飛び込んだのさ。完璧だったよ。彼女はこの映画ですばらしい功績を残したと思う。

──とても勇敢でしたね。これほど体を張った役は今までに演じたことがなかったのでは?

そうだね。楽器と一緒さ。一つの音を繰り返し奏でているとする。でも8オクターブ奏でることも可能なはずなんだ。5オクターブや3オクターブでもいい。彼女はこの作品で可能性を一気に広げた。ハリウッド・レポーター誌では、“不滅のモニカ”と呼んでいたよ。

映画『オン・ザ・ミルキー・ロード』 ©2016 LOVE AND WAR LLC
映画『オン・ザ・ミルキー・ロード』 ©2016 LOVE AND WAR LLC

──今後の予定は?どんなプロジェクトがありますか?

新しいプロジェクトはたくさんあるけど、まだ決まっていない。映画を作るのはクソ忙しいからだ。

──だから長い間、作らなかったのですか?

僕の脳のせいなんだ。僕は空間によって定義される。僕の映画もすべて空間や動きから生まれるんだ。だから……とても難しい。アイデアはたくさんある。プロジェクトに関して言うと、現在ラズベリーとリンゴ農園を考えている。工場を作って、ジュースを製造する予定なんだ。セルビアでね。

映画『オン・ザ・ミルキー・ロード』 ©2016 LOVE AND WAR LLC
映画『オン・ザ・ミルキー・ロード』 ©2016 LOVE AND WAR LLC

──あなたはフェデリコ・フェリーニにようにフレーミングを決めずに撮影に臨む監督なのか、それともどんな画が欲しいかはっきりわかった状態で撮影に臨むタイプですか?

僕はもっとひどい。作り上げて、イマイチの出来だと壊すんだ。

──それでは、脚本に忠実に撮るタイプですか?

脚本は破壊されるためにある。脚本は地図上の目的地を示す印と同じだ。目的地までの道のりは示していない。撮影のプロセスは、創作する場なんだ。だから僕は、“ムービーメイカー”ではなく“ムービークリエイター”と呼んでいる。体を使うクリエイティブな作業だ。それが僕には大変なのさ。才能があるからではなく、逆にないからだ。

(オフィシャル・インタビューより)



エミール・クストリッツァ(Emir Kusturica) プロフィール

1954年生まれ、ユーゴスラビア・サラエヴォ出身。1978年にプラハ芸術アカデミー(FAMU)の監督学科を卒業。在学中に『Guernica』(1978)を含む短編映画を数本制作し、カルロヴィヴァリの学生映画祭で最優秀賞を受賞。卒業後、1981年に『Do You Remember Dolly Bell?(Sjecas li se Dolly Bell?)』で長編映画デビュー。成功を収め、ヴェネチア国際映画祭で新人監督賞を受賞した。2作目の長編映画『パパは出張中!』は、1985年のカンヌ国際映画祭のパルムドール賞とFIPRESCI賞(国際批評家連盟賞)に輝き、アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされた。1989年、『ジプシーのとき』で、カンヌ国際映画祭で監督賞を受賞。初めての英語作品でジョニー・デップ主演の『アリゾナ・ドリーム』は、1993年ベルリン国際映画祭の銀熊賞に輝き、『アンダーグラウンド』では、1995年のカンヌ国際映画祭で2度目のパルムドール賞に輝いた。1998年には『黒猫・白猫』でヴェネチア国際映画祭の最優秀監督賞の銀熊賞を受賞。2001年の『SUPER 8』は自身がメンバーである“ザ・ノー・スモーキング・オーケストラ”のコンサートの様子も撮ったドキュメンタリー・ロードムービー。2004年の『ライフ・イズ・ミラクル』は同じ年のカンヌ国際映画祭でプレミア上映され、セザール賞の外国映画賞を受賞した。2005年のカンヌ国際映画祭の審査員長に選ばれ、自身の『ウエディング・ベルを鳴らせ!』は2007年カンヌ国際映画祭でプレミア上映され、続く08年のドキュメンタリー映画『マラドーナ』は、2008年のカンヌ国際映画祭の公式出品作品としてプレミア上映された。




映画『オン・ザ・ミルキー・ロード』 ©2016 LOVE AND WAR LLC
映画『オン・ザ・ミルキー・ロード』 ©2016 LOVE AND WAR LLC

映画『オン・ザ・ミルキー・ロード』
9月15日(金)TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー

戦時中のとある国。主人公コスタは、ロバに乗って銃弾をかわしながら前線の兵士たちにミルクを届けている。コスタは美しい娘・ミレナら村の人々に慕われ、戦争が終わったら穏やかな将来が待っているように思われた。しかしある日、ミレナの兄で村一番の英雄であるジャガの花嫁になるために現れた謎の美女と出会い激しい恋に落ちる。その女性のある過去によって村は襲われてしまい、2人の逃避行が始まる。

監督・脚本:エミール・クストリッツァ
出演:モニカ・ベルッチ、エミール・クストリッツァ、プレドラグ・“ミキ”・マノイロヴィッチ、スロボダ・ミチャロヴィッチ ほか
音楽:ストリボール・クストリッツア
配給:ファントム・フィルム
後援:セルビア共和国大使館
2016年/セルビア・イギリス・アメリカ/125分
原題:On The Milky Road

公式サイト


▼映画『オン・ザ・ミルキー・ロード』予告編

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