骰子の眼

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東京都 中央区

2017-12-16 11:00


静かなリタイア生活送る男の元に届いた奇妙な遺品『ベロニカとの記憶』

『めぐり逢わせのお弁当』の監督が描く青春の"記憶"をたどるミステリー
静かなリタイア生活送る男の元に届いた奇妙な遺品『ベロニカとの記憶』
映画『ベロニカとの記憶』 © 2016 UPSTREAM DISTRIBUTION, LLC

2014年に日本公開されたインド映画『めぐり逢わせのお弁当』のリテーシュ・バトラ監督の長編第2作となる映画『ベロニカとの記憶』が2018年1月20日(土)より公開。webDICEではバトラ監督のインタビューを掲載する。

原作となるのはイギリスの作家、ジュリアン・バーンズが世界で最も権威ある文学賞のひとつであるブッカー賞を2011年に受賞した『終わりの感覚』。仕事を引退し小さなカメラ店を営む初老の男トニーが、40年前に別れた恋人の母親が亡くなったという連絡と、その母親が、若き頃に自殺した友人の日記を自分宛てに預かっているという遺言を知る。その知らせをきっかけに、トニーは青春時代の記憶を手繰り寄せ、ベロニカとの恋の顛末にまつわる真実が次第に明らかになっていく。

「歴史とは、不完全な記憶と文書の不備から生まれる確信」という原作と同じテーマを、バトラ監督は60年代と現代のふたつの時間軸を交差させながら描いている。今回のインタビューで、ベテラン俳優のジム・ブロードベント、シャーロット・ランプリングが演じたキャラクターと役づくり、インドとイギリスの映画制作の違いなどについて語っている。


「“自分の主観は信憑性が無いものだ”、つまり、過去の出来事は我々の主観が入っていて、それが真実とは限りません。主人公のトニーは大事な手紙を書いたことを本当に忘れたのか、この事について主演のジム・ブロードベントとは頻繁に話し合い、原作と同様に映画でもきちんと盛り込むことにしました」(リテーシュ・バトラ監督)


本人も気づいていない欲望が自分の中で存在する

──主人公トニーというキャラクターについてお聞かせ下さい。

トニーは気難しい人間で好きになりにくいキャラクターですが、ジム・ブロードベントの演技によってトニーの好感度が上がりました。ジムが持っている人を惹きつける力、彼の存在感によってトニーを嫌われ者ではなく好感を持てる人物になりました。

リテーシュ・バトラ監督
リテーシュ・バトラ監督

──トニーは晩年、楽な人生に落ち着いていますが、ある手紙をきっかけに、突然過去が蘇りますね。

ええ。そこが面白いと僕は思いました。僕が監督としてこの映画製作に参画したとき、ニック・ペイン(脚本家)は素晴らしい脚本を用意していました。トニーがカメラを扱う店を営むところは気に入りました。なぜ、お店を営むのでしょうか。カメラが好きだった初恋の人ベロニカが、いつかお店に訪れることを期待していたのかもしれません。原作とは違う展開が違和感なく描かれていました。ベロニカ本人の代わりに一通の手紙が届きました。本人も気づいていない欲望が自分の中で存在することが面白く描かれていると思いました。

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映画『ベロニカとの記憶』トニーを演じるジム・ブロードベント © 2016 UPSTREAM DISTRIBUTION, LLC

──映画のキャストについて教えてください。トニーの役として最初に思い浮かんだ俳優はジム・ブロードベントでしたか?

もちろんです。理由は明白です。ベロニカ役も最初に思い浮かんだのがシャーロット・ランプリングでした。彼女はとても協力的で心の温かい女優です。何となく神秘的な雰囲気を醸し出しています。皆は彼女に対して怖じ気づくところがありますが、それと同時に彼女の栄光や悲劇、過去の歴史を知っています。そんな部分がベロニカ役にぴったりだと思いました。マーガレット役ハリエット・ウォルターとジムは共演経験がありお互いのことを知っていますしね。

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映画『ベロニカとの記憶』現代のベロニカを演じるシャーロット・ランプリング © 2016 UPSTREAM DISTRIBUTION, LLC

過去の出来事は主観が入っていて真実とは限らない

──映画では、「自分の主観は信憑性が無いものだ」と表現していますね。

過去の出来事は我々の主観が入っていて、それが真実とは限りません。物語の中盤で登場する、自殺した友人との関係に重要な影響を与えた手紙について、トニーは書いたことを認めなかったのだと思いますか?それとも書いたことを忘れただけだと思いますか?

原作は一人称で語られています。トニーは手紙を書いたことは忘れたと語っているので、彼の主張を信じるしかないでしょうね。でも、映画としては面白いストーリーラインです。彼は本当に忘れたのか?もしくは嘘をついて忘れたことにしているのか?自分が書いたことを忘れる人は本当にいるのだろうか?ハリエット・ウォルターが演じたトニーの元妻マーガレットはいい引き立て役となり、その疑問を観客に投げかけます。

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映画『ベロニカとの記憶』マーガレットを演じたハリエット・ウォルター(右) © 2016 UPSTREAM DISTRIBUTION, LLC

この事についてジムとは頻繁に話し合っていました。ジムは「僕、みたいに年を取ると忘れるかも」と言っていました。僕と脚本家のニックはとても信じられませんでしたが、我々はまだ若いからわからないのだと言われました(笑)。手紙を書いたことを忘れる、忘れるようにする、または嘘をつく……このセリフは映画の中では重要な要素でした。原作でも取り上げているので、映画でもきちんと盛り込むことにしました。

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映画『ベロニカとの記憶』 © 2016 UPSTREAM DISTRIBUTION, LLC

その場所や時代でしか起こりえない出来事を描く

──活動の拠点をイギリスに移して、映画制作の違いは感じましたか?

はい、違いました。祖国インドで『めぐり逢わせのお弁当』はショートフィルムで既に共同制作した人たちと一緒に撮影しました。コロラド州でケント・ハルフ原作の『夜が明けるまで』(Netflixにて配信中)を撮影し終えたばかりです。ハリウッド映画という重圧を感じながらの撮影だったので、また違いました。セットや規模がとにかく大きい。でも、俳優や撮影監督と協働すること自体は変わらないので、全く違うというわけではありません。

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映画『ベロニカとの記憶』 © 2016 UPSTREAM DISTRIBUTION, LLC

映画を撮影するときに僕が心がけているのは、できるだけ特定の地域に限定し、詳しく表現することです。物語として成立するのは、その場所や時代でしか起こりえない出来事が起きたりするからです。『ベロニカとの記憶』は1960年代だから起こりえる物語で、『めぐり逢わせのお弁当』も現代じゃないと物語としては成立しません。

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映画『ベロニカとの記憶』 © 2016 UPSTREAM DISTRIBUTION, LLC

『夜が明けるまで』は、ロバート・レッドフォードとジェーン・フォンダが出演しています。これは現代に設定した物語でその年齢の人たちがコロラド州にある小さな町で経験する出来事を描いています。他の町では物語は成立しないので、できるだけ具体的に描くと上手くいきます。物語の舞台は毎回異なりますが、作業自体は同じです。

(オフィシャルインタビューより)



リテーシュ・バトラ(Ritesh Batra) プロフィール

1979年6月12日、インドのムンバイ生まれ。自作脚本による長編デビュー作『めぐり逢わせのお弁当』(13)は、ムンバイのユニークなお弁当事情を背景にした心温まる物語で、カンヌ国際映画祭の批評家週間でプレミア上映されて大好評を博し、BAFTA賞(英国アカデミー賞)では非英語映画賞にノミネートされた。2017年、長編第2作にあたる本作に続いて、ロバート・レッドフォード、ジェーン・フォンダ、マティアス・スーナールツ主演による第3作「夜が明けるまで」を完成させ、Netflixで配信。同年、ヴァラエティ紙の「注目すべき10人の監督」のひとりに選ばれた。




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映画『ベロニカとの記憶』 © 2016 UPSTREAM DISTRIBUTION, LLC

映画『ベロニカとの記憶』
2018年1月20日(土) シネスイッチ銀座、新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー

60歳を過ぎ、ひとりきりで静かな引退生活を送るトニーの元に、ある日、見知らぬ弁護士から手紙が届く。あなたに日記を遺した女性がいると……。その女性とは、40年前に別れた恋人ベロニカの母親だった。思いもよらない奇妙な遺品から、トニーは長い間忘れていた青春時代の記憶、若くして自殺した親友、初恋の真実を紐といていく。

監督:リテーシュ・バトラ
脚本:ニック・ペイン
原作:「終わりの感覚」ジュリアン・バーンズ著 土屋政雄訳(新潮社刊)
出演:ジム・ブロードベント、シャーロット・ランプリング、ミシェル・ドッカリー、ハリエット・ウォルター、エミリー・モーティマー
2015年/イギリス/英語/108分/シネマスコープ/カラー/5.1ch
原題:The Sense of an Ending
日本語字幕:牧野琴子
配給:ロングライド
後援:ブリティッシュ・カウンシル

公式サイト:longride.jp/veronica/


▼映画『ベロニカとの記憶』予告編

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