骰子の眼

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東京都 渋谷区

2018-02-02 18:40


今後も検閲を受けるつもりはない 新作『苦い銭』で出稼ぎ労働者描いたワン・ビン監督語る

発展する経済、「より多くの金を得る」自由を手にした中国の人々描くドキュメンタリー
今後も検閲を受けるつもりはない 新作『苦い銭』で出稼ぎ労働者描いたワン・ビン監督語る
『苦い銭』©2016 Gladys Glover-House on Fire-Chinese Shadows-WIL Productions

『鉄西区』『三姉妹〜雲南の子』『収容病棟』などの傑作で、世界のドキュメンタリー界でその新作が最も待たれる監督となっている、中国のワン・ビン監督。webDICEでは2月3日(土)より公開される最新作『苦い銭』のインタビューを掲載する。

ワン・ビン監督が今回カメラを向けたのは、浙江省湖州の衣料品工場で働くことになった労働者。それぞれの境遇を抱え、過酷な労働に勤しむ彼らは、まるでカメラが目の前に存在しないかのように、不満や困惑といった感情を露わにする。インタビューのなかで監督は「農村の労働力は都市に大量に流れ込んでいますが、そういう人の流れ、それによって起きる人々の変化をドキュメンタリーを通して理解したいと思った」と語っているが、繁栄する中国経済の底辺にある、市井の人々の生活と表情を感じ取ることができる。今作はドキュメンタリーながら第73回ヴェネチア映画祭・オリゾンティ部門で脚本賞を受賞したが、それは登場する労働者たちの姿から立ち現れるドラマ性ゆえだろう。


「僕たちの映画は、これまで一本も中国の映画館で公開されたことがありません。これまで一度も検閲を受けたことはありませんし、そしてこれからも検閲を受けるつもりはありません。しかし、僕たちがつくっている映画は政治的な映画ではありません。ただ人間を撮っているだけです。検閲を受けないのは、自由に映画をつくりたいからです。もちろん、検閲を受けないからと言って『完全な自由』があるかというと、やはり予算の問題などがあって『完全』というわけではありません。予算の少なさは『お金のない不自由』もたらします。しかし、予算がたくさんあれば『お金が多すぎる不自由』をもたらします」(ワン・ビン監督)


“流れていくこと”“移動すること”は、今日の普通の中国人の重要なテーマ

──浙江省湖州の衣料品工場で働く出稼ぎ労働者を映画に撮りたいと思った理由、そしてきっかけとなったことがあれば教えてください。以前に『三姉妹〜雲南の子』や『収容病棟』を雲南省で撮ったこと、『三姉妹』で監督が2013年に来日した際に「いまいちばん関心があるのは長江デルタ地域(上海市、江蘇省南部、浙江省北部を含む、長江河口の三角洲を中心とした地域)に関心がある」と言っていたことと関係はありますか?

僕たちは雲南省で『三姉妹』と『収容病棟』を撮りましたが、その頃すでに、雲南省から上海や浙江省などの長江デルタ地域に出稼ぎに行く若者を撮りたいと思っていました。それで、それらの映画が完成した後も、雲南省にはよく撮影に行きました。以前にも言いましたが、急速に発展する中国経済を担っているのが長江デルタ経済圏とも言われるこの地域で、長江は海に流れ込む上海を東端として西の上流域に雲南省があります。いま農村の労働力は都市に大量に流れ込んでいますが、そういう人の流れ、それによって起きる人々の変化をドキュメンタリーを通して理解したいと思ったのです。

ワンビン監督

その映画の企画は「上海の若者(Shanghai Youth/シャンハイ・ユース)」というもので、当初は、雲南省から来て上海で働いている若者が帰省するのに同行し、映画にすることも考えていました。そして2014年に、幸いにも『収容病棟』の病院がある雲南省昭通市で三人の若者たちと知り合いました。それが、映画に出ている小敏(シャオミン)、小孫(シャオスン)、元珍(ユェンチェン)です。僕たちは彼らとともに昭通市から出発するところからカメラを回し始め、昆明市、杭州を経由し『苦い銭』を撮影する織里鎮に到着しました。

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映画『苦い銭』 ©2016 Gladys Glover-House on Fire-Chinese Shadows-WIL Productions

浙江省にはあまり詳しくなかったのですが、織里の町に着くとそこには多くの出稼ぎ労働者がいて、自然に衣料品の工場が密集し、織里の子供服マーケットが出来あがっていました。そこはまさに自分が撮りたいと思う町だったので、ここでドキュメンタリー作品を作ろうと考え、それが『苦い銭』になりました。

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映画『苦い銭』 ©2016 Gladys Glover-House on Fire-Chinese Shadows-WIL Productions

──『苦い銭』は「上海の若者」の企画から生まれた作品なんですね。海外版のプレスには「“流れていくこと”“移動すること”は、今日の普通の中国人の重要なテーマ」という監督の言葉が載っていますが、この言葉の意味を教えてください。

中国はかつて農業国家で、国民のほとんどは農民でした。そして、共産主義のシステムのもとでは、生まれ故郷を離れて、経済的により豊かな生活を得ようとする可能性を人々は手にしていませんでした。しかし、1978年に始まった改革開放政策によって、人々は自由を手にしました。それは、より多くの金を得る自由です。そして90年代以降になると、農民は農村から次々と出て、海岸沿いの浙江省や広東省などの大都市に出稼ぎに行き、とにかくお金を稼ぐ機会を見つけようとするようになりました。農村では人口に比べると土地が少なく、経済的条件も悪く、全ての労働力を受け入れられず、そこで仕事のない者の多くは海岸沿いの都市へと働く場所を探しに行くようになったのです。上海や浙江省一帯を選んで出稼ぎに出る者の多くは長江流域に住む農民です。彼らの中には、数カ月後にはより多くの金を求めて別の都市へと流れて行く者もいます。

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映画『苦い銭』 ©2016 Gladys Glover-House on Fire-Chinese Shadows-WIL Productions

──しかし、彼らが夢見ている「金」は得られるとは思えませんね。

彼らがより多くの金を手にするためには、よりたくさん働くしかありません。『苦い銭』の舞台となった湖州では、人々は一日に13時間も働いて稼ごうとしています。より多く働く者がより多くの金を得るという法則です。しかし、物事はそう単純ではありません。僕が思うに、それは幻想にすぎません。

この映画には、マルチ商法に手をだそうとする人間も登場します。しかし、長く働く以外にお金を稼ぐ方法がない彼らがそうしたからといって、僕たちが彼らを裁くことができるでしょうか。社会の底辺から来た人々は人生の苦難に立ち向かうため、そうするしかないのです。

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映画『苦い銭』 ©2016 Gladys Glover-House on Fire-Chinese Shadows-WIL Productions

映画の中に自分の姿が映ってしまうことをあまり気にしない

──ワン・ビン監督はよく「カメラの存在を消す」と言われますが、同時にいつも撮影者が被写体に話しかけられる場面があります。それは最初の『鉄西区』にもありましたし、『鳳鳴(フォンミン) 〜中国の記憶』はカメラに向かって語るスタイルなので状況は少し違いますが、『三姉妹』にも『収容病棟』にも、これはカメラを通して撮影された映画だということを、観客がふと忘れた頃に、被写体が語りかけてくる場面が突然あらわれ、私たちは一瞬驚き、それがカメラの存在を思い出させると言う以上に、人間のコミュニケーションがそこに存在していることにとても感動します。この映画では凌凌(リンリン)に「ついてきて」と言われる場面がはいっていますね。

基本的に言うならば、僕は自分が消え去って、ただ目の前で起こっている出来事を記録したいと思っていますし、彼らの生活の邪魔をしたくないと思っています。静かに部屋の隅に座って、カメラから目を話さず、じっと見続けます。しかし同時に、僕はカメラも担当しているため、撮影している対象とコミュニケーションが生まれることがあります。僕は映画の中に自分の姿が映ってしまうことをあまり気にしないんです。観客は時々、僕の姿を見たり僕の声や咳を聞いたりすることもあります。僕は透明人間ではないですから、それは自然なことであって、彼らが僕に話しかけたり、カメラを見たりすることも自然であり、それも彼らの生活の一部としてあるわけです。そしてまた、撮影の対象と関わりができることによって、その人の生活に入ることができる瞬間が生まれます。そんなとき、彼らの真実をつかみ出せることもあるのです。ですので、リンリンが「妹のところにいくから、ついてきて」と言ってくれた時、嬉しく感じました。

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映画『苦い銭』工場で働くリンリン(右)とその夫(左) ©2016 Gladys Glover-House on Fire-Chinese Shadows-WIL Productions

──あなたの映画には、これが人間の真実なんだと感じさせる瞬間がありますが、そのやり方は決して撮られる人たちに無理強いをしたり、隠し撮りをしたりということから生まれるのではなく、じっと見つめ続けることから生まれるということが実感できますね。彼らがあなたのカメラを受け入れ、コミュニケーションがあるからこそ、リンリンもあの後に続く、たいへんな夫婦喧嘩さえ撮らせてくれたのでしょう。あのシーンは、ある意味でとてもドラマチックです。そしてこの映画はドキュメンタリーであって、脚本がないにも関わらず、ヴェネチア国際映画祭で脚本賞を授与されました。「脚本賞受賞」と聞いた時の率直な感想を教えてください。

『苦い銭』はヴェネチア映画祭のオリゾンティ部門に選ばれて上映されました。オリゾンティ部門にはドキュメンタリーだけでなく、多くのフィクション作品も選ばれていました。 この映画はドキュメンタリーで、脚本があるわけではありませんが、現実に生きている人物の生活が、時間とともに変化していく様子が記録され、それは「物語」でもあるわけです。フィクションとは俳優が演じているものであり、フィクションだからドラマがある、そう考える人もいますが、現実に生きている人物の生活を記録していくことにもドラマはあり、それはフィクションに劣るものではないと思います。

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映画『苦い銭』 ©2016 Gladys Glover-House on Fire-Chinese Shadows-WIL Productions

僕たちはドキュメンタリーという方法で「映画」をつくっています。いろいろな物語、テーマ、人物を撮ってきました。それは、この時代に現実に生きている人物と映画との関係を探っていくことだと思っています。ある意味で僕たちは、この時代の映画とはどのようなものなのかということを表していこうとしているのだとも言えます。

審査員はおそらくこの映画にドラマを感じ、また作品そのものを評価してこのような賞を『苦い銭』に与えたのではないかと思います。脚本賞を授与されたことは確かに意外に感じましたが、素直に嬉しく、また喜んでこの結果を受け入れることが出来ました。

これまで一度も中国の検閲を受けたことはありませんし、これからも検閲を受けるつもりはありません

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映画『苦い銭』 ©2016 Gladys Glover-House on Fire-Chinese Shadows-WIL Productions

──本作もそうですし、ワン・ビン監督の作品は数々の国際的な映画祭で受賞していますが、中国の映画館で上映されることはありません。本作も中国での上映はないのですね。

僕たちの映画は、これまで一本も中国の映画館で公開されたことがありません。中国の映画館で上映されるためには、中国政府の検閲を受ける必要があるからです。僕はこれまで一度も検閲を受けたことはありませんし、そしてこれからも検閲を受けるつもりはありません。しかし、僕たちがつくっている映画は政治的な映画ではありません。ただ人間を撮っているだけです。検閲を受けないのは、自由に映画をつくりたいからです。もちろん中国の人にも映画を見て欲しいと思いますが、海賊版のDVDもありますし、ネットで映画を見ることもできます。

もちろん、検閲を受けないからと言って「完全な自由」があるかというと、やはり予算の問題などがあって「完全」というわけではありません。予算の少なさは「お金のない不自由」をもたらします。しかし、予算がたくさんあれば「お金が多すぎる不自由」をもたらします。僕は幸いにして、長く映画をつくってきて、少ない予算、少ないスタッフで自分が作りたい映画を作る方法を見つけてきました。今後もより大きな自由のある個人映画を続けていくつもりです。

[オフィシャル・インタビューより 質問者:武井みゆき(ムヴィオラ)]



ワン・ビン(王兵) プロフィール

『鉄西区』『無言歌』『三姉妹~雲南の子』『収容病棟』と数々の傑作を発表し、山形国際ドキュメンタリー映画祭、ナント三大陸映画祭、ヴェネチア国際映画祭オリゾンティ部門などで最高賞に輝く。美術の分野でも高く評価され、ポンピドゥー・センター(パリ)では1カ月以上にわたる回顧展が開催され、ドイツのドクメンタ14にも招聘されている。




映画『苦い銭』
2018年2月3日(土)より シアター・イメージフォーラムほか全国順次ロードショー

苦い銭_ポスター
映画『苦い銭』 ©2016 Gladys Glover-House on Fire-Chinese Shadows-WIL Productions

監督:ワン・ビン
撮影:前田佳孝、リュウ・シャンホイ、シャン・シャオホイ、ソン・ヤン、ワン・ビン
編集:ドミニク・オーヴレイ、ワン・ビン

英語題:Bitter Money
中国語題:苦銭
2016年/フランス・香港合作/163分/DCP 5.1/ 16:9/カラー/中国語
字幕:樋口裕子
配給:ムヴィオラ
公式HP  http://www.moviola.jp/nigai-zeni/


▼映画『苦い銭』予告編

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