骰子の眼

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東京都 渋谷区

2018-07-26 22:15


世界を女性の顔から描く映画、『ガザの美容室』を文筆家・五所純子が書籍を通し読み解く

「美容室の中でひたすら“待つ”女たちは、とるに足らないおしゃべりをする」
世界を女性の顔から描く映画、『ガザの美容室』を文筆家・五所純子が書籍を通し読み解く
映画『ガザの美容室』のイベントに登壇した五所純子さん

7月8日(日)、文筆家の五所純子さんが映画『ガザの美容室』を鑑賞した人に向けてお薦めする書籍を紹介するイベントが、アップリンク渋谷にて行われた。

五所純子さんは、エッセイと創作と批評の間をぬうような言語で雑誌・書籍に寄稿を多数行う文筆家。これまでに著書『スカトロジー・フルーツ』(天然文庫)、共著『心が疲れたときに観る映画 「気分」に寄り添う映画ガイド』(立東舎)などを出版し、かつてアップリンク渋谷にて「ド評」というライブで書評を行うイベントを行っていた。今回のイベントを皮切りにアップリンクで上映する作品に関連したイベントがレギュラーで行われる。映画評論と書評の領域を行き来しながら、スクリーンに映し出された世界のもう少し先を照らそうとするこの試みにご注目いただきたい。

webDICEでは、8日のイベント内で紹介された書籍の詳細と、五所さんによる書評を一部ご紹介する。




『戦争は女の顔をしていない』
著:スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ
岩波書店

「美容室を戦場として、そこに居合わせた女性たちとともに、“女の顔”をした戦争を描いたのが『ガザの美容室』」

『戦争は女の顔をしていない』は旧ソ連の女性ジャーナリスト、スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ著の第二次世界大戦に従軍した女性達への聞き語りをまとめたルポルタージュである。五所さんが朗読した一説にあるように、著者がこの書籍を出版するまで、旧ソ連において戦争についてジャーナリズムの立場から書き記された書籍の書き手が女であることはめずらしく、彼女はこの本の出版までに2年かかったという。

『戦争は女の顔をしていない』という本著の題名を五所さんは「これはあくまで比喩」「銃後の妻、銃後の婦女子、銃後の戦争という言葉がある。『戦争は女の顔をしていない』というタイトルは、戦争をとらえるときに“男の顔”と“女の顔”が描き出せるという意味」であり、本質的に男が戦争を好み、女が平和を好むことを意味するわけではないと解説。

映画『ガザの美容室』には、美容室の外で銃撃戦がはじまるさなか、美容室に閉じ込められた女性たちがもし、自分たちが為政者であれば戦争をしないはずだ、と空想・夢想する場面がある。“女性は本質的に平和を好む生き物である”と観客たちに訴えるための場面であるかのように捉える人がきっといるだろう。しかし、「重要なのは、この空想のなかで語られていること、すなわち女性ばかりが政治の実権を握った世界が、かつて一度も起きていないという事実」だと五所さんは言う。

「(この場面は)実現されたことのない世界を一足飛びで夢想するというユートピア主義的な思考実験として力を発揮するかもしれない」「世界を“女の顔”から描くというデッサン法には現在への抵抗性があるということ。『ガザの美容室』はこのデッサン法に立脚」しているのだ。

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映画『ガザの美容室』のイベントに登壇した五所純子さん



『呪われた愛』
著:ロサリオ・フェレ
現代企画室

「取るに足らないおしゃべりから、歴史をくつがえす」

五所さんは中学生・高校生の頃に教科書に登場する女性の人物が卑弥呼と北条政子と樋口一葉だけだったことに驚愕したという。

「女性の語りは、物語の中心にも歴史の焦点にもなりにくかった」

女の言うことは“ぺちゃくちゃ”“きいきい”、こういった擬態語に表されるように、まともに相手にすべきでないものというイメージを共有される場面がある。「美容室で女性たちは何をしているか。夫の愚痴を言い、恋愛の秘密を語り、夫婦生活の嘘をつき、訊かれてもない身の上話をはじめ、人を品評しては悪口をささやく。他愛ないおしゃべりです」。タルザン&アラブ・ナサール監督は『ガザの美容室』という映画を、美容室に集まった女たちの会話で満たしたのだ。

この手法に通じる作品として、ロサリオ・フェレ著作の『呪われた愛』が紹介された。プエルトリコの小説で、「一見すると郷土小説」。しかし、黒澤明の映画『羅生門』を下敷きにしており「ひとつの出来事にたいして、複数の人物の視点があって、それらの証言は相矛盾する。真実性はどこにあるのかわからないということが根底にある」という。どういうことか。「噂やゴシップ、井戸端会議、女性たちのおしゃべりは気散じだけど遠慮もない。女が目撃したものを語り出し、公式の歴史が揺さぶられていくお話」であり「それが痛快」とこの作品の魅力を解説した。


映画『ガザの美容室』
映画『ガザの美容室』より



『屋根裏の仏さま』
著:ジュリー ・オオツカ
新潮社

「『ガザの美容室』は戦場に閉じ込められた女性たちのおしゃべり映画。『屋根裏の仏さま』は歴史に散らばった女性たちの語りを組みなおす小説」

この小説は一人称複数形の”わたしたち”で語りが進められる”写真花嫁”の話だ。“一人称複数形”の語りについて、五所さんは警戒するという。それは「一人称複数形には人びとを組織化する力学がある」「知らない間に他人を捕まえて、巻き込む、組み込んでしまうのが一人称複数形」だからだ。

五所さんは危険性のある“一人称複数形”で語る本作を薦める理由を「この作品はオーラルヒストリーでは汲みきれない心情が描かれている。実在した彼女たちの主語を乗っ取り、複数の人びとを一つにまとめあげることは、冒涜にもなりかねないが、フィクションでしかなしえない構想力がある。あくまで虚構である小説が迫真性をもつ時空間を作り出すことができることを証明するような小説」であるからだと言及した。

“わたしたち”として語られる “写真花嫁”は、海外移住資料館では「独身の女性が単身で海外へ行くなんてとんでもない!と思われていた時代の日本から、自分の意思で花嫁として海外へ移住する道を選び、新天地での人生を切り開いて生きてきた女性たち」と説明されている。しかし「実際、現地で彼女たちを待ち受けていたのは楽天地ではなく、とてつもなく過酷な労働と子育て。つまり「妻」という名の労働力の求人募集をかけられたとも言えるのではないか」のだった。

この事について、言及されている『屋根裏の仏さま』は「美化された歴史のイメージに対して、悲惨なイメージをきちんと提出した作品」でもあるのだ。

映画『ガザの美容室』
映画『ガザの美容室』より



『わたしの「女工哀史」』
著:高井としを
岩波文庫

「女工=悲惨、悲惨=女工というイメージから、女工たちを解放した作品」

最後に紹介されたのは、紡績工場で働く女性労働者の生活をルポルタージュした「女工哀史」の著者、細井和喜蔵の妻、高井としをが書いた自伝『わたしの「女工哀史」』である。

『屋根裏の仏さま』が、美化されたイメージに悲惨なイメージをきちんと提出した作品であるのに対して、この作品は「女工イコール悲惨、悲惨イコール女工というイメージから、女工たちを解放した作品」であると紹介。

「『わたしの「女工哀史」』を読むと女性たちがとっても楽しそうなんです。私が好きなエピソードは、女性たちが労働争議をおこして、社員たちが食べているようなカレーやカツ丼を私たちにも食わせろと訴えるエピソード。読んでいて、彼女たちがカレーを食べるスプーンのカチカチっという音が聞こえてきそう」

この「一面的なイメージから解放する効果」「映画『ガザの美容室』が、遠くから見れば、内紛地帯、戦争状態にある被害者として描出されてしまいがちなガザの女性たちに、おしゃべりや美容を与えた」点と共通していると解説した。

映画『ガザの美容室』
映画『ガザの美容室』より



映画『ガザの美容室』に登場する女性たちは何をしているか。五所さんは「ただひたすら待っているだけ」と答えた。そして「待つ」という言葉の捉え方についての見解に触れ、イベントの幕を閉じた。

このイベントが行われた7月8日の2日前、オウム真理教の教団元代表の松本智津夫ら7名への死刑が執行され、またこの日は西日本に集中した豪雨が続き、たくさんの人々が家の中に閉じ込められていた。

五所さんは2018年7月8日に起きた2つの出来事を引きながら、「待つという言葉の前には断絶が横たわっている」と言った。「どうしようもなく諦めなくてはいけないもの、なににも繋がっていかない虚しさに直面して、やっと生まれるのが待つという態度」「“待つ”はとても受動的に感じる動詞。でも、必ずしも叶うから待つわけではない。叶うことを祈って待つ。叶わないと知りながら待つ。むしろ叶わないからこそ待つのかもしれない。待つということのなかには途轍もない熱気がある」

女性の戦争責任が議論されるとき、男たちの戦争に巻き込まれた被害者とする見方も、消極的に加担したという見方もあるだろう。「『ガザの美容室』の女性たちが置かれた“待つ”という状態」からも「ただの受動態ではない意味が読み取れるのではないか」と締めくくられた。


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イベント終演後のロビーにて、紹介された本を手に取る観客のみなさん

【次回予告】
映画『ラ・チャナ』×五所純子

映画『ラ・チャナ』
映画『ラ・チャナ』より

映像作品を構成する世界を言語化し、その言葉に紐づき、連なる言葉から、新たな作品のとらえ方を提示する、五所さんのこのイベント。次回は現在71歳、伝説のフラメンコダンサー"ラ・チャナ"の波乱に満ちた人生と不屈の精神、そして情熱を描いたドキュメンタリー映画『ラ・チャナ』がテーマだ。

映画『ラ・チャナ』は、結婚、出産、キャリアの頂点での引退、男性社会で女性が活躍することの難しさ、家庭内暴力、そしてどん底からの復帰と、人生を共に歩む運命の相手との出会い、迫りくる老い——ラ・チャナの激動の人生を丁寧に解き明かす作品だ。

日時:7月29日(日)12:25の回上映終了後
会場:アップリンク渋谷
トークゲスト:五所純子さん
http://www.uplink.co.jp/movie/2018/51333




五所純子さん

五所純子(ごしょ・じゅんこ)

文筆家。エッセイと創作と批評の間をぬうような言語で雑誌・書籍に寄稿多数。著書『スカトロジー・フルーツ』(天然文庫)、共著『心が疲れたときに観る映画 「気分」に寄り添う映画ガイド』(立東舎)など。i-D Japan webにて「映画の平行線」を月永理絵と連載中。




映画『ガザの美容室』
アップリンク渋谷ほか全国順次公開中

監督・脚本:タルザン&アラブ・ナサール
出演:ヒアム・アッバス、マイサ・アブドゥ・エルハディ、マナル・アワド、ダイナ・シバー、ミルナ ・ サカラ、ヴィクトリア ・ バリツカほか
字幕翻訳:松岡葉子
提供:アップリンク、シネ・ゴドー 配給・宣伝:アップリンク
2015年/パレスチナ、フランス、カタール/84分/アラビア語/2.35:1/5.1ch/DCP

映画公式サイト

▼映画『ガザの美容室』予告編

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