骰子の眼

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東京都 新宿区

2018-09-06 21:00


将棋とは人生の縮図である『泣き虫しょったんの奇跡』奇跡を起こしたプロ棋士の物語

豊田利晃監督×松田龍平主演、『青い春』コンビのコラボレーション最新作
将棋とは人生の縮図である『泣き虫しょったんの奇跡』奇跡を起こしたプロ棋士の物語
映画映画『泣き虫しょったんの奇跡』 ©2018「泣き虫しょったんの奇跡」製作委員会 ©瀬川晶司/講談社

豊田利晃監督が棋士・瀬川晶司の自伝的小説を映画化した『泣き虫しょったんの奇跡』が9月7日(金)より公開。webDICEでは、『青い春』『ナイン・ソウルズ』『I'M FLASH!』に続き4回目のタッグとなる松田龍平を主演に迎えこの作品を完成させた豊田監督のインタビューを掲載する。

内気で将棋だけが取り柄の「しょったん」こと瀬川晶司は、小さい頃からの夢を叶えるべく、プロ棋士の登竜門である奨励会に入会する。ここで26歳までにプロになれなかった者は退会という、わずか2.5パーセントの狭き門に挑む瀬川だが、重圧に耐えかね、退会を余儀なくされてしまう。サラリーマンを続けながらアマ棋士として活動を続ける瀬川は、彼の才能に期待する周囲の人たちの後押しもあり、前例のない、奨励会退会からの試験将棋で35歳にしてプロ棋士を再び目指すこととなる。

自身も9歳から17歳まで奨励会に在籍していたという豊田監督は、緊迫した対局シーンやしのぎを削る棋士たちの心理戦など、経験に裏打ちされた丁寧な演出で瀬川の静かな情熱を描写。「負ける」ことの大切さを知り、幼馴染の親友・鈴木からの「自分のために戦う将棋は終わったんだろ」という助言や「古い体制に負けないでください」というファンからの応援に応え、瀬川本人の人の良さが現れた将棋で人々を魅了していく様が描かれる。これまでの豊田作品特有のエッジは控えめに、登場人物の「人生」をどう描くか、にフォーカスを絞った仕上がりとなっている。

「これまでの“将棋映画”の多くはややもすると、将棋を題材にしても最終的には別ジャンルに移行している気がして。将棋を描くんだったら『人生の縮図=将棋そのもの』な世界にたどり着きたいなと。人生と将棋を、がっつりとクロスさせたい。実際、クロスさせて生きているツワモノたちがプロ棋士ですからね」(豊田利晃監督)

原作を読んで読んで「もう一回、将棋を指したいな」と思った

──まずはあらためて、豊田監督の“将棋ヒストリー”をお伺いします。

7歳のときに将棋を始めました。この映画でもTVのニュースが報じていましたが、のちの谷川浩司九段が当時、「中学生棋士」としてプロデビューを飾っていました。加藤一二三さん以来となる史上2人目で、憧れもあり、9歳でプロ棋士養成機関の「新進棋士奨励会」に入り、そして17歳で挫折し、駒を置きました。

「泣き虫しょったんの奇跡」豊田利晃監督 ©2018「泣き虫しょったんの奇跡」製作委員会 ©瀬川晶司/講談社
「泣き虫しょったんの奇跡」豊田利晃監督 ©2018「泣き虫しょったんの奇跡」製作委員会 ©瀬川晶司/講談社

──『泣き虫しょったんの奇跡』の原作者、瀬川晶司五段も数年遅れて、中学生で「奨励会」に入っていますね。

僕は関西、瀬川さんは東京の「奨励会」へ。瀬川さんは僕のひとつ歳下なんです。原作本を教えてくれたのは長い付き合いの、リトルモア代表の孫家邦プロデューサーでした。「これ、ちょっと読んでみろ。俺はやれへんけどな」って感じで(笑)。僕は「奨励会」をやめたあと、将棋を憎んでいたんです。映画の世界に足を踏み入れ、“再度将棋に挑む”という選択肢は僕の人生にはなかった。ところが瀬川さんは、年齢制限に阻まれ、一度は退会を余儀なくされるもサラリーマンになってから再チャレンジをされた。読み終わって爽やかな気分になり、ビックリすることに「もう一回、将棋を指したいな」という気持ちになった初めての本でした。

映画『泣き虫しょったんの奇跡』 ©2018「泣き虫しょったんの奇跡」製作委員会 ©瀬川晶司/講談社
映画映画『泣き虫しょったんの奇跡』 ©2018「泣き虫しょったんの奇跡」製作委員会 ©瀬川晶司/講談社

──そこから映画化への道は順調でしたか?

いえ、企画を立ち上げた5年ほど前は、どこへ行っても「将棋の映画?」と取りつくしまもなく、そんな中で森(恭一)プロデューサーがノッてくれて、そのうち藤井聡太くんのブームもやってきて、何とか作ることができたんです。「将棋の映画をいつか手がけるかも」とおぼろげに考えてはいたのですが、ちょうど監督20年目、10本目の映画でそれをやることになり、奇遇を感じました。

黒澤明監督にとっての三船敏郎が、僕の中では松田龍平

──主演の、瀬川さん役の松田龍平さんはどのように?

2年ほど前に、ほとんど主役に決めていたものの、口には出さず、龍平と飲んでいたんです。で、「明日、誕生日なんです」と言うから「じゃあとりあえず、このまま夜を徹して誕生日まで飲もう」ってなって。それで誰かを呼ぶことになり、やって来たのが野田洋次郎だったと。そのとき「あっ、幼馴染の親友役は野田くんだな」と密かに思いました。野田くんに「次は何をやるんですか?」と訊かれ、「将棋かな」と答えたら「将棋って龍平にピッタリだよね」という言葉が返ってきた。だから、龍平の主演は野田くんの責任ですよ(笑)。まあ、彼の一言が後押しになったのは確かです。

映画『泣き虫しょったんの奇跡』 ©2018「泣き虫しょったんの奇跡」製作委員会 ©瀬川晶司/講談社
映画映画『泣き虫しょったんの奇跡』瀬川役の松田龍平(右)幼馴染の親友・鈴木役の ©2018「泣き虫しょったんの奇跡」製作委員会 ©瀬川晶司/講談社

──すごいですねえ。そんな風に勧めていた野田さんも、実はそのときすでにキャスティングの構想に入っていた。

そう(笑)。でも人気のミュージシャンですからね。映画は初めてではないにしても、いざ依頼が来て悩んだことでしょう。よく引き受けてくれました。

──松田さんの単独主演作を撮られるのは、『青い春』(02)以来となりますね。

あいだに『ナイン・ソウルズ』(03)と『I'M FLASH!』(12)を挟んで、他にも何かとちょこちょこ会っていましたから、もうお互いの手の内がわかっている。ただ、言うなれば、黒澤明監督にとっての三船敏郎が、僕の中では松田龍平で、自ずと力は入ります。

映画『泣き虫しょったんの奇跡』 ©2018「泣き虫しょったんの奇跡」製作委員会 ©瀬川晶司/講談社
映画映画『泣き虫しょったんの奇跡』 ©2018「泣き虫しょったんの奇跡」製作委員会 ©瀬川晶司/講談社

「将棋を指す手つき」に徹底してこだわった

──映画の前半は、子供時代にかなりウエイトを置いているな、と感じたのですが。

ひとりの棋士の半生を描くためにも、子供時代に出会ってきた人たちとのエピソードが重要だと思ったんです。しかもそれが最後に効いてくる作品にしようって。あと自分なりにこだわったのは、「将棋を指す手つき」。過去に様々な将棋の映画が作られてきましたが、僕から見ると内容はともかく、役者さんの“手つき”が気になって。作法みたいなことですが、それを徹底してやりたいというのはありましたね。もちろん、100%できたわけではありませんが、瀬川さんにも指導に入っていただいて、恥ずかしくないところまで到達できたのでは、と自負しています。

映画『泣き虫しょったんの奇跡』 ©2018「泣き虫しょったんの奇跡」製作委員会 ©瀬川晶司/講談社
映画映画『泣き虫しょったんの奇跡』 ©2018「泣き虫しょったんの奇跡」製作委員会 ©瀬川晶司/講談社

──ちなみに、瀬川さんとお会いしたときの感想は?

僕の「いい人グランプリ」でベスト3に入るいい人!あの人格があってこその奇跡……師匠や仲間の皆さんとの繋がりが生まれたんだなあと納得しました。

──なるほど。作劇的には、何が難しかったですか。

やはり、将棋の対局の撮り方ですね。どうしても構図に変化が乏しくなってしまいがち。じゃあどうしようかと、カメラマンの笠松則通さんと考え抜き、対局シーンは一度も同じように撮ってはいないはずです。今回は監督20周年ということで、笠松さんや、照明の水野研一さん、衣装の宮本まさ江さんと久しぶりにご一緒し、さらに腕っ節のいいプロフェッショナルたちを集めて、自分なりに将棋と映画を謙虚にもう一回見つめ直そうというテーマがありました。

──これで、長年憎まれていた将棋とは“和解”されたような。

どうなんですかね……遊びではやりますけど。挫折したトラウマがあり、やっぱりいろんなことを思い出しちゃうんです。それと向き合わねばならない映画だったので、そういう意味では精神的にしんどい作業でしたね。でもタイミングとしては今だろうと。これまでの“将棋映画”の多くはややもすると、将棋を題材にしても最終的には別ジャンルに移行している気がして。将棋を描くんだったら「人生の縮図=将棋そのもの」な世界にたどり着きたいなと。だから子供のシーンから必要だったんです。人生と将棋を、がっつりとクロスさせたい。実際、クロスさせて生きているツワモノたちがプロ棋士ですからね。原作とは違う視点なんですが、僕の“切り取り方”はそういうことでした。

(オフィシャル・インタビューより)



豊田利晃(とよだとしあき) プロフィール

1969年3月10日生まれ。大阪府出身。91年、『王手』(阪本順治監督)の脚本で映画界にデビュー。98年に初監督を務めた『ポルノスター』で日本映画監督協会新人賞受賞を果たす。松田龍平を主演に迎えた『青い春』(02)が、ミニシアター界で異例のヒットとなり監督としての地位を確立。今年は監督生活20周年となり、本作が監督作品10本目である。また、自身も17歳まで関西の新進棋士奨励会員だった経歴を持つ。その他の作品に『アンチェイン』(01)、『ナイン・ソウルズ』(03)、『空中庭園』(05)、『蘇りの血』(09)、『モンスターズクラブ』(12)、『I’M FLASH!』(12)、『クローズEXPLODE』(14)がある。




映画『泣き虫しょったんの奇跡』 ©2018「泣き虫しょったんの奇跡」製作委員会 ©瀬川晶司/講談社

映画『泣き虫しょったんの奇跡』
2018年9月7日(金)全国公開

監督・脚本:豊田利晃
出演:松田龍平 野田洋次郎/永山絢斗 染谷将太 渋川清彦 駒木根隆介 新井浩文 早乙女太一/妻夫木聡
松たか子 美保 純 イッセー尾形 小林 薫/國村 隼
原作:瀬川晶司「泣き虫しょったんの奇跡」(講談社文庫刊)
音楽:照井利幸
製作幹事:WOWOW/VAP
制作プロダクション:ホリプロ/エフ・プロジェクト
特別協力:公益社団法人日本将棋連盟
配給:東京テアトル
2018年/日本/127分/5.1ch/ビスタサイズ/カラー/デジタル

公式サイト


▼映画『泣き虫しょったんの奇跡』予告編

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