骰子の眼

cinema

東京都 渋谷区

2019-01-17 23:05


狂気に近い依存関係『夜明け』心の空洞を抱えた青年と初老の男の行末

柳楽優弥&小林薫主演、是枝監督の愛弟子・広瀬奈々子監督デビュー作
狂気に近い依存関係『夜明け』心の空洞を抱えた青年と初老の男の行末

是枝裕和、西川美和両監督の作品で監督助手を務めた広瀬奈々子が、柳楽優弥と小林薫を迎え、忘れられない過去を抱えた男同士の関係を描く監督デビュー作『夜明け』が1月18日(金)よりアップリンク渋谷、アップリンク吉祥寺、新宿ピカデリーほかにて公開。webDICEでは広瀬奈々子監督のインタビューを掲載する。

木工所を経営する男・哲郎はあるとき、水際に倒れていた青年・シンイチを介抱し、家に住まわせ仕事を与えるようになる。妻と息子を交通事故で亡くした哲郎は、シンイチを自身の子供のように養い、シンイチも仕事仲間らと次第に心を通わせていくが、シンイチがかくしていた過去が明らかになるにつれ、二人の関係に歪みが生じていく。「疑似家族」というテーマは広瀬監督が師事する是枝裕和の『万引き家族』などの作品とも共通するが、1987年生まれの広瀬監督は、仕事をうまくこなせず社会との関わりに悩むシンイチの姿によりシンパシーを感じていたのではないかと思う。危うさと虚無をその表情だけで表現するシンイチ役の柳楽優弥と、シンイチを助けることに執着していく哲郎を脱力感が漂う佇まいで演じる小林薫、ふたりの演技の化学反応を広瀬監督は的確にうつしだしている。


「是枝さん、西川さんの監督助手を務めて学んだことは、表面に出ていない部分を描くということで、『夜明け』でもそこは意識的に出さなければと思ったところです。脚本の段階でも、是枝さん、西川さんからたくさんご意見を頂きましたし、影響は大きいと思います。ただ、ご指摘を頂きながらも、『それは違うな』と提案を却下したり(笑)、むしろ、なぜ、そうじゃないと思うのかを自分なりに考えて構築していきました」(広瀬奈々子監督)


社会との関わり合い方がわからず悶々としてたときの感情を下敷きにした脚本

──まずは、『夜明け』のコンセプトが生まれた背景を教えてください。

『夜明け』の脚本はすごく苦労をして書いたもので、まずはキャラクターから作っていきました。私は武蔵野美術大学在学中に父親を亡くしたのですが、そのこともあって、未来に対してうまくアクセスできない時期がありました。自分に何ができるのかがわからず、ちゃんと就職活動もしていなかったところに東日本大震災が起きた。大学卒業後の半年間は仕事もなく、社会との関わり合い方がわからず悶々としていました。その時の感情を下敷きにして書いたのが『夜明け』となります。最初に頭にあったのは、狂気に近い依存関係を描いてみたいなということでした。

映画『夜明け』広瀬奈々子監督
映画『夜明け』広瀬奈々子監督

──是枝裕和監督、西川美和監督との出会いのきっかけは?

大学卒業後の無職時代に、是枝さんがアシスタントを募集しているというのを友人が教えてくれて、応募したら、受かってしまったという感じです。面接では何か質問をされたという感じではなく、「最近、どういう映画を見た?」と聞かれたときに、ウニー・ルコント監督の『冬の小鳥』の話をして、あの作品はソル・ギョングが出ているのにもかかわらず顔が出ていないのがすごかったですねとか、とりとめのない雑談という感じでした。

──シンイチと哲郎の関係性について先程、「狂気に近い依存関係」と話されましたが、なぜ、そのような関係性に興味を持たれたのでしょうか?

シンイチも哲郎も具体的なモデルがいるわけではありません。シンイチというキャラクターに対しての、なにかやらかした感のある、何者だかわからない主人公が時間の経過と共にだんだん普通の青年に見えてくるのに対して、逆に当初はいいおっちゃんだった哲郎の方が狂気じみて見えてくる構図を狙いました。人物像の見え方の変化に気を配りましたし、他人のための生とはなんだろうか、ということも考えました。共に暮らしていても、人には全然知らない面が隠れていて、あるきっかけで見えていなかったものが見えてくる。物語の着地点を探しているうちに、このような関係性になりました。

映画『夜明け』 ©2019「夜明け」製作委員会
映画『夜明け』 ©2019「夜明け」製作委員会

主人公・シンイチの危うさや青臭さを出していく

──シンイチというキャラクターには自己肯定感の低さや、これまでの親子関係で疲弊したような二次障害的な要素も見え隠れします。世の中で突然、事件を起こすような青年たちとのいくつかの共通性も思い起こされますが、彼の人物像はどうやって組み立てたのでしょうか?

実は当初はシンイチを殺人犯として描いていて、過去の事件なども文献を読むなり、調べたりもしたんですけど、どうしても自分の描くキャラクターに一貫性がなく、魅力的な人物になりませんでした。最も悩んだのが、シンイチが殺意を抱いて殺してしまう人間なのか、それとも過失致死で過ちを犯してしまった人間なのかということです。自分自身の結論がそこでぶれてしまい、そこで、その線を外して、自分の近いところからキャラクターを紡ぎ直して、ごく普通の青年にしました。遠慮深く、礼儀正しく控えめな一面がありながら、いつの間にか他人の家に住み着く図々しさもあって、そういうアンバランスさのせいでこの人は社会にうまく順応したり、機能していけないんだろうなと。シンイチの危うさや青臭さをなるべく出していこうと意識しましたね。

映画『夜明け』 ©2019「夜明け」製作委員会
映画『夜明け』 ©2019「夜明け」製作委員会

──出来上がった脚本を柳楽さんに投げてのリアクションはどのようなものでしたか?

「ここ数年振り切った役が多かったので、こういうナイーブな役はいい機会があったらやりたいと思っていました」と言っていただきました。脚本の段階で、シンイチは確かなもののない人物として描こうと思っていましたが、柳楽さんも直感的にそういうものを感じたようで、「僕はあまり準備せず、現場に入ります」と仰って下さったんです。それはすごく勇気のいることだと思うんですけど、絶妙なスタンスで、「演じながら体験していく感覚を大切にしたやり方がいいんじゃないか」と柳楽さんから提案してくださったのでありがたかったです。スタッフにも理解があって、撮影はなるべく順撮りにし、最初の哲郎とシンイチの出会いの黒髪ブロックと、髪を染めて金髪にしたブロックと、また髪を黒に戻すブロックと三ブロックにわけて、進行しました。木工作業に関しては、全く練習せず、カンナも一切、触れずに、練習もせずに現場に入って頂いて。ちょっとやっているとすぐにうまくなっちゃったので、練習してもらわなくてよかったと思いました。

映画『夜明け』 ©2019「夜明け」製作委員会
映画『夜明け』 ©2019「夜明け」製作委員会

小林さんの持っている色気と年相応の年齢を出そうと思っていた

──哲郎役に小林薫さんを指名した理由は?

元々私が小林さんのすごくファンで(笑)。特に1997年のドラマで、原作、原案が向田邦子で、久世光彦がディレクションした「空の羊」というドラマが好きで、そこでの妙に軽い落語家を演じた小林さんにひかれて。そのときの役柄は哲郎役とは全然違うんですけど、小林さんにお願いできたらいいなと、脚本の執筆の途中から哲郎のキャラクター自体を小林さんに少し寄せて書いたりもしました。小林さんの持っている色気と年相応の年齢を出そうと思っていました。

映画『夜明け』 ©2019「夜明け」製作委員会
映画『夜明け』 ©2019「夜明け」製作委員会

──最初は優しく親身だった哲郎が、シンイチに肩入れしていくにつれ、亡き息子にとってのうざったい父親像をシンイチにも押し付けてしまう。シンイチも良き息子でいようとしても、実の父と同じように反発を出していく。たとえ義理でも父親は厄介だという構図が興味深いですね。

父親の存在って、結構、社会に出てみないとなかなかどういう存在かわからないですよね。父親というものに対しては、意識的に意地悪に書いています。父親を求めると同時に、でも、そこまで父親は大したことはないという気持ち。お互い、理想的な存在を得たと思ったけれど、シンイチも哲郎も結局、同じ過ちを繰り返してしまう。シンイチも父親への依存をまた哲郎にやってしまう。

映画『夜明け』 ©2019「夜明け」製作委員会
映画『夜明け』 ©2019「夜明け」製作委員会

表面に出ていない部分を描くこと

──広瀬監督は是枝監督、西川監督が立ち上げた制作集団「分福」の一員としてキャリアを重ね、今回デビューに至ったわけですが、是枝組、西川組、分福で学んだこととは?

基本的に分福という場所が若い監督を輩出するということを目的にしているので、例えばCMの企画があれば、組織内コンペがあって、自分が選ばれないと悔しいという思いも生まれますし、まさに競争の場ですね。スタッフみんながそれぞれ、是枝さん、西川さんを含めてライバルという意識を持っているディレクター集団だと思います。是枝さん、西川さんの監督助手を務めて学んだことは、表面に出ていない部分を描くということで、『夜明け』でもそこは意識的に出さなければと思ったところです。脚本の段階でも、是枝さん、西川さんからたくさんご意見を頂きましたし、影響は大きいと思います。ただ、ご指摘を頂きながらも、「それは違うな」と提案を却下したり(笑)、むしろ、なぜ、そうじゃないと思うのかを自分なりに考えて構築していきました。

──冒頭のシーンは文字通り、タイトルに相応しい夜明けのシーンで、まさに広瀬監督の決意表明と受け止めましたが。

初日の最初の演技であそこまでの領域に精神状態を持っていくのはきつかったと思います。私自身、長編映画は初めてだったので、そこまでリアルにこだわらず、安全策をとって夕日での撮影でもいいんじゃないかなんて弱腰になっていたのですが、助監督の木ノ本さんが「初日から朝日狙いでやることに意味がある。それがこの作品の意識表明であり、映画監督としてやっていく宣戦布告にもなると思います」と後押ししてくれて、素晴らしい画になったと思います。撮影中もプロデューサー、助監督が「デビュー作なんだからもっとわがままを言っていいですよ」とずっと励ましてくれて、それで自分でもチャレンジができたと思っています。その中で最も自分がわがままになったのがラストの場面で、スタッフからはその手前の海の場面で終わった方がいいんじゃないかという意見を受けたんですが、私としては、海にたどり着いたカタルシスで終わるのが腑に落ちなくて、それまで人に依存してきた人間が初めて自分の力で立ち止まるという風にしたくて、それであのラストを選びました。

(オフィシャル・インタビューより インタビュー・文:金原由佳)



広瀬奈々子 プロフィール

1987年生まれ。神奈川県出身。武蔵野美術大学映像学科卒業。2011年から制作者集団「分福」に所属。是枝裕和監督のもとで監督助手を務め、「ゴーイング マイ ホーム」(12年/関西テレビ・フジテレビ)、『そして父になる』(13年)、『海街diary』(15年)、『海よりもまだ深く』(16年)、西川美和監督『永い言い訳』(16年)に参加。『夜明け』が映画監督デビュー作となる。




映画『夜明け』 ©2019「夜明け」製作委員会
映画『夜明け』 ©2019「夜明け」製作委員会

映画『夜明け』
1月18日(金)、新宿ピカデリーほか全国ロードショー

出演:柳楽優弥/YOUNG DAIS 鈴木常吉 堀内敬子/小林薫
監督・脚本:広瀬奈々子
製作:バンダイナムコアーツ、AOI Pro.、朝日新聞社
配給:マジックアワー

公式サイト


▼映画『夜明け』予告編

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