骰子の眼

cinema

東京都 渋谷区

2019-04-05 10:30


伝説の"匿名"ブランドに迫る『We Margiela マルジェラと私たち』

「ブランドの歴史は喪失と悲哀のストーリーだった」監督インタビュー
伝説の"匿名"ブランドに迫る『We Margiela マルジェラと私たち』
映画『We Margiela マルジェラと私たち』 ©2017 mint film office / AVROTROS

メディアに姿を見せないミステリアスな存在とともに、それまでのモードに反旗を翻す禁欲的なデザインで脚光を浴びながらも2009年に引退を発表したデザイナー、マルタン・マルジェラと彼のブランド“メゾン マルタン マルジェラ”をめぐるドキュメンタリー映画『We Margiela マルジェラと私たち』が4月5日(金)よりアップリンク吉祥寺にて、そして4月13日(土)よりアップリンク渋谷にて上映。webDICEでは監督を務めたメンナ・ラウラ・メイールのインタビューを掲載する。

ファッション通では全くないが、ハイブランドのダメージジーンズが嫌いだ。コンセプトがわからないし見苦しい。カウボーイのズボンをなんども洗濯すれば裾はほつれてくるし、穴も開く、それを自然に着るのはいい。ただ、あえて生地をダメージするのは、洋服に対するリスペクトを感じられない野蛮な行為としか思えない。という自分だが、マルジェラの古着のジーンズを解体し、再構築するジーンズは理解できる。古着の再生というエコロジーさと洋服に対するリスペクトを感じる。

映画に映されるマルジェラがデザインした過去の服を解像度の低いビデオ映像で見ていてわかったこと。それは、マルジェラは洋服が本当に好きなんだなということ。今更こんなことをいうとファンの人には呆れられそうだが。そして哀しい映画だった。1988年にブランドを設立、2002年にディーゼルを擁するオンリー・ザ・ブレイブ・グループに買収され傘下になってから今年で17年。映画では、当時のスタッフたちがインタビューに答える。今の自分を語るのではなく、当時無我夢中でマルジェラたちとともに仕事をし輝いていた時期を語る構成が続く。

現在のメゾン・マルジェラのアーティスティック・ディレクターはジョン・ガリアーノ。デザイナーが変わっても、背中に見える><は、当初の匿名性のコンセプトから乖離し、形骸化して><自体がブランドになっている。今のマルジェラの洋服のファンはマルタン・マルジェラ本人のデザインでなくてもよく、><が背中にあればいいのだろうか。そうだとすれば、バンクシーの人気と同じものを感じる。バンクシーの絵というかステンシルの絵柄自体は特段に美しくもないが、描かれた場所と時期のコンセプトが素晴らしくメッセージ性がある。でも、日本では、そのメッセージ性が剥奪されても、発見されたこと自体が話題となる。

やりたいことだけを妥協せずにやり続けたがメゾンの経営はいつも苦しかったのだろう。マルジェラは1997年から2003年にかけて、共同経営者のジェニー・メイレンスの計らいによりエルメスのクリエイティブ・ディレクターを務めた。そのエルメスでのマルジェラのデザインは先鋭性を失ったとも評された。映画には出てこないが別のインタビューでメイレスはこう答えていた。「メリットはあった。少なくとも、会社は元が取れたんだもの」。映画の中でも、人気に比例しない額の収入しか得てなかったマルジェラに対して、メイレンスが寂しそうな声のトーンで、「マルタンは買収された額を知って初めて自分たちの価値がわかった」という言葉が中小企業経営者の自分としては一番胸に詰まった。

(文:浅井隆)


会社としての機能が保障されていたからパワフルなデザインが生まれた

──本作の制作のきっかけを教えてください。何故マルジェラを取り上げようと思ったのでしょうか?

“メゾン マルタン マルジェラ”はすごくエキサイティングなファッションブランドだと思います。最も興味があったのは、どのようにブランドが機能していたのかという点でした。どのように構成されていて、各部がどのような関係性を保っていたのか、作り出すデザイン、匿名性、宣伝しないポリシー、ユニークなデザイナーと周囲のスタッフとの関係性、すべてが関わりあってひとつのブランドを形成しているのです。

映画『We Margiela マルジェラと私たち』 ©2017 mint film office / AVROTROS
映画『We Margiela マルジェラと私たち』 ©2017 mint film office / AVROTROS

──マルジェラのドキュメンタリーの映画化は世界で初めてです(※編集部注:今作の後制作されたライナー・ホルツェマー監督によるドキュメンタリー映画『Without Compromise』が2019年完成予定)。内情を知るためにインタビューで心がけたことはありますか?

ブランドのクリエイティブチームを中心としてストーリーを形成するのが焦点となりました。ストーリーのほとんどは才能溢れるジェニー・メイレンスによって語られます。マルタン・マルジェラと共にブランドのトップであった人物ですが、この2人のチームワークは、ブランドにとって革新的なものとなったのです。ジェニーはビジネス、マルタンはデザイン、それぞれ役割を分担していました。しかし、コミュニケーション・ディレクターのパトリック・スキャロンが映画の中でも語っていますが、「会社としての機能が保障されていたからこそ、パワフルなデザインが生まれたわけで、そのデザインなしには会社としてあれだけ機能もしなかっただろう」ということなのです。

また彼らの仕事の仕方も非常にユニークなものでした。それぞれがブランドに大きく貢献していたというか、マルジェラで仕事をするということは、献身的なチームの一員となることなのです。社外において、社員たちはあくまで“私たち”というスタンスですが、社内ではそれぞれが自由でありながらも、全員が大きな責任を背負っていました。常に違った何かを求める欲求というのか、クリエイティブなリスクをとる欲求が、このブランドの大きな原動力となっていたのです。マルタンとジェニーの信用を得ることができれば、ベストを尽くすために必要な時間と自由が与えられたのです。なので作品としてもマルジェラ本人が中心ではなく、ブランドの“私たち”としてのアイデンティティがテーマなのです。

映像作家として興味深いのは、天才ともいえる1人のアーティストと周囲のスタッフの関係性です。決して1人ではアートを完成させることはできない。創造するプロセスはどのようにシェアされていくのか、そもそもどのように生まれてくるのか。それがテーマです。

映画『We Margiela マルジェラと私たち』 ©2017 mint film office / AVROTROS
映画『We Margiela マルジェラと私たち』 ©2017 mint film office / AVROTROS

デザイナーとしてマルジェラに興味を持ったわけではなかった

──“メゾン マルタン マルジェラ”というブランドにはどれぐらい馴染みがありましたか?

もともとは、突然消息を絶った人をテーマにした企画を検討していたのです。消息を絶って、再び人生を歩み始めるまでの間、どのようにして人生の転換を図れるかというテーマに興味を持っていました。そこでリサーチしている間に、マルジェラのことを知ったのです。まず匿名性、象徴的な白、そしてファッション業界におけるブランドの立ち位置に興味を持ちました。アーティストにとって、ここまで名前を知られながらも、人物は知られていないというのは、どういう意味を持つのか。そこが最初の出発点だったので、デザイナーとしてマルジェラに興味を持ったわけではなかったのです。

ファッション業界の人間ではなかったので、マルジェラのブランドとしての知名度や評判についてはそこまで詳しくありませんでした。しかし作品を作っていく中で、ブランドの歴史が、喪失と悲哀のストーリーであるのを知りました。マルジェラで働いた人々は、その時間が如何に彼らの人生において重要だったかを語ります。若くて一生懸命に働いたスタッフは、マルジェラを信じていました。会社が売却されて去らなければなくなった彼らは、その後の変化に失望を感じているようでした。

映画『We Margiela マルジェラと私たち』 ©2017 mint film office / AVROTROS
映画『We Margiela マルジェラと私たち』 ©2017 mint film office / AVROTROS

──一実際の撮影期間はどれぐらいですか?

リサーチを2012年に始めて、制作費が集まったのが2015年4月。撮影は11月に始めて、編集は2016年。完成したのは2017年9月です。

──インタビューが困難な本作の出演者たちはどのように交渉したのですか?

マルジェラ本人に出演してもうらおうとは最初から考えていませんでした。匿名で有名な人ですから。捉えようとしたのは、目に見ることができる建物の表を支える裏の姿です。我々がマルジェラについて見聞きすることを、実際に支えて仕事している人たちです。マルジェラと仕事した人々と打ち合わせをした後、彼らが主人公になり得ると確信しました。そこにジェニー・メイレンスが加わることで、さらに奥深いストーリーを形成することができたのです。共同設立者として、世界を代表する有名ブランドがどのように生まれたかを語ってくれました。出演してくれた人々はとてもフレンドリーでオープンでした。作品を見ればわかると思いますが、マルタンとジェニーが集めた人々は特殊な才能を持った人々です。スマートで、献身的で、ユーモアがあって誠実。非常にアプローチしやすい人々でした。撮影後に感じたことですが、我々がファッション業界の人間ではなかったから解り合えることができたのかもしれません。ブランドの名前や知名度に惑わされることもありませんでした。我々がオランダ人で単刀直入だったのも結果的に良かったのかもしれません。

映画『We Margiela マルジェラと私たち』 ©2017 mint film office / AVROTROS
映画『We Margiela マルジェラと私たち』 ©2017 mint film office / AVROTROS

白は人それぞれが自身を投影できるスクリーンだ

──あのアトリエでのクリエイティブチームの仕事を見て、どんな発見や、インスパイアされるところがありましたか?

ジェニーは怖いもの知らずでした。すべてにおいて不安を感じていたようですが、信念に基づいて正しいと思ったことを行動していました。これはなかなか難しいことです。必ずしもルールに従うのではなく逆風に立ち向かうというのは、本当に勇気を必要とすることです。マルジェラも同様に怖いもの知らずでした。だからこそ彼らの仕事は様々な側面において興味深いのです。ユニークなデザインが世界中の人々をインスパイアし感動させただけでなく、ブランドとしての方針、匿名性、古いものからの新しい創出など、興味深い要素がたくさんあります。

デザイナーでも映画監督でもブランド経営者でも、他者に好かれようとする欲求と向き合い、如何に危険かを考えなければならない。芸術的衝動の根源は、妥協を許さない確固たるものであるべきで、他者に好かれようとする欲求から、いいものは何も生み出さない。しかしその一方で、人間はそれぞれ好き嫌いがあり、それぞれが向き合う対象も千差万別。そこでバランスを見出すのは難しいことです。

──一番印象に残ったインタビュー対象者とその人の言葉はなんですか?

ジェニーとマルタンが集めたチームは素晴らしい人材が揃っていたので、楽しく仕事させてもらいました。自宅を訪問して撮影したジェニーのインタビューは印象に残っています。インタビューする度に、素晴らしい赤ワインをふるまってくれて、素晴らしい食事をさせてもらった。とても楽しい思い出です。イタリアでの撮影も忘れがたい。ミス・ディアナことディアナ・フェレッティ・ヴェローニのインタビューや、ニット工場の訪問、トリノのショップオーナーのアルダ・ファリネッラなどなど。ディアナが所有していた資料は非常に興味深くて、ファッション業界のユニークな時代における経験談も聞けました。

いくつかのインタビューで、映像作家などのクリエイターにとって重要なアドバイスとなる発言も忘れがたい。ジェニーはこう言っています。「他人を喜ばそうとすれば、いい結果は生まれない。より独自の方向に突き進むべきなのです。長期的に考えれば、システムに依存せずに自由を得ることができるはず」と。あとパトリック・スキャロンの発言ですね。「白は人それぞれが自身を投影できるスクリーンだ」つまり我々自身が望むものを白に見出せるということですね。

映画『We Margiela マルジェラと私たち』 ©2017 mint film office / AVROTROS
映画『We Margiela マルジェラと私たち』 ©2017 mint film office / AVROTROS

──マルタン・マルジェラ氏はこの映画を観たのでしょうか? もしそうでしたら、どんな反応でしたか?

それはわかりません。なんとも言えませんね。

──この作品を撮り終わって、メゾン マルタン マルジェラの印象はどのように変わりましたでしょうか?

‘メゾン マルタン マルジェラ’では、従来とはまったく違う方法でイノベーションが起っていたのです。成功が経済的に幅広い選択肢を与えてくれるのは当然ですが、創造力は選択肢の欠如から生まれるものであることも事実だと感じさせられました。アーティストがきちんと評価されることも重要だと感じました。このような少人数の精鋭チームだと、自分自身のアイデンティティを保つのが難しくなる場合もありますが、自分が達成したことが真に評価されたと感じることは、アーティストにとってお金では買えない貴重なことなのではないでしょうか。そして最も重要なのがクリエイティブなリスクを背負うこと。評価されよう、好かれようとする衝動に逆らって、自分のビジョンを貫き通すことがまさにアートなのです。ジェニーも言っていました。「我々は、とにかく既存の方法から離脱しようと努力しただけなのです。負けることを覚悟しないと、勝つことはできないのです」と。

(オフィシャル・インタビューより)



メンナ・ラウラ・メイール(Menna Laura Meijer) プロフィール

大学ではジャーナリズムを専攻。映画監督になるつもりはなかったが、グラフィティの少年たちの記事を執筆中にテレビプロデューサーからドキュメンタリー映画にしてはどうかと勧められ、監督としてのキャリアをスタートさせた。処女作『tags』(97)は違法なレイヴパーティーで上映され、エンドロールの途中で警察によって阻止された経験を持つ。その後は離婚した両親を持つ子供に迫った『separated』(99)や、慢性的な病気を患っている小学生をテーマにした『schoolsick』(01)など、子供や若者をテーマに選ぶことが多くなる。『girls』(03)、『boys』(05)、『sexy』 (07)の3部作を制作し、その中でも『girls』は多数の賞を受賞するなどオランダ国内で高く評価された。08年に発表した『sweety』は16歳の少女が友達を殺害したという告白に密着した内容で、賛否両論を呼ぶが、カナダの映画祭やテレビでも放映され国際的な評価も得る。 その他の代表作に、音楽ドキュメンタリー『kyteman, now what?』(11)など。シニアの愛と性を描いた『69: Love Sex Senior』(13)はスウェーデンの2014年ピース&ラブ映画祭でベスト・ドキュメンタリー賞、エストニアのパルヌ映画祭で観客賞を受賞した。『We Margiela マルジェラと私たち』は消息を絶った人が再び人生を歩み始めるまでの間、どのようにして人生の転換を図れるのかというテーマに興味を持っていた時に、マルタン・マルジェラの存在を知り、映画化を実現した。次回作に『The human animal』がある。




映画『We Margiela マルジェラと私たち』 ©2017 mint film office / AVROTROS
映画『We Margiela マルジェラと私たち』 ©2017 mint film office / AVROTROS

映画『We Margiela マルジェラと私たち』
4月5日(金)よりアップリンク吉祥寺にて、
4月13日(土)よりアップリンク渋谷にて上映
他、全国順次公開中

監督:メンナ・ラウラ・メイール
出演:ジェニー・メイレンス(声のみ出演)、ディアナ・フェレッティ・ヴェローニ(ミス・ディアナ)、インゲ・グログニャール、ルッツ・ヒュエル、ハーレー・ヒューズ、パトリック・スキャロン、アクセル・ケラーほか
2017年/オランダ/英語・オランダ語・イタリア語/アメリカンビスタ /カラー/5・1ch/103分
原題:We Margiela
日本語字幕:渡邉貴子
後援:オランダ王国大使館
配給・宣伝:エスパース・サロウ

公式サイト


▼映画『We Margiela マルジェラと私たち』予告編

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