骰子の眼

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東京都 渋谷区

2019-02-21 09:25


ボイスが唱えた「みんなで意志決定の仕組みを築こう」は今こそ耳を傾けるべきメッセージ

映画『ヨーゼフ・ボイスは挑発する』監督語る「私たちには社会を動かす力がある」
ボイスが唱えた「みんなで意志決定の仕組みを築こう」は今こそ耳を傾けるべきメッセージ
映画『ヨーゼフ・ボイスは挑発する』より

第二次世界大戦後のドイツで、美術館を飛び出し「社会を彫刻する」ことを掲げ世界中を攪乱した芸術家ヨーゼフ・ボイスの人生を追ったドキュメンタリー映画『ヨーゼフ・ボイスは挑発する』が3月2日(土)よりアップリンク吉祥寺、アップリンク渋谷、横浜シネマリンほかにて全国順次公開。webDICEでは監督を務めたアンドレス・ファイエルのインタビューを掲載する。


「ボイスは『誰にでも能力は備わっている』と彼は言っています。『だから、責任を政治家に転嫁して、4~5年ごとに選挙でダメを出すのはやめよう。自分たちにできないことをしてくれるからと言って、愚かな独裁者のような政策を有難がる必要もない』と。市民には能力がないので、代わりに政治家が戦ってくれていると、往々にして我々は思っている。彼は『責任をマヌケどもに肩代わりさせる必要はない』と主張していたのです。私たちには、ちゃんとできる力があるんです。だから私にとって、この問題は、今、向き合わなければならないという意味で、とても現実的なことなんです」(アンドレス・ファイエル監督)


誰もが社会の中にあって、
様々な社会的プロセスの形成に関わる能力がある

──「ボイスの思想は現在でも衰えることなく、十分に通用する」と仰っていますが、具体的には、どういうところでしょうか?

私はこの映画を作ることで、ボイスが生きていた前の世紀から現在に連れてくる必要性を感じたのです。多くの芸術家や当時の仲間たちが「ボイスは20世紀で最も偉大な芸術家だった」と言っているでしょう。でも私に言わせれば、21世紀になっても依然として最も偉大な芸術家です。

映画『ヨーゼフ・ボイスは挑発する』アンドレス・ファイエル監督
映画『ヨーゼフ・ボイスは挑発する』アンドレス・ファイエル監督

彼は「経済活動を民主主義的なものに変えなければならない」と言っています。お金は自己増殖してバブルが生まれるけれど、やがてバブルが弾けた時、バブルを作った張本人たちではなく、ごく普通の市井の人々にツケが回ってくる。だから、日々世界を巡っている膨大な量のお金に関して我々自身が決定を下さなければならないということです。

また、よく引用される彼の言葉に、「人はみなアーティストである」というのがあります。みんなが彫刻家や画家や作曲家だという意味ではありません。誰もが社会の中にあって、様々な社会的プロセスの形成に関わる能力があると彼は唱えているのです。「周囲に壁を作ったり、恐怖に縛られたりしてはならない。みんなで意志決定の仕組みを築こう。人間にはその力がある」というのは、特に今こそ耳を傾けるべきメッセージです。

映画『ヨーゼフ・ボイスは挑発する』
映画『ヨーゼフ・ボイスは挑発する』

“痛みというトラウマ”が彼の人生の核

──彼の人生をまとめるにあたって核としたのは?

「汝の傷を見せよ」という彼の作品タイトルにもあるように、“痛みというトラウマ”です。彼には、死にかけた経験によるトラウマが3つあります。1つ目は乗っていた飛行機が墜落して九死に一生を得た時、2つ目は1950年代に2年以上に渡り、重度のうつ病にかかった時、そして3つ目は、心臓発作で危篤になった時です。この状況を克服するには、ものすごいエネルギーを費やしたはずです。そこで彼は、再生というコンセプトを個人の体験から実社会へと移し替えた、変容させたのだと思います。自己を再生できたのなら、そして自身のトラウマを克服できたのなら、そのエネルギーを他でも使ってやろうというのです。

彼は、信じられないようなパワーを持っていました。彼はこう言っています。「何かを変えるためには、自分自身が燃え尽きるくらいやらなきゃならない」と。

映画『ヨーゼフ・ボイスは挑発する』
映画『ヨーゼフ・ボイスは挑発する』

聞くとことによると、朝の5時まで寝ないで人としゃべっていたそうです。それで、7時に次の電話がかかってくると「今、話をしてる暇がないんだ」と答える。すごいエネルギーでしょう?本気で社会を変えるなんて誇大妄想のような発想は、いくつもの大ピンチを凌いできたことと関係があると私は睨んでいます。

一方で、誰もが自分と同じような経験をしているわけではないことを知っていた彼は、みんなに話したのです。彼は自分とは全く別の体験をした人に話すことに興味を覚えました。しぶしぶ話を聞く人や抵抗感を覚える人、彼を嫌っている人、彼をバカ呼ばわりする人に「なぜ?」と疑問を抱きました。「なぜ、彼らは自分をバカ呼ばわりするのか?」だから彼は、もし彼らが単に批判しているだけでないならば、進んで話してみようと考えたのです。

映画『ヨーゼフ・ボイスは挑発する』
映画『ヨーゼフ・ボイスは挑発する』

──彼の政治的な主張についてはいかがですか?

ヒトラーは人々を扇動する方法を熟知していましたが、ボイスは常に“自由”という唯一の表現について論じていました。誰もが“ノー”を言う権利があるという。それがボイスとヒトラーの違いです。ボイスは誰にもイデオロギーを強要していません。誰にも「それは私と無関係です。私は別の道を選びます」と言える権利があるのです。

また、「誰にでも能力は備わっている」と彼は言っています。「だから、責任を政治家に転嫁して、4~5年ごとに選挙でダメを出すのはやめよう。自分たちにできないことをしてくれるからと言って、愚かな独裁者のような政策を有難がる必要もない」と。市民には能力がないので、代わりに政治家が戦ってくれていると、往々にして我々は思っている。彼は「責任をマヌケどもに肩代わりさせる必要はない」と主張していたのです。私たちには、ちゃんとできる力があるんです。だから私にとって、この問題は、今、向き合わなければならないという意味で、とても現実的なことなんです。

映画『ヨーゼフ・ボイスは挑発する』
映画『ヨーゼフ・ボイスは挑発する』

──「汝の傷を見せよ」という作品の意味をどう考えますか?

私たちの肉体は、自分の欠点や間違いや納得できないことを抱えながら生きています。それが私たちの才能なんです。傷も私たちの適応性の表れです。それこそが現在にも通じるメッセージなのです。

自分の傷を見つめ、それに対処することで、ステレオタイプの効率性や行動、自分勝手な見通し、共感の欠如を超えた世界が見えるんです。

ボイスは、傷口を隠すのではなく、共感を再生し、再形成すべきだと訴えているんです。共に行動を起こして、自分たちの傷に対処するべきなんです。だから“汝の傷を見せよ”となるのです。




アンドレス・ファイエル(Andres Veiel) プロフィール

1959年、シュトゥットガルト生まれ。ベルリン自由大学で心理学を学んだ後、1985年から1989年の間、ベルリンのアートセンター、キュンストラーハウス・ベタニエンでクシシュトフ・キェシロフスキの監督コースを受講。以降、映画や舞台の脚本執筆活動を続けるかたわら、ベルリンの dffb(ドイツ映画テレビアカデミーベルリン)で講義を行っている。1992年、テレビ・ドキュメンタリー『Winternachtstraum』で長編デビューを果たした後、イスラエルの劇団を描くドキュメンタリー『Balagan』(1994年)でドイツ映画賞を受賞。1996年、80年代に命を落とした3人の同級生を題材にしたパーソナルな作品『Die Uberlebenden』を発表。2007年、山形国際ドキュメンタリー映画祭でも上映された『ブラック・ボックス・ジャーマニー』(2001年)は 1989年に殺害されたドイツ銀行の有力者ヘアハウゼンと、その事件の犯人でドイツ赤軍メンバーのグラムスという対象的な出自を持つふたりをテーマにドイツ史を描き、高い評価を得た。




映画『ヨーゼフ・ボイスは挑発する』
2019年3月2日(土)より、アップリンク渋谷、アップリンク吉祥寺、横浜シネマリンほか全国順次公開

監督・脚本:アンドレス・ファイエル
撮影:ヨーク・イェシェル
編集:シュテファン・クルムビーゲル、オラフ・フォクトレンダー
音楽:ウルリヒ・ロイター、ダミアン・ショル
音響:マティアス・レンペルト、フーベルトゥス・ミュル/アーカイブ・プロデューサー:モニカ・プライシュル
出演:ヨーゼフ・ボイス、キャロライン・ティズダル、レア・トンゲス・ストリンガリス、フランツ・ヨーゼフ・ヴァン・デル・グリンテン、ヨハネス・シュトゥットゲン、クラウス・シュテーク
配給・宣伝:アップリンク
字幕翻訳:渋谷哲也
学術協力:山本和弘
宣伝美術:千原航
(2017年/ドイツ/107分/ドイツ語、英語/DCP/16:9/5.1ch/原題:Beuys)

公式サイト

▼映画『ヨーゼフ・ボイスは挑発する』予告編

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