骰子の眼

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東京都 渋谷区

2019-09-12 22:08


オダギリジョー長編初監督作『ある船頭の話』失われてゆく美しい文化や自然への警告

主演柄本明×撮影クリストファー・ドイル×衣装ワダエミ×音楽ティグラン・ハマシアン
オダギリジョー長編初監督作『ある船頭の話』失われてゆく美しい文化や自然への警告
映画『ある船頭の話』第76回ヴェネチア国際映画祭上映の様子

俳優オダギリジョーの長編映画初監督作品で、第76回ヴェネチア国際映画祭のヴェニス・デイズ(コンペティション部門)に正式出品された『ある船頭の話』が9月13日(金)より公開される。柄本明を主演に迎え、クリストファー・ドイルが撮影監督を担当、衣装デザインにワダエミが参加し、アルメニア出身のジャズピアニスト、ティグラン・ハマシアンが音楽を手掛けた今作について、webDICEではオダギリ監督のインタビューを掲載する。

2年前の冬、僕は、アップリンクが製作に協力したロウ・イエ監督の新作『サタデー・フィクション』の撮影現場、上海にいた。『サタデー・フィクション』は第二次世界大戦直前の上海を舞台に、コン・リーとオダギリジョーが共演するスパイ映画で、日本からは中島歩も出演している。休憩時間にオダギリ君から「今度、映画を監督する」と聞いた。カメラはクリストファー・ドイルだという。上海での撮影終了後、彼は『ある船頭の話』を撮影し、その完成は、編集に時間をかけるロウ・イエ作品の完成を追い抜いた。

ロウ・イエは『サタデー・フィクション』をヴェネチア国際映画祭コンペティション部門に、9月4日の公式上映ぎりぎりに編集を間に合わせ出品した。同時にヴェニス・デイズというカンヌで言えば監督週間にあたるセクションにオダギリジョー監督の『ある船頭の話』が選ばれ、彼は出演・監督と2作品でヴェネチアに参加した。

『サタデー・フィクション』を一緒にスクリーンで観た直後、同じ映画監督としてどうだったか聞くと、「僕も挑戦して映画を作ったけどロウ・イエも挑戦してるなと思った」という答えだった。

『ある船頭の話』は、その翌日コンペ会場の横の元カジノの会場でプレミア上映が行われた。上映後のQ&Aで、ちょっと日本映画を知ってるぞというイタリアのシネフィルの観客からの「黒澤映画の影響はありますか」という質問に「黒澤明は尊敬する監督ですが、どちらかというとこの作品は溝口健二の『雨月物語』の影響があります」と答え、質問者を唸らせていた。

『ある船頭の話』は堂々たる風格の映画だった。昨今の日本映画はピースの数が少ないジグソーパズルのように初めから仕上がりの画が分かる作品が多い中、ピースの数が多く、しかも1枚欠けていて、観客がその欠けたピースを想像力で補わない限り完成しない映画だった。 ぜひ、映画館で観て、最後に自分のピースをはめてオダギリジョー監督長編デビュー作の画を完成させてはどうだろう。

(文:浅井隆)


構想のきっかけ

──本作の構想のきっかけは?

先ず、この資本主義的な社会に対する疑問というものが自分の根本にずっとありました。資本主義が競争社会を生み出し、便利であればいい、無駄なことは必要ない、というような極端な価値観の中で生きてはいないか? 時間やお金で物事を計り、本当の幸せは端に追いやられてはいないだろうか? というような、今の自分の生き方に対して、大きな不確かさや違和感を覚えていました。世の中が便利になっていく一方で、淘汰されていく美しい文化や伝統。壊されていく自然。人類は大切なものを手放してでも、前に進み続けるしかないのでしょうか? そんな事を脚本にしてみようかな、と思ったのが10年ほど前でした。

映画『ある船頭の話』 © 2019「ある船頭の話」製作委員会
映画『ある船頭の話』オダギリジョー監督 © 2019「ある船頭の話」製作委員会

時代を明治あたりにする事で描くことのできる範囲を狭め、舟の上での会話をメインにする事で場面変換を少なくするという挑戦を乗せ、出演者も極力少なくし、設定を限りなくミニマムに、ドラマチックな展開を描きにくいように、どんどん自分に枷を加えていくような作り方をしていきました。ただ、その当時は作品を作る気持ちになれず、結果的に監督業を10年間ストップさせていました。

──監督業をストップしていた理由は?

映画監督って本当に大変ですよ。多くは会社員じゃないから、一本失敗すると次は撮れない状況で、皆さん背水の陣で映画を作っています。そんな中で、自分が俳優をやりながら片手間に監督業に手を出していると思われるのも嫌だったし、俳優だから撮らせてもらえる状況に甘んじるのもすごく失礼に思ったので、いっその事、監督業はやらない方がいいという気持ちになっていました。俳優をやっている限り、どうやってもフェアにはならない。そういう心境でした。

──監督業への想いが再燃した理由は?

大きなきっかけを作ってくれたのは、クリス(クリストファー・ドイル)でした。彼が監督した作品(『宵闇真珠』)に呼ばれて、1ヶ月ほど現場を共にしました。脚本に固執する事なく、即興的にその場で広げていく彼らの作り方は、まるで学生時代に戻ったような気持ちになり、自分の中にくすぶっていた創作意欲が日を増すごとに膨れて行くような感覚でした。ある日クリスから「何で監督をやらないんだ。お前が監督するなら俺がカメラをやるから」と言われたんです。「そう言えば何で諦めたんだっけ……?」という気持ちになり(笑)、クリスと何か面白い事をやりたいと思うようになりました。クリスに撮ってもらうなら、どういう作品がいいか? いくつか書き溜めていた脚本の中からこの作品を選びました。クリスなら美しい日本を切り取ってくれるはずだと思ったからです。彼の独特な色彩感覚や構図によって、ただ美しいだけではない世界観が出来上がると信じていました。

映画『ある船頭の話』 © 2019「ある船頭の話」製作委員会
映画『ある船頭の話』オダギリ監督とクリストファー・ドイル © 2019「ある船頭の話」製作委員会

──撮影前に意識していたことは?

今までの経験上、自分で書いた脚本を映像にするのは簡単なことではありません。脚本を書く時は、読み手の想像力に助けてもらいますから、ある意味自由に好きな事を文字にできます。ただ、それを映像化するとなると、そう上手くは行きません。例えば、「暖かい風が2人を優しく包み込んだ」と文字にするのは簡単ですが、どうやって風の暖かさを伝えるのか、優しく包むって何なんだ? などなど、いちいち引っかかってくるんです。文字の力で成立させていた事柄にあまり固執し過ぎると、映像の可能性を狭めたり、つまらない映画になると思ったのでその辺りは柔軟なバランスを考えました。

クリスは絶対的に僕の意見を尊重してくれていました。僕のカット割りをベースに、クリスの観点から色々なアイデアや違う切り口を提案してくれるという進め方でした。「お前は俳優の演技やアートの部分を考えろ。それを実現させるために、技術的な面を俺たちが考えるから」と心強い言葉をくれていました。クリスのお陰でこの作品は確かな方向性を掴んで行きました。

映画『ある船頭の話』 © 2019「ある船頭の話」製作委員会
映画『ある船頭の話』 © 2019「ある船頭の話」製作委員会

スタッフィングについて

──撮影のドイルさんの他にも衣装にワダエミさん、音楽にティグラン・ハマシアンさんなど、スタッフの顔ぶれが豪華です。

人生に一度あるかどうかの機会だったので、妥協のないチームにしたいと思っていました。ワダエミさんは、中国映画(『ウォーリアー&ウルフ』ティエン・チュアンチュアン監督)の時に非常にお世話になったんです。マネージャーも付けず1人で中国に乗り込んでいた僕に、日本食を作ってくれたり、身内のように可愛がって頂きました。この作品は敢えて時代も場所も描いていません。日本のどこかでありながら、もしかしたら日本でないのかも知れない。明治時代とも思えるし、現代にも当てはまる。観る方に自由に受け取ってもらいたかったんです。その為、衣装はとても重要な要素になると思っていました。和服もあり、洋服もあり、かつアジア的な民族性を入れ込みたかったですし、色使いの事も考えると、エミさんしかいないと思いました。村の人間と町の人間の差、流れ着く少女は全く違う文化を感じさせる雰囲気……など、僕のイメージを話しながら、何度もエミさんのご自宅に伺い、お互いのアイデアを深めるといったやりとりを続けました。

──ハマシアンさんとのコラボレーションは?

もともと日本の文化に興味があり、日本の古い映画が好きな方ではあるのですが、この脚本をとにかく気に入ってくれていました。初対面はアルメニアでしたが、20時間しか滞在時間のない僕たちを出来る限りもてなそうとしてくれ、その誠実で真面目な人間性にすぐさま魅了されました。次に会ったのは彼の日本での公演の際で、その時には夏編の編集素材を見せながら、方向性を話し合いました。でもその時には既に、彼の人間性や音楽そのものを信頼していたので、基本的には彼の直感に任せて好きなように作ってみて欲しい、と言う大まかな提案だけだったと思います。

その後送られて来た3曲のデモ素材を僕の方で分割し、それぞれのシークエンスに合わせて映像に貼りながら、ここをもう少しこうして欲しい、と言うようなことをスカイプで打ち合わせしていました。毎回2時間を超えるスカイプ会議を重ねていましたが、曲によっては始まるタイミングや、曲のテンポ、何秒何コマ目にピアノを入れて、その後何秒後から盛り上げる要素を足して欲しい、と言うような細かなやり取りになって行きました。それに応えてティグランが用意してくれたデモの曲は、既に十分な完成度でしたが、それをもとに2019年2月にロサンゼルスにて1週間レコーディングを行いました。

僕自身音楽を作るので、レコーディング作業はある程度予想できましたが、それは予想を見事に裏切るものでした。デモに入っていたピアノはもちろん、弦楽器や口笛、歌声まで全て、ティグラン1人でひとつずつ重ねていったのです。妥協なき作業の中、僕の要求に丁寧に応えてくれたり、時には2人で悩みながらベストな答えを探していく作業は本当に有意義なものでした。ジャズのミュージシャンはやはり即興性を大切にするから、普段はあまりテイクを重ねないそうなんですが、今回は何十テイクもリクエストし続けた部分もありました。ティグランは嫌な顔もせず、僕が納得するまで続けてくれ、この映画のために全力を尽くしてくれました。レコーディングは短い時間でしたが、僕とティグランの間にはまるで戦友のような絆が生まれていました。ティグランの奥さんからこんな話を聞きました。「彼は本当に悩みながら、作曲していました。何十回も映像を繰り返し見ていました」。彼は最後まで誠実に真面目に、この作品に向き合ってくれていました。

映画『ある船頭の話』 © 2019「ある船頭の話」製作委員会
映画『ある船頭の話』 © 2019「ある船頭の話」製作委員会

キャスティング、演出について

──主演の柄本明さんについて聞かせてください。

監督として甘えが生まれる現場にはしたくなかったので、いつまでも緊張感を持ち続けられる相手じゃなきゃダメだと思っていました。柄本さんとは何度も共演していますが、心を許してくれている感じがなく、僕はそこが好きだったんです。柄本さんは簡単に言うことを聞いてくれる人ではないだろうし、僕の内面まで見通してくるに違いない。一切の甘えを許さない状況が生まれるのは柄本さんだろう、と結論に至りました。柄本さんが持つ独特のねじれとか、何を考えているのか分からない怖さみたいなものがトイチから滲み出ることになり、それがキャラクターの奥深さにつながることを期待しました。

──俳優への演出はどうだったんでしょうか?

同業者だからこそわかることが沢山あるので、それぞれの俳優に合わせて演出も違っていたと思います。柄本さんには表面的な演出はそんなにお願いしなかったと思いますが、現場の暑さや、岩場の厳しさ、河や舟を扱う難しさなどが演出につながっていたと思います。虹郎くんに対しては笑いを作る役どころでもあったので、セリフの言い回しやニュアンスなど、結構細かくアドバイスさせてもらいました。川島鈴遥さんの場合は芝居のレッスンから始めて、川島さんの持っている素晴らしい能力を最大限出せるように現場でも導いていったつもりです。

ただ、一方で同業者だからこそ今何を考えているかも分かるので、その辺りは難しい部分でもありました。きっとこれで終わりたいと思ってるだろうけど、「もう一回」とお願いする時などは気を使いましたね(苦笑)。

──その他のこの豪華なキャスト陣はどのように決めましたか?

俳優として信頼できる方々というのはもちろんですが、役の大小や、ビジネス的なものに縛られない粋な人たちなのは確かですよね(笑)。自分が映画を観る時もそうなんですが、こんなところにこの人が出てる!って言うサプライズが嬉しいので、そういった遊びに付き合ってもらえる方々にお声がけしました。

映画『ある船頭の話』 © 2019「ある船頭の話」製作委員会
映画『ある船頭の話』 © 2019「ある船頭の話」製作委員会

映画への想い

──撮影現場で苦労したことは?

大げさかもしれませんが、全てでしたね。撮影で思い通りに行ったことの方が少ないと思います。インして最初の1週間で口内炎が20個近くできて、何も食べられなくなりました。ゼリーやスープしか口にできない状況で、いきなり5キロ以上体重が落ちました。よく「監督って楽しいでしょう?」と聞かれることがあったのですが、とんでもない(苦笑)。ストレスや、プレッシャーもありますし、脚本をどうにか成立させるために、日々頭を抱えることばかりでした。スタッフの皆さんが助けてくれるから乗り越えられましたが、一人きりだと気が狂うような作業でしたね。

──新潟でのロケ撮影は?

最初にロケハンで見た瞬間に、強い印象を受けた場所でした。ゴツゴツとした岩場はまるで火星のようで、日本ではないような印象でした。その景色を目にすると、誰もが『ここで生活するのは容易なことではない』と思うような場所ですし、トイチの人生に思いを馳せることに繋がる気がして、この場所に決定しました。今回は「自然と人間の関わり」ということも重要なテーマのひとつだと考えていたので、自然の中に身を委ねることも必要だと思っていました。気候も温度も環境も何もかもが厳しい相手でしたが、その厳しさや人間との関わりを強く印象付けることが出来たのではないかと思います。

映画『ある船頭の話』 © 2019「ある船頭の話」製作委員会
映画『ある船頭の話』 © 2019「ある船頭の話」製作委員会

──冒頭は時間をかけてゆったりと描いています。かなり挑戦的です。

「映画は時間の芸術だ」という言葉を聞いたことがありますが、この作品も時間の流れ方には注意しました。我々が暮らす現代は、この話が設定されている明治時代に比べると大きく様変わりしています。それは時間の感覚もそうなのではないでしょうか。全てが慌ただしく過ぎる現代とは違って、自然の中に流れる時間に逆らう事なく過ごしていたのではないか、という思いがありました。今の映画の傾向や流行りとは逆行していることは分かっていますが、テンポやスピード感で見せていく作品ではないですし、むしろ今の時代だからこそ、この時間の流れ方が贅沢で、かけがえのないものだと感じてもらえれば嬉しいと思っていました。この映画の根本的な姿勢を示したつもりです。真摯にこの映画のあるべき姿を考えた結果だと思って頂けると幸いです。

(オフィシャル・インタビューより)



オダギリジョー

1976年2月16日生まれ、岡山県出身。03年、第56回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品された黒沢清監督の『アカルイミライ』で映画初主演を果たす。以降、『あずみ』(03年/北村龍平監督)、『血と骨』(04年/崔洋一監督)、『ゆれる』(06年/西川美和監督)、『東京タワー~オカンとボクと、時々、オトン~』(07/松岡錠司監督)、『舟を編む』(13年/石井裕也監督)などで数々の俳優賞を受賞。海外作品に『悲夢』(09年/キム・ギドク監督)、『PLASTIC CITY プラスティック・シティ』(09年/ユー・リクウァイ監督)、『マイウェイ 12,000キロの真実』(12年/カン・ジェギュ監督)、『宵闇真珠』(18年/ジェニー・シュン、クリストファー・ドイル共同監督)、『サタデー・フィクション』(20年日本公開/ロウ・イエ監督)など。近年の出演作は『オーバー・フェンス』(16年/山下敦弘監督)、『湯を沸かすほどの熱い愛』(16年/中野量太監督)、『エルネスト』(17年/阪本順治監督)、『ルームロンダリング』(18年/片桐健滋監督)など。これまでの監督作は『バナナの皮』、『フェアリー・イン・メソッド』(ともに自主制作短編)、第38回ロッテルダム国際映画祭招待作品『さくらな人たち』(09年/中編)。テレビ朝日の連続ドラマ「帰ってきた時効警察」(07年)第8話では脚本、監督、主演の3役を務めた。本作が初の長編監督作となる。




映画『ある船頭の話』 © 2019「ある船頭の話」製作委員会

映画『ある船頭の話』
9月13日(金)新宿武蔵野館ほか全国ロードショー

脚本・監督:オダギリ ジョー
出演:柄本明、川島鈴遥、村上虹郎
伊原剛志、浅野忠信、村上淳、蒼井優
笹野高史、草笛光子/細野晴臣、永瀬正敏、橋爪功
撮影監督:クリストファー・ドイル
衣装デザイン:ワダエミ
音楽:ティグラン・ハマシアン
配給:キノフィルムズ/木下グループ
2019年/137分/日本

公式サイト


▼映画『ある船頭の話』予告編

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