骰子の眼

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2019-11-14 12:29


『i-新聞記者ドキュメント-』が"望月衣塑子vs政権"でなく"森達也vs望月衣塑子"である理由

河村光康プロデューサーが綴る、この映画が“私たち一人ひとり”に突きつけるもの
『i-新聞記者ドキュメント-』が"望月衣塑子vs政権"でなく"森達也vs望月衣塑子"である理由

森達也監督が東京新聞社会部記者・望月衣塑子を追ったドキュメンタリー映画『i-新聞記者ドキュメント-』が11月15日(金)より公開。webDICEでは編集長の浅井隆によるレビュー、そしてこの作品のプロデュースを手掛けた河村光康プロデューサーによる原稿を掲載する。この原稿は朝日新聞社のメディア論座に【助成金不交付~官僚とメデイアに広がる同調圧力】【「i-新聞記者ドキュメント-」が問うこと】として掲載されたものの転載である。この原稿で河村プロデューサーは、プロデュース作品『宮本から君へ』の助成金不交付問題をきっかけに、社会の同調圧力に対抗するメディアの意義、そして日本人が考えるべきことについて綴っている。

『i-新聞記者ドキュメント-』公式サイトには、タイトルの上に「森達也 vs 望月衣塑子」と大きく書かれている。
あれっ、「望月衣塑子 vs 政権」ではないのだと不思議に思いながら試写を観た。
公式サイトの二人の対決を煽るコピーに乗っかることにしよう。
まず、森監督と望月記者は何を勝負しているのか。望月記者はキャリーバッグをゴロゴロ引っ張りながら、記者会見場から、沖縄の弾薬庫の現場まで、ズカズカと進んでいく。一方、望月記者の後ろからカメラでを持って追いかける森監督は、記者クラブが仕切る会見場はもちろん、国会前の公道でさえ警官に制止され自由に撮影を行うことはできない。映画の中の菅官房長官に望月記者が質問する映像は内閣府のホームページで誰もが見られるアーカイブ映像だ。
カメラで権力を追い詰める、ペンで権力を追い詰めるのが勝負だとしたら、圧倒的に望月記者の勝ちだ。
ただ、その森監督の負けっぷり、ようするに報道規制が今の日本を映し出す。これは製作陣のかなりの戦術とみた。ドキュメンタリー監督としては不甲斐ない負けぶりを晒してでも、この映画の観客に今の日本のメディアの現状を訴えたかったのだと思う。
でも、これまで森監督の映画を観てきた観客としては、現政権に切り込むドキュメンタリー映画を観たかったのも本音である。いや、映画にそんなカタルシスを求めず、自ら動けというのがメッセージか。

文/浅井隆


映画『宮本から君へ』の助成金不交付の意味

独立行政法人日本芸術文化振興会(以下「芸文振」)が、去る7月10日、映画『宮本から君へ』への助成金を「公益性の観点から適当でない」との理由で内定取り消し不交付にした問題について、同法人を所轄する文化庁が、10月30日に「助成金不交付は適切だった」との「見解」を示しました。

文化庁の見解はあっさりとしたものですが、それがもたらす「意味」は極めて重いと言えるでしょう。

河村プロデューサー
東京国際映画祭より、河村光康プロデューサー

今、世界の多くの文化助成を行う国々では、文化助成の対象に公的価値を認め、それに対して公金が使われる為、第三者である専門家(第三者委員会)に助成すべき対象の選別を委ねています。公的権力が文化芸術の評価とは無関係な理由で助成対象の選別に介入する危険を防ぐためです。

また助成金は、公金であるが故に、その決定から運用は政治家やその指揮監督を受ける官僚から独立した組織で行われています。

日本もそれに倣い、官僚組織たる文化庁から距離を置き、独立した組織として独立行政法人の芸文振が助成金の取りまとめを行っているのです。

映画『i -新聞記者ドキュメント-』©2019「i -新聞記者ドキュメント-」製作委員会
映画『i-新聞記者ドキュメント-』©2019「i -新聞記者ドキュメント-」製作委員会

しかし、今回の文化庁の「見解」は独立行政法人とは名ばかりで、公的権力の文化庁と芸文振は一体であることを自ら表明し、公的権力が文化助成への介入を宣言したようなものなのです。いとも簡単にです。

『宮本から君へ』の助成金内定取り消し不交付の理由やそれに対する文化庁の見解は、文化芸術の軽視であり、その事が「表現の自由」をめぐり憲法に違反する恐れのあることに対して、あまりにも無自覚で無責任と言わざるを得ません。

つまり、今後は「行政権力」そのものが、「公益性」という拡大解釈がいくらでも可能な概念を基準に、助成金を取り消せるようになり、結果、「表現の自由」の委縮効果に繋がることは明白です。

恐らく、官僚の人たちは官邸のトップや官邸官僚も含め、「憲法」は「法律」の親分というふうにしか見ていないのでしょう。国民の為に国民の代理として為政者(政治家)を監視するもので、法律のように政治家の都合で勝手に変えては絶対にいけないという認識など持ちあわせていないのでしょう。

映画『i -新聞記者ドキュメント-』©2019「i -新聞記者ドキュメント-」製作委員会
映画『i-新聞記者ドキュメント-』©2019「i -新聞記者ドキュメント-」製作委員会

今回のように官僚が違憲と思われるようなことを平気で行うことは断じて見過ごすことはできないのです。

しかし、この一連の決定の判断に官邸権力の介入が直接あったのでしょうか?

一部メディアでは、6月末に公開された私のプロデュース作品である映画『新聞記者』のヒットに対して、それを気に入らない官邸が直接的圧力を加え、助成金の内定取り消しに繋がったと見る向きがありますが、私はそのようには受け止めていません。

実際に『新聞記者』も今月公開の『i-新聞記者ドキュメント-』も制作中に政治的な圧力がかかったということはなく、『宮本から君へ』も同様です。

そこには、もって恐るべき「暗雲」が巨大怪物のように横たわっているのです。

官邸の一極支配は、私たちが持つ「群れる」「空気を読む」という極めて日本的気質を巧みに利用し、「同調圧力」「忖度」のムードを霞が関とそれを取り巻くメディアに蔓延させ、日本の社会全体、私たち一人ひとりにもいつの間にか浸透させていたのです。

本件も官僚が見えない権力の意向を忖度し、勝手に自主規制をしているだけかもしれないのです。そのことは権力者の直接的な専横より、もっともっと危ない状況であることは歴史が証明しているといえるでしょう。

最近ではモリカケ問題に関しての官僚の公文書改ざん、古くは戦前の日本における軍の暴走、ナチスのユダヤ人虐殺など、現れた事象は違いますが、その構図はよく似ているのです。

映画『i -新聞記者ドキュメント-』©2019「i -新聞記者ドキュメント-」製作委員会
映画『i-新聞記者ドキュメント-』©2019「i -新聞記者ドキュメント-」製作委員会

命令されたわけではないのに上層部の意向を忖度し、それがどんどん下部に広がり、より過度な自主規制、過激な暴走へと繋がっていく。そして同調圧力が個と個を分断して対立へと追いやり、最終的には社会全体が不寛容になって自由が失われてしまう。

世の中が危険な方向へ一気に突っ走って行くときのメカニズムです。

日本が多様性や個人を尊重する社会になるのか、それとも横並びで不自由な同調圧力社会になるのか。今、その正念場にあります。

11月15日に公開される私のプロデュース作品、森達也監督の『i-新聞記者ドキュメント-』は、そのことを問いかけています。ぜひ皆様にはこの映画に心をお寄せ下さい。

このような映画が広く観客に受け入れられなければ、「空気を読むことが是」とされる社会に、物申す表現者は孤立しいずれ黙殺されることになるでしょう。

同調圧力に抗し、民主主義をカタチだけにせず、映画の「表現の自由」を守るため、皆様の力をぜひともお貸し下さい。

森達也監督望月衣塑子記者
東京国際映画祭より、森達也監督と望月衣塑子記者

『i-新聞記者ドキュメント-』が問うこと

10月14日、私は映画『新聞記者』のプロモーションの為、藤井道人監督と共に韓国に赴いた。到着日の夜に行われた一般試写会は熱狂的に受け止められ、SNSは絶賛の嵐、翌朝の記者会見には100人を超す報道陣が集まった。この作品に対する韓国での高い注目度を実感し、「映画」が日韓関係の悪化を乗り越えることになるのでは、と期待が膨らんだ。

10月17日、韓国全土153スクリーンで公開された。しかし、興行成績はふるわなかった。政治的対立が「文化」にここまで影響を与えていたのだ。

10月18日、私のプロデュース作品、映画『宮本から君へ』に対して、日本芸術文化振興会が、出演者ピエール瀧が麻薬取締法違反の有罪判決を受けたことは「公益性の観点から不適当」であるとして助成金を不交付したことを、朝日新聞はじめ、複数のメディアが報じた。

映画『i -新聞記者ドキュメント-』©2019「i -新聞記者ドキュメント-」製作委員会
映画『i-新聞記者ドキュメント-』©2019「i -新聞記者ドキュメント-」製作委員会

既に不交付通知書を受けた時点で、私は「公益性の有無」という曖昧かつ不明確な不交付理由に納得がいかず、その根拠と経緯の詳細を広く公にすることを要請した。しかし、未だそれがなされていない。

また、驚くべきは、不交付理由となった助成金交付要綱第8条に、「公益性の観点から適当かどうか」の一文が付け加えられたのは9月27日である。何とこちらにその理由が記された不交付通知書が届いた7月10日その時点では、その一文は存在していなかったのだ。

「表現の自由」への違憲行為、政治の文化芸術への介入になりかねない由々しき事態だ。

映画『i -新聞記者ドキュメント-』©2019「i -新聞記者ドキュメント-」製作委員会
映画『i -新聞記者ドキュメント-』©2019「i -新聞記者ドキュメント-」製作委員会

2019年10月に以上の出来事が立て続けに私を直撃した。
今、メディアはかつて経験したことのない最大の危機に瀕している。

社会全体に暗雲のように立ち込める「同調圧力」。それに呼応するように機能不全に陥る「権力の監視役」たるメディアを官邸権力は抱え込み、巧妙に世論を騙し、封じ込め、一極独裁支配を暴走させてきた。

本作『i-新聞記者ドキュメント-』はそのメディアの真っ只中にいながら、官邸に立ち向かう望月衣塑子の闘う姿を追った。結果として官邸の前に立ち塞がり、「国民の知る権利」を自ら妨げている官邸記者会の有り様が映し出されることとなった。

社会や人間の暗部に独特の方法で切り込む映像作家、森達也の腕の見せどころだ。

10月、韓国で公開された映画『新聞記者』が不振であったことは、文化に対する国民感情は政権の政策とは別のものであるという私の希望的観測を打ちのめした。

「日韓対立」を増長させ、嫌韓ムードあるいは反日ムードをあおったのはメディアであろう。その影響力は大きく、その責任は極めて重いと言わざるを得ない。

映画『i -新聞記者ドキュメント-』©2019「i -新聞記者ドキュメント-」製作委員会
映画『i-新聞記者ドキュメント-』©2019「i -新聞記者ドキュメント-」製作委員会

この映画は言論の自由、報道の自由が平気で踏みにじられている現実を描いているが、10月18日に報道された芸文振の助成金不交付の件は、「憲法が保障する表現の自由」を損なったという異議申し立てで済まされる問題ではなさそうだ。

官邸の一極支配で引き起こされた同調圧力、忖度によって官公庁全体が「国民のため」という行政の本来の役割を見失い、本件が違憲か否かの判断さえもちえない。官僚が役割に無自覚で、責任を取らない、いや、誰も取れないという責任の有り様が宙に浮いた危険な事態に陥っている。

私たちは空洞化した行政という実態のない幻影を相手にしているのかもしれない。

しかし果たして官邸、官僚、メディアだけが醜悪なのか。そうではないだろうと森達也は私たち一人ひとりにも突きつける。

i=「一人称、私」は集団にのみ込まれずに生きているのか。声を発しているのか。

この映画はそのことを問うているのだ。

(文/河村光康)



映画『i -新聞記者ドキュメント-』©2019「i -新聞記者ドキュメント-」製作委員会
映画『i-新聞記者ドキュメント-』©2019「i -新聞記者ドキュメント-」製作委員会

映画『i-新聞記者ドキュメント-』
11月15日(金)より、全国ロードショー

企画・製作:河村光康
エクゼクティヴ・プロデューサー:河村光康
監督:森達也
出演:望月衣塑子
制作・配給:スターサンズ
2019年/日本/113分/カラー/ビスタ/ステレオ

公式サイト


▼映画『i-新聞記者ドキュメント-』予告編

キーワード:

森達也 / 河村光康 / 望月衣塑子


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