骰子の眼

cinema

2019-11-28 18:48


ジャック・マイヨールの人生で、なくてはならない場所だった日本

映画『ドルフィン・マン~ジャック・マイヨール、蒼く深い海へ』監督インタビュー
ジャック・マイヨールの人生で、なくてはならない場所だった日本
映画『ドルフィン・マン~ジャック・マイヨール、蒼く深い海へ』より

映画『グラン・ブルー』のモデルとなった伝説の素潜りダイバー、ジャック・マイヨールの生涯を追ったドキュメンタリー映画『ドルフィン・マン~ジャック・マイヨール、蒼く深い海へ』が、2019年11月29日(金)より新宿ピカデリー、アップリンク渋谷、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開される。

本作は、フリーダイビングにヨガや禅のテクニックを持ち込むという革命をもらたらし、驚異的な記録を残しながらも、74歳で自ら命を絶ったジャック・マイヨールの波瀾に富んだ生涯を、実子や友人、仕事仲間、彼に影響を受けた現役トップ・ダイバーなどの証言から紐解いていく。

マイヨールは幼少期から日本と縁が深く、本作には彼と親交のあった日本人数名もインタビューで登場する。「日本での取材を通して欠けていたものが埋まり、マイヨールについての理解が深まった」と語るレフトリス・ハリートス監督のインタビューを以下に掲載する。

映画『ドルフィン・マン~ジャック・マイヨール、蒼く深い海へ』のレフトリス・ハリートス監督
映画『ドルフィン・マン~ジャック・マイヨール、蒼く深い海へ』のレフトリス・ハリートス監督

『グラン・ブルー』の主人公ではない、生身のジャック・マイヨールを見せたかった

──本作を撮ることになった経緯を教えて下さい。

当初は、ギリシャの伝統的な海綿漁をしているスポンジダイバーのドキュメンタリーを撮ろうと考えていたのですが、資金的な問題で実現しませんでした。海綿漁を調べていくうちに、ジャック・マイヨールの名前が浮上しました。マイヨールはスポンジダイバーたちと交流を持っていました。そこで、彼に焦点を当てようという話になっていきました。マイヨールは世界的に有名な人物ですが、生前に撮られた映像はたくさんあっても、死後に作られたものはありませんでした。それで、彼のフィルムを作るのにちょうどいいタイミングなのではないかと思ったのです。

──ジャック・マイヨールのどこに魅かれましたか?

マイヨールは、自分がもっとも愛したダイビングで世界を旅しながら、海とイルカの命に自らを捧げ、人生をめいっぱい生きた人物でした。深海にもぐれば、人間の身体について全てを知ることができると、彼は発見したのです。海に囲まれて育ったギリシャ出身の私にとって、 “海”は大きなひらめきになりました。それと、やはり1つの物事に一生を捧げるというマイヨールの生き方から、インスピレーションを得ました。彼はエコロジーを最初に語った人物の一人でもありますし。ただし、同時に、型破りな有名人にありがちですが、彼は強いエゴの持ち主で、女好きで、フリーダイビングを始めるまで放浪生活を送っていたような、私生活で非常に問題のある人でした。つまり、誰しもがそうであるように、さまざまな顔を持つ複雑な人間だったわけです。しかし彼のポジティブな側面は、寓話にしておくよりもよっぽど素晴らしいものですから、この映画で本当の彼を発見しようと思いました。

映画『ドルフィン・マン~ジャック・マイヨール、蒼く深い海へ』より
映画『ドルフィン・マン~ジャック・マイヨール、蒼く深い海へ』より

──『グラン・ブルー』でジャック・マイヨールを演じたジャン=マルク・バールは、本作を観てどのような感想を持ったのでしょうか。

撮影で世界各地のジャック・マイヨールの知り合いにインタビューをしましたが、彼らの多くが「実際のジャックは、『グラン・ブルー』で描かれていたジャックとは違う」と話しました。初めてジャン=マルク・バールに会ったときも、「僕が『グラン・ブルー』演じたジャック・マイヨールは、本人とはかけ離れている」と言っていました。これは『グラン・ブルー』で語られなかった大きな秘密ではないかと思いました。同時に、マイヨール自身も『グラン・ブルー』を観て傷ついていたと、撮影を進めていくうちに知りました。だから、生身のジャック・マイヨールがどんな人物だったのかを、この映画で見せられたことを嬉しく思っています。ジャン=マルクに完成した映画を観てもらった後、彼からメールで「この映画を気に入っている。なぜなら、初めて正しくジャック・マイヨールのことを語ってくれたから」と伝えてくれました。

──本作の撮影で訪れた国や地域の中で、特に印象に残っている場所はありますか?

この映画の撮影の旅路は、あまりに冒険に満ちていたので絞るのは難しいです。マイヨールの足跡をたどって、アメリカ、バハマ、イタリア、フランス、日本、インド、ギリシャを回りました。そうすることによって、世界中を旅した彼の心境や海への情熱が理解できたことも大きかったです。撮影の多くは海で行いました。本作はいわば、海の映画ですね。娘のドッティ・マイヨールの取材は、私の人生の中でもっとも感動したインタビューの一つになりました。それと、バハマのディーンズ・ブルーホールで行なったウィリアム・トゥルブリッジの撮影も印象深いです。

映画『ドルフィン・マン~ジャック・マイヨール、蒼く深い海へ』より
映画『ドルフィン・マン~ジャック・マイヨール、蒼く深い海へ』より

そして、マイヨールの親友だった成田均さんの日本での取材も忘れられません。やはりマイヨールの人生を語る上で、日本はなくてはならない場所だったのです。彼は日本を訪れてからというもの、ポジティブな側面が多く見られるようになりました。日本という国が彼をそうさせたのかもしれません。私も日本を訪れて多くの人たちと接する中で、他の国ではあまり感じなかった、他者への敬意というものを強く感じました。成田さんと高砂さんのお二人に会えたおかげで、この映画はずいぶん違うものになりました。ジャックは自ら命を絶ちましたが、日本と西洋とでは、自死の捉え方が違います。西洋では恥ずかしいことと捉えられがちですが、日本では個人の尊厳という考え方もあります。日本にいたマイヨールは、そう感じるところもあったのかもしれません。日本での取材を通して、欠けていたものが埋まり、マイヨールについての理解がより深まったと思います。

──この映画に込めたメッセージを教えてください。

本作には、私個人のメッセージは入れないよう心がけました。そのため、映画をまとめるのに非常に苦労したのですが、観た人が何を考えるかは、受け取り方によって違っていいと思うのです。いろんな要素が入った映画なので、娯楽作品としておもしろかったという人もいるでしょうし、人と自然との関わりについて考える人もいるでしょう。一般の人とフリーダイバーとでは、受け取り方が大きく違うかもしれませんし、国によっても異なると思います。実際に、これまでに多くの国で上映してきましたが、反応はさまざまでした。私自身の本作の捉え方は、“海”と“死”です。 “死”と言うと、皆さんに観ていただけないかもしれないので、表向きには海にフォーカスしています。“死” にはネガティブな意味だけではなく、ポジティブな意味もあると思うのです。ただし、私の個人的なメッセージは前面に出さず、ジャック・マイヨールという人の物語を客観的に伝える中で、観る人が何を感じるかが大事だと思っています。

1director Lefteris Charitos with Umberto Pelizzari at Y 40 pool in Padova Italy
映画『ドルフィン・マン~ジャック・マイヨール、蒼く深い海へ』撮影中のハリートス監督

レフトリス・ハリートス LEFTERIS CHARITOS

1969年10月18日、ギリシャ生まれ。ロンドンのロイヤル・カレッジ・オブ・アートで映画を学ぶ。これまでに制作したギリシャのテレビ番組の中には、高い評価を受けた歴史ドキュメンタリー『1821』や『The Journey of Food』がある。またフィリッポス・ツィトスとの共同でフィクションのクライム・シリーズ『Zone Defense』を監督した。本作は初の長編ドキュメンタリー作品である。監督業の傍ら、アテネのSAEクリエイティブ・メディア・カレッジでデジタル映画製作コーディネーターを務めている。


映画『ドルフィン・マン~ジャック・マイヨール、蒼く深い海へ』

『ドルフィン・マン~ジャック・マイヨール、蒼く深い海へ』
2019年11月29日(金)より、新宿ピカデリー、アップリンク渋谷、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開

監督:レフトリス・ハリートス
出演:ジャック・マイヨール、ジャン=マルク・バール、ドッティ・マイヨール、ジャン=ジャック・マイヨール、成田均、高砂淳二、ウィリアム・トゥルブリッジ ほか
ナレーション:ジャン=マルク・バール
製作・提供:WOWOW
配給・宣伝:アップリンク
2017年/ギリシャ、フランス、日本、カナダ/78分/カラー、モノクロ
映画公式サイト

(c)2017 ANEMON PRODUCTIONS/LES FILMS DU BALIBARI/GREEK FILM CENTRE/IMPLEO INC./STORYLINE ENTERTAINMENT/WOWOW
写真:Mayol family archive/Daniele Padovan/Daan Verhoeven/Junji Takasago/Mehgan Heaney-Grier/Bruno Rizzato

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