骰子の眼

cinema

神奈川県 横浜市

2008-09-12 13:32


『チベットまつり2008』イベントレポート:トークゲストは小林よしのり氏、ペマ・ギャルポ氏、キム・スンヨン監督

黄金町シネマ・ジャック&ベティで行われた『チベットまつり2008』のイベントレポート。北京オリンピックが終わっても、チベット問題は終わらない!
『チベットまつり2008』イベントレポート:トークゲストは小林よしのり氏、ペマ・ギャルポ氏、キム・スンヨン監督
写真:左からキム・スンヨン監督、ペマ・ギャルポ氏、小林よしのり氏

去る8月29日(金)、ゲリラ豪雨が危ぶまれる中、横浜唯一のミニシアター、黄金町の「シネマ・ジャック&ベティ」に120人もの人々が詰め掛けた。
北京五輪によりチベット問題がメディアを騒がしている昨今、在日コリアン3世の監督が撮ったノンフィクションロードムービー『チベットチベット』が注目を集めている。この日、映画の上映に伴い、漫画家・小林よしのり氏、国際政治学者・ペマ・ギャルポ氏、そして『チベットチベット』監督のキム・スンヨン氏によるトークイベントが開催された。


民族とは何なのか、宗教とは何なのか、国とは何なのか

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『チベットチベット』は在日コリアン3世であるキム・スンヨン監督のアイデンティティ問題を折り重ねながら、中国のチベット政策に疑問を投げかける異色のドキュメンタリーである。映画上映前、キム監督は会場のお客さんに向けてこう語った。『2年間世界一周の旅に出て、そこでチベット問題を知りました。今の世の中にはこういう酷い問題は全部なくなっていて、歴史の教科書に載っているものだと思い込んでいたから、今現在僕と同じ年代の人たちが拷問されている、それを知った時のショックはすごかった。何がショックかっていうと、僕がこの事実を知らないことが一番ショックだった。僕にできることは、ビデオカメラを持って、チベット問題を撮り、日本に帰ってこの映画を上映し、皆にチベットの問題を知ってもらうことです』


上映終了後、めったにトークイベントに出演することはないといわれる小林よしのり氏、数日前までダライ・ラマ法王に付き添いフランスを訪れていたというペマ・ギャルポ氏を迎え、いまチベットを語るのにもっともふさわしい三人による熱いトークセッションが繰り広げられた。

まず、聖火ランナーへの妨害が世界中で報道され、チベット問題への認識が拡がるきっかけとなった北京五輪について、キム・スンヨン監督は『今回のオリンピックが一番大きな契機になると思うんです。巨大な国・中国には巨大な闇があって、その外からいくら叩いても開かなかった闇の部分に、自分たちの国の内側から光を当てる時がくる。それが中国人の意識が開かれていくっていうことなんだと思います。それには10年くらいかかるかもしれませんが、オリンピックがその一番の契機となり、チベットに明るい未来がくるんじゃないかと思っています』と述べた。

さらに、小林よしのり氏はこの夏、北京五輪に対して“ひとりボイコット”をしていたという。どのテレビ局でもオリンピックを取り上げる中、見ないようにするのが大変だったとか。しかし一方で、数十年も前から問題になっているチベット問題が今やっと世界への認識を拡げたことも事実だ。『そういう意味では今回のオリンピックを中国がやってくれたおかげで、見事に自国の暗部を天下にさらすことになってしまった。これで聖火を妨害してくださる聖なる皆様に対して感謝と応援をしていたわけで、わし自ら行きたいくらいでした。だから、ダライ・ラマの「聖火ランナーの妨害は暴力であり、やめなさい」という発言でジレンマに陥ってしまうんですね。ダライ・ラマのやり方として非暴力を通す、それを言い続けるのには意味があると思っています。ダライ・ラマがチベットから亡命して、世界中にチベット問題を広めてくれたという、彼のすごさは知っている。知っていながらやっぱり(ダライ・ラマの選択は)独立じゃないのか、とね』と小林氏は疑問を語る。

「独立ではなく高度な自治を」と唱えるダライ・ラマ法王。15年間ダライ・ラマ法王事務所の代表(法王日本駐在連絡官、同日本代表部事務所担当初代代表)を務めていたペマ・ギャルポ氏は言う『根本的には人々が幸せになれるか、なれないかということです。僕は独立か、しないかではなく、それは中国の政策しだいだと思う。ヨーロッパの場合1990年代から今日にかけて、どんな小さい民族でも民族自決権のもとに独立したり、あるいは独立していた国々はEUのように自国の主権の一部を譲歩して集合体を作った。だから、独立することがすべて幸せになるとか、民族が違うから独立するべきだとチベット人が主張しているのではなくて、“それぞれの民族がその価値観に基づいて、どうやったら幸せになれるか”が本当の問題です。ダライ・ラマ法王にしても、「中国人にも幸せになる権利があるし、幸せになるべきだ。但し、中国人の幸せのためにチベット人が一方的に犠牲になれっていうのであれば、納得いかない」と言っている。チベットにおいては中国が一方的に価値観を押し付けている。私たちは何世代も前からきちんとした歴史と文化、そして高度な文明をもった民族だった。今私たちが戦っているのは民族対民族といった人種的なものより、価値観の問題だと思う』

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では、中国人はチベット問題をどう捉えているのだろう。キム・スンヨン監督は『中国人の中にも平和になってほしいと願う人たちは、たくさんいると思うんですよ。その人たちに「チベットチベット」を見てもらいたいですよね。中国は海賊版が横行している国じゃないですか、その流通にこの映画が載らないかなと思っているんです』と会場の笑いを誘った。そして、やはり小林よしのり氏が言うように『中国の外にいる人たちはこの状況を知っているのに、中にいる人たちが知らない。中に伝える方法はあるのか、それと彼らが民族浄化の問題を知ったとき、本心から罪悪感を感じるのか。善意を期待してこの情報を伝えたとき、中国人は自己批判することができるのかどうか』と疑問がある。

これに対し、ペマ・ギャルポ氏の見解はこうだ。『中国人の中に、自分たちの政府がやっていることが恥ずかしいことであって、21世紀にもなって未だに植民地支配をやっていることに対し、間違いだと考える人たちが現れることが大事ですよね。だけど、同時にその人たちがその気持ちを意思表示できるかが問題なんです。今たくさんの良識ある中国人は国のトップの中にもいるんです。ただ残念ながら自分たちが発明したシステムとかイデオロギーの奴隷になってしまっている。毛沢東や鄧小平の言葉を引用する以外、政治に関しては発言できる人たちがいないんです。これが今の中国の問題です』


トークは終了予定時刻ギリギリまで盛り上がり、最後には会場からの質問が飛び交った。
三者とも北京オリンピックが終わってしまうと、一過性の流行だけですぐに世間はチベット問題を忘れてしまうのではないかと懸念している。1950年の軍事侵入以来今日に至るまで、チベットの悲惨な現状は何も変わっていないのだ。

(Text:神田光栄)


アップリンクでは来年チベットを舞台にした映画『WINDHORSE(原題)』を公開します


この作品は1998年に作られた映画で、今ではあり得ない事ですが、当時のラサで観光客を装いながら隠し撮りをしてハンディカムで撮影されました。多くのチベット人が危険を冒して出演し、スタッフとして関わってできあがった作品です。完成後この映画は、多くの映画祭で評価され、現在まで世界中で、チベット問題を知り考える映画として上映され続けてきました。アップリンクでは10年前に神南にファクトリーがあった時に、東京国際映画祭のデジタルシネマ部門で上映し、その時にもトークのゲストとしてペマ・ギャルポさんをお招きしました。この映画の上映のサポートに興味のある方はごメッセージをお寄せください。


『チベットチベット』

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在日コリアン3世の旅人、キム・スンヨン(金昇龍)はビデオカメラを片手に行く先を決めない旅に出る。路線をアジアに向け辿り着いた地、北インドのダラム サラ。そこは地元のインド人と亡命してきたチベット人が共生する一見静かな街だった。彼はここで、自らは望まず移住し異国で暮らす人々と出会う。混乱と衝動に突き動かされチベット人の現状を撮影し始めるうち、ダライラマ14世への10日間に及ぶ取材を敢行。チベットの狭間で素朴に生きる人たちに焦点を合わせ、今現在も強硬に続けられている、中国のチベット政策に疑問を投げかけるドキュメンタリー。

2008年再編集版/85分
監督: 金昇龍(キム・スンヨン) 配給:KOKIHI

公式サイト
http://www.tibettibet.jp/

【上映情報】
名古屋シネマテーク 9月20日(土)~9月26日(金)
広島横川シネマ 10月4日(土)~10月11日(金)


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