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2019-06-07 17:30


ニジンスキーもカリーの牧神の午後を観たら羨む

ニジンスキーもカリーの牧神の午後を観たら羨む
映画『氷上の王、ジョン・カリー』より「牧神の午後」 © New Black Films Skating Limited 2018 / © 2018 Dogwoof 2018

アイススケートをメジャースポーツへと押し上げ、さらに芸術の領域にまで昇華させた伝説の英国人スケーター、ジョン・カリーを描くドキュメンタリー映画『氷上の王、ジョン・カリー』が現在公開中。公開初日を記念して、5月31日、アップリンク吉祥寺で舞踊評論家・舞踊史家の村山久美子さんをお迎えしトークイベントを開催した。webDICEでは村山さんのお話から、この作品とカリーの魅力について紹介する。

映画『氷上の王、ジョン・カリー』はアスリートとしてのカリーだけでなく、栄光の裏にあった深い孤独、自ら立ち上げたカンパニーでの新たな挑戦、そして彼を蝕んでゆくAIDSとの闘いを、貴重なパフォーマンス映像と、本人、家族や友人、スケート関係者へのインタビューで明らかにしていく。

クラシックバレエの経験から生まれる美しさ

フィギュアスケートに初めてバレエを導入したと言われるジョン・カリー。村山さんはまず、「クラシックバレエを一生懸命やっていたというのがよくわかる美しい動き。5番のポジションからプリエ(脚を折り曲げる動き)をする映像が劇中にありましたが、完璧!こういう足の動きは他のスケーターにはなかなかありません。クラシックバレエというのは人間の身体の歪みを取り払う動きです。人工的に完璧な身体の美しさを作り上げるのは、毎日レッスンしないとキープできない。カリーはクラシックバレエをしっかりと習得することで、軸がぶれない安定感があり、ジャンプの回転も垂直。それは背中をしっかりと鍛えないとできないこと。カリーは無駄な力みのない良い背中をしていますね」と、カリーの身体の動かし方について言及。

映画『氷上の王、ジョン・カリー』
『氷上の王、ジョン・カリー』初日トークイベントに登壇した村山久美子さん

音楽へのこだわり

また、もう一つのカリーの特徴について「非常に音に敏感。音の波に乗って、音の質感やリズム、メロディーの機微を全て取り入れて表現している。カンパニーを設立してからは、常任指揮者を常に雇って、オーケストラを生で使っていましたね。そういった音楽へのこだわりをみると、カリーの高い音楽性が伺えます。なので、身体の形の美しさと音楽性が、カリーの美しいフィギュアスケートを作っていると言えると思います」と動きを交えながら解説した。

映画『氷上の王、ジョン・カリー』バーン
映画『氷上の王、ジョン・カリー』より「バーン」 © New Black Films Skating Limited 2018 / © 2018 Dogwoof 2018

ニジンスキーも羨む動き

カリーのプログラムについて「舞踊作品が元になっている作品が多いですね。中でも私が一番素敵だと思ったのはニジンスキーの『牧神の午後』。ニジンスキーは20世紀はじめに世界を騒がせたロシアのダンサー。バレエ・リュスというカンパニーの初期のトップダンサーです。『シェヘラザード』もニジンスキーが踊った作品ですし、カリーはニジンスキーに共感するものがあったのかもしれませんね。映画の中でカリーが“バレエでできないことをスケートでやっている”と話すシーンがありましたが、『牧神の午後』では、全空間を使って、ゆっくりとした動きで、妖精たちが静かに移動しているような神秘的な美しさを作り出していました。この映画をみて、“もしかしたらニジンスキーはこういうことがしたかったんじゃないかしら”と思いました。というのも、ニジンスキーはジャンプも得意なバレエダンサーだったのですが、『牧神の午後』ではその得意なジャンプを捨てて、床からほとんど離れないすり足の動きを作ったんです。カリーのスケートを見たら、ニジンスキーは羨ましがったんじゃないかしら」と語った。

映画『氷上の王、ジョン・カリー』より「シェヘラザード」 © New Black Films Skating Limited 2018 / © 2018 Dogwoof 2018
映画『氷上の王、ジョン・カリー』より「シェヘラザード」 © New Black Films Skating Limited 2018 / © 2018 Dogwoof 2018

また、「踊りだけではなく、美術も音楽も、照明も衣装も全部含めて質の高いものを作る”総合芸術”という考え方が、ニジンスキーが参加したバレエリュスが世界にアピールしたことなんです。そういった意味でもカリーは音楽、美術、舞踊を合わせた”総合芸術”という考え方を受け継ぎ、それまでにない新しいフィギュアスケートをつくたのだと思います」と、カリーがニジンスキーに受けた影響について述べた。

映画『氷上の王、ジョン・カリー』より「ムーンスケート」 © New Black Films Skating Limited 2018 / © 2018 Dogwoof 2018
映画『氷上の王、ジョン・カリー』より「ムーンスケート」 © New Black Films Skating Limited 2018 / © 2018 Dogwoof 2018

ただそこに魂が踊っている

最後に、今回の映画制作の中で新たに発見された、カリーの最高傑作といわれる演目『ムーン・スケート』については「もはやバレエを超えて、日本の舞踏のよう。速度を一定に保ちすごく遅く動くというのはとても筋力のいること。そういったテクニックに加えて、この演目の素晴らしさは、動きと心の状態がぴったりと一致していること。すべての思いが的確に動きになっている。そういう状態になったとき、動きは消えるんです。見えなくなる。ただそこに魂が踊っているような状態になるんです。
例えばバレエでいうとフォーキン振付の『瀕死の白鳥』は、ほんの数分の作品で、死ぬ前の白鳥の思いを踊りで表現する作品です。動き自体はテクニックを要するとても美しいものなのですが、本当にすばらしいダンサーだと、その動きがすべて見えなくなるんです。
カリーの『ムーンスケート』もその域にあると思いました。本当に優れたダンサーは、心と動きが完璧に一体化したとき、その人の思いだけが動いているように見えるのです」と、カリーの功績をたたえ、トークを締めくくった。




村山 久美子(むらやま・くみこ)

舞踊評論家、舞踊史家。早稲田大学大学院文学研究科ロシア文学専攻博士課程満期終了。ロシアのプーシキン外国語大学、米国のハーバード大学大学院への留学を経て、現在、早稲田大学、東京経済大学、昭和音楽大学、工学院大学非常勤講師。読売新聞の舞踊舞台評を28年担当、日経新聞の舞踊公演情報コラム担当。「ダンスマガジン」(新書館)ほか、各種の雑誌や新聞に舞踊評論を寄稿。著書に『知られざるロシア・バレエ史』(東洋書店)、DVD・解説書シリーズ『華麗なるバレエ』(全10巻/小学館)、『バレエ・ギャラリー』(学習研究社)、『二十世紀の10大バレエダンサー』(東京堂出版)ほか。訳書に『ワガノワのバレエレッスン』(新書館)ほか。




映画『氷上の王、ジョン・カリー』
© New Black Films Skating Limited 2018 / © 2018 Dogwoof 2018

映画『氷上の王、ジョン・カリー』
新宿ピカデリー、東劇、アップリンク渋谷、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開中

公開記念イベント、続々決定!
https://www.uplink.co.jp/news/2019/53134

アップリンク吉祥寺では伊藤聡美さんの衣装展“The Art of Costume Design”開催中!
https://joji.uplink.co.jp/gallery/2019/2516

監督:ジェイムス・エルスキン(『パンターニ/海賊と呼ばれたサイクリスト』)
出演:ジョン・カリー、ディック・バトン、ロビン・カズンズ、ジョニー・ウィアー、イアン・ロレッロ
ナレーション:フレディ・フォックス(『パレードへようこそ』『キング・アーサー』)
2018年/イギリス/89分/英語/DCP/16:9
原題:The Ice King
字幕翻訳:牧野琴子
字幕監修・学術協力:町田樹
配給・宣伝:アップリンク

公式サイト

▼映画『氷上の王、ジョン・カリー』本予告編

キーワード:

ジョン・カリー / 村山久美子


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