2009-09-25

「東ティモールin宇部」のご報告/川原妙子 このエントリーを含むはてなブックマーク 

 8月30日(日)、山口県宇部市にてトークと音楽ライブのイベント「第3回 希望の・東ティモールin宇部」を開催しました。会場のシルバーふれあいセンターに約70名のお客さんが詰めかけられ、盛会でした。

 第一部の大城研司(下関チモールの会代表)さんの発表された「アボたちに心寄り添って」は、第二次世界大戦中に慰安婦にされた今はお婆ちゃんになられている方の証言に基づいたお話でした。多くの方が始めて知る事でしたので、貴重なお話でした。戦争を戦った人だけでなく、女性や子ども達にも大きく爪痕を残してしまったという事実に改めて戦争の残虐さ、空しさ、そして64年経った今なお苦しんでいる人が世界中にいるということを忘れてはならないと思いました。

 第二部は有機農業を学ぶため東ティモールから来日中のパウロさんとアマンディオさんの歓迎のコンサートで盛り上がりました。中でも、アフリカン太鼓のジャンベを中心に演奏するグループen.(えん)は「世界中68億人がen.のメンバーだ!」と、「全てが繋がっている」をモットーに平和を願い演奏されました。友情出演のシンガーソングライターの源之助さんは、ゆったりとしたプロの貫禄でギターを片手に平和を歌い上げられました。
最後に子どもたちも手作り楽器を手に持ちステージに上がり、皆で「野菜の歌」(作詞・作曲は源之助さん)を歌い、盛り上がりました。

* * * *

 翌8月31日(月)には広島へ。川原と霜田健太郎さんとで、パウロさんとアマンディオさんを原爆ドームと平和資料館にご案内しました。
パウロさんは「たった一つの原爆で20万人以上の人が一日で犠牲になった」ということに驚きを隠せないようでした。アマンディオさんは独立戦争のときマタビアン山に逃げ込み、インドネシア軍と戦った日々を思い出しておられたようです。そして広島の素晴らしい復興に感銘を受けたと言われていました。
 少し、秋の気配を感じる青空の素晴らしい一日になりました。

川原妙子

キーワード:

東ティモール / 有機農業 / 宇部


コメント(1)


  • 大村 2014-07-17 22:07

    実は1993年、慰安婦訴訟を起こしていた高木健一氏らが
    インドネシアに訪問したときに、「慰安婦は名乗り出れば二百万の補償金がもらえる」と
    いう宣伝が行われました。

    インドネシアで200万円といえば、日本円で2億円に相当し、
    数世帯が一生遊んで暮らせる額です。
    その為、実に2万2千人もの人々が「慰安婦被害者だ」と
    名乗りを上げ、大騒動となりました。
    なお、戦時中インドネシアに駐留していた日本兵は二万に過ぎません。

    これに対し、英字紙「インドネシア・タイムス」ジャマル・アリ会長の言葉があります。

    『ばかばかしい。針小棒大である。一人の兵隊に一人の慰安婦がいたというのか。
    どうしてインドネシア のよいところを映さない。こんな番組、両国の友好に何の役に
    も立たない。 我々には、日本罵倒体質の韓国や中国と違って歴史とプライドがある。
    「お金をくれ」などとは、360年間、わが国を支配したオランダにだって要求しない。』

    (日本のテレビ製作会社のドキュメンタリー「IANFU(慰安婦) インドネシアの場合には」に対するコメント)

    韓国人の崔三然氏が言われた「日本では頭を下げれば謙虚な人だと
    尊敬されますが、大陸や半島ではどんどんやられます。」

    最近、各国の資料公開や、新たな証言や実証で、
    かつての「日本悪玉論」が次々に崩壊していますが、
    この東チモールの慰安婦の件も、
    捏造を警戒したほうがいいでしょう。

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