骰子の眼

cinema

東京都 渋谷区

2009-02-24 16:02


「自閉症のケアの状況に目を向けてもらいたかった」―女優サンドリーヌ・ボネールの視線で妹を描いた『彼女の名はサビーヌ』公開中

「女優である自分が妹を撮ることは“セレブ的行為”の一つと受け取られてしまうのではないか、そんな懸念を抱いていた」 初監督作についてサンドリーヌが語る。
「自閉症のケアの状況に目を向けてもらいたかった」―女優サンドリーヌ・ボネールの視線で妹を描いた『彼女の名はサビーヌ』公開中
自閉症の妹・サビーヌを撮影するサンドリーヌ・ボネール監督

現在、渋谷アップリンクで公開中の映画『彼女の名はサビーヌ』。クロード・シャブロル、アニエス・ヴァルダ、パトリス・ルコントといったフランス映画界の巨匠たちから愛されてきた女優サンドリーヌ・ボネールによる初の長編監督作品だ。自閉症の妹・サビーヌが正確な診断を受けることなく、長期にわたる不適切なケアによって起こった悲劇を公にしたドキュメンタリーであり、カンヌを初め国際的に高く評価されている。
“観た人全ての胸が締め付けられた”と評され、日本でも公開前より話題を集める中、3月より三回にわたってアップリンクで公開記念トークイベントが開催される。


■サンドリーヌ・ボネール監督インタビュー


― なぜこの作品を作ろうと思ったのですか。
この作品の第一目的は自閉症者のケアの現状について、公の機関に訴えることです。少なくともその実態に目を向けてもらうことです。そして自閉症者を抱える家族の代表として声を発したのです。したがって出発点には政治的な意図がありました。2001年から数年間、私は「自閉症者の日」(フランスで毎年行われる自閉症児者の為のイベント)の後援者となり、多くの家族が世間の目に触れないところで困難な状況を生きていることを知りました。声を上げて語らなければならないと思ったのです。

― 身近でありながら大きく重いテーマと向き合うため、あなたは作品を監督する決意をされたわけですね。
そうです。この映画のアイデアは何年も頭の中にありました。妹が入院して1年も経たたない頃に思いついたのです。彼女は結局5年間、病院で過ごしたのでが、入院して間もなく彼女の状態が悪化していくことに気づきました。これは異常だと思いました。妹のかつての美しい姿や才能を懐かしく思い起こしたのです。
そこで昔、8mmカメラで妹を映した映像を夢中になって見返しました。これは私が現在、“アーカイブ映像”と呼んでいるものです。かつてのサビーヌと変貌してしまったサビーヌを比べました。なぜ彼女の状態がこれほど急激に悪化したのか理解したかったからです。

彼女が入院していた5年の間に私の怒りは大きくなる一方で、“いつかこのことについて映画を作ろう。絶対に作る!”と何度も自分に言い聞かせました。しかし、女優である自分が妹についての作品を作ることは“セレブ的行為”の一つと受け取られてしまうのではないか、露骨で慎みがないことだと思われるのではないか、そんな懸念を抱いていたので映画化のプロジェクトを先延ばしにしていました。しかし、“自閉症者の日”の後援者となったことによって、一歩踏み出す勇気がわきました。人の役に立つ行動をしようと思ったのです。

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サンドリーヌ監督は入院する前のサビーヌ(左)を8mmカメラでよく撮影していた

― この作品で特筆すべきなのが、主人公である妹の近くにいながら、あなたがカメラを回していることを彼女に意識させないことです。
以前妹と一緒に旅行した時、私はよく彼女の映像を撮っていました。その時の親密な関係を取り戻したかったのです。当時のサビーヌは私に撮影されることに慣れていました。あの二人の結びつきを取り戻すことが大事でした。サビーヌにとって撮影されることは、自分が何かの役に立つことを意味します。そして新たな旅へ出発することの象徴でもあるのです。
私の視線で描くサビーヌの物語ですから私自身がカメラを回すことが重要でした。私以外に彼女を親密に見つめられる人はいないからです。しかし最も難しかったのは適切な距離を置くことでした。カメラを2台使ったシーンもありますが、作品となった映像の8割を私が撮影しています。

― なぜ当時、妹の映画を撮らなくてはならない、という気持ちになったのですか。
私は常にサビーヌを妹として見ていましたが、同時に監督が俳優を見つめる観点から彼女を見ることもありました。当初は、旅行の思い出として撮影していたのですが、次第に彼女の能力を引き出すために撮影するようになりました。サビーヌはよく私の家に遊びに来ていたので、その時に戯曲を読ませ、演技させました。彼女の容態が改善していると思っていたのです。だから彼女に映像を見せれば、自分の進歩を見せることができると考えていました。残念なことに事態は反対に進み、彼女の容態はとても悪化してしまいました。

サビーヌ&ボネール
「サンドリーヌ、明日も明後日も会いに来てくれる?」サビーヌはこの言葉をサンドリーヌ監督に何度も繰り返していた

― あなたとサビーヌの間には深い結びつきがあり、互いを思い合う気持ちが感じられます。しかし同時にあなたは悲壮感を排除し、妹さんの姿を容赦なく撮影している。あなたが築いたそのような関係性の中で、サビーヌは単なる不幸な被害者ではなく、一人の独立した人間として描かれていますね。
私はあるがままのサビーヌを撮りたかったのです。きれいなところ、美しいと言えないところ。優しい面と暴力的な面。罵倒している時は下品であり、バッハのプレリュードを演奏している時は音楽の名手です。自閉症者は必ずしも自分の殻に閉じこもった人ばかりではありません。また、映画『レインマン』のように天才的な才能を持つ人でもないのです。自閉症者について一般に語られている側面とは違うものを示したかったのです。非効果的で不条理なシステムを描くだけでなく、自閉症者と一緒に過ごす時間を描きたかったのです。

自閉症者の多くは人が思うほど不快な人間ではありません。彼らを恐れる必要もないのです。彼らの表現方法は一般人とは異なりますが、それほど大きな差があるわけではありません。不安や悲しみなど私たちと同じ感情を持っています。他者との関係において、私たちは感情をコントロールすることを知っていて、教わった規則やルールを守ります。そこが彼らと私たちの違いです。しかし彼らの場合、感情が高まって抑えるのが難しくなった時、そして言葉で表すのが難しくなった時、体で感情を表現するのです。
サビーヌは38歳ですが、精神的には幼児です。不満を表す時、子供のように自分の手を噛みます。子供の場合、教育と共に成長すると私たちは知っているので、手を噛んでも私たちはその行為を受け入れます。しかし大人の場合、同じ行為を受け入れることが難しいのです。

― この作品のもう一つの力は、時間の経過を見事にスクリーン上に刻んでみせた点にあります。私たちはサビーヌの変化を目の当たりにするのです。陽気で、美しく、批判精神に満ち、音楽的才能が豊かな青春期のサビーヌ。そして肉体が変化し、口をきかず、露骨なほどに攻撃的になった現在のサビーヌ。作品はこの二つの対照的な姿を浮き彫りにしています。
時間もこの作品のテーマの一つです。時間がサビーヌを殺してしまったのです。病院で過ごした余りにも長い時間が彼女をだめにしてしまった。作品を見る人に時間の経過を感じてほしかったのです。時間の経過と共に色あせた昔の映像をスローモーションにすることによって、遠い思い出の存在を強調し、夢のような世界として再現しました。私にとってサビーヌはヒロインです。自らヒロインになろうとしたわけではないのですが。そしてすべてのヒロインと同じように、主人公として映画に登場させたいという気持ちを私に抱かせます。

またショットのつなぎ方を意図的に唐突にすることで、観客にショックを与えたいと考えました。衝撃を体で感じてもらいたかったのです。つまり昔と現在のサビーヌを衝突させるわけです。かつての美しいサビーヌの顔をしばらく映して現在のサビーヌの姿を忘れるだけの時間がたったあと、急に今のサビーヌの姿を映します。私たちは彼女の変化した姿を見て動揺してしまいます。気持ちのいい夢を見たあとに急に苦しい現実と向き合わされるような心理作用が生まれるのです。
これは撮影を開始した時の基本的な考えでした。撮影後の編集によって、その作用が強められたのです。冒頭のクレジットタイトルのあとには、治療によって打ちのめされ、ソファの上で眠っているサビーヌの姿を見せることに決めていました。

彼女の名はサビーヌ
現在は保護施設で適切なケアをうけているサビーヌ(手前、一番右)

― この映画で私たちは、誤った診断や不適切な治療が、結果として取り返しのつかない障害を引き起こすという事実に直面します。
サビーヌの病状はきちんと診断されたことさえありませんでした。長い間私たちは、何が原因で彼女が苦しんでいるのか分からなかったのです。それに診断が下されるにしても、幼少期のうちでなければ有効ではありません。でも、たとえ兄弟が亡くなった時点で、サビーヌに自閉症の症状があると診断されたとしても、彼女の未来はそれほど変わらなかったでしょう。本当の問題は自閉症者、精神病患者を受け入れる専門的な施設が足りないことなのです。

― 映画を見て、施設の関係者や入所者はどのような反応を示しましたか。
私がサビーヌの映画を作ることに対し、心理学者や指導スタッフ、施設の責任者たちは撮影を開始する前から信頼を寄せてくれていました。最終的には撮影したことも映画を見たことも、全員にとってプラスに働きました。「サビーヌが持っていた可能性や才能について、あなたが病院に入院する前に説明したことがやっと理解できた」と私に伝えた関係者もいます。以前のサビーヌの姿を見ることが、現在の治療に役立つことがあるのかもしれません。

― 最後にあなたは質問を投げかけますね。「彼女の状態は回復することが可能だろうか。機能が後退していくのは病気の進行過程なのだろうか。薬なしで生きられるようになるのだろうか。もう一度、妹と旅に出られる日がやってくるだろうか」。あなた自身、どれくらいの希望を持っているのですか。
抗精神病薬を最小限にとどめたら、いくつかの機能が回復する見込みがあります。でも回復が不可能な機能もあります。遠い所に旅行するのは無理でしょう…。この映画は別の方法でサビーヌと一緒に旅をする体験でもありました。カンヌ映画祭で上映されたあとDVDをサビーヌに送ったのですが、彼女は定期的に見ているようです。

撮影する前に、私たちはこのプロジェクトについていろいろ話し合いました。彼女を題材にした映画を作ることに同意してくれるか知りたかったのです。サビーヌは了解してくれました。撮影が終わったあと、私は彼女にこう尋ねました。「この映画を作ったことによって、何か得たものはある?」すると彼女は「仕事だったと思っているわ」と答えました。「そうね、本当の意味の仕事ね」と私も同意しました。彼女は自分が役に立ったと感じています。そして、とても癒されたのです。


サンドリーヌ・ボネール

■サンドリーヌ・ボネールPROFILE

1967年5月31日、フランスのクレルモン=フェランに生まれたサンドリーヌ・ボネールは『愛の記念に』(モーリス・ピアラ監督、1983)の主演女優として注目を集め、フランスのセザール賞有望若手女優賞に輝いた。1985年にはアニエス・ヴァルダ監督『冬の旅』でセザール賞主演女優賞を最年少で受賞。他にクロード・シャブロル、クロード・ソーテ、パトリス・ルコント、アンドレ・テシネ、ジャック・リヴェット、ジャン=ピエール・アメリス、ピエー ル・ジョリヴェなど、数々の著名な監督との仕事で知られる。『沈黙の女/ロウフィールド館の惨劇』ではヴェネチア映画祭最優秀女優賞を獲得。『彼女の名はサビーヌ』は初長編監督作品となる。



『彼女の名はサビーヌ』
渋谷アップリンクにて絶賛上映中

監督・脚本・撮影:サンドリーヌ・ボネール
出演:サビーヌ・ボネール
2007年/フランス/85分
配給・宣伝:アップリンク

トークイベント開催

自閉症とはどういった障害なのか?日本におけるケアの問題とは? 障害者の支援をしている専門家や、障害を抱えた長男を持つ女優の石井めぐみさん、映画評論家の村山匡一郎さん等を迎えて上映後トークを繰り広げる。

■3月3日(火) 19:00上映/20:30トーク

ゲスト:高橋知子(NPO法人在宅福祉サービス ウイズ理事長)、本多公恵(滝乃川学園相談支援部 部長)、藤井亘(NPO法人クローバー事務局長)

■3月9日(月) 19:00上映/20:30トーク

ゲスト:石井めぐみ(女優)

■3月17日(火) 19:00上映/20:30トーク

ゲスト:斉藤綾子(明治学院大学文学部教授)、村山匡一郎(映画評論家)

会場:アップリンク・ファクトリー[地図を表示]
(東京都渋谷区宇田川町37-18 トツネビル1F)
料金:予約1,300円/当日1,500円/トークのみ500円
★ご予約はコチラから

公式サイト


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