骰子の眼

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2009-11-29 11:00


『マンガ漂流者(ドリフター)』29回 絵を描く、読む快楽とは?(後編)

絵を描く、その「快楽」とは何だろう?絵を読む、その「快楽」とは何だろう?後編では、こうの史代『この世界の片隅に』(双葉社)の魅力に迫る!
『マンガ漂流者(ドリフター)』29回 絵を描く、読む快楽とは?(後編)
左)こうの史代「この世界の片隅に」(双葉社)上巻・右)こうの史代「この世界の片隅に」下巻より

彼女が描いた絵のことをどうかお願い、いつまでも覚えていおいて

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完結と同時に大きな衝撃を与えた『この世界の片隅に』には、戦時下の日本に生きた「普通」の人々の暮らしがゆるやかに淡々と描かれている。戦争という非日常が日常になる、異常。その現実の歪みを少女・すずの成長を通し、彼女の目で視る。

ヒロイン・すずとはどんな少女だったのだろうか?

こうの史代「この世界の片隅に」(双葉社)上巻

おちょこちょいでドジっ子。だけど誰よりも絵を描くことが好きなすずは、白紙があればすぐに落書きしてしまう。そんな女の子だ。現在のように豊かではない時代。鉛筆ひとつとってみても満足に手に入れることはできない。それでも彼女は描くことを止めない。物語の中では繰り返し、繰り返し、絵を描くシーンが挿入され、彼女にとって絵を描くことがとても大切なことであると強調される。

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真っ白い画用紙に筆を落としていく瞬間。「この世界の片隅に」上巻より

希望が持てる時代ではない。だからといって四六時中、うつむいてなどいられない。彼女たちは確かに生きている。生き延びなくてはならない。

この作品では、戦時の生活がだらだら続く様子を描く事にしました。そしてまず、そこにだって幾つも転がっていた筈の「誰か」の「生」の悲しみやきらめきを知ろうとしました。

こうの史代「この世界の片隅に」下巻、「あとがき」より

こうのは、まず、知ろうとしたのだ。その時代に生きていたであろう少女の目を借りて。想像力をフルに働かし、その時代を生きた少女に憑依し、生まれたキャラクターがすずなのである。時代を越え、イマジネーションという魔法を用いて、読者はひとつの奇跡を目の当たりにすることになる。

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どんな場所にいてもつい、描いてしまう。「この世界の片隅に」中巻より

杉浦日向子とこうの史代に共通する、世界の見方

こうの史代のマンガを読むと反射的に杉浦日向子の存在が浮かぶ。筆致にも類似を見ることができるが、やはり世界の見方がとても似ていると思う。だからこそ、こうの史代のファンには杉浦日向子の作品をおすすめしたくなるのだった。この連載で第11回でも触れた『百日紅』もそうだが、さらにテーマを絞り、過去を想像し、創造する一点を強調した作品がある。それが『YASUJI東京』である。

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元治元年に浅草に生まれた風景画家・井上安治。25歳の若さで死んだこの画家の見た明治の東京。そして、年同じ頃の女性が見た昭和の東京を行き来し、世界を二重に幻視する。時間を経てた世界のズレを同じレイヤーに重ねることで、変わった風景と変わらない風景が浮かび上がる。

彼女はあらゆる場所で安治に想いを馳せる。彼と同じ場所で時を経て邂逅する。そのためにまず、彼女が行ったこと。それは安治を知ることだった。彼が残した作品を見つめ、その作品に魅入り対話する。

杉浦日向子「YASUJI東京」(ちくま書房)

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作品の中に入り、被写体と会話する彼女。杉浦日向子『YASUJI東京』「影・1/12」より

そして、彼を知るために文献を読み、また、彼と同じ場所に立つ。そして、実感する。過去と現在は続いているということを。まるで違う世界の出来事のように遠く離れていてしまっていても、東京という場が変わることはないのだ。

わたしに繋がる人々が呉で何を願い、失い、敗戦を迎え、その二三年後にわたしと出会ったのかは、その幾人かが亡くなってしまった今となっては確かめようもありません。

こうの史代「この世界の片隅に」下巻、「あとがき」より

こうの史代にとっての広島。杉浦日向子にとっての東京。場所は違えど二人が過去を見る姿勢はやっぱり何処か、似ている。

『YASUJI東京』の面白さは、まだある。この作品が安治の作品論にもなっている点だ。作品の中で彼女が安治を知り、想像する過程で安治の描いた風景とは、何かという問いがもたらされるのだ。安治の作品とは、「安治の網膜に映った風景そのもの」であると杉浦は指摘する。

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安治への考察。杉浦日向子『YASUJI東京』「影・5/12」より

そして、「たしかにこれは絵ではない。まして写真でもない。百年のときを貫き東京が見える。―――窓だ。」と結論づける。なぜ、この物語の彼女、そして作者である杉浦が安治に惹かれたのか。答えはここにあったのだ。

杉浦日向子とこうの史代、二人の作者は<透明な窓>を開く力を持っている。そこから覗く世界の一端を慎重に切り取りながら、見えない部分を想像し、創造するのだ。こうのは「すず」に、杉浦は安治を幻視しようとする「彼女」と共鳴した時。作者が自らが創造し、描き出した世界の住人と重なった時。描き、生まれた世界。

―――それが、「物語」なのだ。

あなたの代わりに、誰かの言葉を。作者が描くその世界に。読者の心が強く、強く揺さぶられていく。

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その右手と作者の右手が重なり描かれた世界はなんて美しいのだろう。こうの史代「この世界の片隅に」下巻より

これが物語の力なのだ。こんな世界を読む幸福。たしかにそれはとても贅沢な夢である。

参考

【はみだしコラム】で杉浦日向子 『百日紅』、こうの史代 『この世界の片隅に』について言及

『マンガ漂流者(ドリフター)』第11回:真実から眼を背けることで想像力を掻き立てるマンガ家・鳩山郁子 vol.3

水木しげるの戦記ものでは、描かれなかった世界

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『この世界の片隅に』を読んだとき、やはり思い出してしまう人がもう一人いる。自らの戦争体験を描いた作品を多数発表している水木しげるだ。水木もまた、過酷な戦争体験の中にあっても、描くことを忘れなかった。戦地に赴く際に持ち込んだ所持品は、文庫本の『ゲーテとの対話』とそして、デッサン用の紙と鉛筆だったという。

水木しげる「水木サンの幸福論―妖怪漫画家の回想」(日本経済新聞社)

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すずと同じように水木もまた、絵だけを描いていたかったはずだ。そんな小さな願いを戦争が阻む。大きな力によって、ねじ伏せられた小さな願い。現在の平和は過去の不幸――無数のバッドエンドの上に成り立っている。私たちはそのことを知らない。知らないのであれば、知ろうと思う。知らないのであれば物語るべきだと思う。過去へと接続するために必要な情報を持つ人々はどんどん居なくなってしまう。過去と現在が無関係であってはならない。常に繋がっていなくてはならない。

水木しげる「総員玉砕せよ!」(講談社)

自作の劇画や漫画の中で、最も愛着深い作品は何かと聞かれれば、『総員玉砕せよ!』と答える。ラバウルでの体験をもとに描いた戦記ものだが、勇ましい話ではない。誰かに看取られることもなく、誰に語ることもできずに死んでいき、そして忘れられていった若者たちの物語だ。

水木しげる「水木サンの幸福論―妖怪漫画家の回想」(日本経済新聞社)より

水木は反戦を強く願っている。だからこそ、水木が自らの戦争体験を描き残すのは、誰かがその言葉を聞こうと耳を傾け、そして残さなければ小さな声の人の言葉は聞き取れないと知っているからだ。かたちにならないものは残らない、残らないものはこの世に存在しなかったと同じだと水木は思っている。それは水木が定義する「妖怪」と同じことだ。目に見えなくても、確かにそこに在るものへの眼差し。物語、フィクションとは、目に見えないものを描くことができる魔法のようなもの。だからこそ、物語は世界の中心にいる主人公のためにだけあるものではない、と示さねばならない。そういう切実さが水木の表現にはある。死にたくなかったのに死んでしまった人たちに言葉を持つことができなかった誰かの代わりに、物語れなかったモノのために、物語は在るのだ。そんなことを強く、感じさせる。

■絶望のあとにだけ、希望は燈る

声なきモノ、物語られることもなく消えていった人々の淡いを描いた『この世界の片隅に』。こうのはそのあとがきこう記した。

のうのうと利き手で漫画を描ける平和。そして今、ここまで見届けてくれる貴方が居るという事。
すべては奇跡であると思います。
有難うございました。

二〇〇九年二月 花粉の朝に

こうの史代

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その世界をめくり、発見するのは私たちの手。こうの史代「この世界の片隅に」下巻より

絵を通して、私たちはいろいろな視点を知ることができる。マンガの奇跡と仄かな希望。私たちがほんとうに耳を傾けなければならないのは、どんな声なのだろうか――?


ここでお知らせ!

「マンガ漂流者(ドリフター)」が授業になった!
第4回「描く快楽~このマンガ家のこの描き方~」
11/30(月)20:00~@渋谷ブレインズ

■授業内容

詳細はこちら。

聞こう!学ぼう!「マンガ漂流者(ドリフター)」。
物語、構成、そして、作画。
第4回の講義はマンガに大切な要素である「作画」がテーマです。

これまでの流行を一変させ多くの作家に影響を与えた作画、絵がうまい作家の特徴(描くことでおろそかになるセリフなど)、大島弓子の絵が与えた影響、大友克洋ショックから高野文子までニューウェーブマンガの特徴、講談社系青年誌マンガの絵の特徴、90年代の女性マンガから発達した女性のくちびる表現、特徴的なトーンの貼り方、アニメからの影響、絵を描く快楽に憑かれている森薫、入江亜紀など「コミックビーム」「フェローズ!」で活躍する作家たち、みんな大好き中村珍先生の作画への情熱!など、主にニューウェーブ以降の作画のトレンドを追いつつ、さらにマンガ家が絵を描く快楽とは何なのかを探っていきます!さらに今回はテーマが作画なので資料を多めに用意!マンガに限らず「絵」に興味がある人も集まれ~!

さらに今回はゲストとして、小学館「ヤングサンデー」の編集を務めたのち、河出書房「九龍」、ポプラ社「ピアニッシモ」にて編集長を務めた島田一志さんをお迎えします。担当だった五十嵐大介、西島大介、多田由美、鈴木志保、古屋兎丸の話はもちろん、上條淳士、浅田弘幸、小畑健など巧すぎる絵のマンガ家たちへの熱き想いを聞け!

■おまけ

懇親会ではマンガにまつわる酒がふるまわれます!
気になる人は早めに予約を!読者のみなさんと授業で会えることを楽しみにしています。

■ご予約はこちらから!

webDICEでの連載では、作家をメインにしていますが、授業では「マンガ」とは何か?そのものを問い、全体を俯瞰し、さらに気になる部分を掘り下げ、現状の確認、そしてこれからについて考えていきます。連載では一部の引用しか見ることができませんが、授業には資料をいろいろ持参していきますので、原典を手にとってもらえることもメリットでしょうか。もちろん授業や連載の内容で分からなかったこと気になることがあった人も安心!毎回、懇親会(※ 料金含む)にて、それぞれの個人的な疑問、質問にお答えしています。もちろん差し入れも大歓迎!マンガ好き集まれ~!

(文:吉田アミ)



吉田アミPROFILE

音楽・文筆・前衛家。1990年頃より音楽活動を開始。2003年にセルフプロデュースによるソロアルバム「虎鶫」をリリース。同年、アルスエレクトロニカ デジタル・ミュージック部門「astrotwin+cosmos」で2003年度、グランプリにあたるゴールデンニカを受賞。文筆家としても活躍し、カルチャー誌や文芸誌を中心に小説、レビューや論考を発表している。著書に自身の体験をつづったノンフィクション作品「サマースプリング」(太田出版)、小説「雪ちゃんの言うことは絶対。」(講談社)がある。2009年4月にアーストワイルより、中村としまると共作したCDアルバム「蕎麦と薔薇」をリリース。また、「ユリイカ」(青土社)、「野性時代」(角川書店)、「週刊ビジスタニュース」(ソフトバンク クリエイティブ)などにマンガ批評、コラムを発表するほか、ロクニシコージ「こぐまレンサ」(講談社)やタナカカツキ「逆光の頃」の復刻に携わっている。現在、佐々木敦の主宰する私塾「ブレインズ」にて、マンガをテーマに講師を務めている。
ブログ「日日ノ日キ」

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