骰子の眼

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2010-06-28 22:20


「ステージのオーガスタス・パブロから出てくるメロディは、魔法をかけられたかのようだった」70年代レゲエの躍動を伝える『ロッカーズ・ダイアリー』7/2発売
(c) Ted Bafaloukos

映画『ロッカーズ』のセオドロス・バファルコス監督によるフォト・エッセイ『ロッカーズ・ダイアリー』が発表となる。1978年に制作された『ロッカーズ』は、レゲエの中心地ジャマイカを舞台にレゲエ・カルチャーをリアルに描いた映画として知られる。バファルコス監督はこの本で、ボブ・マーリィーやリー・ペリーなど、数々のレゲエスターとの逸話や、主演のリロイ・ホースマウス・ウォレスとの出会いなど撮影の裏話を、臨場感に溢れた写真126点を交えて語っている。貴重なエピソードが満載のこの本は、レゲエとジャマイカ、そしてロッカーズを愛する人たちはもちろん、これから新しい世界へ旅に出る人への指標となることは間違いない。今回はその『ロッカーズ・ダイアリー』の内容の一部を発売に先駆けてご紹介する。
1946年、ギリシャに生まれたバファルコスは、ロードアイランド・デザイン大学に入学。卒業後はギリシャ陸軍に入隊しカメラマンとしての経験を積んだ。再びアメリカに戻り、広告代理店に入社した後、1973年から移住したニューヨークのクラブで、レゲエの洗礼を受けることになる。
連載第1回で抄録する〈第1章 ルーツ〉では、1974年、彼がブルックリンのナイトクラブ「トロピカル・コーヴォ」でオーガスタス・パブロのライブを目の当たりにしたときの驚きが、生き生きと綴られている。

第1章 ルーツ 『オーガスタス・パブロの衝撃』より (抜粋)

18歳の私は生まれて初めて飛行機に乗り、初めてテレビというものを観て、初めて木造の家に住んだ。私は異国にやってきたよそ者であり、就学ビザを持った移民だった。後に結婚すると、今度は永住権を持つ移民となった。私はグリーンカードを持っていた。いまだにアメリカを約束の地と考えている連中にとっては喉から手が出るほど欲しい貴重品である。たとえ、夢とはほど遠い現実しか手に入らない場合がほとんどであっても。

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(c) Ted Bafaloukos

ニューヨークのような超巨大都市では、新しい移民は社会全般になかなか馴染むことができず、故国への郷愁にがんじがらめになったまま、異文化の中で不安定な暮らしを送っている。政治家などはこのような都市のことを、〈虹〉や〈タペストリー〉といった言葉で婉曲的に表現したり、〈人種的多様さの調和のとれた融合〉と呼んだりするが、たいていの場合、そこは脱出不可能な監獄も同然だ。しかし、土曜の夜に近くのクラブに足を運べば、ほんの数時間は故郷に戻ることができる。私が足を踏み入れたブルックリンのクラブがまさにそんな場所だった。酒を何杯か飲み、タバコを何本か吸っているあいだ、そこはジャマイカ——彼らの言葉でいう〈ジャムドン〉なのだ。

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(c) Ted Bafaloukos

バンドの演奏が止んだ。頭のはげ上がった巨体のクラブオーナーがステージに上がり、マイクに向かって歩いていく。タートルネックに完璧な仕立てのスーツというスタイルできめた彼が、本日のメイン・アーティストをアナウンスした。みんな、ジャマイカからやってきたこの男を見るためにここへやって来たのだ。レディース・アンド・ジェントルメン——オーガスタス・パブロ!

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(c) Ted Bafaloukos

そのとき私がどんなアーティストを期待していたのか、自分でもよくわからないのだが、その紹介に続いて姿を現したような男でなかったことだけは確かだ。ステージにいるのは小編成のバンド——ドラム、シンセサイザー、ベース、リズムギター。それぞれのパートは見ればだいたいわかる。だが、ゲストとして登場したアーティスト、オーガスタス・パブロは違っていた。ポリエステルのズボンと地味なチェックのベストを着た彼が手にしているのはプラスチック製の、おもちゃ屋で見かけそうな代物だった。それがメロディカという正真正銘の楽器で、決しておもちゃではないということは後になって知った。

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(c) Ted Bafaloukos

長さが40センチくらい、幅が15、6センチくらいで、アコーディオンのような鍵盤のほか、端に吹き口がついている。ステージに上がった彼は、突然、何の前触れもなく、いきなり演奏を始めた。視線を下に向けたまま、体をまったく動かすこともなく、マイクの前でメロディカを吹きはじめたのだ。その瞬間、会場がしーんと静まり返った。バックのバンドですら、まるで真空状態の中で演奏しているみたいだった。聴こえてくるのは、プラスチックの小さな楽器から出てくる音だけ。それが次第に大きくなり、会場を満たしていった。

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(c) Ted Bafaloukos

しばらくの間、私は自分の仕事を忘れていた。写真を撮る手を止めていた。この場でこれを聴いていない人間に写真を見せたところで、いったい何が伝わるというのだろう? 私がどんな写真を撮ったところで、それには、おもちゃのみたいな楽器を演奏する無表情の若者が写っているだけなのだ。このサウンドを写真で表現することができるのだろうか? このサウンドを表現できる人間なんているのか? 出てくるメロディは、まるで魔法をかけられたかのような複雑なものだった。それが予想もしないような変化を見せて聴く者をハラハラさせるのだが、ジャズと違い、あらかじめ決められたフォーマットから逸脱することはない。独特のスタイルを持ってはいたが、それは間違いなくレゲエだった。決して小難しいものではないのだ。魅力的なメロディに気を取られなければ踊ることもできたが、踊っている者は誰もいなかった。みんなトランス状態に陥り、その若者が紡ぎ出す夢のような景色の中を漂いながら、次々に繰り出される曲に聴き入っていたのだ。結局、私は写真を何枚か撮ったものの、(当然のことながら)それらは雑誌に載らなかった。

(写真・文:セオドロス・バファルコス)

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『ロッカーズ・ダイアリー』

写真・著:セオドロス・バファルコス
訳:浅尾敦則
2,990円
ISBN978-4-309-90876-2
菊判変形/ハードカバー/272ページ
2010年7月2日発売
UPLINK

『ロッカーズ・ダイアリー』公式サイト
http://www.webdice.jp/rockersdiary/

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関連イベント

『ロッカーズ・ダイアリー』展
2010年6月30日(水)~7月12日(月)12:00~22:00

渋谷アップリンク・ギャラリー

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