骰子の眼

music

東京都 渋谷区

2010-10-07 17:00


〈音楽配信のセレクトショップ〉の理念を基幹に挑戦を続ける音楽サイトototoy

高音質配信のネクストDSD配信もスタート、プロデューサー高橋健太郎氏に聞くサイトの魅力
〈音楽配信のセレクトショップ〉の理念を基幹に挑戦を続ける音楽サイトototoy
多彩な楽曲のラインナップが凝縮されたototoyのトップページ

クラムボンやtoe、曽我部恵一など人気アーティストの作品をCDよりも高音質で音楽を楽しめるHQD(ハイ・クォリティ・ディストリビューション)を他社に先駆け2009年8月という早い段階から導入し、高音質配信の先鞭をつけた音楽サイト・ototoy(オトトイ)。8月には商用音楽サイトでの世界初の試みとして、 高音質に定評のあるSACD(Super Audio CD)のフォーマットとして知られる DSD(Direct Stream Digital)配信をスタート、そして雑誌サウンド&レコーディング・マガジンとの企画Premium Studio Liveをリリースするなど、音楽高音質配信をリードする存在として急速に知名度を高めている。
そして読み応えのあるインタビュー記事やハイクオリティなレビュー、USTREAMを利用したアットホームなインタビュー番組「ゆるstream」に至るまで、単なるダウンロードサイトとしてだけでなく、アーティストの表現を理解し楽しむためのコンテンツを様々なアングルから提供し、音楽ファンから支持を集めている。前身であるrecommuniよりこのサイトの制作に関わってきたototoyのプロデューサー・高橋健太郎氏に、まずHQD導入のきっかけから話を聞いた。

ポピュラーミュージック系で初めて高音質配信を提供

「高音質配信については、CDと同じ16bit 44.1kのwavというファイルがあって、これは何年か前からクラブミュージックの世界だとBeatportというサイトで売り出されていて、僕らもそれを見ていたんです。DJの人はなかなかアナログ盤を流通させることが難しくなってきていたので、ファイルで売って、例えば日本のアーティストもブエノスアイレスのDJがそれを落としてCD-Rに焼いてかけてくれたらうれしい、みたいな文化に変わりつつある。それを僕らもwavでやりたいと思った。うちの会社は僕と飯田(仁一郎氏。ototoyスタッフであり、Limited Express (has gone?)メンバー、BOROFESTAの企画も手がける)を中心としたスタッフがソフト側をやる一方で、社長の竹中(直純氏)と技術スタッフがもう2009年にwav配信できる開発を進めていたんです。だったらwavでやろうということで、最初に声をかけたのはダンス系のレーベルでした。Beatportに出していた実績があったので、すぐ出してくれたんです。ダンス系のテクノは2009年から16bit/44.1kでの配信を初めました。ただもっと上のものがあってもいいと、海外でも高いビットレートで配信しているところはあるんですけれど、ほとんどジャズかクラシックでハイファイ・オーディオマニア向けのもので、ポピュラー・ミュージックをやっているのはものすごく少なかった。そこで、僕らが扱っているようなインディの新しい音楽でCD以上の音質で聴けたらおもしろいことになるだろうなと、2009年の春くらいから考え始めたんです。それでいろいろ計画しているときに、クラムボンのmitoくんが夜中にクラシックをかけているイベント(『Hardcore "Classic" Tunes』)があるんですけれど、たまたまそれに行ったら彼がクラムボンの24bitのマスターを持っていて、そこに僕がちょうど24bit/48khzの高音質配信の企画書を持っていて、『こんなのあるんだけどくれない?』『いいよ』みたいな(笑)。それでクラムボンとやろうということになったんです」

アーティストの音楽性や作品のコンセプトに深く斬り込むototoyの記事ページの充実ぶりは他の配信サイトにはないポイントとなっているが、どのようにセレクトされているのだろうか。

「現体制になった初期ははスタッフもそんなに多くなかったので、基本的に僕と飯田がコンテンツをプロデュースしていました。彼のカラーがものすごく強く出ているから、彼が選んだものを売る、飯田をプロデューサーとするセレクトショップ的な要素が強かったんですが、現在はスタッフも増えてさらに多様になってきました。売るにあたってはただものを置いていてもしょうがない。ほかのサイトはiTunesを含めてレーベルからきた資料がコピペされているだけで、商品がただ置いてあるショップなんです。飯田は長い間レコード屋で働いていて、京都のTSUTAYAの西院店に勤務していた。そこはTSUTAYAのなかでもかなり特別なところで、京都のインディ/オルタナティブ・シーンの中心のようなお店なんです。彼自身に『レコード屋というのはこういうふうにありたい』というのがある。けれどいまレコード屋という文化が既になくなりつつある。レコード屋だったら、この作品の隣にこれを置く、これに関してはこういうPOPをつける、こういう特典をもらう、というノウハウを、配信のショップで展開しているのがototoyのひとつの特徴なんです。web雑誌的なスタンスもそのなかにはあって、おもしろいアーティストがいたらどんどんインタビューとろうとか、ポッドキャストやろうとか、そうした試みを続けています」

〈音楽配信のセレクトショップ〉としての機能をベースに、スタッフも増えた現在では、より多角的な楽曲構成を心がけているという。また前身のrecommuniはSNSからスタートしていることもあり、アーティストとユーザーとの近さはototoyというサイトのカラーにも受け継がれている印象がある。「ototoyはアーティストやレーベルと直のコミュニケーションが多いんです。そういうなかで音源のリリースをしているんだけれど、『イベントの情報を告知させてくれ』とか、いろんな情報がどんどん集まるんです。だけど僕らは単なるニュースサイトでもないし、なおかつ扱っているアーティストのイベント情報だけ出しますというわけでもない」(高橋氏)。ヒップホップ、オルタナティブ、パンクからクラブ系にいたるまでをそろえるototoyは、それぞれのレビューを執筆するライターについても、独自性が強い。

「ライター陣も若い人たちを中心に書いてもらっています。昨今は音楽ライターを目指していた人たちは雑誌がないから、出口がないんです。僕らのところはなかなか原稿料が払える状況ではないけれど、機会をあたえる。菊地成孔にインタビューしたければいけるよ、と。原稿料についてはケース・バイ・ケースなんですけれど、昔みんなレコード屋の店員に800円くらいの時給でもなぜやりたがったかったかっていったら、結局山ほど音楽が聴けたからなんです。配信ショップっていまいちばん情報が入ってくるし、音源も入ってくる。若い子たちと編集会議を毎月やりますから、そこで入ってくる情報はリリースだけじゃなくて、「こういうヒップホップおもしろいよ」という話題が出てきて、僕ぐらいの年代だとなかなか同世代からは入ってこない情報がたくさんヴィヴィッドに入ってくるし、情報と一緒にデータが入ってくるから、僕らはどんどん聴いて何をやろう!って、ある意味A&Rやバイヤー的なことを、少ない人数でものすごいスピードでやっていかなきゃいけないんです」

大きなディストリビューターからの情報を軸にしながらも「自分たちでアーティストやレーベルと直接コンタクトして、こういうことをやろう!ということをなるべくフィーチャーしてやっていきたいんです」(高橋氏)という編成会議の空気が、毎週のように新しいレーベル、新しいアーティストの新曲が追加されるototoyの情報量とスピード感にそのまま反映されているようだ。

「実は音楽配信をするにあたってのデータ化の作業であるメタデータ編集作業というのは、著作権処理の部分を含め、ものすごい細かいんですよ。それもあって、人的資源が限られる分、ディストリビューターからやってくる音源も、セレクトはします。他の配信サイトが、まず何百万曲だ、と数をそろえますよね。それでも、iTunesにはソニーの音源はなかったりという状況がありますけれど、いずれにしろ、iTunes以外のリッスンジャパンとか、wmaで売ってるタイプのショップというのも、僕らのような雑誌的要素はまったくなくて、データしかないことが多い。なので、僕の考えとしては、メガショップを作って個々のアイテムになにもできないよりは、個々のアイテムについて細かくケアできるセレクトショップとしてやれればいいだろうと」

なぜototoyはDRMフリーなのか

そして当初よりDRM(デジタルデータの複製などを制御するための著作権管理の技術)がフリーであることを掲げている点は、他の音楽配信サイトとの大きな違いだ。

「iTunesに比べたらまだまだ曲数は少ないです。メジャーカンパニーはほとんど入っていなく、結果的としてインディのものしか扱ってない、その最大の理由はDRMをかけない、というのが方針だからです。僕らがDRMをつけることのみさえすれば、いくらでも扱えるんですね。でもそれはユーザーフレンドリーではない。たとえば iTunesでもDRMのない音源が増えてきましたけれど、DRMありの音源というのは、コピーがしづらいとか、CDに焼きづらい。それから採用しているファイルフォーマットがmp3とwavなんです。mp3とwavというのはDRMをかけられないフォーマットなんです。mp3はipodでもウォークマンでもかかる。でもmoraで買ったものはでソニー独自のフォーマットだから、ウォークマンではかかるけれど、ipodではかかりません。iTunesで買ったファイルはAACといって、ウォークマンではかからない。しかもそのふたつのショップは同じものを売っていないので、ユーザーにとっては使いにくいんです。なおかつコピーガードもされている」

9月にはソニーが新たなコンテンツ配信サービスをスタートすることがニュースで報じられ、またThe CD Club Net Shopを開設し、廃盤の音源をCDやSACDで復刻するなど、新たな展開も生まれていることも付け加えておきたい。

「僕らはユーザーを信頼して、コピーガードをかけないでもっとも使い勝手の良いmp3ででやりましょうというのが最初のスタートのコンセプトだった。でも5年前くらいは、DRMをつけないと誰も提供してくれないと言われていたんです。2008年くらいになるとアップルがiTunes PlusでDRMをかけない方針になったけれど、それでもまだ日本のレコード協会加盟者はほぼDRMありのものを実際使っている。欧米では現在、DRMをかけるということはかなりナンセンスになっている。僕らはDRMをつけなきゃいけないんだったらいりませんということにしているんです」

かねてよりバンドマンを始め耳の早いリスナーから音が良いと評価を寄せられていたHQDのアイテムは、PCであればiTunesで聴くことができることもあり、飛躍的に増加を続け、認知を高めている。高音質配信のマスタリングはルールが存在しないゆえにアーティストそれぞれの嗜好を反映させることができるという。

「これまでCDにする場合は商品にするためにマスタリングスタジオに持っていく、そこでマスターをなるべく余すところなく詰め込むためにマスタリングエンジニアの腕が問われるわけです。あとはラジオでかけたときにこのCDだけ歌が小さいということのないような調整がされる。そうした客観性が入って商品らしくなるという作業があった。CDマスタリングとマスタリング前に近い音ではどちらがファイナルの音かというのは、人によると思います。高音質配信は最初にミックスして完成したミックスマスターの鮮度をそのまま、CD的な圧縮をしない、見渡しのいいサウンドにしたり、届けようと考えている人もいるし、CDでは出せない音圧を出そうというマスタリングをするアーティストもいます。そこは今、いろんなアーティストが模索しているところでしょう」

DSD配信に関しては小型レコーダーやDSDレコーダーから直接ヘッドフォンで聴いたり、DVD-RなどにDSD DISCとして記録して互換性のあるSACD/CDプレーヤーやPlayStation 3から高音質のサウンドを楽しむことが可能だ。音楽家がスタジオで聴いていた音をクオリティを落とすことなく聴くことができるHQD配信、そしてアナログとデジタルの双方の魅力を兼ね備えた音質を持つとされるSACDをより身近に楽しめるDSD配信。ototoyは、音源データでの挑戦だけでなく、多様な企画やテキストも含め、ミュージシャンの表現をできるだけ最高の状態で提供すること、そして提供する形態の選択肢を増やすことによって、アーティストが作品に込めた緊張や空気感、さらには哲学を届けようとしている。


9月16日、サウンド&レコーディング・マガジンとの共同企画によるDSD配信の記者会見が行われた。実際に録音に使用されたコルグのDSDレコーダーを前に、試聴を行いながら高橋氏、そしてサウンド&レコーディング・マガジンの國崎編集長が、ライブ・レコーディングした音源をそのまま高品質で配信する新企画Premium Studio Liveについて解説した。

配信であれば誰でもすぐレーベルを始められる

高橋氏は、國崎氏からの呼びかけにより実現した新しい試みの第一弾として今年の8月にリリースされた清水靖晃+渋谷慶一郎の『FELT』というアルバムへの反響の大きさを語った。

「『FELT』は24bit48khlzのWAVと、2.8MhlzのDSDに加えて、mp3を加えた2種類のパッケージで発売しました。DSDですと普通のユーザーがなかなか聴ける環境を持っている方は少ないと思ったのですが、とても驚いたのは、WAVよりもDSDのほうが売れました。いまDSDは聴く環境が少ないですが、とりあえずこのあたりの音を買ってmp3で聴きたいという反響があったのです。DSDについては、SACDというかたちで人々の耳には届いていたんですけれど、データというかたちで届けられることはほとんどありません。ototoyでは商業の音楽配信を始めるという意味では世界に先駆けてということが言えると思います。正確には昨年の11月くらいにアメリカのミュージシャンの方が個人のウェブサイトでDSDの販売をやった例があるんですけれど、ototoyのような音楽配信の会社がDSDのタイトルを出すのは世界初と言っていいと思います。ただしDSDの配信をしたことで、ユーザー側になかなか環境が揃っていない。またオーディオメーカーさんもDSDをファイル・オーディオとして展開してよいサウンドを聴かせるという製品ラインナップや提案が揃っていない状況です。ただ私たちとしてはコンテンツを供給するということが最終的にアーキテクチャを作る、アーキテクチャを先に作ってもコンテンツがなければどちらも売れませんので、コンテンツから先走って作ったことは実は正解ではなかったかと思っています」

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三菱電線試聴室に手行われたDSD記者会見&試聴会より、高橋健太郎氏(右)とサウンド&レコーディング・マガジン編集長の國崎氏(左)

國崎氏はまず「去年パイオニアさんの視聴室で行われたHQDの試聴会では取材側にいて、まさか1年後に記者会見する側にいるとは想像もつかなかったんですけれど」と笑いながら、サウンド&レコーディング・レーベルを立ち上げた経緯を説明した。

「通常であると取材する側で、コンテンツを提供する側ではない私たちが、1年経つと提供する側にいるのが実はおもしろい。DSDの配信やレーベルを雑誌がやるべきものかどうかというのは本当は難しいと思うんですけれど、結論から言えば、やったら意外と簡単にできてしまったということです。ではなんでやるのか、というところでハードや聴く環境が整っていないなかでコンテンツを先に出すことに今回は意義を見出せた。これが普通のメジャーのレコード会社さんやインディペンデントでCDを作ってリリースしていらっしゃる方だと、そんな冒険には出られなかったのではないかなと。あくまで雑誌という本業をやりつつそれに絡めてコンテンツの配信というのができるメリットがあったので、こういったレーベル活動というにはまだ2作目なのでおこがましいかもしれませんけれど、あくまで並行してできる環境があったから可能になったことだと思っています。
きっかけになったのは、清水靖晃さんと渋谷慶一郎さんのコンサートです。そういう意味ではコンサート制作を雑誌社がやるというのも、最近でこそ珍しくはないですけれど、僕らとしてはあまりないケースです。僕らがあるバジェットを預かりまして、『なんでもいいのでコンサートをやってください』と言われたので、好きなミュージシャンを集めてやってしまえと思って行いました。その時に漠然とした予感はあったんでしょうね。録っておいたというのはコンサート制作をやる、雑誌の業務から逸脱して始めたその先に二次利用、三次利用できるようにしようという頭が働いていたんだと思います。その録ったコンサートがいい演奏だったのでそれを配信したかった。というときに、去年ototoyがHQDを始められたということもありましたので、『DSDでそのまま配信できませんか』と持ちかけたんです。コンテンツだけ先に出してしまえということの背景となっていたと思うのが、サウンド&レコーディング・マガジンの1月号で、で高橋健太郎さんと津田大介さんの対談を組ませていただいて、そこでSACDがなぜ成功しなかったのかという話題のなかで、ビートルズなどの版権をソニーさんがごっそり買ってしまっていて、SACDで出していれば普及したのに、と。確かにそうなんですよね。聴くハードを持ってないからコンテンツを出してないと最終的に普及しない。最初CDが普及したときにソニーさんが本気だったなと思うのが、その時にリリースされたビリー・ジョエルとかそもそもCDがベートーベンの第九がフルで入るように設計されている、とコンテンツを考えて出されていた。でもなぜかSACDのときはあまりそういう感じではなくて、ある種制作の補助のようなかたちでいろんなレーベルに働きかけていらっしゃいましたけれど、なにがなんでもSACDを成功させるぞという気概は、一部の方を除いて感じられなかった。
そういうところもあって、自分がたまたま企画したコンサートがあって、それをDSDで録って出すのであれば、そのまま出してみるのもおもしろいのではないかなと。それで失敗したところで損はないというと変な言い方ですけれど、これは配信をやることのいちばんのメリットなんですけれど、これがもしこれからSACDをやってもう一度盛り上げようということで渋谷さんの音源を5,000枚プレスして売るぞと思ったら、1回で終わっていた(笑)。配信はそれがないのがすごいなと。だから今日いらした方でもレーベルはじめられますよ、というのはまさにそういうところだと思うんです。マスターを作るというのは実はそんなにお金を使わなくてもできてしまう。そこから複製して盤を作ったりジャケットを作ったり流通を通していくというところでものすごくお金がかかってしまう。もしくは最終的に売れなくて戻ってきてしまう。そのリスクを配信だと回避することができる。それは大きいと思いました。
そういう経験があったので、清水さんと渋谷さんの音源はコンサートを録音した音源でしたが、これから続けていこうと思ったときに、まず考えたのは何回もコンサートをやってぜんぶ録っていけばいいんだと。コンサート・レコーディング・シリーズをやろうかなと思ったんです。会場はどこがいいかなと考えているうちに、会場を借りるとお金がかかってしまうので、ある程度の集客がないとペイできないので怖いなと正直思ったんです。集客のあるアーティストを呼ぶということは、その人を呼ぶにもまたお金がかかるかもしれない。それで何人お客さんを入れてチケット代がいくらということを考えなければいけない段階で、すでにリスクが先に生じてしまうなと。清水さんと渋谷さんのコンサートはコンサート・プロデュースで実はコンサート自体はほとんど無料というかたちだったので、そのリスクなしに僕らはやれたんです。
でもそれをいちから企画していくときに、コンサートのリスクをしょってまでは難しいなと。どうしたらいいかと考えてスタッフのなかで相談していくうちに、大きいところでやらなければいいんじゃないかということで、レコーディング・スタジオを借りてそこでライブをやって録音して、お客さんも呼ぶというアイディアが出てきた。普通レコーディング・スタジオというのは普通大勢が演奏を聴いたりする場所ではないんです。演奏者は演奏するだけ。そこにお客さんを50人くらい入れたら満員くらいにすれば、集客のリスクはものすごく抑えることができる。というところで、すごく著名な方でなくても、僕らが音楽的におもしろいと感じた方を呼んでおもしろい演奏をしていただくことができる。その自由度がスタジオでライブをやるということに関しては得られると思いました。
それからライブ・レコーディングをやるということで、ホールやライブハウスでやる場合にはさまざまな困難がつきまとうんです。清水さんと渋谷さんの音源はホールで録ったものなので、さまざまなノイズとか会場にいらっしゃってるお客さんに音を届けるためのPAが前提にあって、PAのためのマイクのセッティングであったりが必要になる。録音のマイクセッティングとは違うので、完全にいい音で録るというのは難しいと思っていました。それが発想の転換をして、レコーディング・スタジオであくまでレコーディングのためのマイクセッティングをしておいて、お客さんにはPAではなく生音を聴いてもらう、というやり方はおもしろいんじゃないかと思いました。そういうことを考えて、これをサウンド&レコーディング・マガジンのCDリリース企画として出してみようかなと思いました」

配信であれば誰でもすぐレーベルを始められる

ミュージシャンの潜在力を活かす制作方法

そうしてリリースされたのが、一口坂スタジオでライブ・レコーディングが敢行された大友良英+高田漣の『BOW』

「大友さんはこのレコーディングが終わってすごく感心されていたのは『今まで自分は長年ノイズを出す音楽をやってきた。それでいつも録ってもらうとがっかりしていた。こんなノイズじゃない、もっとすごいノイズを出しているのに録れていない。でも今回録ってみて、初めて録れた』と。シンセサイザーみたいな機械を出して録っているノイズもあれば、アナログのレコードプレーヤーを回転させながら鳴らしたり、不思議な音の出し方をしています。
DSDはSACDはクラシックやジャズのような音楽だけでなく轟音のギターとかそういういう音にも合うということを体験していただけるのではないかと思います。 お聴きいただいて解るように、まさにスタジオじゃないと演奏できない、様々な楽器を置いてある種即興的に音を出しつつキャプチャーしていくということは、レコーディング・スタジオでないとできない技かなと思っています。
驚くべきことにリハをほとんどやっていないんです。ミュージシャンの潜在力がすごくて、いい演奏ができるのになかなかその場に恵まれていない。ライブでは好き勝手にできるかもしれないけれど、それをパッケージにして販売するとなると、『これは売れないんじゃないか』『売れるためにはもっと曲を短くしたり作り込んだり音程が悪かったらピッチを直そう』とか、そういう風に作られているのが昨今の作品だと思うんですけれど、ここではそれをすべて取っ払って好きにやってくださいと。この作品のディレクションらしきディレクションといえば思う存分好きにやってくださいということ。若干のテーマはありますが、それでミュージシャンの方は喜んで、その場でアイディアを出しながらやりました」

webDICEからの「今後DSDの環境が整ってくるなかで、ミュージシャンの録音や演奏に対する意識が変わってくるのではないか」という質問に対しては、國崎氏は次のように答えた。

「ミュージシャン次第かなと思います。そういうことをまったく気にしないでいつも最高のプレイを心がけるという方もいらっしゃれば、これはCD用だったらここまでしか入らないからそのなかでベストのセッティングにする、という方もいらっしゃるんです。そういう方が変わってくるケースはあると思いますけれど、ケース・バイ・ケースですね。ただ大友さんはノイズは出せないと判断していたんでしょうね。あきらめていたことが、こうしたレコーディングの方法や配布の方法が広まることに出せるようになる、ということで変わってくる方はいらっしゃるでしょう」

またライブハウスでは観られない編成のパフォーマンスを楽しむことができるという意味でも興行としてのPremium Studio Liveの可能性についても聞いた。

「イベントとしてのおもしろさについては、正直僕らもお客さんと同じ目線で楽しかったとしか言いようがないですね(笑)。ライブハウスだとステージと客席が段が分かれていますけれど、同じ平面なのでかなり近くまで寄って、手元まで見ることができるのが貴重ですね。おしむらくは50人以上は無理なので、ほんとうにそういう意味でのPremium Studio Liveということで。チケットは抽選なのでとても心苦しいんですけれど、しばらくはそうやっていこうかなと思っています」

Premium Studio Liveは10月31日(日)に原田郁子+高木正勝による開催が決定、ototoyからはThe Coronaをはじめ他レーベルからのDSD配信も続々決定。高音質配信がどんどん身近に楽しめる環境が充実してくる模様だ。

(文:駒井憲嗣)

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webDICE:渋谷慶一郎インタビュー(2010.8.12)


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