骰子の眼

cinema

東京都 渋谷区

2011-04-18 20:00


『スコット・ピルグリム VS. 邪悪な元カレ軍団』にある、コミックやゲーム、そして音楽への徹底したこだわり

『ホット・ファズ』エドガー・ライト監督の自由奔放な感性が発揮されたラブバトルを分析。
『スコット・ピルグリム VS. 邪悪な元カレ軍団』にある、コミックやゲーム、そして音楽への徹底したこだわり
©2010 Universal Studios. ALL RIGHTS RESERVED

原作者と監督について

『スコット・ピルグリム VS. 邪悪な元カレ軍団』は数あるコミックの実写映画の中でも、異彩を放つ映画だ。紙の上ならではの誇張表現や擬音文字を映像でも巧みに表現し、原作以上に強烈な視覚効果で笑いを誘う。映画本編前に流れるユニバーサル映画のロゴマークからして、8ビットゲーム風にアレンジされる徹底ぶり。これから始まる奇妙な世界とエドガー・ライト監督の熱意が凝縮されているようだ。
原作はカナダ出身のブライアン・リー・オマリーが2004年から2010年にかけて発表した、全6巻のシリーズ作だ。作者がトロントで体験した出来事をヒントにした青春ラブコメディで、日本発の漫画から強く影響を受けているのは一目瞭然。丸みを帯びたかわいい絵と、主人公のスコットの半径5mのグダグダな日常生活を描く内容に、日本人も親近感を抱くだろう。強さと男らしさが売りのマーヴェル・コミックやDCコミックがメインストリームの北米で、発行部数100万部を越えたというから驚かされる(現在、ヴィレッジブックスから日本語版が発売中)。
ライト監督は、ゾンビ映画への愛とツッコミを詰め込んだ『ショーン・オブ・ザ・デッド』(04)や、左遷の憂き目にあっても、我が道を行くエリート刑事のアクション『ホット・ファズ 俺たちスーパーポリスメン!』(07)で注目を集めた異才だ。一時期、クエンティン・タランティーノ監督宅に居候していたエピソードからもわかるように、ポップカルチャーへのこだわりとアイデアあふれる演出はお手の物だ。ライト監督は2004年に自作『ショーン・オブ・ザ・デッド』の試写会で、エグゼクティブ・プロデューサーに刊行直後の1巻を渡され、「スクリーンではもっと無茶な表現ができると思ってワクワクした」という。主人公のショボイ現実をビデオゲームやコミックというフィルターを通して映像化するのに、彼以上の適任者はいない。

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©2010 Universal Studios. ALL RIGHTS RESERVED

実は古典的な成長物語!?

スコット・ピルグリム(マイケル・セラ)は22歳、無職。売れないバンド“セックス・ボブオム”のベーシストで、自分に一途な女子高生、ナイブス(エレン・ウォン)とつきあっている。金と名声とは無縁だが、そこそこ充実した日々を送っていたある日、スコットは夢に見たラモーナ(メアリー・エリザベス・ウィンステッド)を現実世界で見かけて一目ぼれする。この時からスコットは、ラモーナの元カレ全員とバトルする奇妙なゲームに巻き込まれていく。
バンドバトル会場に乱入してきたエキゾチックなマシューに始まり、近所で映画撮影中のアクションスター、絶対菜食主義のベーシストなど、次々と出現する元カレに臨機応変に反撃し、ボーナスポイントをゲットするスコット。バトルを制して進化した彼と最後に対決するのは、有名音楽プロデューサーのギデオン(ジェイソン・シュワルツマン)だ。スコットはラモーナをものにするため、最強のラスボスとの戦いに挑む。早い話が、これはチェリーボーイのスコットが愛するラモーナの過去と対峙し、試練を乗り越えて愛を深めるという、古典的な成長物語である。

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©2010 Universal Studios. ALL RIGHTS RESERVED

ハイパーな世界観

ライト監督は「原作に忠実」を心掛けつつ、前述した通り「もっと無茶な表現ができる」と、グラフィックス、ワイヤーアクション、VFXなどを多用している。登場人物が暮らすハイパーな世界では、文字がキャラクターに合わせて動いたり砕け散ったりする。ライフの状態が片隅に現れたり、アクションの軌跡が人物を包み込んだりもするのに、グラフィックが人物の邪魔をしない。デザインとタイミングが絶妙なのだ。今までになかった映像体験なのに違和感を感じないのが不思議である。
スコットが7人の元カレとバトルする場面は、映画のいちばんの見どころだ。格闘ゲームと音楽とカンフーをミックスして、今まで見たことのない世界が繰り広げられる。現実世界ではあり得ない、重力を無視したアクションシーンを撮影するために、ジャッキー・チェンやジェット・リーとも組んでいるスタントコーディネーターと格闘コーディネーターが担当しているという。
主演のマイケル・セラが来日した際、ファイトシーン撮影の裏側を聞いてみた。セラはカナダ出身の23歳で、07年のアカデミー賞脚本賞受賞作『JUNO/ジュノ』で注目された若手実力派だ。テレビシリーズ「ブル~ス一家は大暴走!」や全米ヒット作『スーパーバッド童貞ウォーズ』(DVD題)などで、コメディ俳優として人気が高い。
「ジャッキー・チェンのスタントチームにいるブラッド・アレンが、今回、アクションを担当したんだ。僕を含めて、アクションやVFXは初めてというキャストが多かったから、撮影前に2カ月間、トレーニングを受けたよ。ケガをしない体作りから始まって、シーンごとの動きを練習して…。最初はかなり怖くて、みんなで励まし合っていたね。いちばん大変だったのは、ギデオンとの対決シーンの撮影。カット数が多い上に、ギャラリーが見守る中でのバトルだったから、機材の調整や構図作りが大変だった。あとはスケボー対決の撮影だね。僕にとって初めてのアクション撮影で、1週間以上も夜間撮影したんだ。映画じゃたった5分しかないファイトシーンだけど、単純に笑える場面になっていて、初めて見たとき“監督はこういう絵を作りたかったんだ!”と驚いたよ」。

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©2010 Universal Studios. ALL RIGHTS RESERVED

音楽について

最後になるが、音楽についても少し。スコットの生活はバンド“セックス・ボブオム”の活動が中心で、バンド練習やライブハウスでの対バン場面が多くある。ライト監督自身が音楽好きということもあり、「映画のライブ・シーンって最低なものが多いよね。この映画ではぴったりの曲を作ってもらえるミュージシャンを世界中から選ぼう」と話していたという。そこで白羽の矢が立ったのが、“レディオヘッド”やベック(・ハンセン)のプロデューサーとして有名なナイジェル・ゴッドリッチだ。彼の熱意と人脈で、サントラは一癖アリ技ありのラインナップになった。トロントでくすぶってる“セックス・ボブオム”の全曲は、ベックが物語の展開に合わせて書き下ろしという贅沢さ。日本から撮影に参加した斉藤兄弟扮するカタヤナギ・ツインズがバンド・バトルで演奏する曲は、コーネリアス(小山田圭吾)が提供してと、他にも音楽ファンが喜ぶ企みがちりばめられている。
コミックの映画化は数多くあれど、『スコット・ピルグリム VS. 邪悪な元カレ軍団』の徹底したこだわりとばかばかしさに敵うものは、これから先にも現れないだろう。

(文:落合有紀)



『スコット・ピルグリム VS. 邪悪な元カレ軍団』
4月29日(金・祝)、シネマライズ他にて全国順次ロードショー

監督:エドガー・ライト
脚本:マイケル・バコール&エドガー・ライト
原作コミック・シリーズ(オニ・プレス):ブライアン・リー・オマリー
出演:マイケル・セラ、メアリー・エリザベス・ウィンステッド、キーラン・カルキン、クリス・エヴァンス、アナ・ケンドリック、アリソン・ピル、ブランドン・ラウス、ジェイソン・シュワルツマン、斉藤祥太、斉藤慶太
2010年/アメリカ/英語/カラー/ビスタサイズ/Dolby SRD・SDDS・DTS/112分
字幕翻訳:栗原とみ子
字幕監修:町山智浩
ユニバーサル映画作品
配給協力:アステア+パルコ
©2010 Universal Studios. ALL RIGHTS RESERVED
公式HP

★4/23(土)に、公開直前のオールナイト3本立て上映を
東京・渋谷のシネマライズにて開催。
日本初となる、『ショーン・オブ・ザ・デッド』もスクリーン上映します。
3本観て、お得な3,000円均一。

この公開を喜んでくれているエドガー・ライト監督、
そして盟友のサイモン・ペグ、ニック・フロストの3人から、
日本の観客にむけてのオリジナル・メッセージも上映されます。

詳しくは、こちら



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