骰子の眼

cinema

東京都 中央区

2011-09-22 23:25


自分らしく生きるためには?性同一性障害に悩んできた飯塚花笑監督が自身の実体験をもとに制作した『僕らの未来』

ライター鈴木沓子が劇場未公開作品を紹介する連載、第1回は開催中のPFFアワード2011上映作品からピックアップ。
自分らしく生きるためには?性同一性障害に悩んできた飯塚花笑監督が自身の実体験をもとに制作した『僕らの未来』
飯塚花笑監督『僕らの未来』より

《連載にむけて》
「世界を変えようとする気のないクリエイターは、辞めるべきだ」。アニメーション作家で映画監督ヤン・シュヴァンクマイエルの、挑戦的なこの一言。でも、ものを作ろうとする人は、誰しもそうした気概をどこかに持ち合わせていると思う。本来、オリジナルの作品を作る、生み出すという行為は、そういうことだ。ただ、その純度を保ったまま、ひとつの作品を世に出すことは、決してたやすいことではない。シュヴァンクマイエルの言葉は、そうした矛盾ある状況に、いらだちを隠さない。
しかし、“自主映画”または“インディーズ映画”と呼ばれる映画からは、時々、そうしたパラドックスを飛び越えた、ズレのないエネルギーをもらえる作品と出会える。考えてみれば、当然なのかもしれない。誰に言われたからでもなく、お金のためでもなく、ただ撮らなければならなかった、という思いに駆られて作られた作品なのだから。ただ良い作品でも、広く劇場公開される機会は、本当に限られている。それを日々の泡のように眺めているのは、本当にもったいない、という想いから、この連載がスタートします。

遅まきながら私が“インディーズ映画”がとんでもないことになっていると知ったきっかけは、日本映画監督の登竜門『ぴあフィルムフェスティバル(PFF)』だった。「まだ観たことのない、びっくりするような映画を観たい」と思っていた昨年、PFF一般審査員を務めさせていただき、文字通り、“これまで観たことのない作品”の数々に出会った。当時半蔵門にあったぴあ本社の映写室に2日間こもって、入賞作品を一気に鑑賞した時、ちっとも飽きなかった自分に驚いた。思った以上に、質が高い。そして作り手の気持ちの純度が高い作品は、こんなにも面白いのかと、はっとした。映画に製作費や技術の問題はつきものですが、結局は作り手の世界観とエネルギーを観るということ、つまり、人を動かすのは人なのだということに改めて気づいたのだと思う。
という訳で、連載第1回目は、今年も開催が始まった「第33回ぴあフィルムフェスティバル」の入賞作品の中から、今年の最年少監督である飯塚花笑監督の『僕らの未来』を紹介します。
性同一性障害に悩む10代の主人公の話ですが、セクシャルマイノリティの問題の根本は、決して、マイノリティに属さないことに気づかされる作品です。

【ストーリー】
性同一性障害に悩む高校生の優は、毎日着なくてはならない女子生徒の制服や周囲からの不理解に、人知れず苦しむ。唯一の心の支えは、優が想いを寄せる女子生徒の真澄。しかし、その関係を、意地悪な男子生徒に知られたことで、からかいや嫌がらせはエスカレートしていく。一方、自宅では、両親が離婚を決め、父が家を出て行くことになった。性別、人間関係、進路──。初めて人生の選択に直面し、揺れ動く10代の心情を鮮明に描く。本作は、青春映画であると同時に、監督自身の実体験をもとに描いた半ドキュメンタリー作品でもある。

特に思春期を迎えた中高生に観てほしい

──この作品は、飯塚さん自身の体験をもとにして描いた半自伝的な作品ですよね。なぜこの作品を撮ろうと思ったのですか?

私は小学生の頃に「もののけ姫」を観て以来、ずっと映画の持つ、言葉にならない力に魅力を感じて来ました。そして将来は映画監督になり、映画をつくりたいと思い続けていました。いざ10代最後の年に自主制作で映画を撮ると決めた時、テーマは、自分の中の異質性を認めること、そしてありのままの自分で生きることしか考えられなかった。私の中で一番大きな問題であり、15歳の時から悩んできた問題の軌跡を撮ること、です。八方ふさがりになっていた自分が自分自身を受け入れ一歩前に進めた瞬間のことを、映像で形にしようと思いました。

誰でも、受け入れられない現実、もしくは自分自身に直面し、絶望感を覚えることがあると思うんです。今現在の自分が、悩んでいた当時の自分に手を差し伸べることができたら、どれだけ救われるだろうと思いで作りました。今まさに同じように悩んでいる人、特に思春期を迎えた中高生に観てほしい作品です。

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飯塚花笑監督

──冒頭で主人公の優が、「今は自分が男だってこと、認めてもらいたくて、もうそれだけになっちまったんだ」と言う台詞が印象的でした。本来なら、好きな絵を描くことに没頭したり、友達との時間を大事にしたり、学校生活を満喫したいのに、性同一性障害であるために、それがままならない状態に怒りや焦燥感を感じている様子が描かれている。この映画はいわゆる「セクシャルマイノリティを描いた映画」ではなく、自分であることの難しさやその葛藤を描いた、正統派の青春映画なのだなと思いました。

そうですね。性同一性障害を取り上げたのは、やはり私自身の問題でありますし、表現しやすかったからです。でもやはりどうしても「性同一性障害」という言葉に、人はフォーカスしてしまいがちになると思います。でも私が描きたかったのはそこではない。自分が自分らしくありながら、この社会で生きるにはどうしたらいいのかということが、作品のテーマです。万人に訴える普遍的な作品を撮ろうと意識しました。

──飯塚さん自身は、どうやって乗り越えてきたのですか?

女である身体と、それを受け入れられない心との葛藤で、ずっと苦しかった。男っぽくふるまうことを周りにからかわれても、それに反抗することもできない。自分自身も“普通ではない自分”を受け入れることが出来ず、自身を肯定できないからです。これから一生こんな悩みと共に生きていかなければならないのかと暗い気持ちになった時期もありました。

映画では、主人公の優が実の父にカミングアウトをし、受け入れてもらうところで終わりますが、私自身は男性として生きると決めた後も辛いことは、たくさんありました。身体の治療は全くしていないので、常に人から女として見られるのではないかという不安が拭えません。一時は男性として認められるために、自分を偽って過剰に“男性”を演じていました。歩き方もなよなよしちゃだめだと思って研究したり、本当は裁縫が好きなんですが、それをひた隠しにして「裁縫?そんなのできねーよ」ってイメージ作りをしたり…。でも、だんだん、このままじゃ、男としても女としてもつぶれてしまうって、苦しくなってきて。やっぱり男でも女でもなく自分は自分らしく、ありのままで生きることを覚えなくてはいけないと思いました。

そんな悩みを抱えていた時に、私を救ってくれる出会いがありました。本当に素敵だなあと思える、ありのままの自分を生きる素敵な友達に出会えた。その友達には、うわっつらで喋ったことは、すぐ見透かされてしまうんです。でも、自分が本当に感じていること、きちんと考えたことには、ちゃんと応えてくれる。自分自身も、的確な言葉で本心を言えた時はすっきりするし、それに相手が返してくれると嬉しい。そこで初めて、伝わった、つながれたと思える。そんな感覚を覚えてからは、何でも簡単に口走らないようにして、自分が本当に思っていること、感じていることは何なのか、自分にゆっくり自分自身にも聞いてあげるように努めました。いままでは性別のことが邪魔をして、自分に対して、そういう作業を疎かにしていたことがあった。でも、自分が本当に思っていることを知るようになったら、自分の気持ちを押し隠すような癖もなくなった。少しずつ本当の自分でいられるようになった。

私自身もまだ決して問題を乗り越えたわけではありません。いくら周りの人に理解されても、自身の身体が受け入れられなかったり、これからの生活に不安は尽きません。誰でもそうだと思いますが、結局、悩みは尽きないものだと思います。ただ、悩んで一歩踏み出してみると成長した自分がいる。そういうところに喜びを感じていけたらいいですよね。

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『僕らの未来』より

他の人が与えられないような夢や幸せを与えたい

──映画の中でも、優の幼馴染でダンサーを目指す悠が、先生から「あなたは、形を表現したいの?心を表現したいの?」と諭されて、はっとするシーンがありますね。

そうですね。男らしさ、女らしさという言葉は好きじゃありません。こうやって話すことも、映画を撮るにしても、本当の声で喋ることにこだわっている。嘘をつきたくない。“肉声”のない映画はおもしろくないと思うから。

でも、性別はアイディンティティだと思うし、そこからくるストーリーに憧れたりする時もありますよ。普通に、「将来結婚して、子供がいて、家に帰ると奥さんがいて、一緒に夕飯を食べれたら幸せだなあ」と想像することもありますし、もちろん、そうならなくてもいいんじゃないかとも思える。でも、結婚という制度に憧れたりするのって、DNAの仕業じゃないかなぁ。

母親にカミングアウトした時には、「あんたは私の夢をぶち壊した」と言われて、その後2年間くらいお互い口もきけない状態になりましたが……。母には“娘が結婚して孫を産む”という親としての夢があったようです。自分としては、他の人が皆当たり前に親に与えられるものを、自分は与えることができないんだ、と思ったら辛かった。でもそういう生き方を自分は選んだ。だから、両親にそれ以上のことをしなきゃいけないと思った。“普通の幸せ”は与えられないけど、良い作品を撮って見せるとか、違う形の夢や幸せを与えられるようになりたい。将来のパートナーに対しても、同じです。いかに他の人にはあげられないものを与えられるか、そこでどう勝負できるかだと思っています。でもそれが嫌じゃない。へそまがりだし、もともとそういう風に生きたいと思っていたからかもしれません。

母には、高校時代の途中で、制服を男子制服に変えたいと相談した頃から、少しずつ話ができるようになりました。男子の制服を着たかったのは、学校で友達にカミングアウトしたら周囲が認めてくれたから、偽りの姿で通学したくないという思いが強かったからです。でもそれには、両親の承諾がいると思った。そこで、制服を変えることが、なぜ必要なことなのかを話し始めたら、次第にお互いが歩み寄って、話せるようになりました。そうしたら、「あなたの言っていることがようやくわかった気がする。男とか女とかではなく、私は自分の子どもが一人の人間として立派に育ってくれたらいいわ」と言ってくれた。そこから、ようやく自分の中の男性的な部分を解放していくことができたし、両親にも、“娘じゃなくて息子”という意識が芽生えてきたように思います。

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『僕らの未来』より

──長編を撮ったのは初めてですか?

自分もスタッフもキャストも含めて全員、映画制作は初めてでした。大学では、1、2年生は、基礎的な授業が中心なんです。早く実際に映画を撮りたくて仕方なくて撮った、初めての作品です。特にこのテーマは悩んでいた10代のうちに撮りたいと思ってました。案の定10代20代では時間が経つにつれ悩み方や感じ方が変わってしまった。

機材は学校から借りて、同級生や後輩に協力してもらいましたが、キャスティングには特に苦労しました。高校生役はまだ学校内で見つけられますが、お母さん役やお父さん役はどうしても学内じゃ無理。どうしようかと悩んでいた時、大学の講義に出たら、一般の聴講生の中で、優の母役と悠の母役にぴったりな人が二人セットで並んで座っていて(笑)その場でお願いしました。はじめは戸惑っていた様子でしたが、熱意に根負けしてくれました。

──少し気になった点は、性同一性障害の生きにくさの描写が、うっかりしていると見過ごしてしまうほど、さりげなかったことです。優が女子トイレに入ろうとしたら、中に女子生徒がいたため出てきてしまうシーンや、夏なのに身体の線を隠したくて厚着をしている様子など、当事者目線に止まった気がします。また、セクシャルマイノリティの登場人物が多い点です。

性同一性障害の生きにくさ、生活のしづらさを描かなくてはいけないと思ったのですが、そこを詳しく描きすぎて尺を使うのは、本来やりたいことから逸脱しかねないと思った。主人公の周りにセクシャルマイノリティの登場人物が多いのは事実としてはあり得ることではないと思う。でも性同一性障害と一口に言っても、さまざまな悩みを抱えている人がいるということ、そして、真実を描く上で必要であったと思っています。

──次回作について教えてください。

占い師に未来を予言されてしまった人の話です。これも実話がもとになっているのですが、知り合いで占いのできる方がいて、占ってもらったことがあるんです。そうしたら、「あなたは30歳を過ぎたらダメになる」と言われてしまったんですよ。それは、ある意味「30になったら人間としてダメになる」という呪いであると思うんです。こういうことは、占いに限らず、よくあることだと思います。“自分の未来はこんなもの”と限定したり、他人に決めつけられてしまうと、それが本当に現実になってしまうことがある。その先に進み続けるためには、やっぱり呪縛を解かなければいけないんです。私はそんな呪縛を解く、力強く生きようとする人の話を撮りたい。それは、私自身の「強く生きたい」「道を切り開きたい」という願望であるんです。結局私のつくる映画は、皆、私自身なのだと思います。

(インタビュー・文:鈴木沓子)




飯塚花笑 プロフィール

群馬県前橋市生まれ、21歳。現在、東北芸術工科大学映像学科に通う大学3年生。初監督作品「僕らの未来」は、バンクーバー国際映画祭のドラゴン&タイガー部門(アジア部門)にノミネートされたほか、今年のぴあフィルムフェスティバルでは、9月23、29日、山形国際ドキュメンタリー映画祭でも10月10日に上映が予定、同時に次回作への制作に余念がない。




『僕らの未来』

監督・脚本・撮影・編集:飯塚花笑
助監督:根本 翼
録音:根本 翼、野口裕紀、村上祥子、中島 唯
スクリプター:本間愛実、柳谷朋里
衣装:高森萌未、広井砂希、田中加也子
小道具:鈴木真実子、金森祥子、推名夏未
タイトルデザイン:小川竜由 音楽:佐藤那美
出演:日向 陸、佐藤憲一、小森隆之、福永りょう、犬飼麻友、柴田琢磨、佐藤哲哉、奥山力、阿部将也、佐藤建人、吉田峻太郎
2011年/ビデオ/75分




『第33回ぴあフィルムフェスティバル』
2011年9月20日(火)~9月30日(金)

会場:東京国立近代美術館フィルムセンター 大ホール
公式HP
『僕らの未来』は2011年9月23日(金・祝) 11:00、
2011年9月29日(木) 14:30に上映。

※『僕らの未来』は2011年10月6日(木)から13日(木)まで開催される山形国際ドキュメンタリー映画祭でも上映があります。『僕らの未来』上映は10月10日(月・祝)10:00からです。




鈴木沓子 プロフィール

新聞社、雑誌社を経て、現在フリーで執筆、編集、翻訳業を行う。雑誌「週刊金曜日」、「ユリイカ」、オンライン「webDICE」などに掲載中。今秋、『ホーム・スイート・ホーム―バンクシーのブリストル』(共訳)を作品社より出版予定。


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