骰子の眼

cinema

東京都 新宿区

2014-01-10 19:10


事件の当事者が主役を演じた『鉄くず拾いの物語』ダニス・タノヴィッチ監督がその演出方法を語る

ボスニアで少数民族ロマの女性が保険証を持っていないために手術を拒否された出来事を描く
事件の当事者が主役を演じた『鉄くず拾いの物語』ダニス・タノヴィッチ監督がその演出方法を語る
映画『鉄くず拾いの物語』より

『ノー・マンズ・ランド』のダニス・タノヴィッチ監督の『鉄くず拾いの物語』が1月11日(土)より公開される。監督の故郷ボスニア・ヘルツェゴヴィナを舞台に、この地に住む少数民族ロマの女性が保険証を持っていないために手術が受けられなかったという実際のニュースをベースに、当事者の夫婦を出演させ、この事件の詳細をドキュメンタリー・タッチで描いている。演技経験のなかった夫役のナジフ・ムジチが2013年ベルリン国際映画祭で主演男優賞を受賞するなど、高い評価を獲得する今作についてタノヴィッチ監督に聞いた。

ストーリーが自分を見つけてくれる

── 最初に、ナジフ夫妻に起きた出来事を作品にしようと思った理由をお願いします。

私が見つけたのはとても小さい新聞記事で、事実だけが短く書かれていました。私は映画ができるのは、ストーリーが自分を見つけてくれるものだと思っています。ですので、今回の場合も、新聞記事を見たときに、なにか彼らの物語にただただ惹きつけられたとしか言いようがないのです。私自身も5人の子供の父であり、妻は流産も経験をしているため、セナダ(奥さん)の陥った状況について大変憤りを感じました。理性ではなく感情的に「この事実を映画にしたい」と思いました。ロマだから特別に描きたかったというわけではなく、貧困にあえいでいる、誰でも陥らないとも限らない問題に直面したからなのです。皆さんも本当に心が憤るような事を目にしたり読んだりした時に、何らかの行動に移すと思います。お金のある方だとチャリティーに寄付をしたりするように、私の場合はそれが、映画を作るということだったのです。

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映画『鉄くず拾いの物語』のダニス・タノヴィッチ監督

── ボスニアにおけるロマの現状は?

実際にはボスニア人の人口すら把握されていない状況で、まさに統計を国がしている最中なんです。ロマの方々は良い状況ではないですが、それはボスニア全体に言えることで、ロマだからというわけではありません。ボスニアという国は経済が回復することができなかった、ずっと不況を脱していない国だからです。以前はロマの知り合いはいなかったのですが、自分自身、この作品を通してはじめて触れ合う事ができました。原題(An Episode in the Life of an Iron Picker)にもあるように、今回の事件は彼らの人生の1エピソードである、ということなんです。それは皮肉にも真実でもあるわけで、つまりそういった今回のような状況に普段から慣れているということなんです。多くの方は声高に訴えたりするところですが、実際に彼らに話に行った時も状況に対して文句を言わないのです。でも、これは彼らに限った事ではなく、戦後のボスニア人が共通している部分かもしれません。今回の映画に描かれている事は、ロマだからというわけではなく、雇用がない貧しい家庭の家族にはボスニアでは誰にでもありうる事です。システムの置き去りになっている方々の事を私は映画にしたかったのです。

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映画『鉄くず拾いの物語』より

── ナジフ一家に映画に出演してもらう事に至った経緯を教えてください。

新聞記事を読み、すぐに知り合いのつてでナジフ一家に会いに行きました。ナジフに会い、私はすぐに彼を好ましいと思いました。一家にお会いして「起きた事を全て話してほしい」と、ひとつづつ彼らから聞きました。その時点で映画にしたいという気持ちはありましたが、果たしてフィクションなのかドキュメンタリーなのか、どうしようか考えている状況でしたので、話を聞きながらひたすらメモをとっていました。もちろんその事実自体も非常にドラマティックだったのですが、それ以外の彼らの生活ぶりや人生についても話を聞きました。面白かったのは、新聞記事での主役はセナダ(奥さん)だったのですが、実際映画になると夫であるナジフに寄った作品になっていた事です。彼女が動けなかった時に、彼が動いて彼女を助けようとする、より映画的な立場にあったという事があったからです。彼らに、自分自身を演じてほしいとお願いしたのは3回目に会った時で、とても自然な形でそういう流れになりました。あまり伝統的なドキュメンタリー手法をとりたくなかったというのと、普通の長編映画になると半年以上かかってしまう、ボスニアでは特に今映画を撮るというのは非常に大変なので、そこまで待っていられないという思いもありました。なので、彼ら自身に演じてもらったらどうだろうと思いました。その時にはすでに信頼関係も生まれていましたので、快諾してもらいました。

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映画『鉄くず拾いの物語』より

観た後に友人たちと一杯飲みながら考えたくなる映画を作りたい

── 役者を使わず実際の人物を登場させる上で、演出はどのようにされたのでしょうか。

この作品は脚本がありません。ナジフの話を聞き、映画的に重要となるシーンになるだろうという部分をメモし、それをベースに、撮影スタッフと話をして撮影を進めていきました。作品の中での彼らの自然な表情は、本当にある姿をそのまま撮っただけなのです。こういう形で撮影できたことはとても満足しています。夫であるナジフは、本当に自然な演技をする方だと思いました。今回の作品のシーンは、ほとんどが2~3テイクしか撮影していないのですが、ナジフのシーンはほとんど1テイクでOKでした。その状況に置かれると、自然な反応を見せて下さる方なのです。だから監督としては本当に何も演出していないし、何をしたかというと、彼が居心地の良い空間を作ったということだと思います。それだけ彼はカメラの前に立っても自然でいられる方なのです。

ただ、子供たちについてはどう自然体に撮影しようかという思いはありました。そこで最初に撮影する前に、2日間カメラマンと一緒にナジフの家に行って、小型のカメラを持って家の中で過ごしました。それで慣れてもらおうと思ったのですが、子供たちですから始めは叩かれたりスリッパをカメラにのせられたりしました。でも2日間たつと飽きてしまって、そこから撮影を始めるという事をしました。あとはいろいろな方法で、例えばセナダが料理をするシーンは、子供たちをおとなしくさせるには子供たちを料理に巻き込むしかない、日常の母親もきっと同じ行動をとるに違いない、と一緒にパンを作ってもらいました。

また病院で子供たちを待たせるシーンでは、現実に起こった通り、1~2時間待ってもらいました。当然彼らも待ちくたびれて飽きてしまいました。とにかく自然体に撮りたかったので、そこでは待合室にあるチョコレートの自動販売機に合わない小銭をわざと渡して「チョコレート買っておいで」と言いました。でも、子供たちがいくらお金を入れても出てこないわけです。そうして販売機に夢中にさせることによって、ナジフを全面に映しながら背景に子供たちの自然な姿を映す美しいショットが撮影できました。

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映画『鉄くず拾いの物語』より

── 映画が完成した後の反響はいかがですか。

この映画で、ナジフはベルリン国際映画祭で主演男優賞をとることができ、彼はボスニアではすっかり有名人になりました。結果的に彼は公園の清掃員という職を手にし、保険証も手に入れることができました。映画には出てきていませんが、彼らの間に新しく子供も誕生しました。こういった形でナジフの家族の生活が豊かになった事は嬉しい限りです。

── 監督は、一貫して「問題を提起」する映画にこだわっているように思います。

自分の作品というのはこの映画に限らず、問いかけですべて終わっています。自分なりにこれは考察するべきでないかというポイントを映画の中で描き、映画が終わった後にみなさんに考えていただければと思います。映画というのは大きく2つに分けられると思います。すぐに観た後に忘れてしまうものと、観た後に考えることがあって家に戻って、友人たちと一杯飲みながら考えたくなるものと。私は映画監督として常に後者の作品を作りたいと思っています。

── 映画制作以外にも、監督は2008年に政党「私たちの党」の設立に関わりました。

私は政治家になるつもりはありませんが、他の方の場を作るために政党を立ち上げました。汚職などもあるシステムの中で政治活動をしようと思った場合、当然自国で糧を得ている人だと攻撃されやすいのです。でも、自分はボスニアの国外で稼いでいるし、はっきりと政治的な事も発言できる。自分だったら攻撃されても大丈夫という思いがあったからです。社会をより良い場所にするために政治に参加する事はできる、というひとつの例を見せたかったのです。

(オフィシャル・インタビューより)



ダニス・タノヴィッチ プロフィール

1969年ボスニア・ヘルツェゴヴィナ生まれ。サラエボのフィルム・アカデミーで習作を数本撮った後、 92年のボスニア紛争勃発と同時にボスニア軍に参加。「ボスニア軍フィルム・アーカイヴ」を立ち上げ、戦地の最前線で300時間以上の映像を撮影。 その映像はルポルタージュやニュース映像として、世界中で放映された。94年にベルギーに移住してINSASで再び映画を学ぶ。2001年にボスニア紛争を描いた『ノー・マンズ・ランド』で監督デビューを果たし、 アカデミー賞(R)外国語映画賞、ゴールデン・グローブ賞外国語映画賞、カンヌ国際映画祭脚本賞などを数々の賞を受賞する。 05年にはエマニュエル・ベアール、キャロル・ブーケなどフランスを代表する俳優たちを起用し、クシシュトフ・キエスロフスキの 遺稿を映画化した『美しき運命の傷痕』を発表。その後、コリン・ファレル主演の「戦場カメラマン 真実の証明」(2009)、 「Circus Columbia」(2010)で、戦争とその結果について描いた。08年ボスニア・ヘルツェゴヴィナにて「私たちの党」という政党も立ち上げている。




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映画『鉄くず拾いの物語』より

映画『鉄くず拾いの物語』
2014年1月11日(土)より新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー

ボスニア・ヘルツェゴヴィナに暮らすロマの一家は、貧しくも幸福な日々を送っていた。ある日、3人目の子供を身ごもる妻・セナダは激しい腹痛に襲われ病院に行く。 そこで医師から今すぐに手術をしなければ危険な状態だと、夫・ナジフに告げられた。しかし保険証を持っていないために、 鉄くず拾いで生計を立てている彼らにはとうてい支払うことのできない手術代を要求される。妻の手術を懇願するも病院側は受け入れを拒否。 「なぜ神様は貧しい者ばかりを苦しめるのだ」と嘆きながら、ただ家に帰るしかなかった……。

監督・脚本:ダニス・タノヴィッチ
出演:セナダ・アリマノヴィッチ、ナジフ・ムジチ
ボスニア・ヘルツェゴヴィナ=フランス=スロベニア/2013年/74分/カラー/ビスタサイズ
原題:An Episode in the Life of an Iron Picker
配給:ビターズ・エンド

公式サイト:http://www.bitters.co.jp/tetsukuzu/
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▼映画『鉄くず拾いの物語』予告編


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