骰子の眼

cinema

東京都 渋谷区

2015-04-22 21:30


1601年後もガイガーカウンターは鳴り続ける―小林エリカさんが語る映画『ラジウム・シティ』

時計の文字盤工場で被曝した少女たちを描くドキュメンタリー、渋谷アップリンクで上映中
1601年後もガイガーカウンターは鳴り続ける―小林エリカさんが語る映画『ラジウム・シティ』
映画『ラジウム・シティ~文字盤と放射線・知らされなかった少女たち~』 より “RADIUM CITY” DOCUMENTARY FEATURE FILM © 1986 BY CAROLE LANGER

1920年代のアメリカで、時計の文字盤工場で被曝した少女たちを描いたドキュメンタリー映画『ラジウム・シティ~文字盤と放射線・知らされなかった少女たち~』が4月13日(月)より渋谷・アップリンクをはじめとして日本各地で公開。4月18日の上映前に行われたトークショーに、作家・マンガ家である小林エリカさんが登壇。編集者・ライターの松村正人さんを聞き手に、ラジウムをめぐる歴史、そしていま何を考え、どう生きているかを語った。今回webDICEではそのトークの採録を掲載する。

また、この後の上映でも、4月28日(火)はピーター・バラカンさん、5月18日(月)は千原航さんと井出幸亮さん、5月19日(火)は阿部和重さん、5月26日(火)は篠崎誠さんとヴィヴィアン佐藤さん、そして5月27日(水)は大澤真幸さんによるトークショーが行われる。

ラジウムを取り巻く色々なことは
53世代未来にまで関わる

小林エリカ[以下、小林]:今日は、去年丸の内ハウス「COSMIC GIRLS」展で展示をさせていただいた時に作ったポスターを持ってきてみました。裏側がラジウムの半減期のカレンダーになっていて、この映画よりもずっと前にラジウムがどんな風に発見されたのか、ラジウムとは一体何かっていう話を先にできたらいいかなと思いまして。

マリ・キュリーさんのお名前はみなさんご存知だと思いますが、彼女が歴史上はじめて放射性物質であるラジウムをその手に取り出したのが(カレンダーの始まりを指して)1902年のことです。ラジウムの半減期と言われている1601年というのが一体どれくらいの長さなのかということを考えてこのカレンダーを作りました。

松村正人[以下、松村]:このカレンダーをみるとよく分かりますが、キュリー夫人が最初にラジウムを取り出してから現在まで、というのは、ほんの少しの時間しか経ってないですよね。

映画『ラジウム・シティ~文字盤と放射線・知らされなかった少女たち~』小林エリカさん(左)松村正人さん(右)
映画『ラジウム・シティ~文字盤と放射線・知らされなかった少女たち~』トークイベントより、小林エリカさん(左)と松村正人さん(右)

小林:そうですね。1902年に初めて取り出されたラジウムが半減期を迎えるのは西暦3503年ということになります。1601年の時間の中では、大体53世代の子どもたちが生きることになります。ラジウムを取り巻く色々なことは、そういう未来にまで関わっているんだなあっていうことを今すごく考えています。

松村:その時間は「引き返せない時間」ということになりますよね。

小林:3503年の西暦を生きる子供たちが、果たしてマリ・キュリーの名前を知っているかも定かではないけれど、それでも放射性物質が残るっていうのはどういうことなんだろうと。『ラジウム・シティ』を見て、亡くなった女性たちのお墓にガイガーカウンター(放射線量測定器)を近づけると未だに放射線を感知して音が鳴るということがすごく印象的で、その音はきっと1601年後もまだ鳴るんだなと考えると、すごく興味深いというか。

映画『ラジウム・シティ~文字盤と放射線・知らされなかった少女たち~』 より “RADIUM CITY” DOCUMENTARY FEATURE FILM © 1986 BY CAROLE LANGER
映画『ラジウム・シティ~文字盤と放射線・知らされなかった少女たち~』 より “RADIUM CITY” DOCUMENTARY FEATURE FILM © 1986 BY CAROLE LANGER

ラジウムの発見やラジウム・ガールズと
ひとつながりの日常

松村:興味の発端というか、きっかけはどこにあるんですか?

小林:きっかけは幾つかあって、2007年から2008年の間、ニューヨークに住んでいた時に、マリ・キュリーのお嬢さんであるエーヴ・キュリーさんが102歳でアッパー・イースト・サイドで亡くなって、伝記でしか読んだことのなかった、すごく昔の、別の世界の人だと思っていた人のお嬢さんがしかもまだ生きていて、ご近所にいたっていうことがすごく驚きで、興味を持ち始めたのいうのが一つ。もう一つは「親愛なるキティーたちへ」という本を私は書いているのですが、それを書くきっかけになった私の父の日記を読んでいたらそこに「キュリー夫人伝を読了。胸打たる。」って書いてあったこと。それはちょうど敗戦から6ヶ月ほどの1946年、父17歳の誕生日の日記でした。その二つがずっとなんとなく心に引っかかって気になっていて、エーヴ・キュリーさんが書いた母の伝記でもある「キュリー夫人伝」を読んだんです。そしたら、「ラジウムという物質が膨大な量の放射能を含んでいるかもしれない」という世紀の発見のメモが、「スグリのゼリーの作り方」というお料理メモの次に書かれていたという記述があって、すごく惹かれて調べ始めました。

松村:日常とは切っても切り離せない何かがあるわけですね。

小林:ラジウム・ガールズ、それから『ラジウム・シティ』について考えるときに、その一人一人の淡々とした日常がどうやって構成されていて、それこそスグリのゼリーを食べたかどうかとか、ディテールを知るということに私自身はすごく興味があるし、そこからしか見えないものがあると思っています。

松村:それは歴史や日常や、科学的なものが折り重なるところがそこにあるっていうことなんですかね。

小林:そうです。私たちが今日起きて何を食べて、どんな音楽が好きで、というようなことと同時に、今日はちょっとだけ線量が高いとか、今もまだ続いている福島第一原発のこととか、それがラジウムの発見やラジウム・ペイントをした女の子たちがいたという過去の出来事と、ひとつながりの日常を私たちが生きているということに、いかに気づくことができるのかということに私はすごく興味があります。

松村:『ラジウム・シティ』は1987年の映画ですが、昔っていう感じがしないというか、今起こっていることがここに映されているような、今自分が彼女たちと一緒にいるような感覚を感じました。 小林さんはご自身の小説や漫画の中で歴史を行き来するという手法を取られていますが、何かの断絶があるわけではなく現在と過去を行き来するような、そういう視点でものを考えないといけないとお思いなんでしょうか。

小林:そうしないといけないっていうよりは、自分がそうしたいという気持ちの方がすごく強いです。なぜ自分はこの状況にある今に、こうして生きているのかっていうことをすごく知りたいと思っています。

映画『ラジウム・シティ~文字盤と放射線・知らされなかった少女たち~』 より “RADIUM CITY” DOCUMENTARY FEATURE FILM © 1986 BY CAROLE LANGER
映画『ラジウム・シティ~文字盤と放射線・知らされなかった少女たち~』 より “RADIUM CITY” DOCUMENTARY FEATURE FILM © 1986 BY CAROLE LANGER

自分の身近にある目に見えないものを紙に書く

松村:キュリー夫人や、それからアンリ・ベクレルといった20世紀初頭の科学者の名前が震災を契機に蘇ってきたということが、小林さんが作品を作るきっかけになったということなのでしょうか?

小林:目に見えないものが自分の身近にあるということがすごく不思議というか、そういう中で生きているけれど、たとえ線量が高くても、でも何も目に見えないわけじゃないですか。それをどうしたら紙の上に書けるのかっていうことにすごく興味があって……。

キュリー夫人のノートを実際に見てみたいと思ってずっと探していて、明星大学という大学の図書館に1冊だけあることがわかったので、実際に見に行ってみたんです。

厳重に保管されていたキュリー夫人のノートは、布張りの可愛らしいノートでした。そのノートにガイガーカウンターをかざしたら未だに数値が上がったんです。それはキュリー夫人はラジウムやポロニウムを扱っていたので、彼女の触った指紋の部分には未だに放射性物質が残っているらしい。この世にいない人の指紋がこの世に留められていて、目には見えないけれども、私たちは音として聞くことができるし、数値としてみることができるっていうことに、私は言葉にならない感情を抱いて、どうやったらそれを書けるかなあと思って、ずっと作品を作ってきています。

松村:「光の子ども」と「マダム・キュリーと朝食を」は形式が違いますよね。それぞれやり方を変えてアプローチしないと自分のすることは納得できないということでしょうか?

小林:歴史的なアプローチと、科学的なアプローチと、もっとプライベートなアプローチとどれも見ていかないと何かが欠落すると思うんです。データだけ、歴史だけ、キュリー夫人の伝記だけ辿ってもわからない部分があって。放射能にまつわることって、もっと総合的に考えていかないと見えてこない膨大な分野というか、戦争の歴史もわからないといけないし、実際データとしてどうなのかとか、どういう科学に基づいているのかということを、本当に全部見ないと見えてこない分野だなというのは調べれば調べるほど感じる。そこで私は何ができてどんなことを書いたり、作ったりできるのかを今ひとつひとつ考えてる段階です。

映画『ラジウム・シティ~文字盤と放射線・知らされなかった少女たち~』 より “RADIUM CITY” DOCUMENTARY FEATURE FILM © 1986 BY CAROLE LANGER
映画『ラジウム・シティ~文字盤と放射線・知らされなかった少女たち~』 より “RADIUM CITY” DOCUMENTARY FEATURE FILM © 1986 BY CAROLE LANGER

西暦2035年より先を想像していくために

松村:それぞれの事象ごとに独立した何かがあるのではなくて、一つのものが次のものを生んでいく歴史の流れがある。小林さんは作家として何かを作るときに、そういった流れの中に自分がいるっていう自意識というか自覚みたいなものはありますか?

小林:100年後の人が、私たちの今とか、私を見たときに、どう思うのかということをすごくよく考えます。100年前にキュリー夫人がラジウムを発見したとかそういうことを淡々と追っていくと、なんでこのタイミングでこういうことをしたんだろうって思うことがすごく多くて。でもそれは今の自分にも言えることで、明日何が起こるかわからないし、今取った選択が100年後どういう影響を及ぼしているのかはわからない。

ラジウム・ガールズの問題が世間の注目を集めたとき、まだ生きていたキュリー夫人はコメントを出したんです。彼女はもちろん科学者だからラジウム・ガールズたちが助からないことを知っているし、本当のことを言った。そして、世間からすごくバッシングされた。でも、私にとっては、キュリー夫人がラジウムの顛末を、自分が“妖精の光”と呼んで我が子のように愛して枕元に置いていたものを、アメリカの女の子たちが舐めて死にそうになっているという事態を、本心ではどういう風に考えていたのかな、ということの方がすごく興味があります。その後の原爆を見たらどう思ったんだろう、とか。

松村:それこそ2011年まで生きていたらどうだったのかとか……。

小林:私たちが100年後の世界を見たときにどういう風に思うのかということと同じかなって。

松村:このカレンダーで、半減期が訪れるときに、その時を生きる人たちはどう思っているのかっていうことですよね。

小林:その人たちが2015年の今を振り返ったときに、いま私たちがとった選択がどういう判断だったのかが、その時になってようやく見える。その人たちにしかわからない。キュリー夫人のように正しいと思ってやっていたことが、意に反して、結果的に何か違うことを招くこともある。過去の歴史を見ることで、いまどういう選択をすべきかとか、いま私はどうすべきかというのは、自分なりに持ちたいなと思っています。

松村:この映画を含め、小林さんの書いた小説「マダム・キュリーと朝食を」や「光の子ども」も、歴史と空想の兼ね合いですよね。ただ歴史の事実だけを知ることとは違う回路で学びなおす、みたいな感じを受けたんです。次は何をやろうとか考えてますか?

小林:今は「光の子ども」の続編を描いているところです。あと小説の方もまた違うアプローチで、放射能のこととか、長い時間や目に見えないことについて考えていけたらなって思っています。

松村:何年か経ったら答えが出るわけでも、問題意識がなくなるわけでもない。つまり、考え続けていかないといけないものでもあると思いますけど、いかがでしょうか?

小林:西暦3503年より先に至るまでをどうやって想像していくかっていうことを考えるために、『ラジウム・シティ』のような映画を今見るということはすごく重要な事だと思います。ほんとに素晴らしい映画なので、ぜひお友達にもお伝えいただければ嬉しいです。

(取材・文:則定彩香)



映画『ラジウム・シティ~文字盤と放射線・知らされなかった少女たち~』
渋谷アップリンクにて上映中、他全国順次公開

映画『ラジウム・シティ~文字盤と放射線・知らされなかった少女たち~』 より “RADIUM CITY” DOCUMENTARY FEATURE FILM © 1986 BY CAROLE LANGER
映画『ラジウム・シティ~文字盤と放射線・知らされなかった少女たち~』 より “RADIUM CITY” DOCUMENTARY FEATURE FILM © 1986 BY CAROLE LANGER

ラジウム・ガールズ──1920年代アメリカ、ラジウム・ダイヤル社の工場で時計の文字盤に夜光塗料を塗るペインターとして働き被爆した若い女性たち。筆先をなめて尖らせるよう指導された彼女たちは、その後、腫瘍や骨障害で苦しみ、多くが亡くなっていった。のちに5人が雇用主を提訴、長い裁判を経て勝訴したが、ほどなく全員が亡くなる。内部被曝の存在が広く知られるきっかけとなったラジウム・ガールズたちと、その後の街に生きる人々を描いたドキュメンタリー。

監督・プロデューサー:キャロル・ランガー
出演:マリー・ロシター、エディス・ルーニー、ジェーン・ルーニー、ジーン・ルーニー、ケン・リッキ、シャーロット・ネビンス、マーサ・ハーツホーン、キャロル・トーマス、ジェームス・トーマス、ウェイン・ウィスブロック、ドン・ホール、ロッキー・レイクス、ボブ・レイクス、メアリー・オズランジ、スティーブン・オズランジ、ジャニス・キーシッグ、ジョアン・キーシッグ、環境汚染と闘う市民の会
音楽:ティミー・カペロ
撮影:ルーク・サッシャー
編集:ブライアン・コトナー、キャロル・ランガー
録音:ジョン・マーフィー
配給:boid
字幕:映画美学校映像翻訳講座
1987年/アメリカ/105分/白黒・カラー/モノラル

公式サイト:http://www.radiumcity2015.com/
公式Facebook:https://www.facebook.com/radiumcity2015
公式Twitter:https://twitter.com/boid_bakuon

渋谷アップリンク上映情報
http://www.uplink.co.jp/movie/2015/36128

【渋谷アップリンクでの限定上映期間中トーク・イベント開催】

4月28日(火)19:00の回 ピーター・バラカンさんトーク+上映
ご予約は下記より
http://www.uplink.co.jp/event/2015/36151

5月18日(月)19:30の回 千原航さん、井出幸亮さんトーク+上映
ご予約は下記より
http://www.uplink.co.jp/event/2015/36383

5月19日(火)19:00の回 阿部和重さんトーク+上映
ご予約は下記より
http://www.uplink.co.jp/event/2015/36621

5月26日(火)19:00の回 篠崎誠さん、ヴィヴィアン佐藤さんトーク+上映
ご予約は下記より
http://www.uplink.co.jp/event/2015/36824

5月27日(水)19:00の回 大澤真幸さんトーク+上映
ご予約は下記より
http://www.uplink.co.jp/event/2015/36364

▼映画『ラジウム・シティ 文字盤と放射線・知らされなかった少女たち』予告編

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