骰子の眼

cinema

東京都 渋谷区

2015-10-28 08:08


日仏のファッション界から飛び出した女たち 映画『わたしの名前は...』『氷の花火 山口小夜子』

音楽家・松本章がアニエスべーの初監督作と山口小夜子のドキュメンタリーをレビュー
日仏のファッション界から飛び出した女たち 映画『わたしの名前は...』『氷の花火 山口小夜子』
映画『わたしの名前は...』ポスター(左)、『氷の花火 山口小夜子』ポスター(右)

様々な方向に心が動く、残酷な美しいメルヘン
──映画『わたしの名前は...』

衣替えの季節になり、お洒落部屋着の全裸コーディネイトも少々辛くなってきた時に、映画『わたしの名前は...』(アニエス・トゥルブレ監督作)を鑑賞したのです。

お話は、父親に虐待を受けていた少女セリーヌ(ルー=レリア・デュメールリアック)は、海辺での遠足でたまたま停まっていた長距離トラックに乗り込む。スコットランド人のトラック運転手(ダグラス・ゴードン)とフランス人のセリーヌの逃避行が始まる。フランス語と英語で言葉は上手く伝わらないが、二人は心を通わせていく……。

ファッションブランドのアニエスベーのデザイナー、アニエス・トゥルブレの初長編映画です。

お洒落は苦手分野なのですが、この映画はお洒落なだけでなく、人間のおぞましい部分も描き、人間の心の交友の美しさも丹念に描いています。

主人公のセリーヌ役のルー=レリア・デュメールリアックには、この映画が初出演とは思えない魅力があります。心の傷を負った彼女の寡黙に見つめる姿が印象的で、12歳とは思えない知性を感じました。トラック運転手役のダグラス・ゴードンは俳優ではなく現代美術家ですが、入れ墨があって、坊主で髭なので無骨なトラック運転手に見えます。この役が非常に繊細で、優しく、心の自由なキャラクターであり、セリーヌと相反する要素を持っていたのでした。

映画『わたしの名前は...』より ©Love streams agnès b. Productions
映画『わたしの名前は...』より、セリーヌ役のルー=レリア・デュメールリアック(右)、トラック運転手役のダグラス・ゴードン(左) ©Love streams agnès b. Productions

失業中の父親のダメさ加減と、日々の労働で疲弊している母親、両親役の二人の演技が非常にリアルでした。セリーヌが虐待を受けるシーンは、かなりぼかして撮られているのですが、トラック運転手にセリーヌがいつも持っている人形を使って説明するシーンには、トラック運転と同じくらいの衝撃を受けました。フランス人とスコットランド人の逃避行は言葉が通じないもどかしさはあるものの、それ故に、不器用に心を通い合わせ、自由な旅の生活から二人が様々な喜びを発見していくロードムービーになっています。

映画『わたしの名前は...』より
映画『わたしの名前は...』より、セリーヌの母親役シルヴィー・テスチュー(左)、父親役のジャック・ボナフェ(右) ©Love streams agnès b. Productions

なにもないフランスの農場の景色は美しく、何気ない服や小物の色の取り合わせも綺麗でした。リアルな演技と対比される落ち着いた色調、その美しいメルヘンは永遠に続いて欲しいなぁと感じました。

二人は道中でいろんな人に出会います。少女の空想的で寓話的風景に、日本人の男女の前衛舞踏の不思議な美しさが現れたり、夜のキャンプ的なシーンは、ジョナス・メカスが参加して撮影され、そこにイタリアの大哲学者ネグリがほぼ本人役として登場していたり。私はネグリが好きなので、思わず笑ってしまいました。セリーヌもトラック運転手と共に笑っているのですが、寓話的であるのに自然な笑顔なので、不思議なシーンになっていました。

映画『わたしの名前は...』より ©Love streams agnès b. Productions
映画『わたしの名前は...』より ©Love streams agnès b. Productions

音楽については、未発表のソニック・ユースの音楽が使われているほか、フランスのバンド・エールのメンバーがバロック調の精神性の高い音楽を作っていて、男性の女性ソプラノ的なカウンターテナーの響きは儚く悲劇的です。

映画の終盤でセリーヌが「わたしの名前は…」と発するシーンは、彼女の思いが詰まった映像により心を動かされます。ラストのモノローグは生きる小さな希望と繊細な中にある強さを感じ、それでも生きていくという強いメッセージを感じました。

綺麗な写真を観ているように美しいけれども、決して嫌みな感じでなく、だからといって自然さで押しすぎてもいなくて、アニエス・トゥルブレ監督の独特の感性が貫かれています。粒子の粗い映像や、画角の違う映像を挿入したり、断絶されたような予想できない編集、こだわった美術・音楽など、監督の表現に対する美しい不思議なバランスと貪欲さを感じました。美しいだけでなく、様々な方向に心が動く、残酷な美しいメルヘンであり、「ファッション・デザイナーによるお洒落な映画」という偏見を取り払う、不思議な魅力が詰まった映画でした。

モデルの概念を突き破る「山口小夜子」というジャンル
──映画『氷の花火 山口小夜子』

お腹周りに哀愁がたまってしまい、美しくあらねば!シェイプアップしなければ!と思った時に、ドキュメンタリー映画『氷の花火 山口小夜子』(松本貴子監督作)を鑑賞したのです。

お話は、1970年代に日本人のファッション・モデルとして世界的に活躍し、モデルだけでなく、映画、演劇、ダンス・パフォーマンス、衣装デザインなど、様々な最先端の表現で時代を走り抜けた山口小夜子の謎に包まれた人生を、親交のあった人たちの証言、本人の貴重な映像で解き明かしていく。

ファッション・モデルは綺麗な容姿で、綺麗な服を着て、綺麗に歩く華やかな人たちという安易な考えを持っていましたが、この映画を観てファッション・モデルへの考えが変わりました。

70年代に山口小夜子はパリコレ等で日本人初のトップモデルとして活躍するのですが、山口がモデル・デビューした当時は、ハーフ(西洋人的な)のモデルが日本では主流で、黒髪では仕事が少ないなか、山本寛斎との出会いがあり、髪を染めずそのままで山本寛斎の服を着ます。山本寛斎も世界に向けて活動を広げていき、ザンドラ・ローズを紹介し山口も世界に向けて活動していきます。山本寛斎もザンドラ・ローズも見た目がかなり個性的でエネルギーに溢れていたのでした。70年代のカルチャーの最先端に山口は躍り出ますが、ただ服を着るだけでなく、山口の真っすぐ切った前髪、黒髪、切れ長の独特のメイクを富川栄と創っていきました。170センチ代の山口は独自の伸びやかな歩き方で、外人モデルにも負けない存在感を出していました。色んな映画を観たり、書物から学んだり、非常に努力をしていたのです。資生堂の専属モデルにもなり、山口小夜子マネキンが世界で並び、日本の美の象徴になっていくのです。

映画『氷の花火 山口小夜子』より ©KAZOU OHISHI
映画『氷の花火 山口小夜子』より ©KAZOU OHISHI

80年代になり、パリコレでのトップモデルの座が危うくなった転機の時に山本寛斎に相談をしますが、この時の山本寛斎の証言は、あぁそれを言ったら、怒るわというアドバイスだったのです。そこは、長年一緒に世界を目指して表現した間柄であったから言えたのでしょう。

山口は、前衛舞踏の世界に飛び込みます。白塗りをして、人形のようで、躍動感のある舞踏(ダンス)でなく、ゆったりとした時間が止まったかのような舞踏で、自我を消して無個性な様でいて、個性的すぎる身体表現をしていきます。おそらく、他の人は何故、前衛舞踏の世界にいったのか理解出来なかったかもしれません。

SUB2
映画『氷の花火 山口小夜子』より ©2015「氷の花火 山口小夜子」製作委員会

90年代に久しぶりにパリコレに出演しますが、進化した山口は、まるで服と一体化したかのように、デザインされた服の魅力を表現していました。それは足の先から、手の先、髪の先まで山口の独自の身体表現でした。山口の表現の場はさらに広がり、舞台、衣装デザイン、DJ等、先端の若いクリエイターと貪欲に表現していくのでした。

山口の生涯を交友のあった人々の証言もそれぞれの言葉で大切に山口を語り、彼女の人生を丹念に描くのですが、この映画では、膨大な遺品を紹介していき、親交あった写真家・デザイナー等が集まり、イメージの違うモデル・松島花を山口小夜子として蘇らせようと、メイクをして、服を選んで、写真を撮っていきます。ただソックリさんを頑張って作るというより、うわっ!!蘇ったという瞬間があり、山口小夜子への愛情がなせるわざであり、じんわりと感動しました。

映画『氷の花火 山口小夜子』より 写真提供:セルジュ・ルタンス
映画『氷の花火 山口小夜子』より 写真提供:セルジュ・ルタンス

広大な好奇心と視点でもって表現していく様は、ファッション・モデルの概念を突き破る「山口小夜子」という表現のジャンルであって、生き方。エンドクレジット後の映像は、儚い切ない思いを持ちました。

結論!!年齢を重ねても表現への追求を諦めずに、子供の様な好奇心を持ち、しなやかで自由な強さを感じた貴重な2作品なのでした。

(文:松本章)



【映画『わたしの名前は...』を観て思い出したキーワード】
・映画『シベールの日曜日』(セルジュ・ブールギニョン監督)
・映画『都会のアリス』(ヴィム・ヴェンダース監督)
・映画『こわれゆく女』(ジョン・カサヴェテス監督)
・『芸術とマルチチュード』(トニ・ネグリ著/廣瀬純、榊原達哉、立木康介翻訳)
・内田春菊
・ポーラ・キンスキー
・キャロル・ブーケ
・ラブ・ストリームス・プロダクションの製作による作品

【映画『氷の花火 山口小夜子』を観て思い出したキーワード】
・寺山修司
・ジャン・コクトー
・『山口小夜子 未来を着る人』(東京都現代美術館編)
・映像作品『小夜子の世界夜話』(宇川直宏作)

(文:松本章)



■松本章(まつもとあきら)プロフィール

1973年生まれ、大阪芸術大学映像学科卒。東京在住。熊切和嘉監督作品、山下敦弘初期作品の映画音楽を制作に係る。これまでに熊切和嘉監督『ノン子36歳(家事手伝い)』、内藤隆嗣監督『不灯港』、山崎裕監督『トルソ』、今泉力哉監督『こっぴどい猫』、内藤隆嗣監督『狼の生活』、吉田浩太監督『オチキ』『ちょっと可愛いアイアンメイデン』『女の穴』『スキマスキ』などの音楽を担当。




映画『わたしの名前は...』
2015年10月31日(土)より、渋谷アップリンク、角川シネマ有楽町ほか全国順次公開

監督・脚本・撮影・美術:アニエス・トゥルブレ(アニエスベー)
ゲストカメラマン:ジョナス・メカス
音楽:デビッド・ダニエル、ソニック・ユース
オリジナル音楽:ジャン=ブノワ・ダンケル(Air)
出演:ルー=レリア・デュメールリアック、シルビー・テステュー、ジャック・ボナフェ、ダグラス・ゴードン、アントニオ・ネグリ
原題:Je m'appelle Hmmm...
提供:アニエスベー
配給・宣伝:アップリンク
2013年/フランス/126分/カラー、一部モノクロ/16:9/DCP

公式サイト:http://uplink.co.jp/mynameis/
公式Twitter:https://twitter.com/mynameis_movie
公式Facebook:http://on.fb.me/1IGrkei

映画『氷の花火 山口小夜子』
2015年10月31日(土)よりシアター・イメージフォーラムにて公開、ほか全国順次ロードショー

監督:松本貴子
制作・配給:コンパス
宣伝:ビーズインターナショナル
特別協力:資生堂/オフィスマイティー
2015年/日本/97分/DCP/カラー

公式サイト:http://yamaguchisayoko.com/
公式Twitter:https://twitter.com/yamaguchisayoko
公式Facebook:https://www.facebook.com/sayoko.yamaguchi.315


▼映画『わたしの名前は...』予告編

▼映画『氷の花火 山口小夜子』予告編

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