骰子の眼

cinema

東京都 渋谷区

2015-12-02 18:10


試行錯誤して続けることに価値があるのだ『創造と神秘のサグラダ・ファミリア』『写真家ソール・ライター』

音楽家の松本章が効率・合理性よりも創造性を追求するドキュメンタリー映画を解説
試行錯誤して続けることに価値があるのだ『創造と神秘のサグラダ・ファミリア』『写真家ソール・ライター』
写真左:映画『創造と神秘のサグラダ・ファミリア』チラシ 写真右:映画『写真家ソール・ライター 急がない人生で見つけた13のこと』チラシ

無駄と思える事に価値が詰まっている―
映画『創造と神秘のサグラダ・ファミリア』

脱無駄宣言!で効率よくイノベーションしなければ!!と3秒だけ思った時に、ドキュメンタリー映画『創造と神秘のサグラダ・ファミリア』(ステファン・ハウプト監督作)を鑑賞したのです。

スペイン、カタルーニャ出身の建築家アントニ・ガウディが構想し、1882年の着工から130年以上も建設が続く世紀の建築プロジェクト、サグラダ・ファミリアのドキュメンタリー。2026年完成予定に向けて建設が続くなか、現場にはコンピューターも導入され、最新の技術でガウディの意思をいかに再現するか?関係者でなければ入れない内部の映像や建築関係者のインタビューも交えて描き、「完成まで300年」と言われた工期がいかに短縮され、2026年完成予定となったのかなど、サグラダ・ファミリアにまつわるプロジェクトを解明していく。

映画『創造と神秘のサグラダ・ファミリア』より © Fontana Film GmbH, 2012
映画『創造と神秘のサグラダ・ファミリア』より © Fontana Film GmbH, 2012

サグラダ・ファミリアは巨大な建築物で、内部の巨大な柱群や、装飾の曲線などが美しいのですが、人間が作った建築物がそこに在るというよりは、森の中にいるような、体内の中にいるような、静かな脈をうって生きているような、今にも動き出しそうな不気味な感じがします。

最初は寄付を募り、貧しい人でも誰でも来られる贖罪教会にしたいと建築が始まったのですが、ガウディが建築に関わってから、聖書を建築物にしたような、想像力が豊かすぎるデザインに変わっていきます。

その想像力の源泉は、カタルーニャの文化や自然にあります。サグラダ・ファミリアのモデルと言われるモンセラ山の修道院は、建物自体は簡素な美しさがあるのですが、その周りにある岩の曲線美は、長い年月をかけ自然が作っており、巨大な人間の指のようで圧倒されます。

ガウディは、自然を建築にいかし、おもりと紐と重力を使い、方程式を使わないで、何度も模型を造り、実験して独特の建築様式を造っていくのです。他の仕事を断り、執念のライフワークとしてサグラダ・ファミリアに住み込んで打ち込んでいたのです。

ガウディが亡くなった後は、内戦や戦争で資料や模型がなくなったり、資金難にあって建築がなかなか進まなかったり、著名な芸術家が他の人が手を加えることに反対の署名をだしたり、建築続行の危機が何度となく訪れるのです。

詳細な設計図もなく、ガウディが生まれ変わったとしても困難な仕事なのですが、ガウディが途中まで完成させ基礎部分と大まかな構成は残っており、詳細は後世に託しているので、今の人達でも建築に参加出来るのです。ガウディを見るのでなく、ガウディの視線を追っていこうとする外山悦郎の真摯な姿勢と思考は興味深いものでした。発見されたガウディの造った模型の破片を組み立てて、創作のヒントにしていたのです。

一方で、過去に建設反対の署名をしたジョセップ・マリア・スビラックスという彫刻家は、一大決心してキリストの受難をテーマに創作するのですが、ガウディを意識するのでなく、外山の彫刻とも違った恐怖感をだし、表現方法も現代的で自身の表現に忠実に制作するのですが、一部のキリスト教信者からキリストを侮辱しているとして、今でもデモが行われています。

映画『創造と神秘のサグラダ・ファミリア』より © Fontana Film GmbH, 2012
映画『創造と神秘のサグラダ・ファミリア』より © Fontana Film GmbH, 2012

指揮者のジョルディ・サヴァールは、バッハのミサ曲の完璧な解釈は無理であり、バッハの脳内は分からない。そこに辿り着いたら終わりで、「解釈に挑み続ける、続けるからこそいい」という発言は説得力があったのです。彼の指揮している音楽は、モダンの楽器でなく古楽器で演奏されていたのです。バイオリンは肩当てがなかったり、バロック時代の作りの弓を使ったり、現在のオーケストラで使っていない楽器を使っています。おそらく、演奏方法も変えて、チューニングもかなり下げて演奏していると思います。素朴で優しい響きなのですが、これがバッハのいたバロック音楽と同じなのか?逆にバッハの曲を演奏するには古楽器のアプローチをしないといけないのか?という批判・指摘があります。でもタイムマシーンに乗ってバロック時代の音楽を録画し確かめられないので、完璧は無理であるが、常に試行錯誤していくことに価値があるのかもしれません。

世界遺産にも登録され、観光客のチケット収入で資金の問題もなくなったので急ピッチで工程は進められているのですが、サグラダ・ファミリアの正門前に広場を作らないといけないため、道路もあるし、住宅もあるので、立ち退きや区画整理が今後できるのか?国の建造物でないのでこういう問題があるのかもしれないが……ここまで来たら、2026年に完成させるのが難しかったら、完成日を決めないで、試行錯誤を繰り返し、永遠に作りづけて欲しいなと思ったのでした。

効率が悪いけれども、無駄と思える事に価値が詰まっている、そして創造していく熱意に感服したのでした。

素敵な生き方、大切な言葉が詰まっている―
映画『写真家ソール・ライター 急がない人生で見つけた13のこと』

いよいよ年末で大変苦手な大掃除を忘れてしまいたいと考え込んでいる時に、ドキュメンタリー映画『写真家ソール・ライター 急がない人生で見つけた13のこと』(トーマス・リーチ監督作/出演:ソール・ライター)を鑑賞したのです。

1923年、米ピッツバーグに生まれた写真家のライターは、絵画のように豊かな表現力でニューヨークを撮影したカラー写真の先駆者として40年代から活躍し、有名ファッション誌の表紙も飾った。しかし、写真に商業性が求められるようになった80年代、表舞台から姿を消してしまう。2006年、初の写真集が発表され、80歳を超えた「巨匠の再発見」に世界が沸いた。「人生で大切なのは、何を捨てるかということ」という持論で、あえて名声から遠ざかるように歩んできたライターの人生と作品を追っていく。

映画『写真家ソール・ライター 急がない人生で見つけた13のこと』より
映画『写真家ソール・ライター 急がない人生で見つけた13のこと』より

映画の冒頭から写真家のソール・ライターは、「私は、映画になるような人物ではない」と真面目に語り、その後、照れ笑いします。謙遜なのか?照れ屋なのか?独特の皮肉なのか?老人になったソール・ライターのゆっくりとした優しい語り口と冗談と照れ笑いに魅了されます。彼の部屋には、膨大な過去の写真が無秩序に並べられており、散らかりすぎています。ある時から時間が止まったような、ゆっくりと時間が流れている感じがしたのでした。猫も腹を向けて寝ているのでした。

ソール・ライターの写真を私は知らなかったのですが、意表をつく大胆なフレーミングと色彩画のような独自の色調と、そして調和のとれた構成の写真です。

カラー写真が美術作品としてあまり認められてない時に(写真は記録として使うべきと考えもあった)ニューヨーク近代美術館の新進作家展に選ばれるのですが、ファッション・フォトグラファーとして英国版「ヴォーグ」等で仕事をするのです。アート界とは遠ざかるのですが、自身の撮りたい写真はニューヨーク、ヨーロッパの路上で撮影していました。ファッション雑誌の写真は、単に美しく綺麗な写真を求められるので、無名の人を撮ったときの味わいがないのは仕方のないことなのですが、無名の人を撮った作品のほうが、表現へのエゴが全面に出ていなく、調和がとれていると感じました。

彼がカメラを持って街を散歩するのですが、撮りたい対象があると少し離れた場所から、じっくり撮っていて、盗撮しているみたいで面白かった。覗き見てるような構図の写真もあるのですが、どこか品があるのが不思議です。都会と人の緊迫した関係ではなく、ライターの感じた都会と人との美しい瞬間と色彩に、静寂の美を感じるのでした。街の風景をあの写真の様に感じられるのは凄い!と思いました。

映画の後半で、部屋で亡くなった奥さんの膨大な遺品の一つ一つを一生懸命片付けているのですが、いろいろ思い出し掃除の作業が止まり、喪失に戸惑っているのが心に残りました。

映画『写真家ソール・ライター 急がない人生で見つけた13のこと』より
映画『写真家ソール・ライター 急がない人生で見つけた13のこと』より

写真家としてのアート界/ファッション・フォトグラファー界の空白の期間は長いのですが、その間も彼の見た路上の美しい瞬間を50年以上も撮影し続けたのです。80歳を超えてから写真集が出版され、ようやく再評価されました。ライターの主張を抑えた美しさは、映画でライターが語る、生き方に関する冗談を交えた大切な思いに通じるものがあったのです。

忘れられたいと思っていたのに、と本音で語れるのはビックリしたのですが、長い人生を生きて、様々な苦労、悲しみはあったけれど、それに対して後悔もなく(死んだ奥さんについては別だが)のんびりと語る人生観は含蓄があり、押しつけがましくなく、ほのぼのと鑑賞できたのです。いろいろあるけれども、人生を振り返りこんな風に語れるのは素敵な人生(生き方)で、大切な言葉が詰まった映画だと感じました。

残念ながら2013年にライターは亡くなっていて、ライターの事を知らなかったので、せっかく知ったのにと、残念であったのですが、今後も未発表の作品が発表されたり、この貴重なドキュメンタリー映画も大切に残っていくことでしょう。

結論!世間一般的に感じられる効率性、合理性がなくとも、自らの一貫した姿勢で試行錯誤をし、無駄と思われていても続けていく事によって、価値がでるし、続ける事に価値があるのだなぁと感じたのでした。映画に挿入されているサグラダ・ファミリアもソール・ライターの写真も美しく、デジタルもいいのですが、アナログな手仕事も味わいがあって、大切だなぁと再度思ったのでした。

(文:松本章)



【映画『創造と神秘のサグラダ・ファミリア』
を観て思い出したキーワード】

・『大聖堂』(ケン・フォレット著)
・『アルハンブラ物語』(ワシントン・アーヴィング著)
・映画『アントニー・ガウディー』(勅使河原宏監督)
・『小説 アントニ・ガウディ』(田澤耕著)
・ジュゼップ・マリア・ジュジョール(建築家)
・リュイス・ドメネク・イ・モンタネール(建築家)
・リヒャルト・ワーグナー(作曲家)
・ニコラウス・アーノンクール(指揮者)
・『パブロ・カザルスとの対話』(コレドール著)
・シモーヌ・ヴェイユ(哲学者)

【映画『写真家ソール・ライター 急がない人生で見つけた13のこと』
を観て思い出したキーワード】

・アンリ・カルティエ=ブレッソン(写真家)
・W.ユージン・スミス(写真家)
・アレクセイ・ブロドヴィッチ(グラフィック・デザイナー)
・ヨハネス・フェルメール(画家)
・パブロ・ピカソ(画家)

(文:松本章)



■松本章(まつもとあきら)プロフィール

1973年生まれ、大阪芸術大学映像学科卒。東京在住。熊切和嘉監督作品、山下敦弘初期作品の映画音楽を制作に係る。これまでに熊切和嘉監督『ノン子36歳(家事手伝い)』、内藤隆嗣監督『不灯港』、山崎裕監督『トルソ』、今泉力哉監督『こっぴどい猫』、内藤隆嗣監督『狼の生活』、吉田浩太監督『オチキ』『ちょっと可愛いアイアンメイデン』『女の穴』『スキマスキ』などの音楽を担当。




映画『創造と神秘のサグラダ・ファミリア』
2015年12月12日(土)YEBISU GARDEN CINEMAほか、全国順次公開

監督:ステファン・ハウプト
出演:ジャウマ・トーレギタル、外尾悦郎、ジョルディ・ボネット、ジョアン・リゴール、ジョアン・バセゴダ、ライモン・パニッカー、ルイス・ボネット
配給・宣伝:アップリンク
2012年/スイス/スペイン語、カタルーニャ語、ドイツ語、英語、フランス語/94分/16:9/カラー

公式サイト:http://www.uplink.co.jp/sagrada/
公式Facebook:https://twitter.com/SagradaMovieJP
公式Twitter:http://bit.ly/SagradaMovieFB


映画『写真家ソール・ライター 急がない人生で見つけた13のこと』
2015年12月5日(土)よりシアター・イメージフォーラムにて公開、ほか全国順次ロードショー

監督:トーマス・リーチ
出演:ソール・ライター
製作:マーギット・アーブ、トーマス・リーチ
撮影:トーマス・リーチ
編集:ジョニー・レイナー
原題:In No Great Hurry: 13 Lessons in Life with Saul Leiter
日本語字幕:柴田元幸
配給:テレビマンユニオン
2012年/イギリス、アメリカ/75分

公式サイト:http://saulleiter-movie.com/
公式Twitter:https://twitter.com/saulleiter_film
公式Facebook:https://www.facebook.com/saulleitermovie


▼映画『創造と神秘のサグラダ・ファミリア』予告編

▼映画『写真家ソール・ライター 急がない人生で見つけた13のこと』予告編

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