骰子の眼

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2016-02-09 19:20


ダニー・ボイル監督&脚本家が語る“欠点だらけの男”『スティーブ・ジョブズ』

アカデミー賞2部門ノミネート、マイケル・ファスベンダー、ケイト・ウィンスレット出演
ダニー・ボイル監督&脚本家が語る“欠点だらけの男”『スティーブ・ジョブズ』
映画『スティーブ・ジョブズ』より © Francois Duhamel

『トレインスポッティング』のダニー・ボイルがアップル社の共同設立者、スティーブ・ジョブズを描く映画『スティーブ・ジョブズ』が2月12日(金)より公開。webDICEではダニー・ボイル監督と脚本のアーロン・ソーキンのインタビューを掲載する。2月28日に授賞式が行われる第88回アカデミー賞で、ジョブズを演じたマイケル・ファスベンダーは主演男優賞に、ジョブズの右腕ジョアンナ・ホフマン役のケイト・ウィンスレットは助演女優賞にノミネートされている。

ダニー・ボイルとアーロン・ソーキンは、ジョブズの生涯を1984年のMacintosh、1988年のNeXTcube、1998年のiMacという3つの新作発表会におけるプレゼンテーションの舞台裏にしぼり映画化。プレゼン前40分という限られた時間のなかでのスタッフとの対立やプレゼンテーションへのこだわり、そして頑なに認知を拒否する娘リサとのコミュニケーションを通して、ジョブズの実像を浮き彫りにしている。また物語の後半では、養子として育てられたジョブズにとってのシリア系移民の父親の存在と、父への思いを述懐するシーンも用意されており、彼の複雑なキャラクターの淵源に斬りこんでいる。

ダニー・ボイル監督インタビュー
「ジョブズは言葉によって美化され、二人の女性の存在で変わった美しいモンスター」

──アーロン・ソーキンの脚本を手にして、それを初めて読んだ時、どんな思いが胸中を駆けめぐったのか、お話いただけませんか。また、この脚本のどの部分が、映画を撮りたいという気持ちにさせたのでしょう?

脚本を読んだ時、これをやらない手はないと思ったね。思わず息をのんだよ。こういう映画は今までやったことがないと感じたんだ。手の加えようがないほど完璧に自己完結してるし、息をのむような言葉遣いがこの脚本のすごいところで、そこが僕にはすごくビビンと来た。同時に、この脚本の中に存在するスティーブ、つまり、歴史上の人物的なところとそうでないところがない混ぜになった、アーロンが築き上げたスティーブ・ジョブズというキャラクターにいたく感心したんだ。まるでシェークスピアの作品に出てくるような人物なんだよ。魅力的であり、残忍で、かつ楽しい人物だね。ソーキンの脚本には、類いまれな惑星を中心に回っている大勢の人物が登場する。その中心になる惑星というのがスティーブ・ジョブズというキャラクターだね。実生活でも、結局、そういう人たち中心に我々は動いてて、我々の生活はその縮図の中にある。そこから逃れられないんだよ。彼らの重力に引き寄せられてしまうんだ。思わず尽くしたくなってしまう人たちなんだね。つい検証したくなってしまう魅力的な人物がいて、その人の人生をめぐっていろんな人が深くのめりこんでいく。他の人は彼をモンスターだと見る。でも、ある意味、彼は言葉によって美化されるモンスターであり、二人の女性の存在で変わった美しいモンスターなんだ。

映画『スティーブ・ジョブズ』ダニー・ボイル監督
映画『スティーブ・ジョブズ』ダニー・ボイル監督

──この映画は伝記映画ではなく、ジョブズの人生を事実に基づいてきちっと再現していく試みではないとおっしゃっていますが、それでも実在の人物が描かれるんですよね。スティーブ・ジョブズやチームのさまざまなメンバーという実在の人物の、どういう部分をこのストーリーの中に組み込んでいかれたのですか?

ウォルター・アイザックソンの原作とその原作のリサーチの深さに我々はかなりの部分依存しているが、この映画はそれとは別路線で行きたかったんだ。ソーキンはこの映画を「印象派的なポートレイト」と位置づけててね。もちろん、明らかに実人生から抜き出した部分もあるけど、この映画は一種の抽象画なんだよ。ある部分はリアルで、またある部分は想像の産物でもあるエピソードを、1984年のMacintosh、1988年のNeXTcube、1998年のiMacを中心にした三幕仕立てにしてある。6人のキャラクターがその三つの時期の各製品が発売される前の40分前夜に登場し、ぶつかり合うんだ。現実にはそんなことはありえないから、実人生の凝縮版だね。ソーキンの脚本は、スティーブ・ジョブズという人物の凝縮版を描いている。ジョブズは我々の生活のかけがえのない大事な部分の一つ――つまり、現在の我々のコミュニケーションの重要なツール――に変革を起こしたけれども、彼のプライベートな意思の疎通はひどく機能障害を起こしてた。この映画ではチームのことも描かれるけれども、そうすることによって逆に、各個人、各グループを物作りに突っ走らせた一人の人物に焦点を当てることができる。我々が描くスティーブというキャラクターにはウィットもユーモアもあるし、自分たちを触発し、突っ走らせる人物をまわりがいかに求めていたかも理解できる。人々を改革しようとする決意において、彼はほとんど狂ってたんだよ。

映画『スティーブ・ジョブズ』より ©Universal Pictures
映画『スティーブ・ジョブズ』より © Francois Duhamel

──撮影に入る前、あなたは集中的なリハーサルにかなりの時間をさき、そしてシークエンス順に一幕ごとのリハーサルをしたとか。どうしてそのような戦術を採用し、またそれによって仕上がった映画が、また演技が、どういう形で恩恵をこうむったか、少しお話いただけませんか?

アーロンの言葉づかいのすごいところは、セリフにリズムがあり、推進力があるところだね。役者がそのセリフまわしでしゃべるのを見るだけでわくわくしたけど、役者にとってそれはかなりやりがいのある作業だったというのも、僕には分かってた。

三大製品の発表があるわけだから、僕たちは一つのパートごとに集中してリハをやり、一幕ごとに、しかもシークエンス順に撮影した。シークエンス順に撮影するというのは、映画ではかなり珍しいことなんだ。だけど、最終的にはそのおかげで演技やストーリーに一種の勢いみたいなのが生まれた。役者も一幕ごとに集中することができて、それぞれの人物の人生の、その時期その時期がどういう風だったか、どういうしゃべり方やどういう感覚だったかを追求し、世界に深く入りこめたんだ。一息ついて、引き出しをたくさん作れるようになった。

役者には常に一幕ごとの流れというものがある。もちろん、こういう人たちは、各製品の発表ごとの最終的な調整の真っただ中だろうから、ケアしなければいけない土壇場の作業もあるだろうしね。それはジョブズの哲学の一部でもあったから、かなり意図的でもあるわけだ。ジョブズは歩いて話したりする人であって、だらだらと座って退屈な会議には耐えるような人じゃなかった。常に歩いて話したかったからこそ、どんな事業であってもある種の勢いというものがあったはずだ。僕は役者たちに空間的な自由を与えたかったので、我々はそういう形のリハと撮影で臨んだ。僕としては制約されたセット空間を作るというより、ある種、自由な感覚と解放感を与えたかった。自分の立ち位置をどうすればいいか、どういう動きをすればいいかとか、役者たちにあまり気をつかってほしくなかったんだよ。リハの最初の頃は、みんなに好きな場所に動いてもらった。撮影が近づくにつれて、僕たちなりのシーンの振り付けができるようになった。僕たちが目指した自由な動きが出たのは、普通はアクション・シーンとかチェイス・シーンで使われるステディカムを使ったおかげだね。ステディカムを使ったおかげで持続的な動きとか自由な動きの感覚が出た。僕たちのステディカムのオペレーターであるジェフ・ヒーリーはまさに職人で、アルウィン・カックラーのライティングと相まって、三幕を通じて役者たちが流れるようなすばらしい動きをしたのをジェフはうまくとらえてくれた。

──どうして全編を通じてサンフランシスコで撮影すると決めたんですか?

サンフランシスコはデジタル時代の発祥の地、第二次産業革命のホームランドだからね。僕はイギリスのマンチェスターの出身で、そこは200年前に起こった産業革命発祥の地として知られてるんだよ。だから、マンチェスターとまったく同じように、サンフランシスコにもあちこちにその歴史が残り、神話に満ちてる。だから、この映画をサンフランシスコで撮るというのは、僕的にはすんなり入ってきた。この映画にも、そういうところがにじみ出てて、そこを感じてもらえると嬉しいね。もし自分が撮ってる映画の舞台を愛してるのなら、僕だけでなく、役者たちにもその場所への理解と愛着がにじみ出てくるものだと、僕は前から思ってた。三つのオリジナルな製品の発表の現場にいた人たちと、撮影中、僕たちは会う段取りになってたし、たまたま会えた人もいるんだけどね。

映画『スティーブ・ジョブズ』より © Francois Duhamel
映画『スティーブ・ジョブズ』より、ジョブズ役のマイケル・ファスベンダー(左)と5歳の娘リサ役のマッケンジー・モス(右) © Francois Duhamel

──あなたは三幕の三つの舞台をはっきりと差別化しましたね。それはどうしてなんですか?

まず第一にこの脚本でいちばん監督としてむずかしいと感じたのは、三つの舞台裏をどうやれば可能な限りダイナミックに、かつ同じような緊張感で見せられるかという点だった。なので、我々は各幕ごとがそれぞれ特異で、それぞれが特異な筋立てになるように、三つそれぞれ別々のロケ地にしようと決めたんだ。

──第一幕でのMacintoshの製品発表のロケ地をフリント・オーディトリアムにしたのは、どうしてなんですか?

クパチーノのど真ん中にあるデ・アンザ・コミュニティ・カレッジのフリント・オーディトリアムこそ、1984年に実際にMacintoshが世に出た場所なんだ。スティーブ・ジョブズがあの日Macintoshをお披露目したのが、あのステージでね。だから、我々は文字通り、彼の足跡を踏んだんだ。装飾を排した機能重視の、あのシンプルなシアターの、手作り感あり、ベーシックで、雑な雰囲気を出すために、我々は第一幕を16ミリで撮影した。初期の製品発表の、ほとんどパンクと言ってもいいエネルギーが出てるね。スティーブ・ジョブズは、まったく無の状態から、真の意味での初のパーソナル・コンピューターというコンピューターの未来を考えてた人だ。人の一部になるコンピューターというものを初めて考えた人物だね。映画の中でスティーブが言ってるように、1984年という時点まで、ハリウッドはコンピューターを恐怖の存在ととらえていたけど、彼はそれをパーソナルなものにしたかったんだ。コンピューターがまだ万全ではなかったから、明らかに時代が彼に追いついてないわけだけど、彼だけがそれを後に成し遂げたんだよ。

──第二幕のロケ地をサンフランシスコ・オペラ・ハウスに選んだのはなぜですか?NeXTの発表があるこのストーリー部分にあのオペラ・ハウスを選んだ意図は何なんですか?

実際にスティーブ・ジョブズがどこまでAppleに対する報復行為としてNeXTコンピューターを考えていたのかは議論の余地があるところかもしれないけど、結局はNeXTのオペレーティング・システムがAppleへの復帰のきっかけになった。Appleが新しいオペレーティング・システムをほしがってた時、彼はAppleにNeXTを売ることもできたし、オペレーティング・システムがまさにNeXTの狙いだった。今なおAppleのすべての製品のオペレーティング・システムのコアであるNeXTから、ジョブズは何かが得られたんだ。

我々はこのロケでオペラ的な復讐劇の雰囲気を出したかったので、ベルベットのカーテンと金色の縁取りがあるオペラ・ハウスを選んだんだ。第二幕では、ロマンティックと言ってもいい、よりゴージャス感がほしかった。そこで我々はこの第二幕を第一幕の16ミリと比べると、スムーズに美しく流れる35ミリで撮影した。美術、カメラの動き、音楽――そういったものすべてによって、一種の復讐劇の雰囲気を意図した。この一幕が進むにつれて、スティーブの復讐の緻密な計画にじわじわと観客に気づいてもらいたかったんだ。この一幕ではすべてが復讐劇として盛り上がっていくんだけど、すべての底流に復讐というものが流れてる。終幕でのスティーブとジョン・スカリーの対決というクライマックスへ向けてね。

映画『スティーブ・ジョブズ』より © Francois Duhamel
映画『スティーブ・ジョブズ』より、ジョン・スカリー役のジェフ・ダニエルズ(右)とジョブズ役のマイケル・ファスベンダー(左) © Francois Duhamel

──iMacの発表をめぐる第三幕で、美術、撮影など、どんな戦術が頭の中にあったのですか?

この第三幕で描いてるのは、コミュニケーションと今現在のデータ管理という未来のイメージだ。iMacは我々の日常生活にインターネットというものを運んでくれた。だから、我々はこの一幕をサンフランシスコのダウンタウンにあるデイヴィーズ・シンフォニー・ホールで撮影した。で、我々は最先端のデジタル・カメラである“アレクサ”で撮影した。このカメラはほとんど無限と言っていいピクセル数と解像度を持ってる。第三幕で我々は無限の可能性に突入する。つまり、ジョブズのAppleへの復帰であり、その復帰を象徴するiMacという製品が重要になってくるんだ。

──あなたの集中的なリハーサル時期を支える哲学についてはすでにお話をうかがってきましたが、ここでマイケル・ファスベンダーについてお話いただけませんか?彼こそ、このキャラクターに命を吹き込める俳優だと思ったその決め手は何ですか?

マイケルほど強烈に役にのめり込む役者と仕事をしたことはないんだ。脚本の裏まで読む彼の深い読みに気づいたことは一度ならずあって、来る日も来る日もハムレットとかリア王のようなセリフを暗誦しないといけないんだよね。彼は丸暗記ではないやり方で脚本を頭に入れてた。「ここで俺はこれを言うんだっけ?」みたいな覚え方は決してしてなかったね。まるで自分が書いた本みたいに脚本が分かってて、だからこそ、ほぼ無の状態から目の前にポンと何かを作り出せるような演技ができるんだね。マイケルの中にはかなりジョブズ的な部分があるんじゃないかと、いつも思ってた。彼の中にそういう資質があって、自分が何をすればいいかに対して、ものすごく適応性があるんじゃないかな。ほんと恐るべき俳優だね。でも、ありがたいことに、彼には最高のウィットがある。ウィットに富んだ脚本だからこそ、ここぞという時に、信じられないほどのディテールへのこだわりと喜劇的要素で、マイケルは脚本の中にあるユーモアを掘り下げるんだ。その適応性は恐るべしで、彼はすでに役作りの段階でそれを見せてくれた。ソーキンの脚本にあれほどの役者を迎えられたので、僕はラッキーだった。僕の仕事は、それを邪魔しないように心掛けるだけだったからね。

映画『スティーブ・ジョブズ』より © Francois Duhamel
映画『スティーブ・ジョブズ』より、ダニー・ボイル監督とマイケル・ファスベンダー © Francois Duhamel

──ケイト・ウィンスレットはジョアンナ・ホフマンという役柄にみごとになりきってますね。彼女のこの役へのアプローチのし方について、ちょっとお話しいただけませんか?

まあ、ファスベンダーがやってくれるとなれば、彼を向こうに回して同じくらいの才能ある人をつかまえないといけないからね。だから、僕たちはそうしたんだ。ケイトはずば抜けてる。ユニークな才能はもちろんのことだけど、彼女のアプローチがあそこまで深いとは僕も想像してなかった。映画のセットに迎えるパートナーとしては最高だし、テークの合間のエクストラたちの立て直しに至るまで、映画作りのあらゆる要素に彼女は果てしなく前向きなんだよ! ジョアンナ・ホフマンはこのありえない人物を立て直そうとする門番的な存在であり、癒しの存在で、ケイトはすべてのディテールにおいてあの役を生きてた。セットにおいても、ストーリーの中においてもね。

マイケルのように、ケイトは脚本の言葉づかいを貪欲に吸収し、それを軽々とやってのけた。ソーキンの脚本の音楽的な部分は、最高の役者にとっては血と肉なんだ。彼らはただそれを一瞬で感じ、一瞬のうちに聞き取り、ひたむきにそれを出そうとする。まるで最高の音楽家の演奏を聞いてるみたいで、こちらがちょっとモーツァルトの音楽を渡せば、彼らはそれを簡単にやってのけてしまう。

ソーキンはジョアンナ・ホフマン本人とじかに会い、会話し、それから深い影響を受けてたから、彼女のキャラクターをこの脚本の軸にした。たとえ、ウォルターの脚本に彼女が数ページしか出てこなくてもね。このストーリーは彼女のストーリーでもある。ジョアンナは大学に入る前に、スティーブとリサの関係をつなぎとめられなかったことに、最終的には深い悔悟の念を持つんだ。そこがこの脚本の、そしてケイトのすばらしい演技の感動的な部分だね。そのへんの複雑な思いが彼女独自のリアルさで伝わってくる。

映画『スティーブ・ジョブズ』より © Francois Duhamel
映画『スティーブ・ジョブズ』より、ケイト・ウィンスレット © Francois Duhamel

──スティーブ・ウォズニアック役のセス・ローゲンについて少しお話しいただけませんか?

リハ中に、スティーブ・ウォズニアック本人が来てくれて、ジョブズやAppleでの経験を話してくれたのは、計り知れない力になった。セスはしょっぱなからウォズの本質をつかんでたね。言葉にするのはむずかしいよ。ウォズのキャラクターの根っこにある部分まで手が届いてるセスの演技にある何かだよ。抱腹絶倒の人を見つけるのは運次第みたいなところがあるけど、ああ見えて、かなりシリアスで野心的で直感と技術を備えた役者でもあるんだ。

才能ある人でありながら、人間としてもちゃんとしている人はいるはずだとウォズは信じていて、その考えがこの映画の全編に流れる大事な金の縦糸なんだ。革新というものも大事だけれど、それと同じように、過去というものの大事さをスティーブに認めさせようとするのが、ストーリーの中でウォズが抱える十字架でね。でも、スティーブは一つのことしか頭にない―革新しかね。スティーブには未来しかなくて、そればかりを目指す。確かに革新というのは創造性における一つの役割ではあるけれど、創造というものは先人たちの力にも負ってるんだと、ウォズは言うんだね。人は常に誰かの力を借りているわけで、自分もその中の一人だと見る下から目線も大事なんだとね。世界一の親友であり、パーソナル・コンピューターというものをいっしょに作ってきた男が、このことを理解できないというのが、彼にかなりの葛藤をもたらすんだ。セスは果てしない楽観主義と友情がもたらす苦悩を、すばらしい形で運んできてくれてるね。

映画『スティーブ・ジョブズ』より © Francois Duhamel
映画『スティーブ・ジョブズ』より、ジョブズ役のマイケル・ファスベンダー(右)とスティーブ・ウォズニアック役のセス・ローゲン(左) © Francois Duhamel

──三幕それぞれで音楽にどんなストーリーをこめたのですか?作曲したダニエル・ペンパートンのアプローチについて少しお話しいただけますか?

第一幕は初期のコンピューターのサウンドに影響されてる。これは年を追うごとに言えると思うんだけど、観客の大多数は、生まれた時からデジタルになじんでる世代だよね。デジタルの革命が起きた草創期がどんなだったか、彼らは覚えてないはずで、デジタル・サウンドが登場した時、それは当時、未来的に聞こえたものだ。その考えがおもしろいと思ったので、ダニエルは一種のレトロ・サウンドをうまく活用した。二幕は二つの楽章でできてる。第一楽章は軽いオペラ風で、軽快で気まぐれなアレグロで始まる。第二楽章もまたオペラ風なんだけど、力強い終幕に向かっていくにつれて、だんだんと重厚さを増すんだ。第二幕は中断期間中に、スカリーとジョブズがいっしょに過ごすシーンがいくつかインターカットされる。第三幕は、かなり散漫だけど、エレガントでね。ちょっとジョブズの製品のように、余分なものをそぎ落としたシンプルな音楽だね。

映画の中で、ある時期のスティーブは、自分の役割を指揮者にたとえ、音楽家でもなく楽器も演奏しないけれど、自分の仕事は楽器を演奏することではなくて、オーケストラを指揮することなんだと分析しますね。そのへんのところを解説していただけませんか?

ジョブズはエンジニアでもプログラマーでもなかった。エンジニアとしての彼は基本的なスキルしかなかったけど、その他のいろんな才能をまとめる力があった。実はそれが監督の仕事なんだ。僕はカメラや照明のスペシャリストたちが理解してるような形で、照明やカメラのことを理解してない。もちろん、コスチュームも作れないけど、そういう全エキスパートたちの技術を統合してるんだ。というか、だといいんだけどね。

──観客にはこの映画から何を受け取ってほしいですか?

この映画を観てもらう時、主人公がものすごい牽引力、知性、尋常ならぬ献身、そして情熱で成し遂げたものが、世界をどう変えたかを観客には見てほしいし、プライベートなレベルで払った代償も見逃さないでもらいたい。視覚的な天才でありながら、彼自身、自分がもろい存在だと気づいた時初めて、ある程度の自己認識と人間性を取り戻すんだ。

スティーブ・ジョブズが人の使ってるiPadに何を書けばいいのか分からないのと同じように、最終的にこの映画が人に何を伝えるのか僕には分からない。ストーリー・テラーとしては、できる限りすばらしいものに関わりたいと願ってるし、そういうものを人に伝えたいとは思うんだけど、人がそれから何を感じるかは彼らの問題だというのが、この仕事のすばらしさでもあり恐ろしさでもあるね。

映画『スティーブ・ジョブズ』より © Francois Duhamel
映画『スティーブ・ジョブズ』撮影現場より、ダニー・ボイル監督とケイト・ウィンスレット © Francois Duhamel

脚本アーロン・ソーキン インタビュー
「世界を驚かす製品で人格的な欠点を補いたかったというのが、ジョブズのキー・モチベーションなんだ」

──この映画の原作であるウォルター・アイザックソンの伝記『スティーブ・ジョブズ』にどういう形でアプローチしたのですか? スティーブ・ジョブズの映画的なキャラクターは、どうやればスティーブ・ジョブズ本人に近づくとお思いですか?

『スティーブ・ジョブズ』という本は、基本的に、世界的なジャーナリストが書いた長編のジャーナリズム作品だね。ウォルターは元CNNのトップにいた人で、『タイム』誌の元編集主幹だった人だ。ウォルターは客観性を重視しないといけなかった。僕の仕事は主観を重視しないといけない。頭にあるのはアートだからね。これは複雑怪奇な人物と脱線した人間関係の、僕なりの解釈でもある。一方、映画に関わる人たちは、みんな主観的な解釈を加える。ダニー・ボイル、マイケル・ファスベンダー、プロダクション・デザイナーのガイ・ダイアス、音楽のダニエル・ピンバートン、編集のエリオット・グレアム、その他大勢がね。

映画『スティーブ・ジョブズ』アーロン・ソーキン
映画『スティーブ・ジョブズ』アーロン・ソーキン

ダニーと僕は、スティーブ・ジョブズやスティーブ・ウォズニアックやジョン・スカリーのそっくりさんを探すのには、断固反対だった。前にも言ったように、この映画は初期の段階から、写真ではなく、画なんだと宣言してる。現実と同じ設定として起こるのは、唯一、Macに株主たちに向かって「ハロー」と言わせられなかったMacintoshの製品発表のイベントだけだ。他の二つの製品発表はやるにはやるけど、別のロケーションでだし、僕が想像してたのとはかなり違う形で行われたと思う。そういう製品発表をめぐって巻き起こるすべての出来事こそ、スティーブの人生を表すのに僕が選んだ葛藤の場の集大成なんだ。リアル・タイムの40分という時間へと凝縮したね。

いくら欠点が多くとも、壮大な夢を抱き、まわりの人間をそこへと突っ走らせた聡明で複雑な男というジョブズの印象が残せれば、いいんだけどね。親切と天分は別物だと思っていなけりゃ、幸せになっていたかもしれない男として、血の通う人間として、最終的に観る人がジョブズを感じてくれるといいな。

──この映画のユニークな構成についてお話しいただけますか?あなたとダニー・ボイルは、自分たちの語りたかったストーリーをどうやってまとめ上げたのですか?ストーリー構成のプロセスに、かなり細かいリハーサルのプロセスをどういう流れで取り入れたのですか?

どっちかというと、僕は劇作家だからね。かなりくっきりと決められた空間内で、時計がチクタク時を刻むような、閉所恐怖症的な空間のほうが落ち着くんだよ。それに、このいささか平板なキャラクターを彼の人生の分水嶺的な三つの節目で見つめていくと、おもしろくなるのではないかと思ったんだ。だから、スタジオ側にこのアプローチを提案したら、それでいこうということになった。

アイザックソンの原作を読みこんでいくと、また、スティーブ・ウォズニアック、ジョアンナ・ホフマン、ジョン・スカリー、アンディ・ハーツフェルド、リサ・ジョブズ、そしてクリッサン・ブレナンたちの話を聞いてるうちに、スティーブの人生には鍵となる五つの人間関係の葛藤があると気づき、それを製品発表にからめたら形になると考えた。スティーブの同僚や家族との個人的なインタビューを通じて集めた素材とウォルターの本を同じように扱って推測したのが、僕の頭に浮かんだことのすべてなんだ。

結果でき上がった182ページの脚本は、会話だけで構成されてる。これはほとんどの監督にとって取りつく島のないチャレンジのジャングルみたいなものだったかもしれないけど、ダニー・ボイルはそれを熱烈に歓迎してくれた。彼はそれらの言葉を驚くほど映画的なものに埋め込んで、魅力的なビジュアルにしてくれた。声だけが入ってるデモテープのような一見毒にも薬にもならないようなものでも、彼は他の監督がアクション・シーンを撮るような形で撮ってしまうんだよ。

我々は各三幕を別々の映画のように、ぜんぜん別のロケ地で順撮りした。製作は第一幕を撮影する前に三週間ほどリハーサルの時間をとって、つづいて第二幕や第三幕の前にもそれぞれ二週間のリハーサル期間を置いた。これによって、役者たちはセリフを覚える時間がとれたばかりでなく、言葉づかいを自分のものにして、ふくらませることができるようになったと、僕たちは感じた。彼らは、切り返しのショットとかカッタウェイに要する数秒をはるかに越えた長い時間、キャラクターになりきることができるようになったんだ。

映画『スティーブ・ジョブズ』より © Francois Duhamel
映画『スティーブ・ジョブズ』より、ジョアンナ・ホフマン役のケイト・ウィンスレット(右)、ジョブズ役のマイケル・ファスベンダー(中央)、アンディ・ハーツフェルド役のマイケル・スタールバーグ(左) © Francois Duhamel

──映画の中で、ジョブズは自分が求める結果を出すために、中でも恐怖心やだましやごまかしのテクニックを使ってますね。彼の手法に対するあなたの描き方は、どこまで正確なのですか?

スティーブは、自分のやり方であれば、雇ってる人たちから最良のものを引き出すと純粋に信じてたんだ。彼は最初の提案に対して、こう返すことが多かった。「君にはもっといいものができる。もう一度やってくれ」とね。それが三回、四回と続くんだ。ところが、実際、彼は第一、第二、第三、第四のバージョンを見てさえいなかった。相手が誰であろうと、もっといいものができるかもしれないというのは、時として正当化されることが多い彼の期待の表れだった。ひどいと思うかもしれないけど、人をあおって最高のものを引き出した、あれは実際、彼の偉大な才能だね。そういう意味では、彼は成功した。でも、彼の不人気な行動は、相手からベストを引き出そうとするイニシアチブから来るというよりも、彼のパーソナリティと関係があった。彼は他のマネージング戦略を知ってたかもしれないけど、求めた結果は出したからね。

映画『スティーブ・ジョブズ』より © Francois Duhamel
映画『スティーブ・ジョブズ』より、ジョブズ役のマイケル・ファスベンダー(左)と19歳のときの娘リサ役のパーラ・ヘイニー=ジャーディン(右) © Francois Duhamel

──この映画の中には、「お前の製品のほうが、お前よりましだ」というウォズのセリフがありますね。すると、スティーブが、「そこがミソだよ」と返す。あのやりとりを入れるのは、あなたにとってどれほど重要だったのですか?

アーティストというのは、自分のよりいい部分を作品にこめるものだね。我々は現実には存在しない一種の完成度の高みを見つけようとするし、スティーブも彼の製品にまったく同じことをしようとするんだと思う。「コンピューターは絵画じゃないんだ」とウォズが言った70年代までさかのぼって、スティーブは激怒する。スティーブが作ろうとしたのは芸術じゃないなんて言ったら、彼はかんかんに怒っただろう。世界を驚かす製品で人格的な欠点を補いたかったというのが、彼のキー・モチベーションなんだ。

映画『スティーブ・ジョブズ』より © Francois Duhamel
映画『スティーブ・ジョブズ』より、スティーブ・ウォズニアック役のセス・ローゲン © Francois Duhamel

幼少期にはコントロールされることを激しく嫌ったけど、生涯を通じてスティーブは、常に落ち着き(コントロール)というものを求めてたんじゃないかと、僕は思う。養子に出された不安定な生まれ育ちが、生涯を通じて影響を与えた。しかし、創造的な人生面が常にコントロールを保つ救いとなり、そういう状態になりさえすれば製品自体がもっとましな自分の発露になると感じてたんだと思う。

──一人の人間のビジョンの持つパワーについて、また、一般にアメリカ的な野心と起業精神について、この映画は何を語りたいのでしょうか?

スティーブ・ジョブズは、この国の偉大な発明家の最後の一人だったのかもしれない。彼は多くの人が絵に描いた餅と思っていたものを作ろうと追い求めた。効果的だった「現実歪曲フィールド」と呼ばれる彼のプレゼン・スタイルを開発したのも、彼だ。彼はデザイナー(あるいはプログラマーやエンジニア)に近づいて、「この装置をこのぐらい大きくしたくて、これにはこれができるようにしたいんだ」みたいなことを言いまくっていたという。そのサイズでは、そんな作業ができるわけがないとデザイナーは言い返したかもしれない。それとも、きっと彼が望むような機能を持たせたいなら、もっと大きくする必要があると言われたかもしれない。でも、彼の反応はいつもこうだった。「お前さんはペリシテ人(注:長年にわたって古代イスラエル人を悩ませた民族)か。自分のやってることがどういうことか分かってんのか。じゃあ、俺のやりたいことをやってくれる別の人間を探してみせる」。そして、結局は、そのデザイナーはやり遂げ、他の人がみんなできっこないと言っていたことを成し遂げたんだ。

映画『スティーブ・ジョブズ』より © Francois Duhamel
映画『スティーブ・ジョブズ』より © Francois Duhamel

この映画の中で、「君はいったい何がしたいんだ?」とスティーブは何度となく言われる。彼はプログラムの暗号の書き方一つ知らなかった。訓練されたエンジニアでもなければ、コンピューターの科学者でもなかった。オーケストラにはスティーブが弾けるような「楽器」は、一つもなかった……それなのに、彼は並み居るクリエイティブな頭脳の先頭に立って、パーフェクトな指揮ぶりを見せたんだ。

(オフィシャル・インタビューより)



ダニー・ボイル(Danny Boyle) プロフィール

1956年、イギリス、マンチェスター生まれ。『シャロウ・グレイブ』(94)で映画監督デビューを果たし、英国アカデミー賞を受賞する。続く『トレインスポッティング』(96)でも同賞にノミネートされる。『トレインスポッティング』は現在でも最高に愛され、最高の興行収益あげた英国のインディー映画という地位を保っている。 2008年、『スラムドッグ$ミリオネア』(08)が世界中で大ヒットを記録し、アカデミー賞、ゴールデン・グローブ賞、英国アカデミー賞の監督賞を受賞する。この作品は、作品賞を始めとするアカデミー賞R8部門に輝いた他、100以上の映画賞を獲得し、一躍名匠としてその名を世界に轟かせる。続く、ジェームズ・フランコを主演に起用した『127時間』(10)も、アカデミー賞で作品賞を含む6部門、英国アカデミー賞で8部門にノミネートされる。 2012年には、ロンドン・オリンピック開会式の演出を担当し、世界中の批評家と観客を感動させた。 その他の主な監督作品は、『普通じゃない』(97)、『ザ・ビーチ』(00)、TV映画「ストランペット」(01未)と「ヴァキューミング」(01未)、『28日後…』(02)、『ミリオンズ』(04)、『サンシャイン2057』(07)、『トランス』(13)など。さらに、TVと舞台の仕事でも高く評価され、2011年には、ロイヤル・ナショナル・シアターで、ベネディクト・カンバーバッチ、ジョニー・リー・ミラー出演の「フランケンシュタイン」を演出し、絶賛されている。

アーロン・ソーキン(Aaron Sorkin) プロフィール

1961年、アメリカ、ニューヨーク州生まれ。28歳の時に書いた戯曲「ア・フュー・グッドメン」で、ブロードウェイデビューを果たす。1992年、同作の映画化が決まって自らが脚色を担当し、ゴールデン・グローブ賞にノミネートされる。続く『アメリカン・プレジデント』(95)でも同賞にノミネートされる。その後、デヴィッド・フィンチャー監督の『ソーシャル・ネットワーク』(10)で、アカデミー賞、ゴールデン・グローブ賞、放送映画批評家協会賞、英国アカデミー賞を受賞、名脚本家としての地位を確立する。さらに、『マネーボール』(11)でも、再びアカデミー賞とゴールデン・グローブ賞にノミネートされる。製作総指揮と脚本、キャラクター創造を手掛けたTVシリーズ「ザ・ホワイトハウス」(99~06)でも高く評価され、4年連続でエミー賞を受賞する。 その他の主な作品は、『冷たい月を抱く女』(93)、マイク・ニコルズ監督の『チャーリー・ウィルソンズ・ウォー』(07)、製作総指揮も務めたTVシリーズ「ニュースルーム」(12~14)など。




映画『スティーブ・ジョブズ』
2016年2月12日(金)全国公開

映画『スティーブ・ジョブズ』ポスター

1984年、スティーブ・ジョブズは激怒していた。Macintosh発表会の40分前、「ハロー」と挨拶するはずのマシンが黙ったままなのだ。カットしようという意見に絶対に折れないジョブズ。そこへ元恋人が、ジョブズが認知を拒む娘のリサを連れて現れる。混乱のなか、今度は突然胸ポケット付きの白いシャツを用意しろと指示するジョブズ。次々と繰り出す彼の不可解で強硬な要求に周りは振り回されるが、そのすべてに重大な理由があった―――。

原題:Steve Jobs
監督:ダニー・ボイル
脚本:アーロン・ソーキン
出演:マイケル・ファスベンダー、ケイト・ウィンスレット、セス・ローゲン、ジェフ・ダニエルズ他
2015年/アメリカ/東宝東和配給

公式サイト:http://stevejobsmovie.jp
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▼映画『スティーブ・ジョブズ』予告編

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