骰子の眼

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東京都 渋谷区

2017-03-03 16:00


天才少年作家、J.T.リロイ事件の裏にあった真実という「リアルなファンタジー」

映画『作家、本当のJ.T.リロイ』コラムニスト・山崎まどかさんによる解説
天才少年作家、J.T.リロイ事件の裏にあった真実という「リアルなファンタジー」
『サラ、神に背いた少年』の著者J.T.リロイ

2017年4月8日(土)より、新宿シネマカリテ、アップリンク渋谷ほか全国順次公開となる、映画『作家、本当のJ.T.リロイ』

90年代、ローラ・アルバートは、J.T.リロイというペンネームで雑誌に短編小説を寄稿していた。その彼女が2000年に書いた、女装の男娼となった過去を綴ったJ.T.リロイの自伝的小説『サラ、神に背いた少年』が出版社の目に止まり全米で出版されるや否や、ジュネ、ギンズバーグ、バロウズの系譜に連なる作家として一躍時代の寵児となった。ローラはインタビューなどで作者としてメディアに露出する際に、自分のアバターを作り、ローラ自身ではなく、異なる外観のアバターが書いた小説ということにした。リロイの2作目『サラ、いつわりの祈り』はアーシア・アルジェント監督により2004年に映画化され、日本ではシネマライズ渋谷でロードショーされた際にJ.T.リロイと彼女のマネージャとしてのローラは来日し、多くのインタビューを取材を受けていた。

そして、2005年ニューヨーク・マガジンの記事でJ.T.リロイが書いたとされた小説は、実はマネージャーとして隣にいた女性ローラ・アルバート書いた小説だったというスキャンダルが発覚する。 映画は、その真実を彼女自身の言葉とセレブたちの声によって解剖する内容になっている。

なぜ、ローラ・アルバートは自分で書いた作品の作者として、自分とは違うアバターを作り出したのか? ローラ自身は映画の中では私の中のもう一人の人格を持った私が書いたと告白している。アメリカでの映画公開時の宣伝コピーは「作家の才能をその見かけで判断するな」。

webDICEでは、著書に『オリーブ少女ライフ』、翻訳書にレナ・ダナム『ありがちな女じゃない』などがあるコラムニストの山崎まどかさんによる解説を掲載する。




作品とそれを生んだ作者が同一視され、神聖化される。それは決して、珍しいことではない。
文:山崎まどか(やまさき・まどか)

2005年10月。ニュースを求めてインターネットをさまよっていた私は、ニューヨーク・マガジンで驚くようなニュースを見つけた。自伝的小説『サラ、神に背いた少年』で日本でも人気の作家、J.T.リロイに関する衝撃的な事実を告発するものだ。自らの体験を元に書いた小説で18歳の時に華々しくアメリカ文学界にデビューした「売春婦を母親に持つ元男娼のJ.T.リロイ」という南部出身の作家は実在しない。マネージャー、そしてJ.T.リロイが詩を書くバンドのメンバーとしていつもべったりとリロイにくっついているローラ・アルバートという40代の女性こそが、リロイの小説の実作者であり、マスコミに登場するリロイは、アルバートの夫であるジェフリー・クヌープの実の妹、サバンナ・クヌープだというのだ。

映画『作家、本当のJ.T.リロイ』
サバンナ・クヌープ

ネットで探したら、サバンナが少女の素顔でモデルを務めるカタログの写真が出てきた。彼女に大きなサングラスをかけさせたら、二冊目の小説『サラ、いつわりの祈り』の映画化作品のプロモーションで、監督兼主演のアーシア・アルジェントと共にインタビューに答えるJ.T.リロイそっくりになる。アーシアの膝に顔を埋めて記者の質問に答えるリロイの声はソフトでティーンエイジャーの少女のようだった。幼い頃の性的虐待でペニスを切り落とされたリロイは、男性から女性になるため、性別適合のプロセスの只中にあると発言していた。

すぐに世間は蜂の巣をひっくり返したような騒ぎになった。J.T.リロイは既に文芸界を超えて、同時代のサブカルチャーのアイコンとも言えるようなスターだったのだ。彼/彼女の信奉者はウィノナ・ライダーやアーシア・アルジェントのようなエッジーなタイプの俳優、ガス・ヴァン・サントを始めとする映画人、コートニー・ラブ、R.E.M.のマイク・ミルズといったロック界のビッグ・ネームまで枚挙にいとまがなかった。もっと言うと、ロックを感じさせる「人脈」をバックにしたオルタナな「セレブリティ」であることがJ.T.リロイの本職になっていた。書いたものは二の次だ。何故なら、ドラマティックな生い立ちのJ.T.リロイ自身が作品であったから。

映画『作家、本当のJ.T.リロイ』
J.T.リロイは実在しないことを伝える雑誌

作品とそれを生んだ作者が同一視され、神聖化される。それは決して、珍しいことではない。J.T.リロイが作家としてデビューした2000年代の始めは特に、創作ではないリアルで生々しい現実を受け手が求めていた時代だった。90年代のロックにおけるグランジ・ブームや、華やかなハリウッドの大作とは一線を画するようなインディ映画の台頭を経て、本の世界にも似たような傾向が生まれたのかもしれない。『作家、本当のJ.T.リロイ』には、『サラ、神に背いた少年』が書店のベストセラー・コーナーに平積みされているシーンが出てくる。リロイの本と共に並べられているのは、ジャンキーだったシェフのアンソニー・ボーディンがレストランの裏側の世界を描いた『キッチン・コンフィデンシャル』[※1]や、両親を亡くした21歳のデイヴ・エガーズが8歳の弟との生活について書いた『驚くべき天才の胸もはりさけんばかりの奮闘記』[※2]といった作品だ。初期においてリロイの作品を支持した作家の顔ぶれに、メアリー・カーがいたのも納得である。彼女はテキサスのワイルドな田舎町で育った過去について書いた『うそつきくらぶ』[※3]で作家として一躍有名になったのだから。いま考えると、皮肉な書名である。「本当のことを書く」作家という「うそつき」の集団に、J.T.リロイは仲間入りしたのだ。

映画『作家、本当のJ.T.リロイ』
J.T.リロイ著書『サラ、神に背いた少年』『サラ、いつわりの祈り』

更に、J.T.リロイの作品のヒットをきっかけにするかのように、若くてルックスのいい女性が自らの荒んだ過去を振り返る回顧録や私小説のブームが始まった。こうした若い作者たちは読者に、ストーリーテリングの技術や作品の芸術性ではなく、生身の自分を生贄のように差し出した。そう、供物には肉体が必要だったのだ。ローラ・アルバートの書いた幻想や、その仕掛けや、電話だけのインタビューだけでは、人々は満足しなかった。だからアルバートは自分のアルターエゴ[分身]であるJ.T.リロイのアバターとして、サバンナを世間に差し出したのである。そのアバターが醸し出すファンタジーに、オルタナの世界のセレブリティたちは群がり、J.T.リロイに存在しない世界の夢を見せてしまった。映画の中のローラ・アルバートは狡猾な仕掛け人というよりも、自分で作った世界に救いを見出していた孤独な女性に見える。もっとも、人は自分が見たいものを現実に投影して見るものだ。この映画のローラ・アルバートの姿も、J.T.リロイ事件の裏にあった真実という「リアルなファンタジー」に過ぎないのかもしれない。

映画『作家、本当のJ.T.リロイ』
J.T.リロイとローラ・アルバート

ショッキングな暴露劇のせいで、文学としてのJ.T.リロイ=ローラ・アルバートの作品の評価はどこかに吹き飛んでしまった。確かなことがあるとすれば、ローラ・アルバートが大したストーリーテラーだったという点だ。彼女の生んだJ.T.リロイという「作品」は、その幕引きに至るまでこんなにも人々を熱狂させたのだから。今までの出来事は序章に過ぎなかったかとでも言うように、『作家、本当のJ.T.リロイ』でローラ・アルバートは「J.T.リロイ事件の内幕」というストーリーを語り始める。今度こそは自分が主役という気合を感じる彼女の語り口に、またひきこまれてしまった。



※[]内は編集部注

※1 新潮社/野中邦子訳/2001年/原題『Kitchen Confidential』2000年
※2 文藝春秋/中野恵津子訳/2001年/原題『A Hearteaking the Work of Staggering the Genius』2000年
※3 青土社/永坂田津子訳/1999年/原題『The Liars' Club』1995年



山崎まどか(やまさき・まどか)

コラムニスト。著書に『オリーブ少女ライフ』、『「自分」整理術』他。 翻訳書にレナ・ダナム『ありがちな女じゃない』、B・J・ノヴァク『愛を返品した男』。




映画『作家、本当のJ.T.リロイ』
2017年4月8日(土)より、新宿シネマカリテ、アップリンク渋谷ほか全国順次公開

監督:ジェフ・フォイヤージーク(『悪魔とダニエル・ジョンストン』)
撮影監督:リチャード・ヘンケルズ
音楽:ウォルター・ワーゾワ
出演:ローラ・アルバート、ブルース・ベンダーソン、デニス・クーパー、ウィノナ・ライダー、アイラ・シルバーバーグ ほか
(2016年/アメリカ/111分/カラー、一部モノクロ/1.85:1/DCP/原題: Author: The JT Leroy Story)
配給・宣伝:アップリンク
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映画『作家、本当のJ.T.リロイ』

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