映画『乱世備忘―僕らの雨傘運動』より
「香港と中国の過去-現在-未来」をテーマに日本初公開となる香港のインディペンデント映画を集めた特集上映「日本・香港インディペンデント映画祭2017」が4月15日(土)から4月21日(金)までテアトル新宿にて開催される。webDICEでは主宰のリム・カーワイ監督による解説を掲載する。
香港が中国に返還されてから20年となる今年。今回の特集上映は、2014年の秋に起きた選挙制度の民主化を求めたデモ「雨傘運動」をはじめ現地の生の声をTwitterやFacebookで伝えてきたリム・カーワイ監督が、日本初公開作を中心に9作品を選び、自ら字幕監修も担当し、実現した。テアトル新宿では7日間にわたり「民主化を目指す香港と中国の間の関係」をテーマにセレクトされたインディペンデント映画9作が、リム・カーワイ監督の『新世界の夜明け』をはじめ、小路紘史監督『ケンとカズ』、森達也監督『FAKE』、山本政志監督『水の声を聞く』などの日本の作品と2本立てで上映。各日、香港と日本の監督によるトークも実施される。
日本のマスコミが「雨傘運動」をあたかもこれを突発事件として理解し、単なる香港市民と中国政府の選挙制度における対立として解釈したことに対して、いささかの違和感を覚えた。映画人として私ができることは、ジャーナリスト的に香港と中国の関係を紐解くのではなく、リアルな香港の姿を伝える映像を集めて、日本で紹介することではないかと思うようになった。(リム・カーワイ監督)
「日本・香港インディペンデント映画祭」における
香港のインディペンデント映画
文:リム・カーワイ
2014年9月下旬、香港でいわゆる「雨傘運動」という大規模反政府デモが起きた。このデモが起きた前後、私はちょうど新作の準備をするため、長く香港に滞在していた。日本のマスコミがまだこのデモに大きく注目する前に、私は香港人の友達とよくデモの現場に応援しに行き、香港人の反骨精神に深い感動を覚えていた。そして、ツイッターに自分が目撃したものや感想などをその都度呟いていたが、最初は興味を示してくれる人はほとんどいなかった。香港市民と警察の対立が徐々にエスカレートし、「雨傘革命」と騒がれるまで闘争が激しくなってから、どういうわけか、私のツイッターでの発言が日本でこの運動の推移を理解するための一つ重要な情報源となっていったようだった。webDICE編集部がそれらを時系列にまとめてくれて、レポートという形でネットに載せてから、さらに大きい反応を得るようになった。この運動が日本人に衝撃を与え、今まで持っている香港の繁栄のイメージを一気に拭き取ったことは確かだった。
しかし、この動きは、決していきなり起きたものではなく、その理由は過去の香港と中国の様々な複雑な関係に遡ることができるだろう。しかし、日本のマスコミあるいは一般の日本人が、あたかもこれを突発事件として理解し、単なる香港市民と中国政府の選挙制度における対立として解釈したことに対して、私はいささかの違和感を覚えた。私はその原因は、日本人が抱いている香港のイメージと現実の香港とが、あまりにもかけ離れていることによるものではないかと気付いた。そして、映画人として私ができることは、ジャーナリスト的に香港と中国の関係を紐解くのではなく、リアルな香港の姿を伝える映像を集めて、日本で紹介することではないかと思うようになった。しかし、その後、いろいろな個人的な理由と事情があって、この企画は2年以上を経て、やっと香港返還20周年の今年に実現できる運びとなった。
この作品は、主としてなぜ香港と中国との間のコミュニケーションがうまく機能しなかったのか、なぜ香港と中国の間に多くの矛盾があったのか、そしてこれから香港と中国の関係がどうなるのかをテーマに、多角的な視点からヒントを提供するという、映画的な要素が色濃く表れた作品に仕上がっている。今回はまず、香港の「影意志」とテアトル新宿が共催し、4月15日から21日までテアトル新宿にて連日、話題の日本インディペンデント映画と合わせて2本立てで上映する。上映後は、日本と香港の監督を交えて、対談するという催しを行う予定である。さらに、6月には大阪のシネ・ヌーヴォにて上映が決定している。
以下は各映画の解説になるが、ぜひ劇場で皆さんの目で確認して頂けたらと思う。そして、香港と中国の過去-現在-未来を巡って、この9本の映画を通じてなにかを感じ取ってもらえたら幸いである。
「日本・香港インディペンデント映画祭2017」上映の香港作品
『乱世備忘―僕らの雨傘運動』
2014年に起こった雨傘運動の始まりから終わりまでを記録したドキュメンタリー映画。監督のチャン・ジーウンは運動全体を俯瞰することなく、無名の若者たちに焦点をあてた。この映画の貴重さは雨傘運動の正義、悲壮或いはその革命的な価値と意義を謳ったことにあるではない。むしろ、そういった人々を刺激するようなエピソードを、丁寧に回避しているようである。地位の高い人間の発言やニュース映像を殆ど引用せず、あくまでも撮影する対象として何人かの若者に焦点を当て、ひたすら運動に没入していく彼らを追いかけ、誠実に記録している。
このドキュメンタリーは、彼らにとっての、一生に一度しか描けない、とてつもなく感動的な青春物語なのである。2016年のバンクーバー国際映画祭で上映された時、アメリカの有名な映画評論家デビッド・ボードウェル(David Bordwell)は本作を最高の5本の内の1本だと称し、香港の若者に大変勇気付けられたと絶賛した。去年台湾アカデミー賞(金馬賞)の最優秀ドキュメンタリー映画にノミネートされているが、この映画は香港では未だに劇場未公開である。
《亂世備忘》 Yellowing 2016年/128分/カラー/広東語
監督:チャン・ジーウン(陳梓桓)Chan Tze Woon
『憂いを帯びた人々』
中国返還にともなう香港人の心境の変化を描いたこの映画は、香港、北京、深圳、サンフランシスコを舞台に、信仰を失った牧師、希望を持てない無気力な若者、過去の傷を背負った雑誌編集者に焦点を当てた群像劇である。香港インディペンデント映画の旗手、ヴィセント・チュイ監督の劇映画長篇デビュー作。
ヴィセント・チュイ監督は映画を撮りながら、香港インディペンデント映画の総本山「影意志」を主宰し、さらにインディペンデント映画の上映、配給、制作なども精力的に行っており、今や香港インディペンデント映画シーンでは欠かせない人物だ。この作品は、香港を代表するスター、日本でも知られる『恋の紫煙』の余文楽(ショーン・ユー)の主演デビュー作でもあり、彼はこの中で年上の女性編集者に愛慕する青年を好演している。
ラース・フォン・トリアーの「ドグマ95」運動に応じて、全編ロケーション撮影、手持ちカメラ、照明なしなどのルールに従って制作された、香港では最初のドグマ映画である。返還後の香港、そしてその未来の情景を予見する香港インディペンデント映画の傑作。
《憂憂愁愁的走了》Leaving In Sorrow 2001年/90分/カラー/広東語、中国語、英語
監督:ヴィンセント・チュイ(崔允信) Vincent Chui 脚本:パトリック・コン(葉念琛)
出演:ショーン・ユー(余文樂)、アイビー・ホー(何韻明)、トニー・ホー(何華超)
『狭き門から入れ』
返還から10年を経た香港が舞台。中国政府が約束した「一国二制度」は果たして維持されているのか。警察、新聞記者、牧師という接点を持たない三人が弁護士殺人事件を通じて繋がり、中国官僚と香港不動産企業が癒着し利権を得たスキャンダルを暴いていく。真相への門が益々狭くなっていくこの時勢、果たして彼らは自分の正義を貫くことができるだろうか?ヴィンセント・チュイ監督は、商業映画ではタブーとされる香港と中国の抱える矛盾や政治の陰謀を描くと同時に、第一級のクライムサスペンスとしても成功している。
過去二度の香港アカデミー賞助演男優賞に輝くリウ・カイチー(廖啓智)[この夏に日本劇場公開決定、10年後の香港の未来を問う問題作『十年』での名演もまた素晴らしい]が主役の牧師を熱演する。そのほか、日本でもよく知られる中国のドキュメンタリー映画監督、ドゥ・ハイビンがスキャンダルの鍵を握る中国警察役を好演している点も見逃すことができない。
《三條窄路》Three Narrow Gates 2008年/105分/カラー/広東語
監督:ヴィンセント・チュイ(崔允信) Vincent Chui 脚本:グレース・マック(麥欣恩)
出演:リウ・カイチー(廖啓智)、ジョーマン・チャン(蔣祖曼)、ドゥ・ハイビン(杜海濱)
『哭(な)き女』
香港実験映画の第一人者であるリタ・ホイ監督の劇映画長篇第二作。2013年釜山国際映画祭でワルードプリミアされた時に、韓国の鬼才監督金・ギドクに絶賛された。死んだ親戚の通夜を経験した後、自身が持っていない記憶やアイデンティティの間をさまよいながら、異常行為を繰り返すヒロイン。葬儀の時に遺族の代わりに故人を悼み「悲しい」などの気持を表現する『哭き女』を主人公としたこの不思議な物語は香港の過去、現在、未来を寓意的に描くホラー映像詩だ。
実験的なスタイルとジャンル映画を融合し、インディペンデント映画でもなく、商業映画でもない、従来の香港映画のイメージを打ち破るこの美しい作品からは、香港という都会への愛が画面の隅々からにじみ出ている。映画の終盤に響き渡るテーマソング『さよなら、香港』(作:黃衍仁)を聞いた瞬間、誰でもそう強く思うに違いない。ヒロインを全身全霊で演じた香港のスター女優、ミシェール・ワイ(詩雅)はあまりにも美しい。
《哭喪女》Keening Woman 2013年/115分/カラー/広東語
監督・脚本:リタ・ホイ(許雅舒) Rita Hui
主演:ミシェール・ワイ(衛詩雅)、ミツイ・ハナ(蔣蜜)
『河の流れ 時の流れ』
《河上變村》Flowing Stories 2014年/102分/カラー/広東語、客家語、フランス語
監督:ツァン・ツイシャン(曾翠珊)Jessey Tsang
編集:メアリー・スティーブン(雪蓮) Mary Stephen 音楽:茂野雅道
商業映画界でも知られた女性監督、ツァン・ツイシャン(『ビッグ・ブルー・レイク』は大阪アジアン映画祭で上映され、『君の香り』は日本でも劇場公開された)による、自身が生まれ育った村の過去、現在、未来を複数の家族のストーリーを通じて多面的に描いたドキュメンタリー。
舞台となる村からフランス、イギリスへと移民した家族の映像は、香港のとある村の近代史、世界との関係を野心的に構築し、過去100年に渡る香港社会の縮図を浮き彫りにしている。素晴らしい編集を手掛けたのは長年エリック・ロメールの映画の編集に従事している香港人メアリー・スティーブン。河瀬直美監督の『萌の朱雀』、『殯の森』の映画音楽を手掛けた茂野雅道がこの映画のために作ったオリジナル曲は、香港の近代史の変遷にうまくマッチしている。劇場公開された際、香港本土意識の強まりとともに大きい反響を巻き起こし、地元ではドキュメンタリー映画として異例にロングランし、記録的にヒットした。
【今の香港が分かる傑作短編集】3作品・計101分
(1)『九月二十八日・晴れ』
日本でもよく知られる中国インディペンデント映画監督、イン・リャン(応亮)が香港亡命後初めてメガホンを取った短編。タイトルにある九月二十八日は雨傘運動が起きた日でもある。雨傘運動が勃発した当日、映画配給会社に勤める女性がまもなく老人ホームに入る父親に会いに行く……。父親役には香港アカデミー賞前会長、ジョー・チョン(張同祖)。中国で活躍した日本の撮影監督/映画監督、大塚龍治の格調高い映像も特筆すべきものだ。本作は2016年台湾アカデミー賞の最優秀短編賞を見事授賞した。
《九月二十八日.晴》a Sunny day 25min 2016年/25分/広東語
監督・脚本:イン・リャン(應亮) Ying Liang
主演:ジョー・チョン(張同祖)、アイビー・パン(彭珮嵐)
撮影:大塚龍治
(2)『表象および意志としての雨』
香港の社会運動を撮影していた映像制作チームは、ある謎の組織が人工的に天候を操作し、民衆のデモへの参加意欲を損なおうとしていることに気付く。彼らは組織の場所を突き止め、潜入を試みるが……。『乱世備忘』の監督でもあるチャン・ジーウンが、ジョニー・トー主宰の新人監督発掘コンペティション「鮮浪潮」で助成金を得て制作したフェイクドキュメンタリーであるが、制作されたのは2014年雨傘運動が起きる前、デモ運動が盛んに行った頃であり、陰謀論の解読としても興味深い。
《作為雨水:表象及意志》Being Rain:Representation and Will
2015年/26分/カラー/広東語
監督:チャン・ジーウン(陳梓桓) Chan Tze Woon
(3)『遺棄』
父親が自殺し、1人残された息子。フラッシュバックで描かれる父親の生前の行動から、社会に「遺棄」された人々の姿が浮かび上がる。香港テレビ局(RTHK)に所属する映像ディレクター、マック・ジーハン(麥志恆)が撮った、胸を締めつけられるようなヒューマンドラマの傑作。この映画から、雨傘運動の遠因でもあり、未だに解決の糸口が見つからない、さまざまな不平等、社会問題が見えてくる。まだ長篇デビューしていないが、パワーフルの本作を撮り上げた不世出の監督マック・ジーハンは、これから一番期待できる香港人監督であると確信している。
《遺棄》When we cannot Breathe
2013年/50分/カラー/広東語
監督:マック・ジーハン(麥志恆) Mak Chi Hang
『アウト・オブ・フレーム』
北京近郊の芸術村「宋莊」は、政府にとって不都合な絵の展覧会やインディペンデント映画祭やパフォーマーアートなどを開催したという理由で、常に当局の監視下に置かれていた。本作はその実在の芸術村をモデルにしている。政府に封殺される画家が自身の血で創作を続け、公安の暴力に対抗する。監視、監禁され、精神的にも追い詰められた彼はある“取り返しのつかない決断”をする……。
実際、2014年に香港雨傘運動が起きた直後、「宋莊」の芸術家たちは連帯声明を出して学生たちを支援したが、すぐ公安に逮捕され、半年以上の刑罰を科された。この映画が完成した現在でも、拘束されたままの芸術家がまだ居るのだ。これはそういう芸術家たちに捧げられた映画である。監督は、過去ベルリン国際映画祭、釜山国際映画祭などにも出品の経験があるウィリアム・クォック。本作から、香港の自由な創作環境もいずれは中国のようになると恐れる監督の視点が読み取れるだろう。今回の日本・香港インディペンデント映画祭の開催も、この自由な環境を守るための一つのささやかな反抗声明と考えて頂けたらと思う。
《片甲不留》Out of Frame
2015年/95分/カラー/中国語
監督:ウィリアム・クォック(郭維倫) William Kwok Wai-Lun
リム・カーワイ(Lim Kahwai)
1973年マレーシアのクアラルンプール出身。1998年大阪大学基礎工学部電気工学科卒業。通信会社で6年間エンジニアとして勤めた後、2004年9月に北京電影学院に学び、卒業後映画を自主製作。北京で不条理劇『アフター・オール・ディーズ・イヤーズ』、香港で無国籍映画『マジック&ロス』、大阪を舞台にした作品『新世界の夜明け』『恋するミナミ』を監督。いずれもアジア人女優をキャストした作品だ。昨年2016年には、中国全土で一般公開された中国語作品『LOVE IN LATE AUTUMN』を発表したばかり。今年から大阪3部作のラストとなる作品『COME AND GO」の製作準備中。
「2017年 日本・香港インディペンデント映画祭」
2017年4月15日(土)~4月21日(金)
テアトル新宿にて開催
各日、日本映画と香港映画の2本立て上映+監督によるトークイベントを実施
(トークイベント司会・通訳:リム・カーワイ)
4月15日(土)18:30開演/23:00終演
【日本】『ケンとカズ』
【香港】『乱世備忘─ 僕らの雨傘運動』
上映後トークイベント:小路紘史監督×チャン・ジーウン監督
4月16日(日)18:30開演/23:00終演
【日本】『ディアーディアー』
【香港】『憂いを帯びた人々』
上映後トークイベント:菊地健雄監督×ヴィンセント・チュイ監督
4月17日(月)18:30開演/23:00終演
【日本】『FAKE』
【香港】『狭き門から入れ』
上映後トークイベント:森達也監督×ヴィンセント・チュイ監督
4月18日(火)18:30開演/23:00終演
【日本】『下衆の愛』
【香港】『哭(な)き女』
上映後トークイベント:内田英治監督×リタ・ホイ監督
4月19日(水)18:30開演/23:00終演
【日本】『水の声を聞く』
【香港】『河の流れ 時の流れ』
上映後トークイベント:山本政志監督×ツァン・ツイシャン監督
4月20日(木)18:30開演/23:00終演
【日本】『THE DEPTHS』
【香港】香港の今が分かる傑作短編集
『九月二十八日・晴れ』
『遺棄』
『表象および意志としての雨』
上映後トークイベント:濱口竜介監督×イン・リャン監督×チャン・ジーウン監督×マック・ジーハン監督
4月21日(金)18:30開演/23:00終演
【日本】『新世界の夜明け』
【香港】『アウト・オブ・フレーム』
上映後トークイベント:リム・カーワイ監督×ウィリアム・クォック監督
字幕製作:唐津正樹
字幕監修:最上麻衣子、リム・カーワイ
宣伝美術:阿部事務所+髙橋彩基
主催:cinema drifters、影意志 Ying E Chi、テアトル新宿 Theatre Shinjuku
協賛:香港藝術發展局 Hong Kong Arts Development Council
協力:艺鵠 Art and Culture Outreach、香港藝術中心 Hong Kong Arts Centre、香港電台 RTHK