骰子の眼

cinema

東京都 渋谷区

2018-05-17 20:20


「美容室は苦痛と困難が続くガザの象徴」ナクバ70年、ガザ出身の監督語る故郷への思い

戦闘により美容室に閉じ込められた13人の女性描く 映画『ガザの美容室』
「美容室は苦痛と困難が続くガザの象徴」ナクバ70年、ガザ出身の監督語る故郷への思い
映画『ガザの美容室』タルザン&アラブ・ナサール監督

6月23日(土)より公開となる映画『ガザの美容室』は、ガザで生まれ育った双子の監督タルザン&アラブ・ナサールによる初の長編で、第68回カンヌ国際映画祭批評家週間に出品され話題を呼んだ。映画は、パレスチナ自治区、ガザの小さな美容室を舞台に、突如戦闘が起こり美容室に閉じこまれた13人の女性たちをワンシチュエーションで描いている。

公開まで約1ヶ月となった5月14日、パレスチナ自治区ガザの境界付近で行われた抗議活動にイスラエル軍が発砲し、今日までに少なくとも62人が死亡し、2,700人余りが負傷したと報道されている。その日は、イスラエル建国に伴い70万人のパレスチナ人が難民として故郷を追われた「ナクバ(大惨事)」から70年の節目であった。

webDICEでは、タルザン監督のインタビューを緊急掲載。本インタビューでは、監督のパレスチナへの強い思いが語られている。

戦争よりも暮らしを描くことがもっと大事だと僕らは信じている

──本作は、ガザを舞台に戦争状態という日常をたくましく生きる女性たちを描いていますが、この作品を撮ろうと思ったきっかけは何ですか?

ガザ国境の外の人たちの多くは、ガザ地区に住む、ごく普通の人間の暮らしを知らないんだ。僕らはみんな虐げられていると思われている。ガザ地区の女性たちは、頭からつま先までベールで覆っていて、外の世界の価値観を知らないというようなお決まりの姿で描かれる。でも他の地域の女性と同じように、彼女たちは幸せを感じたり悲しんだり、日々の問題に向き合い、恋もするし、自分の意見も持っている。僕らは、そんな人々の暮らしを映画にしたかったんだ。イスラエル・パレスチナ紛争みたいなメディアが注目するテーマを避けてね。戦争よりも暮らしを描くことがもっとも大事だと僕らは信じている。世界の人々は、パレスチナ人が自分たちの暮らしよりも、苦しみを語ることを期待している。だからこそ、僕らは別の見方から描きたかったんだ。この映画では、老いること、男女の関係、愛、家族、つまりは人生というリアルな問いかけをしているんだ。

映画『ガザの美容室』
映画『ガザの美容室

──本作は美容室に取り残された13人の女性たちの物語ですが、なぜ美容室を舞台にしようと思ったのですか?

人生で特別な意味を持つ場所だからだよ。美容室は誰もが聞き逃したくないような噂話の宝庫だからね。我々がセットで作った美容室は、僕らから見たガザの姿が色にも鏡にも、家具にも表れている。まさに崩壊しかかっている世界の片隅にある天国なんだ。それに、女性たちの世界を描きたかったんだ。パレスチナ人社会は家長制度だけど、僕らは社会が女性たちに見合う場所を与えていないと思っているんだ。彼女たちは、社会において重要な役割を担うべきなのに。だから13人の様々な立場の女性を一か所に集めることにした。離婚調停中の主婦、敬虔なイスラム教徒、ガザ好きが高じて移住した外国人、結婚を控えた女性などだ。彼女たちは美と喜びの場である美容室にいて守られていると感じているが、すぐに外の世界の現実が忍び寄ってくるんだ。僕たちにとって大事だったのは、登場人物たちが壁に囲まれた中に押し込められるというアイデアだった。

映画『ガザの美容室』
映画『ガザの美容室

幽閉状態というのは、次第に何かが起こる。物語が進むうちに、美容室の壁が女性たちや観客に近づいてきて、彼女たちを中に閉じ込める。この抑圧的な閉鎖空間は、行くことのできない外の世界を見ているガザ地区の人間の生活を象徴している。閉じ込められ、苦痛と困難が続くガザの状況をね。でも、ガザのことは映画が何本あっても語りつくせない。普通の生活が考えられない場所なのに、人々はそれでも生活し続けている。絶えず努力をして、生きる価値を見出そうとしているんだ。

映画『ガザの美容室』
映画『ガザの美容室
映画『ガザの美容室』
映画『ガザの美容室

──この作品は積極的に政治的な側面を取り上げてはいませんが、パレスチナの不安定な政治状況が伝わってきます。

政治的な映画は作りたくなかった。だけど美容室をはじめ、あらゆるところに、政治情勢が及んでいて、ガザ地区に住む住民全員の生活の中心を占めていることを示したかった。パレスチナ人は政治から離れられない。パレスチナで暮らすこと自体が政治参加なんだ。パレスチナ人なら、何を話し始めたとしても、最後にはいつも政治の話になってしまう。女性たちは結婚式の話や恋愛やおしゃれの話をしたいんだけど、最後にはイスラエルのことや勢力争い、そして政治の話題になってしまう。彼女たちは取り立ててハマス政府に反感を持っているわけじゃなくて、自分たちの抑圧された暮らしに反発を感じてるんだ。事実、自分たちの社会のあらゆる“病癖”に対する不満を口にしている。イスラエルによる封鎖、ハマスやファタハの自治政府、社会問題、特定の伝統や風習などをね。内外の社会に対するごく一般的な批判だよ。僕らにとっては、自分たちが抱える問題を解決することもすごく重要だ。外の世界の人たちからは、イスラエル・パレスチナ紛争について話してほしいと言われるけどね。僕らはパレスチナ人同士の内部紛争について語ることで、みんなに求められていることから少し自由になろうとしたんだ。

映画『ガザの美容室』
映画『ガザの美容室

いつか政治的側面が全くない映画を作れる日が来ることを願っている

──撮影が行われた2014年にガザ地区でイスラエル軍による攻撃がありましたが、撮影中はどのような思いでしたか?

ガザ地区で撮影したかったんだけど、それは不可能だった。それで2014年の9月と10月に、ヨルダンのアンマン郊外で撮影した。心理的な面で、非常にキツかった。2014年7月に撮影の準備をしていたとき、ちょうどガザ地区で新たな戦闘が起きたんだ。イスラエル軍は3週間で千人以上の一般市民を殺した。あの時点で、戦闘について語るべきか、パレスチナ人同士の抗争という僕らのテーマを続けるか選ぶことは難しかった。最終的にプロジェクトを続けることにしたのは、僕らは死ではなく人生を描きたかったからだ。ガザ侵攻で人々が殺されている時に、僕らが負った責務は、彼らの人生を語ることだった。テレビやマスメディアは死を伝えるけど、日々の生活や本当の暮らしぶりには無関心だ。まるで爆撃がないガザ地区には価値がなく、重要でもなく、存在すらしていないかのように。あらゆる困難をものともせずに暮らし続ける人々を、僕らは代弁し続けなきゃならないんだ。

映画『ガザの美容室』
映画『ガザの美容室

──今、この映画を観客にどのように見てほしいですか?

観客には僕らが伝えようとしたかったことを見てほしい。何よりも「パレスチナ人の映画だから」というだけで嫌わないで、映画のクオリティを評価してほしい。いつか政治的側面が全くない映画を作れる日が来ることを願っている。映画は映画だからね。壁について何も触れないラブストーリーを作ることや、無人飛行物体(ドローン)を登場させないで人間関係を描くなどというのは、やり甲斐があるよ。いつになったら政治的な側面なしでアーティストとして仕事ができるんだろうね。それが僕らの最大の願いだよ。




タルザン&アラブ・ナサール(Tarzan & Arab Nasser)

1988年、ガザ生まれ。一卵性の双子が生まれたのはガザ地区にあった最後の映画館が閉館した1年後だった。アルアクサ大学で芸術の学士号(絵画専攻)を修めて卒業。その後、2人は映画製作を開始する。2013年の初監督短編『Condom Lead』はカンヌ国際映画祭の短編部門で上映、本作『ガザの美容室』は2015年のカンヌ国際映画祭批評家週間でワールドプレミア上映された。




映画『ガザの美容室』
映画『ガザの美容室

映画『ガザの美容室』
2018年6月23日(土)より、アップリンク渋谷、
新宿シネマカリテ ほか全国順次公開

パレスチナ自治区、ガザ。クリスティンが経営する美容院は、女性客でにぎわっている。離婚調停中の主婦、ヒジャブを被った信心深い女性、結婚を控えた若い娘、出産間近の妊婦。皆それぞれ四方山話に興じ、午後の時間を過ごしていた。しかし通りの向こうで銃が発砲され、美容室は戦火の中に取り残される――。

極限状態の中、女性たちは平静を装うも、マニキュアを塗る手が震え、小さな美容室の中で諍いが始まる。すると1人の女性が言う。「私たちが争ったら、外の男たちと同じじゃない」――いつでも戦争をするのは男たちで、オシャレをする、メイクをする。たわいないおしゃべりを、たわいない毎日を送る。それこそが、彼女たちの抵抗なのだ。

第68回カンヌ国際映画祭批評家週間に出品され話題を呼んだ本作は、ガザで生まれ育った双子の監督タルザン&アラブ・ナサールによる初の長編で、戦争状態という日常を生きる女性たちをワンシチュエーションで描き、戦闘に巻き込まれ、監禁状態となった人々の恐怖を追体験する衝撃作である。

監督・脚本:タルザン&アラブ・ナサール
出演:ヒアム・アッバス、マイサ・アブドゥ・エルハディ、マナル・アワド、ダイナ・シバー、ミルナ ・ サカラ、ヴィクトリア ・ バリツカほか
字幕翻訳:松岡葉子
提供:アップリンク、シネ・ゴドー 配給・宣伝:アップリンク
2015年/パレスチナ、フランス、カタール/84分/アラビア語/2.35:1/5.1ch/DCP

映画公式サイト

▼映画『ガザの美容室』予告編

キーワード:

ガザ / パレスチナ / 映画


レビュー(0)


コメント(0)