映画『サウナのあるところ』より ©2010 Oktober Oy.
サウナの本場、北欧フィンランドで1年以上のロングランを記録した、本格サウナ・ドキュメンタリー映画『サウナのあるところ』が、いよいよ9月14日(土)から全国順次公開となる。本作では、身も心も裸になったサウナで男たちが、心の奥底にずっとしまっていた人生の悩みや苦しみを打ち明け号泣する。離ればなれになった娘のこと、犯罪歴のある昔の自分のこと、先に逝ってしまった妻や子供のこと……。汗と一緒に涙を流して自分自身を取り戻し、語り合った者同士の絆を強くさせるような「なにか」が、サウナにはあることが伝わってくる。以下にヨーナス・バリヘル監督のインタビューを掲載する。
“男は多くを語らず”という風潮を打開したかった
──本作の構想はどのように生まれたのですか?
当時住んでいたタンペレ(フィンランド第二の都市。2018年に「世界サウナ首都宣言」をしたことでも知られる)のラヤポルッティ・サウナ(1906年創業のフィンランド最古の公衆サウナで、現在は地元愛好家たちが立ち上げた協会が運営している)で、若い男の子たちが周囲もはばからず恋愛話をしていたり、かたや年のいった男性が離婚話をしていたりするのを聞いて驚いたことからでした。「そうか、サウナは男たちにとって、こんな踏み込んだ話ができてしまう"待避所"なんだな」と思ったんです。女性は、たとえばカフェでも本音トークができますが、(特にフィンランド人の)男性はまずしません。身の上話は誰だって持っているんだろうけど、表に出さないで抱え込んでしまっている男性が多いと思います。“男は重い話はしゃべらないのが当たり前”という暗黙の了解を、打開したいと思ってこの映画を撮りました。
映画『サウナのあるところ』のミカ・ホタカイネン監督(左)とヨーナス・バリヘル監督(右)。©2010 Oktober Oy.
──登場する人物はどのように選びましたか?
出演者はオーディションをしたわけではなく、私たちの嗅覚のおもむくままに各所でスカウトした人たちです。どこかのサウナや、ガソリンスタンドの休憩所などで、興味深い本音を話してくれそうと直感が働いた人に声をかけて、しばらく会話をして素性を探りました。ロケをするサウナの選定も、スカウトした人自身に決めてもらいました。彼らがもっとも思い入れの強いサウナで撮ることが非常に重要だったので。
──彼らの話は、重く辛いものが多いですが、彼らの本当の心の声を引き出すために、何か心掛けたことはありますか?
話す内容の打ち合わせなどしませんでしたし、重く辛い話をしてほしいとは、こちらからはもちろん頼みませんでした。映画の趣旨を説明して、あとは雰囲気に任せて話をしてもらっただけです。画面に映っているのはすべて、私たちがカメラを回している間に、彼らの口から予期せず出てきた言葉です。
フィルムカメラによるサウナでの撮影
──狭く熱い蒸気に包まれたサウナの中で、どのように撮影を行ないましたか?
サウナの中で映画を撮ろうと決めたときに、先輩カメラマンたちに技術的な相談をしたところ、「唯一の解決法はフィルムで撮ること。フィルムカメラは鉄製なので、80℃くらいまでは充分耐えられるから」という答えが返ってきました。まず、フィルムカメラのボディ、フィルムケース、レンズなど各部品を分解します。それらをサウナの下段のベンチに置いてからサウナを温め始めます。20分後にはもう一段上のベンチへ、さらに上のベンチへと移動させていきます。一時間もすれば、サウナ室内も部品も同じ温度に達するので、そうなったら最初のシーンを撮り始めます。カメラがサウナと同じ温度である限り、レンズはまったく曇りません。
映画『サウナのあるところ』より ©2010 Oktober Oy.
──途中でフィルムを交換しながら撮ったのですか?
ひとつのエピソードを撮るのに、サウナ室内だけで4時間はかかったのですが、16mmカメラは10分30秒毎にフィルム交換が必要です。ただ、撮影対象になってくれた人たちも、ずっとサウナの中にいられるわけではなく、彼らがクールダウン休憩のために外に出るのと、アシスタントがフィルム交換するタイミングが絶妙に噛み合ったので、ありのままの会話や光景を撮ることができました。
──本作には、サウナだけではなく、フィンランドの美しく壮大な自然風景も挿入されていますね。
はい。自然だけではなく、工場や林業の現場の風景など、すべてがフィンランド人男性にとって“魂の風景”なので入れました。
──フィンランドは世界幸福度ランキングで2年連続1位に輝いていますが、幸福度とサウナとの関係性についてどう思われますか?
あのランキングとの因果関係を語るのは難しいですが、心身ともに良好な状態にしてくれる入浴文化だと思うし、ソーシャルな場を提供してくれるという意味で、サウナが人を幸せにするというのは肯定できると思います。
映画『サウナのあるところ』より ©2010 Oktober Oy.
フィンランドと日本のサウナブームについて
──フィンランドでは公衆サウナが増えているそうですが、それはなぜだと思いますか? この映画が公開された2010年から、フィンランドにおけるサウナの状況は変化しましたか?
はっきりとしたきっかけはわかりませんが、やはりサウナが社交の場として認知されるようになったからだと思います。たとえば、この映画を撮っている時、たまたま離れた街に住む友達から「一緒にサウナに行かない?」と声がかかって、その時は忙しくて断ってしまったけんですが、彼に後で聞いたところ大事な話をしたかったそうです。「サウナに行こう」という誘いは、「ちょっと話したいことがあるんだけど」の隠語みたに働いたりもするのです。
昨今のサウナの盛り上がりに関しては、この映画が公開された後の2012年がターニングポイントだったと思います。全国的に新しいサウナの創出や再建のプロジェクトが一気に増えたのがこの年でした。映画が公開された2010年は、まだその前夜という感じだったし、決してサウナブームを狙ったり予期したりして作った映画ではありません。
映画『サウナのあるところ』より ©2010 Oktober Oy.
──日本では「サウナー」や「サ活」が増え、漫画やテレビドラマのコンテンツになるなど空前のサウナブームが到来中です。日本独自の「ととのう(サウナ→水風呂→休憩を何度か繰り返すことにより、心身が完璧に調和された状態を指す)」サウナ文化については、どう思いますか?
日本のサウナに時計や水風呂があるとか、タトゥー禁止のところが多いという話は初耳だったのですが、私自身のサウナの楽しみ方は、むしろ日本人のやり方に近いと思います。時計で計るわけはないけれど、サウナ10分→水シャワー→外気浴5分(なにかしら飲む)→更衣室でさらにクールダウンのセットを、3~4時間続けるのが私の流儀で、それによって得られる快感がサウナの醍醐味だというのは、とても共感できます。
──本作を日本の観客にどのように観てほしいですか?
この映画は、決してフィンランド人の憂鬱を描きたかったわけではなく、サウナがそういうシリアスな場だというイメージづくりをしたかったわけでもありません。むしろ、もっとポジティブな作品だと思っています。本音を打ち明けると、こんなにも楽になれるし、素敵なことだよ、と感じてもらえたら嬉しいです。
(インタビュアー/こばやしあやな)
ヨーナス・バリヘル Joonas Berghäll
最も国際的に評価されているフィンランド人監督の一人であり、本作でヨーロピアン・フィルム・アワードにノミネートされ、2010年米国アカデミー賞外国語映画賞のフィンランド代表にも選ばれた。本作や “Mother's wish”(2015年)、最新作の “The Happiest Man on Earth”(2019年)などは、個人的な視点から社会課題に焦点をあてている。またプロデューサーとして、“Kaisa's Enchanted Forest”(2016年)、2018年のフィンランド映画祭で上映された“Entrepreneur”(2018年)や “Baby Jane”(2019年)なども手掛けている。
映画『サウナのあるところ』
2019年9月14日、アップリンク渋谷、アップリンク吉祥寺、新宿シネマカリテほか全国順次公開
監督:ヨーナス・バリヘル、ミカ・ホタカイネン
2010年/フィンランド/フィンランド語/ドキュメンタリー/81分/カラー/ビスタサイズ(1.85:1)/5.1ch/DCP
原題:Miesten vuoro
英題:Steam of Life
後援:フィンランド大使館、公益社団法人 日本サウナ・スパ協会
提供・配給:アップリンク + kinologue