骰子の眼

cinema

東京都 渋谷区

2020-10-01 21:00


美しきパラダイム『エマ、愛の罠』衝撃的な企みとレゲトンのリズムが覚醒する

『ジャッキー/ファーストレディ 最後の使命』パブロ・ララインがパワフルに描く「現在のチリ」
美しきパラダイム『エマ、愛の罠』衝撃的な企みとレゲトンのリズムが覚醒する
映画『エマ、愛の罠』©Fabula, Santiago de Chile, 2019

『ジャッキー ファーストレディ 最後の使命』『NO』で知られるチリのパブロ・ラライン監督の新作『エマ、愛の罠』が10月2日(金)より公開。webDICEではラライン監督のインタビューを掲載する。

主人公のダンサーのエマは、ある事件をきっかけに我が子も同然だった養子ポロを取り上げられ、振付師である夫ガストンとの結婚生活も破綻してしまう。中年の女性弁護士ラケル、ラケルの夫で消防士のアニバル、そして別居中のガストンと次々と関係を重ねていくエマ。予測できない彼女の行動に翻弄されるサスペンスとしての味わいに加えて、ラライン監督がインタビューで語っているように、家族の形の可能性というテーマが次第に浮かび上がってくる。エマ役を新人のマリアーナ・ディ・ジローラモ、夫のガストン役をガエル・ガルシア・ベルナルが演じている。前衛的なダンスを志す夫に対して、ストリートが舞台となるレゲトンの魅力にハマっていくエマのワイルドなダンスが、彼女の本能的な生き方を投影している。


「チリは保守的なんです。みんなカトリックだし。けれど家族というのはいろいろな形があってもいいわけで、アジアでも、ヨーロッパでも、いろんな場所にいろんな家族の形があるのに、表に出ない。家族という形のその可能性を、どのエンディングが一番強く示せるか、役割だとか家族の意義だとかではなくて、最も愛のある結末はどれなんだろう?という点でこの映画のラストを決めました」(パブロ・ラライン監督)


家族はいろいろな形があっていい

──エマの思惑については、最後の最後まで観ないと理解できないですが、最初からこのようなストーリー展開で描こうと思ったのでしょうか?

実は3つの違う結末を撮影したんです。この映画は、初めから決めたことを撮影していったというよりは、撮影する中で色々変わっていきました。音楽や別の方法にしたり。さらに役者が多かったから、エマや彼女の仲間たちが役柄に入ったら、なるべく演出せずにしました。特にマリアーナ・ディ・ジローラモの場合はね。だから、3つの異なるエンディングを撮った中で、最もこの映画にふさわしくて、なおかつオープンであるかという視点に立って、これがベストだと思った結末を選びました。

映画『エマ、愛の罠』パブロ・ラライン監督 ©Luis Poirot
映画『エマ、愛の罠』パブロ・ラライン監督 ©Luis Poirot

チリは保守的なんです。みんなカトリックだし。けれど家族というのはいろいろな形があってもいいわけで、実際にはいろんな形があります。だけどなかなか表に出てこないということもあって、アジアでも、ヨーロッパでも、いろんな場所にいろんな家族の形があるのに、表に出ない。だから、皆、理想とする家族を追って苦しむんです。家族という形のその可能性を、どのエンディングが一番強く示せるか、役割だとか家族の意義だとかではなくて、最も愛のある結末はどれなんだろう?という点でこの映画のラストを決めました。

映画『エマ、愛の罠』©Fabula, Santiago de Chile, 2019
映画『エマ、愛の罠』©Fabula, Santiago de Chile, 2019

──主人公のエマは、人生に何を求めているのでしょう。

エマはパラダイムです。彼女はさまざまなキャラクターを体現しているのです。娘、母、姉、妻、恋人、そしてリーダーであり、とてもパワフルでハッとするような美しい女性らしさを備えています。徹底した個人主義で、自分が何を望んでいるかを明確に知り、周りの人々を巻き込んで自分の運命を変えることができます。母親になりたい、家族を持ちたいと思っていて、おそらくエマを最も強く突き動かしているものは愛でしょう。

──エマと夫のガストンの関係性について教えてください。

この夫婦は、職業、文化的な関心、ダンスなど多くの共通点を持っています。お互いを深く愛しているのです。崩壊しているように見える夫婦ですが、結局のところ、本質的に結ばれていることがわかると思います。

映画『エマ、愛の罠』©Fabula, Santiago de Chile, 2019
映画『エマ、愛の罠』©Fabula, Santiago de Chile, 2019

この映画は“現在の証言”

──これまで監督は『ジャッキー ファーストレディ 最後の使命』『NO』など、歴史を題材にした“過去の解剖”というべき作品を手がけてきましたが、この新作は“未来の解剖”と見なすべきなのでしょうか。

未来の解剖だとは思いません。言わば“現在の証言”でしょう。この映画で見られる人々は、たぶん前世紀の終わりから今世紀に生まれ、踊ることに恥を感じない世代です。彼らは自分の体や音楽で自己表現をしますが、それは私の世代とはまったく違います。これは私が初めて現在のチリを舞台にした映画で、自分と異なる世代を描いたものです。だから新鮮で、発見に満ちた魅力的なプロセスでした。

──主演女優のマリア―ナ・ディ・ジローラモは、どのようにして見つけたのですか。

マリアーナの写真を新聞で見て興味がわき、本人に連絡を取ってカフェで会いました。話し始めて10分後には、この映画の主演をオファーしていましたね。彼女からは強い謎や神秘性を感じました。知的、肉体的、感覚的に多層的な深みを持っているので、さまざまな角度から見たり理解したりできると思いました。マリアーナが演じたことで、エマのキャラクターに強い力が与えられたと思います。彼女が原動力になって、この作品が持つポップパンク・カルチャー的な興奮を観客に伝え、驚くほど魅惑的で挑戦的な未知の世界へと導くからです。

映画『エマ、愛の罠』©Fabula, Santiago de Chile, 2019
映画『エマ、愛の罠』©Fabula, Santiago de Chile, 2019

──ガエル・ガルシア・ベルナルとの新たな仕事はどうでしたか。

ガエルはスペイン語圏における最高の俳優のひとりです。信頼できる優秀な男で、友人としても素晴らしい。彼は天才です。またガエルと一緒に仕事をできたことは、喜びであり名誉なことです。

レゲトンは戦う音楽

──撮影前にレゲトンには特に大きな関心がなかったとのことですが、なぜエマをダンサーの設定に、またレゲトンにフィーチャーしたのでしょうか。監督が考える、チリという国においてのレゲトンの位置づけとは?

音楽担当のニコラス・ジャーと話している時に、現代のチリを舞台にして、若者を主人公に据えるのだったら、レゲトンは不可欠だと提案されたんです。この映画を作ろうとした当時、SpotifyのラテンアメリカのランキングがTOP10のうちの9曲もがレゲトンだったんです。だから、レゲトンを使わないという訳にはいかない。それもあってレゲトンを調べ始めました。

若者に人気であるということも知らなかったから。レゲトンには愛情とかもあるけれど、対立、戦う音楽、リズムとかの要素が強いから、ラテンアメリカで席巻しているんだと思います。中には女性差別というか、女性蔑視のような種類のレゲトンもあるけれど、みんなが聞いている中で、腹の立つ箇所はそれぞれ異なることもちゃんと分かるようになっているので、攻撃的なとこもあるけれど、チリには欠かせないと思うようになりました。例えば、レゲトンを踊る女性たちは、男性から見たら攻撃的な女性に映ります。レゲトンの世界は男性が大多数なので。そんな中、女性がレゲトンを踊るということは、ちょっと変わった女の子みたいなところがあるんです。だからこそ、この映画にとって、レゲトンは必要不可欠だったんです。

映画『エマ、愛の罠』©Fabula, Santiago de Chile, 2019
映画『エマ、愛の罠』©Fabula, Santiago de Chile, 2019

──スティーヴン・キング原作、J・J・エイブラムス製作総指揮のAppleTV+のドラマ『Lisey's Story』や、クリステン・スチュワートがダイアナ元妃を演じる『Spencer』と新作が続きますが、監督として制作し続けるモチベーションは?

それ以外、やることがないんですよ(笑)。自分は映画を制作することしか知らないけれど、幸運にもその機会に恵まれている。映画を作ることによって、いろいろな世界を知り得て、理解することができる、これがおそらくモチベーションになっていると感じています。

『Lisey's Story』はコロナ禍で撮影が中断されていましたが、撮影も再開して、今ニューヨークにいます。この状況なので撮影はゆっくりですけどね。次に撮りたいテーマはまだ決まっていません。これから考えたいです。

(オフィシャル・インタビューより)



パブロ・ラライン(Pablo Larrain)

1976年、チリ・サンティアゴ生まれ。『Fuga』(06)で長編デビューを果たし、カルタヘナ映画祭で初作品(Best First Work)賞、マラガ・スペイン映画祭でラテンアメリカ映画賞を受賞。続いてチリの現代史を題材にした3部作『トニー・マネロ』(08・未)、『Post Mortem』(10)、『NO』(12)を手がける。なかでもアウグスト・ピノチェト大統領の独裁政権に立ち向かう広告マンの選挙キャンペーンを描いた『NO』は、アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされるなど世界的に高い評価を得た。罪を犯した聖職者たちが暮らす海辺の家を舞台にした人間ドラマ『ザ・クラブ』(15・未)では、ベルリン国際映画祭審査員グランプリを受賞、ゴールデン・グローブの外国語映画賞にノミネートされた。さらに、ノーベル文学賞に輝く詩人パブロ・ネルーダの伝記映画『ネルーダ 大いなる愛の逃亡者』(16)を発表したのち、『ジャッキー/ファーストレディ 最後の使命』(16)で初の英語作品に挑戦。ナタリー・ポートマンがジョン・F・ケネディ大統領夫人のジャクリーン・ケネディを演じた同作品は、アカデミー賞3部門にノミネートされるなど大きな反響を呼んだ。また、プロデューサーとしても活躍しており、ベルリン国際映画祭銀熊賞(女優賞)を受賞した『グロリアの青春』(13)、アカデミー賞外国語映画賞など数多くの賞に輝いた『ナチュラルウーマン』(17)の製作を務めた。2020年のコロナ禍における外出制限下に撮影された短編集「HOMEMADE/ホームメード」(Netflix)の製作・監督に名を連ねている。ララインがプロジェクトの発起人のひとりとして、国際的に活躍するフィルムメーカーらに声を掛け、彼のプロダクションであるファブラが共同制作も務めている。今後の活動としては、クリステン・スチュワートがダイアナ元妃を演じる『Spencer』のメガホンを執ることが予定されている。




映画『エマ、愛の罠』©Fabula, Santiago de Chile, 2019

映画『エマ、愛の罠』
10/2 (金) 新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷、ヒューマントラストシネマ有楽町、kino cinema立川髙島屋S.C.館ほか 全国公開

監督:パブロ・ラライン  出演:マリアーナ・ディ・ジローラモ ガエル・ガルシア・ベルナル パオラ・ジャンニーニ サンティアゴ・カブレラ クリスティアン・スアレス 2019年/チリ/スペイン語/107分/カラー/シネスコ/5.1ch 原題:EMA 配給:シンカ

公式サイト


▼映画『エマ、愛の罠』予告編

キーワード:

パブロ・ラライン


レビュー(0)


コメント(0)