2008-06-27

難民映画祭『アンナへの手紙』他 このエントリーを含むはてなブックマーク 

 結局「昨晩」は寝たの朝七時。梅雨冷えで涼しく、心配していた向かいの部屋の改修工事もそれ程大掛かりなものではなかったのか、騒音で起こされることもなく、午後までぐっすり…。

 心持ち急いで食事と洗濯を済ませて赤坂のドイツ文化センターへ。

 ドイツ文化センターにはドイツ政府の外国人へのドイツ語教育機関であるゲーテ・インスティトュートが併設されていて、僕も確か二六歳の春から二八歳の夏までドイツ語会話の勉強に三年間通っていた(とは言え結局ものにならず、喋るのも聞き取るのも全然出来ましぇ〜ん…)。その時以来だから約九年ぶり。

 バブルの頃から比べれば相当下がったのだろうけども、地価がバカ高いこともあって、また墓地や御所等、企業が手を出せない領域があることも関係しているのだろうが、周囲の環境は驚く程変わっていなかった。懐かし〜。

 とは言え今日ドイツ文化センターに行ったのは、再度ドイツ語会話を習い始めたからではなくて、難民映画祭(この名称には違和感を覚えるが…)で上映された『アンナへの手紙』(原題“Letter to Anna”監督:エリック・バークラフトEric Bergkraut、スイス、二〇〇八年)を観に行くため。上映が今回だけだということもあっただろうが、平日の夕方早い時間だと言うのに、三百人くらい入る会場は七割がた満杯。正直ちょっと驚いた。

 http://www.refugeefilm.org/

 http://www.refugeefilm.org/film/2008/337.html

 『アンナへの手紙』は、チェチェン戦争に象徴されるプーチン政権の非人道性と非民主性を最も厳しく批判していたことで、国内外で広く知られていたロシアのジャーナリスト アンナ・ポリトコフスカヤの軌跡と、彼女が告発しようとした現代ロシアの「闇」を追ったドキュメンタリー映画。周知のようにポリトコフスカヤは、取材先のチェチェンでの拉致や機内での暗殺未遂を奇跡的に凌ぎながら、歯に衣を着せぬ政権批判を続けていたが、〇六年十月七日、奇しくも(とは言え実際にはそうではないように思うが)プーチン前ロシア連邦大統領(現首相)の五四歳の誕生日に自宅で暗殺されてしまった。『アンナの手紙』という作品名には、志半ばにして抹殺されてしまった、このポリトコフスカヤに向けてのバークラフト監督や彼女の家族・同僚・同志からのメッセージという意味が込められているのだろう。

 作品は、生前のポリトコフスカヤのインタヴューと彼女の暗殺後に撮られた家族や同僚のインタヴュー、プーチン政権の高官やプーチンの後押しでチェチェンの大統領に就いたカディロフを取材した映像、そしてポリトコフスカヤ暗殺に抗議すると共にロシアの民主化を求める集会の映像から構成されている。

 観て感じたのは、一見しただけでは現在のロシアは、ソ連時代の灰色のイメージからは考えられない程物に溢れていて、人々は豊かで自由な生活を謳歌しているように見えるけれども、その裏では市民的・政治的自由も民主主義も三権分立も存在せず、一般市民は政府への恐怖で支配されているということ。実際にポリトコフスカヤの同僚は彼女の暗殺事件の真相追究を脅迫に遭って断念したというし、ペレストロイカ時代にテレビの人気司会者だったというポリトコフスカヤの元夫は、ロシアでジャーナリストとして活動を続けたければ「政府に従わなければならない」と言明していた(彼はポリトコフスカヤがチェチェンでの拉致から奇跡的に解放されてモスクワに戻った後、離婚したという)。

 よくロシア人は広大な国土と多様な民族的構成ゆえに、自由よりも強大な権力による秩序を好む傾向があると言われ、そのような国民性から現在のプーチン−メドヴェージェフ体制に対するロシア国民の高い支持も説明される。ところで考えてみると、「日本人」にも似たような傾向があるように思う。とすると、ロシアの現状は決して人ごとではなく、何年後か日本も似たような状態になってしまうかもしれないなと思い、背筋が寒くなった。警察による社会運動家や労働組合の活動家の微罪・別件逮捕の横行等、広く報道されないが、その兆候は確かにある。
 
 アンナ・ポリトコフスカヤについては、下記のURLを参照。『チェチェンーーやめられない戦争ーー』(〇四年)、『プーチニズムーー報道されないロシアの現実ーー』(〇五年)、『ロシアン・ダイアリーーー暗殺された女性記者の取材手帳ーー』(〇七年)と、邦訳された著作もある。

 http://chechennews.org/anna/index.htm

 バークラフト監督自身は来ていなかったが、難民映画祭で上映される『スクリーマーズ』の監督で、チェチェンに取材に行ったこともあるというCarla Garapedianさんが会場に来ていて、上映終了後質疑応答が行われた。とは言え残念ながら、通訳者がチェチェンやロシアの状況にあまり通じておらず、的確な通訳が出来ていなかった。チェチェンニュース編集室に関係しているジャーナリスト等、もっと適役がいただろうに…。

 終了後渋谷で食料品の買い出しをしてのんびり歩いて帰宅。今日は寒いくらいに涼しかった。

キーワード:


コメント(0)


知世(Chise)

ゲストブロガー

知世(Chise)

“ ”