2009-03-09

『風の馬』を観た、、、 このエントリーを含むはてなブックマーク 

「Free Tibet」という言葉が世界を席捲していたのは去年の今頃で、
日本でも、長野での聖火リレーが全国の注目を浴びたのは08年4月26日だった。
けれどその後、多くの人々にとって「チベット問題」は忘れられてしまった。
だか、去年の日本の騒動すら、世界的に見れば「出遅れていた」というべきだろう。

チベットの「現実」を描き、尼僧に「Free Tibet」と叫ばせたこの映画は、
驚くべき事に1998年に制作された映画なのである。
更に驚くべき事に、その場面は隣国ネパールのカトマンズでゲリラ的に撮影され、
そのビデオテープは奇跡のようにアメリカに運ばれたという。
ほかにも多くの場面がチベットで撮影され、その空気を伝えている。

正直いって、この映画がこうした苦労の末に作られた事を知らないと、
映像として、また物語として、もの足りないものを感じてしまう。
啓発映画的であったり、テレビドラマ的な部分が多いからだ。
しかし「世界に伝えたい」という制作意図や、撮影の苦労を感じる画角、
エンドクレジットに溢れる"withheld"「(公開)保留」の文字を観ると、
そうしてまで作ろうとした気力が画面の中に充満しているのを感じる。
(それでいながらユーモアを忘れていないところが素敵でもある)

「チベット問題」を考えるとき、何が最も正しいのか?は難しい問題だ。
この映画でも「Free Tibet」と叫ぶのは、古のチベット【支配層】の尼僧であり、
チベットに在住する、仏僧に仕えてきた立場の【庶民】という設定ではないのだ。
ただ、この映画を観て、改めて確信できることがある。
それは「信条を公言すると命が危うくなる社会は間違っている」という事だ。
我々もまた、その願いを書き込んだ「風の馬」を空に飛ばし続けたいと思う。

キーワード:

風の馬 / チベット問題


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