2011-03-25

3月19日(土)「牡牛座 レーニンの肖像」上映後のトーク <レーニンと宗教>下斗米伸夫さん(法政大学教授)概略をレポート このエントリーを含むはてなブックマーク 

「レーニンと宗教」 ゲスト:下斗米伸夫さん

下斗米先生は、ご自身は信仰者ではないし、また歴史家は史料で実証されないことをいってはいけないが、政治学者は少し融通無碍なところがあるので、とお断りの上で、「19世紀ドイツのマルクスにより先進資本主義ヨーロッパで始まった共産主義の運動が、どうしてロシアで発達したのか。ロシア革命当時に、人口の僅か2%しかいなかった労働者が、なぜ共産主義革命を起こしたのか、長年不思議だったが、ソ連崩壊後、宗教との関係が大きいのではないか、と思うようになった」と、ロシア革命への宗教の関わりについて、お話しいただきました。概略をレポートします。

「20世紀最大の政治運動であり、政治システムであったロシアの共産主義運動と体制のなかで、戦争を除いても約2千万人ともいわれる人が死んでいる。レーニンはその生と死のドラマのリーダーとなった人物。本人はドイツ人・スウェーデン人・ユダヤ人・カルミック人(仏教徒)の血も入っているが、帝政ロシアの文部官僚、貴族の家に生まれた。子どものときに、ツァーリ暗殺の廉でお兄さんが処刑され、葬儀に出席した母が髪を真っ白にして帰ってきたのを見てから無神論者になり、無神論を信条にした。

映画で最晩年のレーニンが暮らしているレーニンスキー・ゴルキは、ロシア正教で異端派
とされた古儀式派の企業家サッバ・モロゾフ夫人の館だった。モロゾフは進歩派だが、社会民主党員ではない。作家ゴーリキーの夫人であるアンドレーワの要請でボルシェビキに支援していた。革命派の古儀式派専門家で政府の最初の官房長官だったボルチ・ブルエビィチが、1918年にテロで倒れたレーニンを安全な場所に、ということでここを選んだ。

最近になり古儀式派の思想運動がようやく見えてきた。17世紀にロシア正教の中で伝統的なキリスト教の解釈について、儀式で2本指を使うか3本指を使うかを巡り、大きな分裂が起きる。古儀式派は異端とされ、その後250年にわたり抑圧された。宗教的行事を行うこと・教会をもつことを帝国が許さなかったが、20世紀初め日露戦争で負けて帝国の支配が緩むと、それまでモスクワの関所の外に許された墓地を基盤に宗教施設が作られ、またソビエトなどの運動の基盤ともなる。

この古儀式派の運動と、ロシアの社会民主党が共産党へと移行していくこととは、シンクロナイズしているのではないか。映画「戦艦ポチョムキン」の旗は赤旗ではなくコサックの旗。コサックの一部も伝統主義者で古儀式派に共感していた。古儀式派の人たちは真面目で伝統主義者、禁欲的で識字率も高かった。ボルガ等で企業活動を展開した人たちで、独自なアンダーグランドのネットワークを持っていた。レーニンはボルシェビキ党をつくる時、印刷物の配布などにそれを使っていた。ボルガ流域の人々を背景に持つレーニンと、社会民主党というヨーロッパの運動は本来あまり関係ないが、抑圧されたこの宗派がレーニンの運動とある種のフュージュンを起こしたのではないか。

1905年に初めてソビエトを作ったことで有名なイワノボ・ボズネンスクというモスクワ北東にある町に最近行ったが、実はこの町の名前は<ヨハネ昇天>という意味で、この労働者の3分の2は古儀式派信徒だった。ここはロシアのマンチェスターと言われたが、1920年代にも、その後のスターリン時代にも反体制的なストライキをした。ロシア共産党をつくった人たちがなぜ、ストライキを起こしたのかが分からなかった。

この映画の背景は1922年だが、市場経済が導入されると同時に、レーニンがなぜ倒れたのか。1922年に教会などで飢餓救済運動が起きている。革命政府は国家と宗教とを分けようと考えたが、さらに急進的なレーニンはそのイワノボの教会を攻撃する過程で5月に倒れる。スターリンは穏健な党内右派と結託、レーニンは1924年に死んだ。しかし「レーニンは生きている」。無神論者の死体は処理を施されてレーニン廟に安置された。モロゾフ一族が死体処理の技術を持っていた。死後の復活を信じた古儀式派の考えだ。ソ連崩壊後ソクーロフの映画により、レーニンは生身の人間として初めて死ぬことができた。」
http://www.webdice.jp/diary/detail/5437/

下斗米伸夫さんプロフィール
しもとまい のぶお 法政大学法学部教授 ソビエト・ロシア政治史専攻
著書に『ゴルバチョフの時代』(岩波書店・1988年)『北方領土Q&A80』(小学館・2000年)『モスクワと金日成―冷戦の中の北朝鮮1945‐1961年(岩波書店・2006年)他多数。来月、河出書房新社より刊行予定の『図説ソ連の歴史』中でもイワノボについて触れている。

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パンドラ

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