2014-10-22

あれから、タタタターはどうなったのかというと、 このエントリーを含むはてなブックマーク 

なんとかせにゃぁと思ったのが言わずとも空気中を漂って伝わっていったのか、
翌朝、
予告もなく修繕やさんがバケツを提げてやってきて、
バケツの中に入っているたくさんのねずみ捕りや毒エサを私に見せ、
空き部屋になっているところの天井裏にしかけるから
(そっちにおびき寄せて、捕まってもらおうという作戦)、と言うので、
それじゃそういうことで、と任せたつもりだったのだが、
すぐに戻ってきて、
のぞいてみたらこのアパートの天井裏は、部屋ごとにコンクリできっちりと仕切られてつながっていなかった、とのことで(普通は、天井裏というものは屋根の下で全部つながっているものらしい)、
結局、最初からそうすべきだったんだが、自分の部屋の天井裏にしかけてもらうしかなくなった。

で、天袋の中にしまっていたものをいっしょに取り出してもらい、
修繕やさんが脚立を立てて天袋まで上がり、
そこから天井板を持ち上げて、手の届く範囲にねずみ捕りと毒エサをしかけてもらって、
しばらく経ったらようすを見に来てくれることになったんだが、
後日知り合いにその話をしたら、
粘着性の罠であるねずみ捕りにねずみがつかまると、
逃げようともがいてそれはそれはすさまじい音がするというし、
もがいたあげくの死骸は毛がはがれて血まみれになった、見るも無残なありさまだとか聞かされて、
とてもそのような惨劇が――目の当たりにしなくても――天井裏で繰り広げられるのに耐えることはできないと思い、
それからまた一週間後に修繕やさんがようすを見にやってきてくれた時、
正直にそういった自分の心情を打ち明けてねずみ捕りも毒エサも全部撤去してもらったのだった。

というわけでねずみ退治は始めたばかりで取りやめになってしまったのだけれど、
罠をしかけていた間、
ある夜中、毒エサをまいた方向にねずみがタタタターと走り寄っていく音で目を覚まし、
しかし、その後なんの音もしなかったので、またすぐに眠りに落ちてしまったのだけど、
半睡状態で耳にしたタタタターには、
起きている時と違って、恐怖感は愚か、嫌悪感すらみじんも感じなかったものだから
(元々、驚いただけで嫌悪は抱いていなかったし)、
なんだかねずみに対してやましい気持ちになり、
むしろ罠に引っかからないでくれてよかった、と思ったのだった。
撤去する時に修繕やさんの言ったことには、
エサをかじった跡もなかったということだから、
近寄ってはみたものの、異変を察してそのまま立ち去ったのらしい。

しかし、よくよく考えてみれば私とねずみとの間にはそれなりの縁があって、
私がねずみを殺していいわけがないのだった。
というのも、かつて一家の中で私を私として際立たせていたもののひとつは、
見ず知らずのねずみへの同情であったのだし、
実は私には小学生の時にねずみにもらった贈り物というものまであって、
それはいまだに、宝物として私の薬箱の中にしまってある
(なんの話って、この話は昔、『月光』に書いたことがあるからここではこれ以上の説明はしない)。
そのことを、ねずみが罠にかかる前に思い出してよかった。

そうは言っても、天井裏で巣作りでも始められた日にゃ、こんな悠長なことは言っていられなくなるのはあたりまえだが、
あれ以来、一月近く経つのにもはやタタタターはせず、
天井裏はひっそりと静まり返っているので、どうやらねずみはあのままほんとにどこかに行ってくれたのらしい。

なんにせよ、このまま警戒してもう二度と来ないでくれればいいと思う。

------------------------------------------------

写真は、先月の十五夜の折にすすきを買ったらいっしょに束になってついてきた緑のなにか。
なぜかこれだけ枯れずに、もはや水栽培で緑のまま。

キーワード:


コメント(0)


Reiko.A/東 玲子

ゲストブロガー

Reiko.A/東 玲子

“human/cat also known as Nyanko A 人間/ねこ。またの名をにゃんこA”


月別アーカイブ