骰子の眼

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東京都 渋谷区

2010-11-01 23:20


『スプリング・フィーバー』インタビュー:ロウ・イエ監督と脚本家メイ・フォンがえぐり出す〈愛の不自由と政治の不自由〉

11/6(土)より渋谷シネマライズにて公開。浅井隆によるエッセイ「この闘いの主戦場は“愛”である」
『スプリング・フィーバー』インタビュー:ロウ・イエ監督と脚本家メイ・フォンがえぐり出す〈愛の不自由と政治の不自由〉
『スプリング・フィーバー』より

この闘いの主戦場は“愛”である               ──浅井隆

今迄アップリンクで配給してきた作品でどの作品がベスト3だと思いますかと質問をされれば、デレク・ジャーマン作品と自分がプロデュースした作品を除けば、アパルトヘイトを描いたオリバー・シュミッツの『マパンツラ』、トルストイ原作でチェチェン紛争を描いたセルゲイ・ボドロフの『コーカサスの虜』、そしてパレスチナの自爆攻撃者を描いたハニ・アブ・アサドの『パラダイス・ナウ』を挙げるだろう(公開順)。そして、今度公開するロウ・イエの『スプリング・フィーバー』をそこに加えることになる。映画のテーマで言えば、他の3本は、政治問題を描いた作品だが、『スプリング・フィーバー』は、一見政治とは関係のない、“愛”をテーマにした映画だ。しかし、下記のインタビューでもロウ・イエが述べているように、「愛の自由とは、政治の自由の問題」であるのだ。

日本はというと中国とは違い、とりあえず一党独裁国家ではなく、民主主義国家という事になっている。ならば、“愛”の自由はあるのか、この日本で。中国と違い、政府と違う意見を言う自由、表現の自由は保障されているのだから、愛の自由は保証されているはずであるのだが、その権利を行使せずに、制度化された愛に甘んじている人が多いのではないのか。本来、個人が人を愛することとは国家が管理する事はできないことである。そこで、ロウ・イエも言っているように“愛”とは別ものの“結婚”という社会を安定する仕組みを国家は作り、人々の自由を管理しようとする。

唐突では有るが、今年に入って、僕は仮想の敵を「勝間和代的」なもの、「広瀬香美的」なもの、あるいは「J-POP的」なものに勝手にする事にした。本人に会った事はないので、本人を敵とするのではなく、あくまでメディアの露出によって知る「~的」なものを敵とすることは断っておく。
なぜ、それらを敵とするのか、それは、人の行為全てをお金に換算して、費用対効果で論じる「勝間和代的」なもの、婚活、モテる、ハッピーを全面肯定する「広瀬香美的」なもの、そして、逢いたい、癒し、人生の応援を唄う多くの「J-POP的」なるものだからである。簡単に反論しておくと、愛は金には換算できないし、婚活やモテの条件に愛は1番目に存在しないし、ただ逢いたいというのでは人を愛することに必要な孤独の耐性度が低すぎる。

賢明なwebDICE読者の方々はそんなことはとっくに承知で、「~的」なものを敵視するなんて、なんと大人げないことかと思われるかも知れないが、2010年、敵の勢力は衰えるどころかますます増してきているように思う今日この頃なのだ。ようするに「~的」なものの方が圧倒的に売れているのが今のこの日本なのだ。

今迄、アップリンクでは、先に挙げた映画のように、アパルトヘイト、チェチェン、パレスチナ、ビルマ、チベット、ユーゴスラビア、アフガニスタンなど世界の様々な政治的問題を作品とした映画を積極的に配給してきた。それらの問題はアパルトヘイト政策は撤廃されたが人種差別問題は無くなっていない事を含め、全ての問題は現在進行形の問題だ。しかし、この日本では、そんな問題は遠い国の問題で、なにが一番の問題かと真剣に考えた結果「~的」なものの価値観が主流になっていることが最大の日本の問題だと言うことに改めて気づき、それを敵としてアップリンクは映画配給をすべきだと決心したのだ。

この闘いの主戦場は“愛”である。このテーマなら日本においても遠い国の問題ではなく、少なくとも多くの観客の興味のある戦場である。そこでアップリンクが闘えば、敵の勢力を減衰する事ができるのではないかという壮大な目論見が『スプリング・フィーバー』の配給なのである。多分このことはまだ社員は知らない。

「愛の自由とは、政治の自由の問題」とは共産党一党独裁体制の中国では命題として成立するだろう。以下のインタビューで脚本家のメイ・フォンが述べているように中国では価値観の多様性がないので、愛の自由も認められないということになるのだが、価値観の多様性がとりあえず保証されている日本では、自由であるはずの個人が同じ価値観に囚われる事を拒否せず、むしろ同じ価値観になびこうとする傾向があるのは、どうしたことなのだろうか。
それは、言ってみれば愛の自由を自分で奪う事にならないのか。それを先導している、あるいは洗脳しているのが先にあげた「~的」なものではないのか。なにをオーバーなというかもしれないが、僕は、今この問題が日本の文化状況の一番の問題だと思っている。

断っておくが、僕は、個人個人の特定のあの人と一緒にいたい、結婚したい、自分がハッピーでいたい、寂しいから特定のあの人に逢いたいという個人それぞれが持つ感情を否定しているのではない。特定のパーソナルな「あの人」や「自分」が欠落し、結婚したい、逢いたい、ハッピーという、あくまで個人に属すべき感情や思考を、マスに対して一つの価値観で売りつけることを敵視しているのである。
その責任は一方的に価値観を与える側に有るのか、受け取る観客に有るのかと言えば、僕は与える側の責任は大きいと思っている。人々が、寂しい気持ちや逢いたい気持ちをツイッターでつぶやきブログで書くのはいいが、本当のクリエイター、アーティストならば、その個人の感情を突き詰め、本質を見つめ、他の価値観とは違うオリジナルの価値観を持った作品にしなくてはならないのを、あまりにも安易に大衆の感情に迎合した作品が多すぎると思う。そこには、価値観の多様性がなさ過ぎる。

まあ、価値観の多様性なんてはっきりいって商売の邪魔である。一部のブルジョア相手のオーダーメードのオートクチュールよりも、ラグジュアリーブランドは空港の免税店で大衆相手に同一の手に入りやすい価格帯の既製品で商売する方が儲かるように、マーケットが求めている一つの価値観を人々に与えて商売した方が儲かるのは当然である。
しかし、ここが有限会社アップリンクの社長としては難しいところである。映画館にはお客を集めなくてはならない。僕は、本音は、観客に「群れるな、個であれ」と言いたい。しかしそれでは、映画館に多くの観客はこなくなる理屈だ。ただ、映画というのは暗闇の中で見るものだ、そこは個になる場所で、決して群れる事が出来ない場所だ。暗闇を商売の場としているのは他にはプラネタリウムくらいしかないのではないか。お化け屋敷もそうか。暗闇が個になる場所であるのなら、それを商売の場としているのはまだなんとかなるのではないか。「群れるな、個を確認する場として、映画館にきてほしい」と言えば、アップリンクの商売も成立するのではないか。『スプリング・フィーバー』に限って言えば「制度化された愛を捨てよ、映画館に行こう」となるのかもしれない。まあ、言ってみれば儲けるシステムに批判的な僕がアップリンクの社長をやっていられるのも、群れる事を拒否し暗闇で見る映画を商品としているからとも言えるだろう。

というわけで、いろいろ理屈はこねたが、アップリンクの“愛”の戦略兵器である『スプリング・フィーバー』をぜひ観てほしい。最後に価値観が限られていわれる中国でもそれに抗う人はいる事をロウ・イエが話してくれたエピソードで紹介しておこう。

ロウ・イエが当局から中国国内での5年間映画製作と上映の禁止を命じられたのは、2006年にカンヌ国際映画祭で『天安門、恋人たち』上映されて数週間後ロウ・イエの事務所に電話が有り知らされた。電話から数日後、ロウ・イエの事務所に当局からの若い役人がやってきて、賞状のように紙を両手で掲げ、読み始めようとするのだが、その若い役人は「ロウ・イエ監督、僕はあなたの作品が好きです」といい、ロウ・イエは「わかってるよ、仕事なんだから早く読めばいい」と答え、その若い役人は当局が下した5年間の製作、上映禁止を告げたという。
また、『スプリング・フィーバー』はロウ・イエが審査員も務めたこともある「南京インディペンデント映画祭」にカンヌでの上映後出品されグランプリを取った。グランプリを与えた審査員も反骨精神があるが、そこで、受賞記念上映を南京郊外の映画館でする事になった。中国では、商業映画館は当局の管理下にある、本来なら製作禁止期間中にゲリラ的に撮影したロウ・イエの映画は上映が出来るはずもないのだが、その映画館主は「グランプリ作品を上映しなくてどうする、責任は自分が取る」といって上映したという。

プロモーションでの来日中、ロウ・イエはノーベル平和賞を受賞したリュウ・ギョウハについて何度もコメントを求められたが、それには「どんな人間にも言論の自由というものがあります。それを禁じることはあってはならないと思います。たとえ『08憲章』に問題があるにせよ、あるいはないにせよ、そのために刑務所に入れるということは個人の自由を侵害していると思います。このことは憲法に違反しています。そしてその自由には映画を撮るという権利も当然含まれます」と答えていたが、今言った事は記事として書いてもらっていいが、「ロウ・イエ、ノーベル平和賞受賞のリュウ・ギョウハ幽閉の中国政府を批判!」みたいな見出しにはしないでほしいと言ったのでインタビューしたメディアにはそこは注意してほしいと伝えた。でないと、また、中国での映画製作禁止が延長される可能性がないとも言えないのが今の中国なのだ。

さて、翻って日本に戻ると、政治的自由は保障されている、ならば“愛”にとって、なにが自由の障害なのか、「~的」なものなのか、他人と違う事、多数に属さない事を恐れる個人の心の問題なのか。「〜的」なものの受け手の問題として、根底にあるのは、人はすべからく“孤独”な存在であるということを見つめないことが 問題ではないかと思う。ようするに現在の都市に住む人々は、孤独に対する耐性度が著しく落ちているので、宗教にすがるように「〜的」なものにすがるのではないか、その結果が自由な愛が束縛されている原因だと思う。近年、とみにそう感じるのは、評論家的に言えばテクノロジーで安易に他人と繋がる事ができることができるようになった反動なのかも知れない。 そして、その弱さを突いてというか、はたまた表現する側も衰えているのかわからないが、映画や音楽の歌詞の表現の質が著しく衰えているのは、一言で言えば、観客をバカにしているのだと思う。そうでなければ、応援とか癒しなんて言葉は偉そうで、そういわれた時に拒否するはずだ。例えば大ホールで観客相手にユニゾンで合唱させるところには、価値観の多様性という美意識など皆無で、売れれば勝ちのシステムに囚われてしまっているのだろう。 僕は、この売れれば価値というシステムに対抗して違う価値観を提示するには、個人の極パーソナルな独自のオリジナルな言葉しかないと思っている。ただ、表現者たるもの、140文字で語る事の出来ないパーソナルな言葉を深く追求して作品へと昇華しなければならない。

『スプリング・フィーバー』でロウ・イエとメイ・フォンが描こうとしたものは、そういった日本の状況とはずっと遠いところにある「愛の自由」だ。その自由は手に入れた瞬間に不自由をも強いるというものである。その矛盾する「愛の困難」さを、自明の事としてわかったものだけが描けた映画である。ゆえにリアルな映画である。なぜリアルがいいのか、それはそこに“生命の力”があるからだ。

最後にもう一度宣伝です。「~的」なものの浸食を食い止めるためにも『スプリング・フィーバー』を観てください。よければ感想を「スプリング・フィーバー」という文字をいれてツイートしてください。皆さんの感想を読むのが楽しみです。
(浅井隆 アップリンク社長/webDICE編集長)

浅井隆の日記「愛と自由に関して」
愛する事と「結婚」
http://www.webdice.jp/diary/detail/4129/

「モテる」「モテたい」は英語にはない!?
http://www.webdice.jp/diary/detail/3943/

国家が嫉妬し禁止するような「ラブソング」を
http://www.webdice.jp/diary/detail/3467/

読まずに書評 勝間和代『結局、女はキレイが勝ち。』
http://www.webdice.jp/diary/detail/3514/

本物のラブストーリー『シャネル&ストラヴィンスキー』
http://www.webdice.jp/diary/detail/3618/




中国の映画製作はもっと自由化することが必要(メイ・フォン)

── 海外の映画祭に参加して外国から中国を見る事が出来るふたりは、中国での自由と不自由についてどのように考えているか聞きたいと思います。

ロウ・イエ:まず、『スプリング・フィーバー』に続く新作をパリで撮影できたのは、自由ということです。そして『スプリング・フィーバー』を撮った後、当局から何も言ってこなかったということ、これもまた自由と言えると思います。

── ロウ・イエ監督は以前「中国で生活するということは、常に政治的なことと向き合っていくことだ」と言ってていましたが、メイ・フォンさんはいかがですか?

メイ・フォン:私は映画を学ぶためにパリにいましたが、パリは映画を勉強する上では最もいい場所だと言われるのに比べて、中国で映画を学ぶことは難しい。それは、中国で映画を作るとなると、伝統的な文化を重視することと、現実の中国の状況の両方が大きく関わってくるからだと思います。私はパリにいる間は「自由とは何だろう」とかそうした抽象的なことは考える必要はありませんでしたから。フランス人はよく「ハリウッドの映画は観ない」と言いますがそこには価値観の多様性があります。ただ、動員のランキングが発表されると、実は上映3位を占めるのはアメリカ映画だったりもしますけど(笑)。中国で映画が現実の社会と係わっていくためには、フランスのように価値観の多様化すなわち自由化することが必要なのではないでしょうか。その多様化ということ以外は、パリで生活していても東京で生活していたとしても、どこの都市にいてもそんなに変わりはないと思います。

── 天安門事件のときにワン・タン(王丹)かウ・アル・カイシだった覚えていませんが、「自分たちはジーンズが履きたい」と言っていました。

ロウ・イエ:ワン・タンが言った自由は、当時の状態での言葉だから、納得できます。最近比較的自由化されているということは、天安門事件から20年来の大きな進歩だと思います。ワン・タンは、ニューヨークで私たちの『天安門、恋人たち』を観て、「天安門事件については、いろんな人のいろんな見方があっていいと思うが、映画監督がこういった見方をして作品を撮ることには、必ずしも映画の内容には完全に同意はしないけど、正しいことだと思う」と言いました。この『スプリング・フィーバー』は、今年の9月に台湾で審査の面で上映中止になるかもしれないという問題になりました。そのとき助けてくれたのが、ワン・タンだったんです。彼は、この映画を台湾で上映できるようにと台湾側に働きかけてくれました。そのことに関して、ワン・タンにとても感謝しています。いまは、自由というものはジーンズよりももっと複雑になっています。

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『スプリング・フィーバー』より

郁達夫の時代に個人的な生活を描くということ自体がすでに政治的な行為だった(ロウ・イエ)

── 中国ではない台湾がこの作品を見せたくないと考えるのは、この作品の抱えるテーマに体制側が見せたくないと思うものが含まれてるということなんでしょうか?

ロウ・イエ:それは内容がどうということではなく、僕自身が5年の映画製作禁止を受けている監督だからで、台湾政府の中国政府に対する配慮によるものです。結果的には、この『スプリング・フィーバー』は台湾で上映されることになりました。

── ところで、郁達夫(ユイ・ダーフ/イクタップ)の小説を原作にされていますが、彼はどのように中国で捉えられているのですか?

メイ・フォン:郁達夫の小説についてはいくつかの特徴が挙げられますが、文学史上の位置としては主流から少し外れたところにあると言われています。彼の非常に情感溢れる作品は、命を真摯に見つめて描くことから生まれています。純文学という位置づけになりますが、かつて20年代、30年代に台頭した左翼作家連盟の作風とは大きく異なるもので、決して革命的なものではありません。また非政治的な色彩があるというのが大きなポイントです。私はまずこの『スプリング・フィーバー』の台本を書く前に、ロウ・イエ監督とだいたいのコンセプトを固めておきました。
脚本の第一稿を書くにあたり、現代を背景にした普通の若者が直面している悩みや苦しみなどを描いていこうと決めて書き始めました。その第一稿には、まだ郁達夫という要素はありませんでした。それから私が台本を書き上げて、ロウ・イエ監督が修正していき、ふたりで話し合っていく中で、ロウ・イエ監督が郁達夫をここに入れようと提案しました。1920年代の中国の文学界にあっては、郁達夫は本当に異端者だったと思うんです。乱世の当時、社会を漂流するような雰囲気を持つ作家でした。また、郁達夫を加える前には、アイリーン・チャン(張愛玲、『ラスト・コーション』の原作者でもある女流作家)も候補に挙がっていました。

── 当時の中国がいまよりももっと政治的な国だとすれば、そういう中で人の命の本質を見つめる、漂うという不安定な生活の人を書くということは、体制側から見れば非常に反社会的な生き方ですよね。あるいは、体制が思うひとつの価値観ではなく、自由で多様な人の命を忠実に描くということは、体制側からすると反社会的にも思えるので、逆に言えば非常に政治的な作家という風にも見ていいのでしょうか?

ロウ・イエ:たしかにそう言えるかもしれない。非政治的であることが政治的で、政治を回避する態度こそ政治的な態度とも言えます。あの時代に個人的な生活を描くということ自体がすでに政治的な行為だったかもしれないです。

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『スプリング・フィーバー』のロウ・イエ監督

結婚という制度によって社会の秩序が保たれている(メイ・フォン)

── 映画の最後に旅する3人は、ひとりの人を愛するということに囚われず、愛については自由に見えます。一方、自殺するワン・ピンは、3人と比べて、ひとりの人しか愛さないということに囚われているのでしょうか?

ロウ・イエ:いえ、ワン・ピンは妻のことも大事にしておきたいと思ったんです。本当は彼は妻を悲しませたくないから、家庭もきちんと平和なまま続けていきたかった。それと同時にジャン・チョンとの関係も続けていきたいけれど、彼がやろうとしたことは、うまくいかなかった。ただそれだけで、決してひとりの人しか愛さないということではないんです。

メイ・フォン:先ほど「自由とは何なのか」という非常に抽象的な質問をいただきましたが、この『スプリング・フィーバー』の人物にかえって考えると、自由というのは、選択肢の多さを意味しているんだと思います。例えばふたりの間でお互いに選択しなければならないとき、そこでどのような自由度を持つかということが決まってくる。ワン・ピンもひとりの人を愛しながら、もうひとりの人もちゃんと残しておきたいと考えているんです。そこに彼の選択が働いたんだけれど、叶わなかった。うまくいかずに彼は自由を失ってしまって、自殺に追い込まれたということになります。

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『スプリング・フィーバー』の脚本を手がけたメイ・フォン

── ワン・ピンは、結婚という世間体を維持しておきたかった、というのは間違った見方ですか?

メイ・フォン:それは、観客のみなさんがいろいろ考えて観てくださるなかのひとつの見方だと思います。

── ではメイ・フォンさんは、脚本では彼がふたつの選択を同じような重さで持っているように描いたのですか?

メイ・フォン:ワン・ピンのふたりへの愛のどちらが重いかというと、当然ジャン・チョンのほうを愛していたと思います。ですから脚本もジャン・チョンとの愛を豊かにふくらませていきました。彼にとって結婚というのは日常のことなんです。あまりにもありふれた愛の状況というのが日常の結婚生活であって、その状態に飽きがきている。それを変えていったのが、ジャン・チョンとの愛なのです。でも彼はそこに失敗して、あのような結末になってしまったわけです。

── 先日のトークショーでロウ・イエ監督は「結婚は社会を安定させる装置だ」と言っていましたが。

ロウ・イエ:それはどこでも同じだと思います。やはり結婚という制度によって社会の秩序が保たれているということです。

メイ・フォン:私も彼の考え方に賛同します(笑)。アイリーン・チャンは「結婚は合法的な売春だ」とさえ言っています。

ロウ・イエ:彼女はすごいですね。

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『スプリング・フィーバー』より

同性愛を描くことでより思想的なものを映画で試したかった(メイ・フォン)

── ゲイ・カップルが出てきますが、愛を描いているけれど、いわゆる結婚制度から外れたカップルを描いているのは意識的にですか?

メイ・フォン:まず題材についてですが、これは映画製作の思考方法におおきく関わってきます。20世紀の映画製作において、フランスのヌーヴェルバーグとカウンター・カルチャーの思想は、1968年に起こった五月革命によって、さらに新しい文化の可能性を提示しました。その後、今度はアメリカがヌーヴェルバーグの思想に影響を受けることで、アメリカン・ニューシネマとしてヌーヴェルバーグの反逆の精神が導入されていくことになります。しかし80年代になると再び伝統的なものに回帰する現象が起こりました。保守的な政策が敷かれ、社会の安定が第一とされた状況が生まれることで、60年代のヒッピー文化はだんだんとなくなっていったのです。
そして90年代に入ると、ニュー・クイア・シネマが登場し、インディペンデント映画のムーブメントが起こってきます。90年代以降のニュー・クイア・シネマが生んだ衝撃によって、同性愛についての様々な運動が展開されるなかで、『ブロークバック・マウンテン』や『ブエノスアイレス』といった映画がその思想と結合するように出てきました。そうした状況から、中国でも同性愛を題材とすることで、思想的なものを映画により試すことはできないだろうかと考えられました。家庭や婚姻の制度は、私たちにとってある程度の縛りではあるけれど、それ以外にも愛による縛り、難しさというものが存在するのです。

ロウ・イエ:そして環境による圧力もあります。

自由になった後もそれぞれの人生の複雑な問題にお互いに直面していかなければならない(ロウ・イエ)

── ロウ・イエ監督は愛の困難さをどのように考えていますか?

ロウ・イエ:まず人間の生活には幸福な状態がたくさんありますが、そういう幸せな状態を映画に撮る必要はないというのが前提にあります。最終的に、人を愛する能力があるのかないのか、人を愛する資格があるのかどうかというところが問題になってきます。トリュフォー監督が『突然炎のごとく』で描いているのもひとつの愛の困難の現れですよね。私の考えでは、ハリウッド映画のなかではいつも安定した愛のかたちが提示されています。愛の幸せ、そして愛のロマン、いかに愛が簡単なものなのかがよく言われます。ですから結局はハッピーエンディングで締めるというのがハリウッド映画です。でも私たちが目指したのは、中国の現状に直面した映画です。カンヌ国際映画祭で上映された後に、インターネットである人がこういうことを言っていました。「愛の困難というのは、愛の不自由である。その不自由は、政治の不自由でもある」。この3つは強く結びついているんです。

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『スプリング・フィーバー』より

── 映画の最後で3人が水辺で戯れているところは、選択肢があって自由なんだけれど、なぜか寂しさを、そして孤独を感じます。

ロウ・イエ:その通りだと思います。実はあれに至るまでにはいくつかのバージョンがあるんです。あそこでの3人は既に自由になっているんです。湖で遊んでいる場面は、自由の後の孤独が感じられます。もしハリウッド映画であれば、あそこで終わらせると思う。でも問題はその後なんです。3人は自由を得たけれど、自由の後のそれぞれの面倒というもの、人生の複雑な問題にお互いに直面していかなければならない。その後半がまた重要なんです。ほんとうの自由を得られたとき、それは前の状況よりもっと厳しい問題が彼らの前に降りかかってくる。そのような意味をこめて撮っています。昨年のフィルメックスで上映後Q&Aのときに観客がこのような質問をしました。「最後にジャン・チョンはああいう結末を迎えて、幸せなんですか?」と。そのときに私は「ジャン・チョンはすごく幸せなんだ」と答えました。彼らは自由を得たんです。ただ、自由で幸福な状態にいるんだけれど、彼はまだワン・ピンを忘れられないでいる。そこにメイ・フォンが言った愛の問題、愛の難しさが現れてくる。

── 仮に社会的要因による束縛がまったくなくなったとしても、人は誰かを愛することで自由が束縛されるということがある。愛することは自由を束縛することでもあるし、最も自由なことは愛することでもあるという、常に両方のことを考えさせられる映画で、すごく普遍的なテーマだと思いました。

ロウ・イエ:確かにそうですね。どこまでいっても解決できない問題があります。

── 最終的にこの映画を観て孤独をすごく感じました。孤独は生きていくために必要な力である、それは愛するために必要な力でもあること。映画のなかに挿入される郁達夫の言葉は、そういう意味では非政治的であるがゆえに政治的だし、人として生きる力を書いた郁達夫の言葉を引用しつつ描かれた『スプリング・フィーバー』も、非政治的であるがゆえに政治的な映画であると思いました。

メイ・フォン:もし中国の審査制度がすべて撤廃されたとしても、もっと大きな不自由なところに入っていくかもしれないですね。

ロウ・イエ:いまフランスでフランス語で撮っている新作は、審査というものがなく自由に撮れました。この『スプリング・フィーバー』を撮影するときも、中国の審査制度を気にする必要がなかったので、完全に自由に撮れた。その代わり、私たちが直面したのはもっと別の、愛というものをどう解釈して撮るのかという大きな問題でした。自由がないときは、自由を最終の目標にしてしまいがちです。でも、自由を得てしまえば、それを失ってしまうことが問題になるのです。

── 一度手に入れた自由、一度手に入れた愛、人は今度はそれをいつ失うかという事に恐れ、不自由になる。本当に自由でいること、イコール本当に人を愛するという事はたやすくないことです。だからこそ、本当に人を愛するという事は美しい行為であり、同時に孤独でもあるのだと強く感じました。

ロウ・イエ:そうですね。

(インタビュー:浅井隆  通訳:樋口裕子)

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映画『スプリング・フィーバー』
2010年11月6日(土)より、渋谷シネマライズほか、全国順次公開

【STORY】
現代の南京。女性教師リン・シュエは、夫ワン・ピンが浮気をしているのではないかと疑い、その調査を探偵ルオ・ハイタオに依頼する。尾行の結果、夫の浮気相手はジャン・チョンという“青年”であった。
尾行されていることに気づいていない夫ワンは、妻にジャンを"同級生"だと紹介する。妻に、ジャンを家族のように見てくれれば便利だと考えたからだ。しかし、ある出来事をきっかけに夫婦関係は破綻し、ジャンの心は、ワンから離れていってしまう。
一方、尾行するうちにジャンのことが気になり始めた探偵のルオは、ジャンに近づく。次第に惹かれあうふたり。しかし、ルオにはリー・ジンという恋人がいた。
ジャン、ルオ、リー・ジン。それぞれの想いを胸に、奇妙な三人の旅が始まった……。

第62回カンヌ国際映画祭脚本賞受賞
監督:ロウ・イエ
出演:チン・ハオ、チェン・スーチョン、タン・ジュオ、ウー・ウェイ、ジャン・ジャーチー、チャン・ソンウェン
脚本:メイ・フォン
プロデューサー:ナイ・アン、シルヴァン・ブリュシュテイン
撮影:ツアン・チアン
美術:ポン・シャオイン
編集:ロビン・ウェン、ツアン・チアン、フローレンス・ブレッソン
音楽:ペイマン・ヤズダニアン
製作:ドリーム・ファクトリー
ロゼム・フィルムズ
配給・宣伝:アップリンク
中=仏 / 115分 / 2009年 / カラー
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